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第一章
019 蕾の開き─⑥
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町にキャラバンが到着すると、普段の後宮の香りとは別に、様々なお香や香水の香りが入り混じった。
鼻が曲がりそうだが、喉にまで細かな針で刺されたような痛みが襲う。
「普段から侍従たちへ何か贈り物をすべきだった。まさかこんなに喜ぶとは知らなかった」
「女とは買い物が好きな生き物だ。フィリもちゃんと何がほしいか頼め」
「前に薬の調合は疑われるからしないと言ったが、命を守るために毒を排出できるお茶くらいは作ろうと思う。薬草をいくつか頼んだ」
「それだけか?」
「着るものもまだまだたくさんある。アイラが何か買ってくると言っていたが……」
「下后たちよりも良いものを身につけなければならないんだぞ。上后としての威厳もある。俺がいくつかアイラに頼んでもいいか?」
「構わないが……何を買うつもりだ?」
「十二月にダンスパーティーがあるだろう? ティアラを作るための材料を頼んだ。あとで特注で作ってもらう」
「ティアラ? つけないといけないものか」
「上后しかつけられないんだぞ」
「その件なんだが……」
上后。聞くたびに重い言葉だ。
ヴァシリスは本当に下后を取らないつもりなのか。どうやっても子供を作れない。聞きたくても、勇気が出なかった。
「ヴァシリス様、フィリ様、行って参ります」
「存分に羽を伸ばしてきてくれ」
「ありがとうございます。フィリ様、よろしければ昼餉はピクニックなどいかがでしょう。せっかくヴァシリス様もいらっしゃるのです」
「ピクニックなんてしたことがない」
「それならたまには外で食事でもしようか。今日は日差しが心地良い。さっそくシェフに弁当を作ってもらおう」
決断力のあるヴァシリスはすぐに居残り組の侍従へ命じ、うきうきと準備をし始めた。
久しぶりの休日も后の元へ足を運ぶのだから、自室でゆっくりしていればいいのに、と言いそうになった。ヴァシリスにとっては今が心休まるときなのかもしれない。
後宮内にある湖の畔まで行くと、子供たちが遊んでいた。
大人を引き連れたヴァシリスとフィリを不思議そうに見上げるが、側にいた大人たちは慌てた様子で膝を曲げて地に頭をつけた。
「ヴァシリス王子、フィリ様……大変申し訳ございません……! すぐに子供たちを……」
「よい。遊ばせてやれ。……子供たちにあげる菓子はあるか?」
ヴァシリスは侍従に尋ねた。
「フルーツタルトをいくつかご用意しております」
「あとで子供たちに渡してやってくれ」
ヴァシリスはフィリの耳元で「国王と下后の子だ」と囁いた。
侍従たちが準備を進めている間、子供たちが湖から上がってきた。
「楽しかったか?」
ヴァシリスが尋ねると、
「すっごい楽しかったです!」
と子供たちは元気よく答えた。
フルーツタルトを受け取るとはしゃぎ回り、彼らの侍従たちは冷静さを失っている。
「すまない。勝手に渡してしまった」
「いいんだ。子供が元気なのは見ていて楽しい」
青空では可愛らしい鳴き声の鳥が二頭飛び回っている。リリとラティだ。
何度かふたりの間をぐるぐると回ったあと、フィリの部屋の方角へ戻っていった。
「相変わらず仲が良いな。俺たちのようだ」
「卵を産む気配がないけれど、そんなものなのか?」
「リリはまだ大人になったばかりだ。母親になる準備ができていないのだろう」
「ラティは待ってくれているのか。優しいな。リリが母親になったら、僕のことなんて放っておいて子供に夢中になるんだ」
ヴァシリスは上機嫌に声を上げた。
「それはそうだろう。俺としてはリリにお前を取られずに済む。リリが帰ってくると、俺を構わずにすぐリリの元へ向かうじゃないか」
「それは仕方ない。甘えてくるリリを知らんぷりなんてできないんだから」
「ヴァシリス様、フィリ様、お食事の準備が整いました」
「わざわざイスやテーブルまで用意してくれたのか。シートを敷いてその上で食べるイメージだった」
「幼少の頃はそこら辺の大きな岩の上で食べたりもしていた。侍従からははしたないと怒られていたな」
「お前の子供時代はやんちゃだったのは想像がつく。落ち着いてイスに座って勉強ができないタイプだったんじゃないのか?」
「ちゃんと真面目に勉強はしていたさ」
侍従たちは何とも言えない顔をしている。
「ヴァシリス様、憚りながら、勉強中に窓から逃げ出して虫を追いかけ回していた記憶がございます」
「…………ばらすな」
フィリは青空に届くほど、高らかに笑った。
青空の下で食べる食事は格別だった。たっぷりの野菜と鶏肉のサンドイッチに豆とトマトのスープ、ヨーグルトと蜂蜜を和えたフルーツサラダ。デザートはタルトだが、残り少ない。
「そういえば、最近は絵を描いていないな。もう描かないのか?」
「しばらく描いていなかったな。また始めようと思うが、きっかけがない」
「なら、俺を描いてくれ。手紙にアイラを描いて送ってくれただろう? 羨ましくて仕方なかった」
「お前を? そうだな……」
自分の旦那を描くというのは、なかなか照れくさいものがある。
「キャラバンはまだまだ続く。画材も売っているだろうし、明日は別の侍従へ頼もうか」
夕方頃にアイラが帰ってきた。箱には新しいブランケットや羽織、宝石類など詰まっていた。
「こちらがフィリ様に頼まれたものです。茶屋と薬屋にていくつか購入して参りました」
「ありがとう。助かった。自分の分はちゃんと買ったか?」
アイラは照れ笑いを浮かべながら、金色に青の宝石が埋めてあるネックレスを見せた。
「サファイアはヴァシリス様の瞳のようで、それを包む金はフィリ様の御髪に似た色です。ひとめ見て気に入りました。それと……」
アイラは声をひそめ、小袋に入ったものをフィリへ差し出す。
「フードを被った男に、こちらのネックレスを勧められました。キャラバン初日だというのに半額でいいと。手当たり次第に声をかけている様子もなく、私の身なりを見て声をかけてきたように思います」
赤い宝石が濁っている。すぐに調べる必要がありそうだ。
「その男に何か気づいたことはあるか?」
「私の勘違いかもしれません」
「構わん。なんでもいい」
「男の声ですが……どこかで聞いた覚えがあるのです。誰の声かまでは思い出せません」
「聞いたことのある声か……」
「私は生まれも育ちもファルーハ王国です。異国へ行くことは滅多にございません。夏期休暇を頂いたときは後宮を出ましたが、ファルーハ王国内には滞在しておりました。ですので、後宮内で聞いた……のかもしれません」
「ひとまず、これは薬師へ回して毒を判別をしてもらい、そのあとは外廷の職人に見てもらうべきだな」
「国王へは俺から報告しよう。大儀だった、アイラ」
身近にいる人物なら、声の主は誰か判るだろう。それほど付き合いがなく、かといってまったくの他人ではない。
少なくとも、犯人はファルーハ王国内にいる。
鼻が曲がりそうだが、喉にまで細かな針で刺されたような痛みが襲う。
「普段から侍従たちへ何か贈り物をすべきだった。まさかこんなに喜ぶとは知らなかった」
「女とは買い物が好きな生き物だ。フィリもちゃんと何がほしいか頼め」
「前に薬の調合は疑われるからしないと言ったが、命を守るために毒を排出できるお茶くらいは作ろうと思う。薬草をいくつか頼んだ」
「それだけか?」
「着るものもまだまだたくさんある。アイラが何か買ってくると言っていたが……」
「下后たちよりも良いものを身につけなければならないんだぞ。上后としての威厳もある。俺がいくつかアイラに頼んでもいいか?」
「構わないが……何を買うつもりだ?」
「十二月にダンスパーティーがあるだろう? ティアラを作るための材料を頼んだ。あとで特注で作ってもらう」
「ティアラ? つけないといけないものか」
「上后しかつけられないんだぞ」
「その件なんだが……」
上后。聞くたびに重い言葉だ。
ヴァシリスは本当に下后を取らないつもりなのか。どうやっても子供を作れない。聞きたくても、勇気が出なかった。
「ヴァシリス様、フィリ様、行って参ります」
「存分に羽を伸ばしてきてくれ」
「ありがとうございます。フィリ様、よろしければ昼餉はピクニックなどいかがでしょう。せっかくヴァシリス様もいらっしゃるのです」
「ピクニックなんてしたことがない」
「それならたまには外で食事でもしようか。今日は日差しが心地良い。さっそくシェフに弁当を作ってもらおう」
決断力のあるヴァシリスはすぐに居残り組の侍従へ命じ、うきうきと準備をし始めた。
久しぶりの休日も后の元へ足を運ぶのだから、自室でゆっくりしていればいいのに、と言いそうになった。ヴァシリスにとっては今が心休まるときなのかもしれない。
後宮内にある湖の畔まで行くと、子供たちが遊んでいた。
大人を引き連れたヴァシリスとフィリを不思議そうに見上げるが、側にいた大人たちは慌てた様子で膝を曲げて地に頭をつけた。
「ヴァシリス王子、フィリ様……大変申し訳ございません……! すぐに子供たちを……」
「よい。遊ばせてやれ。……子供たちにあげる菓子はあるか?」
ヴァシリスは侍従に尋ねた。
「フルーツタルトをいくつかご用意しております」
「あとで子供たちに渡してやってくれ」
ヴァシリスはフィリの耳元で「国王と下后の子だ」と囁いた。
侍従たちが準備を進めている間、子供たちが湖から上がってきた。
「楽しかったか?」
ヴァシリスが尋ねると、
「すっごい楽しかったです!」
と子供たちは元気よく答えた。
フルーツタルトを受け取るとはしゃぎ回り、彼らの侍従たちは冷静さを失っている。
「すまない。勝手に渡してしまった」
「いいんだ。子供が元気なのは見ていて楽しい」
青空では可愛らしい鳴き声の鳥が二頭飛び回っている。リリとラティだ。
何度かふたりの間をぐるぐると回ったあと、フィリの部屋の方角へ戻っていった。
「相変わらず仲が良いな。俺たちのようだ」
「卵を産む気配がないけれど、そんなものなのか?」
「リリはまだ大人になったばかりだ。母親になる準備ができていないのだろう」
「ラティは待ってくれているのか。優しいな。リリが母親になったら、僕のことなんて放っておいて子供に夢中になるんだ」
ヴァシリスは上機嫌に声を上げた。
「それはそうだろう。俺としてはリリにお前を取られずに済む。リリが帰ってくると、俺を構わずにすぐリリの元へ向かうじゃないか」
「それは仕方ない。甘えてくるリリを知らんぷりなんてできないんだから」
「ヴァシリス様、フィリ様、お食事の準備が整いました」
「わざわざイスやテーブルまで用意してくれたのか。シートを敷いてその上で食べるイメージだった」
「幼少の頃はそこら辺の大きな岩の上で食べたりもしていた。侍従からははしたないと怒られていたな」
「お前の子供時代はやんちゃだったのは想像がつく。落ち着いてイスに座って勉強ができないタイプだったんじゃないのか?」
「ちゃんと真面目に勉強はしていたさ」
侍従たちは何とも言えない顔をしている。
「ヴァシリス様、憚りながら、勉強中に窓から逃げ出して虫を追いかけ回していた記憶がございます」
「…………ばらすな」
フィリは青空に届くほど、高らかに笑った。
青空の下で食べる食事は格別だった。たっぷりの野菜と鶏肉のサンドイッチに豆とトマトのスープ、ヨーグルトと蜂蜜を和えたフルーツサラダ。デザートはタルトだが、残り少ない。
「そういえば、最近は絵を描いていないな。もう描かないのか?」
「しばらく描いていなかったな。また始めようと思うが、きっかけがない」
「なら、俺を描いてくれ。手紙にアイラを描いて送ってくれただろう? 羨ましくて仕方なかった」
「お前を? そうだな……」
自分の旦那を描くというのは、なかなか照れくさいものがある。
「キャラバンはまだまだ続く。画材も売っているだろうし、明日は別の侍従へ頼もうか」
夕方頃にアイラが帰ってきた。箱には新しいブランケットや羽織、宝石類など詰まっていた。
「こちらがフィリ様に頼まれたものです。茶屋と薬屋にていくつか購入して参りました」
「ありがとう。助かった。自分の分はちゃんと買ったか?」
アイラは照れ笑いを浮かべながら、金色に青の宝石が埋めてあるネックレスを見せた。
「サファイアはヴァシリス様の瞳のようで、それを包む金はフィリ様の御髪に似た色です。ひとめ見て気に入りました。それと……」
アイラは声をひそめ、小袋に入ったものをフィリへ差し出す。
「フードを被った男に、こちらのネックレスを勧められました。キャラバン初日だというのに半額でいいと。手当たり次第に声をかけている様子もなく、私の身なりを見て声をかけてきたように思います」
赤い宝石が濁っている。すぐに調べる必要がありそうだ。
「その男に何か気づいたことはあるか?」
「私の勘違いかもしれません」
「構わん。なんでもいい」
「男の声ですが……どこかで聞いた覚えがあるのです。誰の声かまでは思い出せません」
「聞いたことのある声か……」
「私は生まれも育ちもファルーハ王国です。異国へ行くことは滅多にございません。夏期休暇を頂いたときは後宮を出ましたが、ファルーハ王国内には滞在しておりました。ですので、後宮内で聞いた……のかもしれません」
「ひとまず、これは薬師へ回して毒を判別をしてもらい、そのあとは外廷の職人に見てもらうべきだな」
「国王へは俺から報告しよう。大儀だった、アイラ」
身近にいる人物なら、声の主は誰か判るだろう。それほど付き合いがなく、かといってまったくの他人ではない。
少なくとも、犯人はファルーハ王国内にいる。
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