後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

020 王国に蠢く闇─①

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 十二月に入ると肌を突き刺すような風が吹き、カゴのフルーツはまた種類を変えた。
 ルロ国ほど気温は下がらないが、慣れは恐ろしいものである。雪国生まれで厳しい冬には慣れているはずなのに、今ではどのようにして過ごしてきたのか思い出せなくなっていた。
 寝間着を手繰り寄せ、毛布の中で身につけた。
「もう起きるのか?」
 かすれた声のヴァシリスは、うっすらと目を開ける。
「もう少しでアイラが来るぞ」
「湯浴みをするんだし、わざわざ着替えなくてもいいだろう……」
「寒いんだよ」
 アイラが中へ入ってきた。
「ヴァシリス様、フィリ様、お目覚めでしょうか。おはようございます」
「おはよう。僕たちはもう起きている。朝餉の前に湯浴みがしたい」
「かしこまりました」
 乱れた布団や量の減った香油を見られるのは気恥ずかしさがあるが、これも大事なことだとヴァシリスに諭された。仲が良ければ侍従も安堵するのだと。
 浴場ではヴァシリスとゆっくり浸かり、温まった頃には朝餉が二人分用意されている。当たり前の光景だが、下后がいる王子はこうはいかない。上后下后関係なく王子は他の后たちの元へ足を運ぶ。同じように愛さなければ亀裂が生まれるためだ。
「お茶はジャムと蜂蜜をご用意しております」
「蜂蜜にする」
「俺も同じものを」
 今日の朝餉はバターと野菜をたくさん挟んだサンドイッチと、豆のスープ、卵と葉物野菜のオムレツ、ヨーグルトとフルーツだ。
「今日から僕はダンスレッスンが増えるんだ。足腰痛むだろうな」
「ダンスパーティーももうすぐだし、初めて一緒に踊ることになるな。今年は国王が変わって初めてのパーティーになるから、異国の王子や姫も呼び、いつもより大規模になるぞ。」
「……僕が失敗したら、恥をかくのはヴァシリスだ。本格的にダンスの教師がつくんだけれど、かなり厳しい先生らしい」
「アヤ?」
「そう、その人だ」
「歴代の后へダンスを教えてきた先生だ。俺も彼女から習ったな。俺はお前のダンスの腕がどうだろうとも関係がない。一緒に踊って愉しみたいだけなんだ」
「そう言ってもらえるといくらか肩の荷が下りるよ」
 フィリは自身のダンスの腕前をいくらか理解している。アイラにもヴァシリスにも褒めてもらったことがない。
 練習着に着替えてフロアへ向かうと、アヤが待ち構えていた。
「第三王子の上后・フィリ様でございますね。私の稽古は厳しいですから、そのつもりで」
 スカートから垣間見えるアヤの足は筋肉がぼっこりと浮き出ていて、どれだけの経験を積んできたか理解できる。
 浅黒い肌に手を添えると、女性の身体とは思えないほど固かった。
「基本のステップはできています。が、身体がとにかく固い。ストレッチをしていますか?」
「いや、していない」
「これから毎日、湯浴みの後になさって下さい」
「ストレッチをしてうまくなるのか?」
「身体のしなやかさは基本でございますよ。王国の王子の后として、しっかりと作法を身につけて頂かねばなりません。ダンスも作法の一つです。ヴァシリス様はジャミル様と違って寛大なお方でいらっしゃいますから、あまり口うるさくはおっしゃいません。ですが、恥をかくのはヴァシリス様ですよ」
「……………………」
 フィリが何も言わないで彼女の目を見つめていると、アヤは目を見張って逸らした。
「王国の王子を邪険に扱った件は言わないでおく」
 アヤは深くため息をつき、首を振った。
「そうして頂けると助かります。さあ、お稽古の続きをいたしましょう」
 アヤの態度は、王子に対する謝罪の言葉もなく、どこか意思の強さと諦めの態度に見えた。



「フィリ様、ヴァシリス様がいらっしゃいました」
「今、行く」
 寝台から降りると、ちょうどヴァシリスが上着を脱がされているところだった。
 アイラたちが部屋から出ていき、ヴァシリスと熱い抱擁を交わす。
「寝ていたのか?」
「アヤから湯浴みの後にストレッチをするように言われたんだ。身体が固いと」
「確かめてやろう。おいで」
 悪戯な笑みを浮かべたヴァシリスはフィリの手を恭しく取り、寝台へ乗った。
「足、開いて」
 耳元で囁くヴァシリスに、素直に従う。
「あ、こら。どこ触っているんだ」
「触ったか? それはすまない」
 ヴァシリスは半笑いで、フィリの耳を舐め、胸元に手を差し入れた。
 夜はまだまだ長い。瓶の先端まで補充されている香油を手に取り、蓋を開けた。



「固い」
 ヴァシリスは滑舌よくはっきりと口にする。
 フィリは水を飲み終えると、棚にグラスを戻した。
「固い?」
 何のことかと首を傾げると、
「いつもは意識をしていなかったが、身体が固い」
「そういえば、そんな話をしていたな。今日は普段とは違う体勢だと思っていた」
 ヴァシリスの腕に頭を乗せ、身をくっつけた。
「ストレッチの件もそうだが、なんだか浮かない顔をしているな。他に気になることでもあるのか」
「お前はなんでも判るんだな」
「フィリのことならなんでも知りたい」
 ダンスの稽古中にアヤとの会話をできるだけ詳細に話した。
「アヤもヴァシリスに話が筒抜けになることは承知していると思う。目がどうでもいいと訴えていたから」
「そのくらいで刑を処するわけがない。むしろ不満があるのは当然だ。人間の感情を蔑ろにするなど、あってはならない。アヤの息子は処刑されているんだ。ファルーハ王国に不満も募らせているのは百も承知。彼女からすればそれ相応の給料がもらえ、家族もここへ住み、得意のダンスで働けるのは出ていくより待遇が良いと判断しているからだろう」
「息子を? なぜだ?」
 飛び起きそうになるが、ヴァシリスに背中を回され布団の中へもう一度入った。
「ジャミル兄様が宝石つきのネックレスを落としたんだ。侍従総出で探したら、持っていたのはアヤの息子だった。まだ言葉もろくに話せない息子は宝石の価値など判るはずもない。ただ拾っただけだと皆の認識だったが、兄様は窃盗だと激高し、息子を水刑に処したと聞いている。俺は生まれていなかったから、まったく覚えていない話だ」
「幼い子供まで手をかけたのか?」
 怒りの言葉を口から出そうになり、ヴァシリスに唇を塞がれた。
「墓に手を合わせたい」
「墓はないんだ」
「建てることすらしなかったのか」
「いや、違う。遺体がなくなっていたんだ。まるで神隠しにあったかのように。ただもし見つかっても、ジャミル兄様の顔に泥を塗る行為となる。どの道、建てられなかっただろう」
「遺体が消えていたと?」
「幼子だから水に流されてどこかへ行ったのだろうと言われていたようだが、今思うと不思議だ。探しても見つからなかったそうだ」
「……可能性の話だが、もし生きているとしたら?」
 ヴァシリスは口を開いては閉じ、また開く。言いたいことがあっても、まとまらないのだろう。端から否定できる話でもないのだから。
「肯定のしづらい話ではある」
「ま、そうだ。発言者の僕もそう思う。気にしないでくれ。さあ、もう寝よう。ずっと動きっぱなしで疲れた」
「お疲れ。本当によく動いてくれた」
 何か言い返してやりたかったが、それよりも瞼が閉じるのが早かった。
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