後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

027 后は焚刑への階段をのぼる

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 アヤが逮捕されてから数日が過ぎた。最初は頑なに語ろうとしなかったが、徐々にジャミルへの怨みを漏らすようになった。やはり彼女は、息子を奪われたことに対する怨恨だった。
 国王の刻印を複製したこと、予備のタンクに水銀を入れようとしたこと──王国裁判にかけられるが、実刑は免れない。
 同時に、北区域にある井戸の秘密が明らかになった。人工的に掘られ、何人もの足跡が発見された。通じていた秘密の入り口は、山へ向かっている。
 国王はすぐに兵を動かし、山に潜む数十人もの人間が逮捕された。中には後宮から消え去った者も含まれていた。
 小屋には相当の数の銃が見つかり、まるで戦争でも起こすかのようだ、と噂が広がった。
 もし、ハラから北区域の話を聞かなかったら──そう思うと、子供の話は耳を傾けるべきだと肝に銘じた。
「浮かない顔をしているな」
 仕事が忙しい間は上后の部屋に来なくていいと何度も伝えたが、ヴァシリスは毎日やってくる。
 疲労の色が見えるヴァシリスを強く抱きしめ、寝台へ誘った。
「アヤが捕まった。首謀者だった。どうしても一つ、解せない点がある」
「なんだ?」
「アヤの息子の件だ。水刑に処されたが遺体が出なかったと言っていた。……ただの思い過ごしなんだろうか」
「その件は俺たちの会話の中で出た話だ。普通ならばとうに亡くなっている」
「……やっぱり考えすぎなのかもな」
「神経質は心を痛めるが、フィリがハラの話にちゃんと耳を傾けてくれたから大事には至らなかった。国王も感謝していた」
「もったいないお言葉だ」
「その件とは別に、全員の出自を調べることになった。昔は出自に関してあやふやにしたまま後宮や外廷で職に就かせることができた。もちろん、アヤの息子も調べるべきだと考えている」
「性別と年齢である程度は判断できると思う。アヤの息子が処刑されたとき、ヴァシリスは生まれていなかったんだよな」
「そうだ。子供の年齢は五、六歳だったと聞く。処刑が行われてから、俺が生まれた」
「なら二十代半ばくらいの男性にしぼることができるんじゃないか」
 ヴァシリスははっとして、何か考え込むように腕を組んだ。
「ヴァシリスも考えすぎるなよ」
 彼の唇を食むとようやくベッドへ押し倒された。
 ヴァシリスにはそう言いつつも、フィリには一つ懸念があった。あまりにも事件解決が早かったことだ。呆気なさすぎたのだ。小屋に武器を隠すのも山へ反乱者が隠れていたことも、誰でも思いつくことで用意周到とは言い難い。気をそらすために、わざと捕まったのではないか、と。



「フィリ様、ルロ国から書状が届いております」
 アイラから受け取った書面に目を通すと、嫡男の第一王子の葬儀を執り行う内容だった。
「フィリ様、すぐにヴァシリス様へご報告をして、お帰りになられる手筈を整えます」
「いや、行かない。そもそも、なぜ僕を呼ぼうとしたのか理解できない」
 アイラの大きな瞳が潤んでいる。ファルーハ王国で育ったアイラには考えられないのだろう。
「アイラも知っているだろうが、ルロ国では僕のような色素の薄い人間は魔女の生まれ変わりだと言い伝えられている。生涯を牢獄で過ごし、魔女を焚刑に処して見せしめにする。そうすることで、国民の反発感情を抑えてきた。戻ったところで歓迎されるはずがない」
「ですが、それならばなぜフィリ様へ葬儀の日程を送られたのでしょう」
「さあな。一応建前なんじゃないか。どのみち、今のファルーハ王国がこのような状況で僕一人が里帰りなんてできるわけがない。断りの一報を入れる」
「……かしこまりました」
 アイラは一礼し、下がった。
 もう一度、書面に目を通した。
 葬儀の日程だけではなく、王子は流行病により亡くなったと書いていた。差出人は国王である父ではなく、嫡男。つまりフィリの兄だ。
 愛する祖母を火炙りにし、平然と動き続けるルロ国。回り続ける歯車は錆び付き、誰もが動かせなくなっている。
「フィリ」
 はっとして扉へ顔を向けると、ヴァシリスが立っていた。
 ヴァシリスはフィリの隣に座ると、
「アイラから聞いた」
 と言葉短めに言う。
「わざわざ書状が届いたのは、葬儀に出席してほしかったのだと思う」
「上后がホイホイ後宮から出られないだろう」
「そうだな。ただ例外はある。俺が国王へ言って、話をつけよう」
「兄の息子には会ったこともない。行く義理もない」
「フィリ」
 ヴァシリスの両手はフィリの顔を包む。大きくて暖かな手だ。
「目が揺れている。意思の強いフィリにしては珍しい。俺が異国で塩作りに励んでいたとき、フィリは待っていてくれた。俺もフィリを待つ」
「……本当に?」
「本当だとも。たった数週間だろう?」
「その数週間が寂しいんだ。もし僕のいない間に、何かあったら……」
「俺はそんなに弱い王子じゃないぞ。剣の修行も怠らないし、身体だって鍛えている。フィリが一番知っているはずだ」
「ああ、もちろんだ。毎日見ているからな」
「ここにいるとき以外は警戒している。心配するな。お前の幸せそうな顔を、ぜひとも家族に見せてきてくれ」
 そこまで言われると、猜疑心の固まりが間違っているような気がした。
 フィリはアイラのみをお供につけ、ルロ国へ行くことになった。侍従の数を増やすべきだと言われたが、あまり大袈裟にしたくなかった。念のためにリリも一緒だ。
「同じ馬車になりますが、どうかご容赦下さい」
「出会ったときも言っていたな」
「左様でございました」
「僕はそういうのは気にしない。それより、アイラも膝にブランケットをかけてくれ。ルロ国に近づくと凍えるぞ」
「お優しいお言葉、感謝いたします。では、そのようにさせて頂きます」
 一晩宿に泊まり、山を越えてルロ国の敷地内へ入った。
 春の顔が見えているのに、ルロ国はまだ雪が積もっている。
 寒さに慣れていたはずだが、ファルーハ王国の生活に慣れてしまったせいで肌は突き刺すような感覚だ。
 国に入る直前、兵士に馬車を止められた。
「ルロ国の元第四王子・フィリだ。第一王子より葬儀の参列の有無を書状により頂いた」
 書状と刻印を見えるように見せると、兵士たちは顔を見合わせ、後ろへ下がった。
 そのまま馬車は先へと進む。
 やけにあっさりだ。アイラの顔色も警戒一色になった。
 歓迎の言葉一つもなく、何か企みがあるようにさえ感じた。
 馬車が途中で止まる。兵士たちが皆一斉に集まり、奥から第一王子であるサウリが現れた。
 フィリはアイラの上着のポケットに手を忍ばせ、背筋を正して馬車を降りた。
「ファルーハ王国からわざわざお越し下さり、ありがとうございます」
「兄上、お久しぶりです」
 面影はある。最も、牢獄にいる間も一度たりとも会いに来なかった男だ。フィリは何の感情も込めず、無愛想に言い放つ。
「流行病と伺いました。残念でなりません」
「今やルロ国全体に広がり、民衆の不安は広がっています。鎮静化させるには、儀式が必要と考えました」
「儀式?」
 フィリは訝しみながら聞き返す。
「儀式には贄となる者が不可欠です」
 アイラが名を呼ぶのと同時に、フィリは兵士たちに腕を捕まれ、拘束具をつけられてしまった。
「僕の侍従はルロ国とは何ら関係がない。客人として丁重にもてなせ。指一本触れたら許さない」
「フィリ様!」
「今は魔女と呼べる風貌の人間はお前だけだ。残念ながら他に生まれていない」
「残念なのはこの国の因習を盲信しているお前たちだ」
「タヌエルク神の生まれ変わりなど、お前たちの王国の人間も狂信している哀れな連中だ」
「僕の王国を貶めるようなら、黙認できない」
 サウリは斜に構えながら、
「安心しろ。お前の侍従は折り目正しくもてなす。ちゃんとファルーハ王国へ返してやる」
 冷たく言い放つと、フィリの背中を強く押した。
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