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第一章
012 積み重なる愛─④
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初めてのブドウ酒は口の中に苦みが広がり、甘い深みのある香りがした。
「アーディム王子にはお会いしたのか?」
「ああ。立派な男になったと褒めて頂いた。フィリのことを気にかけていたぞ。兄と話すより后の元へ行ってくれ、と」
「寛大なお方だ。お前やアイラからアーディム王子の話は聞くが、やはり彼が王にふさわしい風格があるように感じる。僕の故郷では不測の事態が起こらない限り、第一王子に決まる」
「ファルーハ王国でも同様だ。だが王子や后たちから反発がないかも考慮される。后の意見で決まることはないが、后たちの反発は、あまり気持ちの良いものではないからな。形だけでも、議会に参加したという証明が人権を守る上でも大事なんだ」
アーディムの上后からわざわざお茶会の手紙が届いた理由が判った。まだ国に認められた后ではない相手に上后自ら手紙を送ったのは、溜飲を下げる目的が主だったのだろう。嫁いだ先の王子を国王にさせたがるような后だった場合、諦めさせたい思いもあったはず。やはり一筋縄ではいかない相手だ。
三か月を過ぎた頃、ファルーハ王国では次期国王を決める会議が連日行われている。
后であるフィリは参加できないが、毎夜必ず顔を出すヴァシリスから話を聞いていた。
ヴァシリスの顔に疲労の色が見え隠れしている。帰国と同時に父の葬儀、連日の議会など、休む暇がないのだ。
「久しぶりに夕食をともにできるな」
「無理してここへ来ることはないんだぞ」
「お前の顔を見ると疲れが吹っ飛ぶんだ」
今日は異国の料理が並んでいる。海藻を使ったサラダに、野草が入ったスープ。それと煮魚。
フィリはサラダに使われている海藻がどこかで見たことがあると、首を傾げる。
あれは確か、ルロ国の地下で薬の本を読んでいたときだ。
薬と毒は紙一重であり、組み合わせによっては毒にもなり得る。
「美味いな、このスープ」
スプーンを口に運ぶヴァシリスを見て、記憶が鮮明になっていく。
手を広げたような大きな海藻で、野草との組み合わせによって毒になると。死に至るほどではないが口内が痺れ、身体にまで広がる。
「待て! 口にするな!」
ヴァシリスの器を強引に奪い取ろうとすると、器は床に音を立てた。
アイラは片づけようと慌てた様子で駆け寄ってくる。
ヴァシリスは口元を覆い、俯いて床に手をついた。
「ヴァシリス!」
「ヴァシリス様!」
他の侍従たちも寄ってくるが、
「毒だ! ミルクと、今から言う薬を持ってきてくれ!」
フィリは叫ぶと、ヴァシリスの口の中に指を突っ込んだ。
数種類の薬草を調合し、煮出してカップに注いだ。花のような良い香りがするが、大人でも逃げ出すほどの苦さである。
貴重な氷を入れて冷まし、飲みやすくした。
寝台のシルクのカーテンを空けると、ヴァシリスは目を覚ましていた。
「どうだ?」
「まだ指先に少し痺れが残っている。けれど数時間前よりは全然良い」
「アイラから聞いたが、明日以降の仕事はお休みだ。連日、働きづめだったしちょうど良い。アーディム王子からの言伝で、僕が見張りを頼まれた」
「それならしっかり側にいてもらわないとな。それは?」
「僕が調合したお茶だ。毒素を排出する効果がある。明日の朝にも飲んでもらう」
「いただこうか」
ヴァシリスの頭を肩に乗せ、ゆっくりとお茶を喉に通していく。
「……………………」
「苦いとしか思わないだろう?」
「本当に明日も飲むのか?」
「子供みたいだな」
ふふ、と声に出して笑った。
「頭が冴えて、だいぶ冷静に考えられるようになった。そろそろ教えてくれ。なぜ毒だと判った?」
フィリはルロ国で読んだ本で勉強したことを話した。毒は毒薬として存在しているだけではなく、食べ合わせによって毒を生み出すものがある、と。
「お前も同じものを口にしたのに、なぜ平気なんだ? 俺のものだけに盛られたのか?」
フィリは頭を振った。
「ルロ国にいた頃、少量の毒を毎日飲まされるんだ。食事やお茶に入れられる。だからこの身体は毒がきかなくなっている」
「それならば、俺にだけ毒を盛るつもりがなかったと?」
「王族を狙ったのだと思う。特定の誰かか、全員か。無限にある薬草や海藻の中で、この二つをあえて使うのは、偶然とは考えにくい。今回の夕餉に出た食事は、王族と上后……そして僕だ」
「お前も上后にあたる」
上后と下后がいる中で、ヴァシリスはフィリを上后にすると決めているようだ。下后を持つのかどうか、フィリは珍しく弱気になり、聞けなかった。
「シェフに話を聞いている最中で、明日、俺も聞くことになっている。今日はもう休もう」
──ところが翌日、思いもよらない一報が届いた。
「シェフが処刑された?」
ヴァシリスに剥いたフルーツをフォークで食べさせていると、アイラが飛び込んできた。
フィリは必死に感情を押し殺すアイラを立たせ、ヴァシリスはイスを勧めた。
「いえ、私の身分でそのような……」
「そんなことを言っている場合じゃない。誰か、水を持ってきてくれ。それでアイラ、詳しく話してくれないか」
ヴァシリスはフィリの手を借りて、姿勢を正した。
「は、はい……。今朝方、ジャミル王子が執行人とともにいきなりキッチンへ現れ、シェフを連れていったそうです。斬罪に処されたと報告がありました」
「シェフから話を聞いた者は?」
「国王陛下の侍従が調査を行っておりました。こちらが報告書になります」
──海藻や野草はキャラバンで勧められたもので、それぞれ別の店で購入した。
──売れ行きが思わしくないのか、どちらも半額にしてもらえた。おすすめの料理方法も教えてくれた。どんな店だったかは覚えていない。男はフードを被っていて、顔が見えなかった。
──食べ合わせについてはまったく知らなかった。薬や毒の知識がない。
──家族はおらず、医師や薬師など、医学に関して知識を持った者はいない。
「偶然とは言い難いな」
ヴァシリスは書面から顔を上げる。
「小国のルロ国とは違い、ファルーハ王国は大国でお金を持っている人が多い。わざわざ半額にしなくても、売れるんじゃないか? 購入日は、キャラバンの初日と書いてある。最終日に売れ残って安くするのは理解できるが」
「憚りながら、シェフが犯人ではないとお思いですか?」
フィリはヴァシリスと目を合わせた。
「シェフには身寄りがいなかった。地方で腕を上げていたところを引き抜きにより、ファルーハ王国へ来た。だからこそ、王族同士の派閥や后同士の争いには関与していない。毒を盛る動機がないんだ」
「犯人であろうとなかろうと、こんなのは間違っている。命を軽々しく扱うのは……許せない」
ルロ国の地下室に閉じ込められていたとき、いつか来る処刑台への階段をどんな気持ちで待っていたか。
ヴァシリスはフィリの手をそっと握った。
甲を撫でてきたので、指先を撫で返した。
「アーディム王子にはお会いしたのか?」
「ああ。立派な男になったと褒めて頂いた。フィリのことを気にかけていたぞ。兄と話すより后の元へ行ってくれ、と」
「寛大なお方だ。お前やアイラからアーディム王子の話は聞くが、やはり彼が王にふさわしい風格があるように感じる。僕の故郷では不測の事態が起こらない限り、第一王子に決まる」
「ファルーハ王国でも同様だ。だが王子や后たちから反発がないかも考慮される。后の意見で決まることはないが、后たちの反発は、あまり気持ちの良いものではないからな。形だけでも、議会に参加したという証明が人権を守る上でも大事なんだ」
アーディムの上后からわざわざお茶会の手紙が届いた理由が判った。まだ国に認められた后ではない相手に上后自ら手紙を送ったのは、溜飲を下げる目的が主だったのだろう。嫁いだ先の王子を国王にさせたがるような后だった場合、諦めさせたい思いもあったはず。やはり一筋縄ではいかない相手だ。
三か月を過ぎた頃、ファルーハ王国では次期国王を決める会議が連日行われている。
后であるフィリは参加できないが、毎夜必ず顔を出すヴァシリスから話を聞いていた。
ヴァシリスの顔に疲労の色が見え隠れしている。帰国と同時に父の葬儀、連日の議会など、休む暇がないのだ。
「久しぶりに夕食をともにできるな」
「無理してここへ来ることはないんだぞ」
「お前の顔を見ると疲れが吹っ飛ぶんだ」
今日は異国の料理が並んでいる。海藻を使ったサラダに、野草が入ったスープ。それと煮魚。
フィリはサラダに使われている海藻がどこかで見たことがあると、首を傾げる。
あれは確か、ルロ国の地下で薬の本を読んでいたときだ。
薬と毒は紙一重であり、組み合わせによっては毒にもなり得る。
「美味いな、このスープ」
スプーンを口に運ぶヴァシリスを見て、記憶が鮮明になっていく。
手を広げたような大きな海藻で、野草との組み合わせによって毒になると。死に至るほどではないが口内が痺れ、身体にまで広がる。
「待て! 口にするな!」
ヴァシリスの器を強引に奪い取ろうとすると、器は床に音を立てた。
アイラは片づけようと慌てた様子で駆け寄ってくる。
ヴァシリスは口元を覆い、俯いて床に手をついた。
「ヴァシリス!」
「ヴァシリス様!」
他の侍従たちも寄ってくるが、
「毒だ! ミルクと、今から言う薬を持ってきてくれ!」
フィリは叫ぶと、ヴァシリスの口の中に指を突っ込んだ。
数種類の薬草を調合し、煮出してカップに注いだ。花のような良い香りがするが、大人でも逃げ出すほどの苦さである。
貴重な氷を入れて冷まし、飲みやすくした。
寝台のシルクのカーテンを空けると、ヴァシリスは目を覚ましていた。
「どうだ?」
「まだ指先に少し痺れが残っている。けれど数時間前よりは全然良い」
「アイラから聞いたが、明日以降の仕事はお休みだ。連日、働きづめだったしちょうど良い。アーディム王子からの言伝で、僕が見張りを頼まれた」
「それならしっかり側にいてもらわないとな。それは?」
「僕が調合したお茶だ。毒素を排出する効果がある。明日の朝にも飲んでもらう」
「いただこうか」
ヴァシリスの頭を肩に乗せ、ゆっくりとお茶を喉に通していく。
「……………………」
「苦いとしか思わないだろう?」
「本当に明日も飲むのか?」
「子供みたいだな」
ふふ、と声に出して笑った。
「頭が冴えて、だいぶ冷静に考えられるようになった。そろそろ教えてくれ。なぜ毒だと判った?」
フィリはルロ国で読んだ本で勉強したことを話した。毒は毒薬として存在しているだけではなく、食べ合わせによって毒を生み出すものがある、と。
「お前も同じものを口にしたのに、なぜ平気なんだ? 俺のものだけに盛られたのか?」
フィリは頭を振った。
「ルロ国にいた頃、少量の毒を毎日飲まされるんだ。食事やお茶に入れられる。だからこの身体は毒がきかなくなっている」
「それならば、俺にだけ毒を盛るつもりがなかったと?」
「王族を狙ったのだと思う。特定の誰かか、全員か。無限にある薬草や海藻の中で、この二つをあえて使うのは、偶然とは考えにくい。今回の夕餉に出た食事は、王族と上后……そして僕だ」
「お前も上后にあたる」
上后と下后がいる中で、ヴァシリスはフィリを上后にすると決めているようだ。下后を持つのかどうか、フィリは珍しく弱気になり、聞けなかった。
「シェフに話を聞いている最中で、明日、俺も聞くことになっている。今日はもう休もう」
──ところが翌日、思いもよらない一報が届いた。
「シェフが処刑された?」
ヴァシリスに剥いたフルーツをフォークで食べさせていると、アイラが飛び込んできた。
フィリは必死に感情を押し殺すアイラを立たせ、ヴァシリスはイスを勧めた。
「いえ、私の身分でそのような……」
「そんなことを言っている場合じゃない。誰か、水を持ってきてくれ。それでアイラ、詳しく話してくれないか」
ヴァシリスはフィリの手を借りて、姿勢を正した。
「は、はい……。今朝方、ジャミル王子が執行人とともにいきなりキッチンへ現れ、シェフを連れていったそうです。斬罪に処されたと報告がありました」
「シェフから話を聞いた者は?」
「国王陛下の侍従が調査を行っておりました。こちらが報告書になります」
──海藻や野草はキャラバンで勧められたもので、それぞれ別の店で購入した。
──売れ行きが思わしくないのか、どちらも半額にしてもらえた。おすすめの料理方法も教えてくれた。どんな店だったかは覚えていない。男はフードを被っていて、顔が見えなかった。
──食べ合わせについてはまったく知らなかった。薬や毒の知識がない。
──家族はおらず、医師や薬師など、医学に関して知識を持った者はいない。
「偶然とは言い難いな」
ヴァシリスは書面から顔を上げる。
「小国のルロ国とは違い、ファルーハ王国は大国でお金を持っている人が多い。わざわざ半額にしなくても、売れるんじゃないか? 購入日は、キャラバンの初日と書いてある。最終日に売れ残って安くするのは理解できるが」
「憚りながら、シェフが犯人ではないとお思いですか?」
フィリはヴァシリスと目を合わせた。
「シェフには身寄りがいなかった。地方で腕を上げていたところを引き抜きにより、ファルーハ王国へ来た。だからこそ、王族同士の派閥や后同士の争いには関与していない。毒を盛る動機がないんだ」
「犯人であろうとなかろうと、こんなのは間違っている。命を軽々しく扱うのは……許せない」
ルロ国の地下室に閉じ込められていたとき、いつか来る処刑台への階段をどんな気持ちで待っていたか。
ヴァシリスはフィリの手をそっと握った。
甲を撫でてきたので、指先を撫で返した。
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