後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

04 雪国の后は外の世界を開く─④

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 後宮内の部屋は一人で住むには広く、室内に小さな噴水もある。外はプールつきだ。
 もう一つの部屋は寝室で、天蓋からは透けるほど薄手のシルクがカーテンのように垂れていた。大人が二人寝転んでもかなり余裕がある。
「噴水は室温を下げるためのものか?」
「左様でございます。乾燥地帯ですから夏は特に暑く、湿度も低いのです。テーブルの上には毎日数種類のフルーツを籠に入れて置かせて頂きます。熱冷ましのフルーツで、身体を冷やしてくれますよ。こちらはいつでも好きにお召し上がり下さい」
 湯浴みも一人で入れると散々言っても、アイラたちは断固として譲らなかった。
「こちらへ横になって下さい」
「まさか、湯浴みのたびにマッサージを受けなければならないのか?」
「儀式があれば行いますが、儀式がなくとも、お望みならば毎日でもさせて頂きます」
 身体に塗られるオイルは華燭の儀の前に塗られたものとは違い、頭がふらついて、身体の中心に熱がこもっていく。
 媚薬効果のあるハーブが入っていると確信した。
 つまり、そういうことなのだ。王子へ嫁ぐ意味は、しっかりと夜の伽を遂行しなければならない。
 死ぬことばかり考えたいたせいで、夜伽の準備など何もしてこなかった。誰からも教えてもらえず、本棚にあった行為の本を眺めていたくらいだ。
 男同士では子作りが目的としたものではない分、相手を愉しませなけらばならない。
 もう一つ、フィリには疑問があった。それはヴァシリスはまだ幼さが残っていること。フィリの国は十八歳から成人扱いとなり、未成年に手を出せば極刑となる。ファルーハ王国が性に奔放であっても、文化の違いはどうしても受け入れることは難しい。
 浴場で着替えていると、部屋が騒がしくなった。
 アイラや他の侍従たちも頭を垂れている。
 来るのが早すぎる。
 フィリも膝をつき、手を床に当てた。
「湯浴みの最中でございまして、お迎えできず申し訳ございません。まだ着替えもままならず……」
「わざわざ膝をつかなくていい。お前は俺の后だ。髪を乾かしてもらったら、こちらに来てくれ」
「憚りながらヴァシリス様、今宵はまだ宴の時間では……?」
 アイラが口を挟む。
「飽きた。ここがいい」
「……左様でございますか。少々、后の準備には時間を要します」
「構わん」
 アイラは微笑み、フィリにも笑みを零した。
「食事は何か召し上がりますか?」
「何が食べたい?」
 ヴァシリスはフィリに問いかける。
 アイラたち侍従からも一斉に目を向けられ、まごついてしまった。
「ここの食事はよく存じません。けれどフルーツは瑞々しく、美味しいと感じました」
「ならば、宴で出た料理を持ってきてくれ。それと、冷たいフルーツと数種類のバターと焼きたてのパンを」
 昨日の話を覚えていたのだ。オイルに塗られた背中が痒くなる。
「美しき我が后、今宵の衣装もとても愉しみにしている」



 頭にはまたもやシルクのヴェールだ。小さく上品な石が装飾されたもので、今宵の服は下着を身につけてはいけないと念を押されてしまった。腰の紐を解かれれば、簡単にすべてをさらけ出してしまう。
「お前たちは下がってよい。今宵はふたりで話したい」
「かしこまりました」
 アイラたちは一礼して部屋を出ていった。ふたりきりになると、部屋の広さがよく判る。
「お待たせして申し訳ございません」
「……その話し方、なんとかならないのか?」
「なんのことでしょう?」
 にっこり笑うと、幼い顔立ちが歪んだ。
「昨日はそんな話し方をしていない。俺は、そんな作った笑顔を見せてくるより昨日のお前がいい」
「………………はあ」
 隙間を開けて隣にどっかりと腰掛けると、足を組んだ。
 ヴァシリスは納得したようで頷いた。
「まさか昨夜の木登り坊やが我が夫だとは思いもしなかった。なんでまた、あんなことをした? そもそも儀式まで会ってはいけないしきたりは、王子が一番理解しているんじゃないのか?」
「……お前、乳母のようにうるさいな。ばれていないし問題ない。……自分の后になる人を早く見たかったんだ」
 子供のように──実在子供ではあるが、ヴァシリスは唇を尖らせた。
 くう、と小さく腹が鳴った。重い衣装を着ていたせいで、身体も疲れている。
「まずは食べよう。俺も腹が減った。ルロ国では、どんなものを食べていた?」
「野草や魚が多かったな。パンよりも米が主流だった」
「ファルーハの主食はパンだ。米はあまり食べないから用意させよう。魚の味付けは?」
「何もない」
「何もつけないのか?」
「他の人間は塩などをつけて食べているが、僕にはそういうものはない。昨夜、話しただろう? 焚刑を待つ身だった僕には、最低限のものしか与えられないんだ」
「本当にひどい扱いだ。ここではスパイスが多く使われる。薄味に慣れると、濃く感じるかもしれないな」
「慣れるよ。いずれ。昨日食べた食事も、美味しく感じたんだ。少し濃くはあったけれど」
「料理長にも伝えておく。后にも喜んでもらおうと張りきりすぎて、疲れ果てているぞ」
「おかしな人たちだ」
 フィリが微笑すると、ヴァシリスは目を忙しなく動かした。
「バターも頼んでくれてありがとう。三種類あるが……」
「これはウシ、こちらはヤギ、これがラクダ。ラクダは他のと比べて塩味が濃い」
 それぞれつけて食べてみるが、同じバターであっても味がすべて違っている。
 ウシのバターは食べやすく、ヤギは少し癖があり、ラクダは後味にしょっぱさが残る。
 ヴァシリスはたっぷりとバターを乗せたパンを口に放り込んでいる。
 華燭の儀の最中は大人びた表情をしていたが、食事をする姿はまだまだ子供だ。今宵、この子供と夜伽を行わなければならないと重うと気が引ける。
「夕餉のあとはどうする? チェス? カードゲーム? 遊んだことはあるか?」
 うきうきしているヴァシリスとは真逆に、フィリは瞬きすら忘れてしまった。
「何をするって……、夜伽があるんじゃないのか?」
 ヴァシリスの頬はほんのりと赤い。浅黒い肌が少々濃くなる。
「言うタイミングがなかなかなくて……困っていた」
「王子様、昨夜お話ししたように、私は地下室に閉じ込められて育ちました。ですので、申し訳ございませんが、夜伽の作法を身につけておりません…………その顔、癖になるな」
 唇もへの字にひん曲がり、粘っこい目になっている。
「あと二年待ってほしい」
「二年?」
「俺は今、十六歳だ。あと二年で成人を迎える」
「やっぱり未成年じゃないか。十六歳だなんて初めて聞いたぞ」
「……年齢すら聞かされていないなんてな。フィリの二歳下だ。ファルーハ王国は、未成年の交合はご法度なんだ」
「ルロ国でも同じだ」
「だから、その間は…………」
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