後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

024 王国に蠢く闇─⑤

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 横にいるヴァシリスは椅子に腰掛けたまま姿勢を正した。
「ジャミル兄様の件だが……」
「言ってもらって問題ない。僕は当事者で、どうなったのかちゃんと聞きたい」
 ヴァシリスはというと、ほとんどの仕事をフィリの部屋で行ったと、アイラがこっそりと話した。
「ジャミル兄様は牢屋の中にいる。とは言っても、王族の入る牢屋だがな。王国裁判にかけられることになった」
「王国裁判?」
「上后を傷つけた罪は重い。それにジャミル兄様の侍従たちは、自害を促されたのにフィリが庇ってくれたのだと必死に訴えた」
「……ジャミル王子の侍従は僕が胸元をナイフで切られたとき、庇ってくれたんだ」
「王国裁判には当事者の意見がそのまま反映される。何があったか聴取が行われるが、裁判中に読まれる手紙も書いてもらうことになる」
「もちろんだ。僕が書かなければジャミル王子の従者たちは丸め込まれて何らかの罪に問われてしまう」
 もう一つ、聞きたいことがあった。この流れで聞いていいものか考えあぐねていると、
「異国の姫との婚約だが、破談になった」
「ああ……そうか…………」
「お前のせいではないから、責任を感じる必要はない。上后を一番に愛し、下后は愛せる自信がないとはっきり伝えた。姫の父君はジャミル王子へ嫁がせるのもありだと話してくれた。彼は見境なく下后に迎え入れるからな。ところが、お前がジャミル王子に襲われたと姫にも伝わった。向こうから破談にしてくれと言ってきた」
「たとえ政略結婚であっても、父は娘の幸せを願うものだ。ヴァシリスは乗り気でないし、ジャミル王子が捕まったとなれば、父君も渋る理由になる」
 口から出た言葉は違和感しかない。フィリの結婚は、ルロ国では誰も祝福などしていない。無論、国王の父でもだ。
 フィリの様子をじっと見つめるヴァシリスは、手の甲に唇をつけた。
「俺もお前も幸せにならない。過去にはたった一人しか娶らなかった王子も存在していたと、国王に訴えたよ。国王がおっしゃるには、ファルーハ王国では性別関係なく当たり前に結婚できるが、そうはいかない国もある。俺の見栄えのために勧めて下さったのだそうだ。お気持ちだけ頂戴するとお伝えした」
「結果、これで良かったのかもな」
「姫が俺と結婚しても、幸せになれない。お互いにこれで良かったんだ。俺はともかく、他の王子たちは子宝に恵まれている。俺一人に子がいなくても、支障はない」
 ヴァシリスは肩の力が抜け、どこかすっきりした様子だった。気を張っていたのだろうと、王子としての重圧を感じる。
「王国裁判では、僕も立たせてもらうことはできるだろうか」
「可能だが、無理することはない。ジャミル兄様に会いたくないだろう」
「僕の身に起こったことだ。できるだけ自分の手で落とし前をきっちりつけたい」
 ヴァシリスは天井を見上げ、腕を組んだ。
「王子だろうが国民だろうが、裁判は公平に行われる。自身の口で説明するのは一番の証明になるが……」
「ヴァシリス、僕は王子の影に隠れるような人間じゃない。誰に命を受けたわけでもなく、僕自身が決めたことだ」
「…………判った。裁判官には書類を提出しておく」



 春の花がもうすぐ地上へ顔を出そうとする季節──王国裁判が始まろうとしていた。
 被告人があの第二王子・ジャミルであると民衆にも伝わり、王国をざわつかせた。
「これより開廷します」
 扉の向こうで、裁判長の声がする。
 フィリは何度も深呼吸を繰り返し、震える足に力を込めた。
 裁判など初めての経験だ。ヴァシリスとアイラからの情報だが、ファルーハ王国の裁判長は外廷の一角に暮らしていて、たとえ国王であろうとも会うことは許されない。公平性の問題が揺らぐ可能性が高いためだ。それに事前に誰が裁判長になるのか、情報が漏れないようになっている。
「フィリ様…………」
「そんな心配をしなくてもいい。裁判の流れも何度も確認した」
「こちらで見守っております」
 タヌエルク神ののご加護を──アイラは祈りの言葉を口にした。
 いよいよだ──フィリは一歩、また一歩と踏み出した。
 まず目に入ったのは、真っ白な服を着たジャミルだった。彼は最後に会ったときより頬が痩せこけ、一気に老けたように思う。
 目が合うが、フィリはすぐに逸らして証言台に立った。
「名前と職業を述べて下さい」
「名はフィリと申します。第三王子・ヴァシリスの上后です」
「違いない。あなたの調書を確認した。第二王子・ジャミル氏により、お茶会に誘われ、ついて行った。それは本当ですね」
「立場上、ついて行くしかありませんでした」
「立場上とは?」
「私は上后の立場でしかありません。第二王子と上后、どちらが立場か上か、裁判長のあなたでもご存じかと思います」
「ついて行き、お茶会が開かれるとは思いましたか?」
「まったく思いませんでした。殺されるよりは犯される方がましだと考えた結果です」
 これには裁判員たちもざわついた。
「被告人の女癖の悪さは後宮内でも知らない者はいません。事実、下后たちの数は何十人といます。前代未聞の数です。私は男で、最悪妊娠のリスクもありませんから」
「意義あり」
 被告人の弁護士が手を上げた。
「仕方なくではなく、望んでついていった可能性も捨てきれません」
「意義あり」
 原告側には弁護士しか座っていない。フィリ個人ではなく、王国が訴えたためだ。原告側の弁護士も同じように手を上げた。
「ただの想像の域を越えません。それに誘導尋問になり得ます。フィリ氏は元々、ジャミル氏が好色家だということは知っていました。それにフィリ氏は立場上という言葉を用いりましたが、上后という地位がありながら、ジャミル氏に望んでついていくなどあり得ません」
「認めます」
「前にジャミル氏は後宮内のフィリ氏の部屋に入ってきたことがありました。ヴァシリス氏が異国から戻ってきた日です。今回の件で、ジャミル氏は二度も禁断の部屋に入ったことになります。狙っていたのはまぎれもなくジャミル氏です。フィリ氏はジャミル氏の部屋へ自ら入ったことは一度もありません。このことから、フィリ氏はジャミル氏に特別な想いすら抱いておらず、望んでついていくなど有り得ないことを意味しています」
 被告人の弁護士は椅子に深く座り直した。意義すら唱えなかった。普段からの行いがより良い方向へ向かっている。
「また、もう一つ。被告人は王族に毒を盛った、という噂があります。こちらの件も……」
「ちょっと待って下さい」
 うなだれていたジャミルより、また被告人の弁護士よりも先に、フィリは声を上げた。
「毒の件は彼が盛ったという証拠がない」
 フィリの言葉に、傍聴人たちは騒然とした。
 「あいつが盛ったに決まっている」だの「被告人を庇うのか」だの言いたい放題聞こえてくる。
「すべての罪を押しつけるのは簡単だが、それだと王国裁判の意味がない。ここは民衆だろうが国王だろうが公平に裁かれる場だと聞いています。もしジャミル氏が毒を盛った犯人ならば、それ相応の証拠を元に別の裁判を行うべきです」
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