後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

023 王国に蠢く闇─④

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「押さえろ」
 ジャミルが命じると、壁際で控えていた男たちはフィリの腕に触れようとする。
 宝石のように輝く瞳に見つめられ、一瞬たじろいだ。
 上からのし掛かってくる重みは王子としての尊厳の欠片もなく、無様な醜態を晒すただの男だった。
「慰み者になることを判っていてやってきたのか」
「僕の身体一つで満足するのなら安いものさ」
 ジャミルはフィリの服に手をかけると、ナイフで引き裂いた。
 白い肌にいくつも残る淡く色づく跡は、愛され続けている証だ。
「ヴァシリスの具合はどうだ? 毎日はめてもらえて、何度気をやった?」
「いちいち話していないで早くしろ」
 ジャミルはナイフを握りしめる。フィリの白い肌に当てると、赤い線が浮かび上がった。
「ジャミル様! それはさすがに……」
「なんだ? 俺に逆らうのか?」
 ジャミルは舌打ちをし、ナイフを壁に向かって放り投げた。
 ナイフは壁へと突き刺さり、男たちは息を呑む。
「そこのお前。俺に逆らった罰だ。この場で首を切れ」
 唖然としたのはフィリだけではなかった。命じられた男も何を言われたのか理解できずに、口を開けっぱなしにしている。
「そうやって自分に不都合な者は平気で殺めてきたのか? 侍従を何だと思っている」
 怒りが収まらず、声が震えてしまっている。
 怒りの矛先はフィリへ向いた。
 ジャミルはフィリの首に手をかけると、体重をかけた。
「おやめ下さい!」
「誰か! フィリ様が!」
 意識か遠退いていく。アイラは無事だろうか。ヴァシリスの婚約はうまくいっているだろうか。元々は処刑場へ向かうものだと思っていた。それがこんなにも幸せで満たされてしまった。
 最期に思い出すのはファルーハ王国で出会った人々のことばかりで、ルロ国に関しては一つもなかった。なんて親不孝なのだと自虐する。
「ヴァシリス…………」
 ありがとう、と声にならない息が漏れたとき、扉が大きな音を立てた。
 何人もの足音が聞こえ、そこでフィリは意識を手放した。



「──……ああ、判った」
「では、失礼します。あまり無理をなさらないように」
──誰かの声がする。
 小さな意識はあるものの、まぶたが重くて開けられない。
「ヴァシリス…………」
 一番言わなければならない言葉のような気がした。
 意識朦朧としたまま呟くと、誰かがフィリ、と呼んでいる。
 またもや意識が薄れていく。



「今日だけ特別だからな」
「うん。ちゃんと許可取ってから入ることにした」
「こら。許可は出ないものなんだぞ」
「ヴァシリス兄様ってフィリのことになると口うるさいよね」
「俺の后だからな」
「ねーねー、お花ここに飾ってもいい?」
「そこは倒れたりしたらフィリに当たるだろう。テーブルにしよう」



「ヴァシリス様、そろそろお休み下さい」
「ああ。もう少しだ。サーリャ様への手紙の返事を書かなくては。彼女もとても心配している。フィリがよくなったらぜひまたお茶会にお誘いしたいそうだ。たくさんのお茶菓子もご用意下さると書いてある」
「まあ。フィリ様もきっとお喜びになられますわ」



「また来たのか」
「ヴァシリス兄様が寝ずに看病してるってアイラから聞いたんだ」
「睡眠は取っている。それより、ちゃんと授業は受けているのか?」
「大丈夫だよ。今日の分は終わったし。これね、僕のお茶菓子なんだ。ヴァシリス兄様に食べてもらおうって思って……」
「……ありがとう。せっかくだから二人でお茶にしよう」
「やったー! フィリが目覚めたら、一緒にダンスレッスンするんだ。その後はお腹がぺこぺこになるから、お茶にするって決めてる」
「ダンスレッスン? それはいい。ハラは上手いからぜひフィリに教えてやってくれ」
「ここだけの話さ、フィリってダンス下手だよね」
「…………フィリは頑張っている」



「ヴァシリス様。スィル様とリンメイ様からお花が届きました。いつもハラが迷惑をかけてすまないと、お伝え下さいとのことです」
「上后の部屋に毎日のように忍んできて、気が気でないのだろう。窓際に飾ろうか」
「フィリ様が目覚めたら、驚くかもしれませんね」
「こんなにも素晴らしい花だからな」









 まぶたが重い。指先を動かすことすら億劫だ。
 一度閉じ、今度はゆっくりと開けた。鮮明とは言い難いが、窓には大きな花、テーブルには大量のフルーツが見える。
「フィリ様?」
 声のする方へ目線を向けると、アイラが大きく目を見開き、手が震えている。
「フィリ様! ああっ……フィリ様……ようやくお目覚めに……」
「アイラ…………」
「すぐにヴァシリス様を呼んで参ります」
 アイラは落としたカゴをソファーに置き、部屋を出ていった。
 ほどなくして、ヴァシリスと医師が入ってきた。
「フィリ……良かった」
 言葉短めにヴァシリスは呟くと、フィリの手を握った。
「心配はご無用。徐々に良くなりますよ」
 医師は顔を綻ばせ、薬の説明をする。
「食事は少しずつ増やして下さい。こちらは胃薬になります。頭と胸元の傷は問題ありませんが、こちらの塗り薬を塗れば傷は早く良くなります。では、私はこれで」
 医師は胸を撫で下ろし、一礼して部屋を後にした。
「僕……どのくらい寝ていた?」
 かすれた声しか出なかった。
「だいたい一週間ほどだ。殴られたことは覚えているか?」
「殴られた? 誰に?」
「ジャミル兄様にだ。当たりどころが悪く、気を失っていた」
「……助けてくれたのか」
「アイラが状況を説明してくれ、俺はすぐに国王へ緊急の謁見を求めた。国王もジャミル兄様の振る舞いに手を焼いていた。そこへお前の侍従二人が血相を変えてくるものだから、上后の身の危険だと兵を何人か動かしてくれた」
「そこまでしてくれたのか……。アイラ、ありがとう」
「もったいないお言葉です……」
 アイラはハンカチで顔を拭った。
「ジャミル兄様の侍従はすべてを話してくれた。お前に命を助けてもらったと、感謝していた」
「僕は何もしていない」
「……全部、聞いた」
「自分を責めるなよ。僕はこうして生きている。無事だったんだ」
「責めても責めてもお前はずっと眠っていた。もしこのまま……などと、あってはならないことまで考えてしまった」
「僕は大丈夫だ。ヴァシリスが思うような、最悪の事態にはなっていない」
「ああ、医師にもしっかりと確認してもらった。生きていて良かった」
 ヴァシリスからの優しい口づけだ。
「たくさん寝たのに、まだ眠い……」
「眠ってくれ。起きたらいろいろな話をしよう」









 目覚めてからというもの、見舞いの品が次々に届けられ、フィリは寝台の上で手紙を書き続けた。
 国王の上后であるサーリャには、ヴァシリスが代わりに返事を書いたという。目が覚めたこと、手紙のお礼、食事は少しずつ取れるようになったと書いた。
 寝ている間、なんとなくハラの声が聞こえた気がしたが、やはり来ていたらしい。窓辺にある花は彼からの贈り物だ。ハラの父母であるスィルとリンメイにも手紙を送った。
 最初の食事はどろどろのスープ。次にフルーツジュース。徐々に固形物を増やし、パンも食べられるようになった。
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