後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

文字の大きさ
15 / 29
第一章

015 蕾の開き─②

しおりを挟む
「つっかれた…………」
 ソファーへどっかりと腰を下ろすと、隣にヴァシリスも座る。
 本日は国王や国民の前へ初めて顔を出す日だった。
 アーディムはヴァシリスによく似ていて、弟のことを語るときは国王ではなく兄の顔になっていた。
 民衆の盛大な祝福の声はフィリにも届き、夜遅くまで宴が開かれた。
 現在、深夜一時を過ぎている。
「明日は国王の上后とお茶会だろう? 今日はもう休もう。アイラには朝餉は遅らせてくれと伝えている」
「そうさせてもらう。にしても、ヴァシリスはアルコールに強いのか?」
「そんなことはないと思うが。酔っていても酔っていないふりをしているだけだ。俺の前ならいくらでも酔ってもらって構わないぞ」
 お言葉に甘えて、ヴァシリスの肩に身を預けた。
 肩ががっしりと固い。それに位置が高い。
 全体重を預けてもびくともしない。それどころか、ヴァシリスはお茶を入れて手渡してくる。
「酔い覚めの茶だ」
「有り難くいただくよ。明日までにはひどい顔をなんとかする」
「いつも通り美しいよ。出会った頃から変わらない。……お茶会で根ほり葉ほり聞かれるだろうが、まずは楽しんできてほしい」
 お茶会へ出席する理由はヴァシリスの顔を立てるという意味もあるが、大国の敵と味方を見極める意味もある。第二王子のジャミルは敵だと認識しているが、彼以外にも存在するはずだ。
 民の笑顔とは裏腹に、この王国には悪魔が潜んでいる。



 初めて会ったとき、内側から溢れ出る美しさは隠しきれないものだと思った。
 上后という立場であるが宝石類やアクセサリーは最低限しか身につけていないにもかかわらず、品格がある。
 国王の上后であるサーリャは、毒味役をつけていない。ならばと、フィリも下がるように伝えた。
 サーリャの侍従は同じポットから抽出したお茶をそれぞれのカップへ注ぐ。
「蜂蜜入りのお茶がお好きでしたわね?」
「はい」
「こちらは私の国で採れた蜂蜜ですわ」
 片手で持てる小さな壺からディッパーですくい、お茶に垂らしていく。
「どうぞ」
「ありがとうございます。サーリャ様は召し上がらないのですか?」
「私はジャムを入れるのが好きなのです。蜂蜜もたまにはいただきますが」
 真っ赤なジャムをスプーンで入れ、そのままかき混ぜた。
「お茶請けですが、異国から取り寄せたものです。ココナッツを米で炊いたものですわ。あちらの国では、縁起物として扱われているのです」
 ひし形にかたどられていて、赤いソースがかはかかっている。
 冬の国とも言われているルロ国出身のフィリにとって、ココナッツはまったく食べ慣れない味だ。ここへ来てココナッツを使ったスイーツを出されることもあるが、美味しいとは感じつつ、やはり慣れないのだ。
「貴重なものをありがとうございます。いただきます」
 毒が入っていると疑わってはいけない。そのために、上后より先にティーカップへ口をつける。これも作法の一つだ。
「甘くて美味しいです」
 真っ白なスイーツも口に含んだ。
 口の中がココナッツの風味で満たされる。米よりもココナッツ。後から多少は米の甘みが感じるが、ほぼココナッツだ。
「ザリ、レモンヨーグルトのタルトはあるかしら? それにクッキーも何種類か」
「すぐにご用意いたします」
「フィリ様、本日は数種類のスイーツをご用意しますので、いろいろなものをお味見下さいませ」
 ザリと呼ばれたサーリャの侍従は一礼して下がった。
 サーリャの咄嗟の判断と機転だ。フィリの顔色を伺い、すぐに侍従に用意させる。
「……ありがとうございます。ヨーグルトはよく朝餉にいただいています。フルーツにかけて食べたりもします」
「まあ、私もですわ。濃厚なフルーツには、ヤギヨーグルトをかけていただきますの。さっぱりしていて美味しいのです」
「ヤギのヨーグルトをそのように食べたことはありません。今度挑戦してみます」
 次々に運ばれてくるスイーツに、サーリャは一つずつ丁寧に説明していく。
 中でもレモンヨーグルトのタルトは絶品だった。こちらだけをすべて平らげてしまうと、最初のココナッツのスイーツが美味しくないと意思表示をしてしまうことになる。ほどほどにし、あとはビスケットなどを口にした。



 夕餉の時間、后の部屋へ出向いたヴァシリスは、フィリの言葉に耳を傾けている。
 フィリは普段より饒舌で、そんな后の姿にヴァシリスはただ愉しんでいる。
「お茶会を愉しんだようで何よりだ。仕事を終えた矢先だが、国王から直々に『うちの后がお茶会を愉しまれた。あんなにスイーツを召し上がる后は初めてで、用意しがいがある』とお喜びになられていたそうだ」
「そんなに食べるものじゃないのか? 出されたものは口につけろと作法を教わったが、量までは教えられなかった」
 アイラを睨むと、彼女は肩を震わせている。
「もっと政治や国のことを聞かれると思っていたんだ。数時間、ずっとお茶やスイーツの話をしていた。ルロ国のスイーツにも興味を持って下さった」
「サーリャ様も気を使われたのだろうが、本来はそのように楽しむものだ。にしても、ココナッツが苦手だったんだな」
「実は少し感じていたんだ。けれど全然口にできないわけじゃない。ココナッツジュースは苦手だが、フルーツジュースと混ざったものは飲めるし美味しい。明日、すぐにお礼の手紙を書こう。それと、サーリャ様はジャムを紅茶に入れて召し上がっていた」
「お好きなのだろう」
「こちらがお茶会を開くとき、数種類のジャムを用意しようと思う」
「きっとお喜びになられるよ。にしても、全然食事が進んでいないじゃないか。そんなに食べてきたのか?」
「タルトもビスケットも美味しかったんだ。明日はダンスの授業がある。動けなかったらどうしよう」
「ダンスといえば、お前と踊るのを愉しみにしているんだ」
「手紙でもそう書いてくれたな」
「アイラがまったく褒めないとも話もした」
 ふたりで目を合わせ、高らかに笑いを漏らした。
「そのようなことをお書きになられていたのですね」
「本当のことだろう? 確かにアイラよりは上手じゃない。けれど前よりは成長した」
「今宵、ヴァシリス様と踊られてはいかがでしょう?」
「名案だ。月明かりに照らされながら踊るのも、また風情がある」
 アイラは何か言いたげだったが、今に見ていろよ、とフィリは鼻を鳴らした。
 今宵、フィリは初めてヴァシリスと踊ることになった。
 フィリの手を取り、甲に口づけをし、ヴァシリスはフィリの腰へ手を回す。
 月明かりと波の音にふさわしい、優雅な手つきだった。
 ヴァシリスは「頑張ったな」とだけ残し、なぜか目を逸らした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒獅子の愛でる花

なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。 中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。 深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。 サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。 しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。 毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。  そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。 王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。 王妃は現在、病で療養中だという。 幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。 サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

【第一章完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。 「隣国以外でお願いします!」 死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。 彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。 いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。 転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。 小説家になろう様にも掲載しております。  ※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。

強欲なる花嫁は総てを諦めない

浦霧らち
BL
 皮肉と才知と美貌をひっさげて、帝国の社交界を渡ってきた伯爵令息・エルンスト──その名には〝強欲〟の二文字が付き纏う。  そんなエルンストが戦功の褒美と称されて嫁がされたのは、冷血と噂される狼の獣人公爵・ローガンのもとだった。  やがて彼のことを知っていくうちに、エルンストは惹かれていく心を誤魔化せなくなる。  エルンストは彼に応える術を探しはじめる。荒れた公爵領を改革し、完璧な伴侶として傍に立つために。  強欲なる花嫁は、総てを手に入れるまで諦めない。 ※性描写がある場合には*を付けています。が、後半になると思います。 ※ご都合主義のため、整合性は無いに等しいです、雰囲気で読んでください。 ※自分の性癖(誤用)にしか配慮しておりません。 ※書き溜めたストックが無くなり次第、ノロノロ更新になります。

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 「好きになられるからあいつには近づかない方がいいよ。」 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年。 静の容姿は昔の面影がないほど美しくなり、玲を惚れさせた上で捨てようとするが…

処理中です...