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第一章
028 后は焚刑への階段をのぼる─②
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懐かしい地下室は、何も変わっていなかった。
ただ鼻につく臭いは昔と比べてきつくなっている。カビの悪臭は掃除が行き届いていない証だ。
カビの臭いは建物より、読み漁った本からだ。虫干しを行っていないからだろう。
とんでもないことに巻き込まれてしまったが、想定していた範疇でもあった。身動きの取れるアイラが何とかしてくれるだろう。それに、このような状況でヴァシリスは放っておくはずがないと確信している。
「フィリ様」
兵士の一人が扉を叩いている。
「入っていいぞ」
「失礼いたします。国王が引見を求めております」
「父が?」
珍しいこともある。ルロ国にいたときは滅多に顔すら見せなかった。
兄のサウリとは比べると、父の顔は懐かしさを感じる。兄に比べて会う頻度はそれなりにあったからだろう。
「判った。すぐに向かう」
昔に比べ、父は頬が痩せこけていた。だが凛とした姿勢は威厳を失わず、品格が滲み出ている。
「ご健勝のことと存じます。葬儀の参列の有無を知らせる書状を頂きましたので、参上いたしました」
「儂はそんなものを送った覚えはない」
瞳が揺らぎ、声色に怒りが滲んでいた。
判ってはいた。歓迎などされるはずはないと。そんなことは微塵も起こり得ない。それなのに胸が圧迫され、息を吸うのがやっとだった。
「憚りながら、サウリ兄様より頂きました」
しばらく静寂に包まれた。空気がぴりつき、肌には汗が浮き出てくる。
「お前の儀式は一か月後、執り行うこととなった。しっかりと務めを果たし、国民のために常世へ行くように」
「一か月後? 出過ぎたことを申しますが、流行病により国民に動揺が広がっているとお聞きしました。なるべく早く執り行うものかと」
「サウリは早めるべきだと言うが、子の葬儀を優先とする。儂が決めたことだ」
「……僭越ながら、一つお願いがございます」
「何だ」
「私の侍従に関してですが、彼女をファルーハ王国へ帰して頂きたいのです。髪や肌の色の通り、彼女は純潔な人間であり、魔女の血は入っておりません。一か月後の儀式には不必要でございます」
「彼女にもそう伝えたが、儀式を目に焼きつけてから帰ると頑なだった。傷一つつけることは儂が許さない。約束しよう。それまで、客人としてもてなす。心安らかに逝くように、侍従と隣の部屋で過ごすがよい」
「感謝申し上げます」
「下がってよい」
一か月間、苦しむくらいならいっそ明日にでも焚刑に処せばいいのに、と心の中で吐き捨てた。
最期に見る父の顔は、何を考えているのか判らなかった。
「フィリ様…………!」
アイラを客人としてもてなすと言った言葉は嘘偽りなく、彼女は無事だった。
連れて来られた部屋はアイラがいる部屋と隣同士であり、扉一つで行き来できる。
「今までの生活を考えると破格すぎるな。ルロ国でこんな立派な部屋に通されたのは生まれて初めてだ」
「お怪我はございませんか? 助けられず、申し訳ございません」
「そんなことは気にするな。こうなると予想もしていた」
「フィリ様よりお預かりした笛で、手紙をつけてリリを飛ばしました」
「ありがとう。笛はファルーハ王国へ帰るまで、アイラが持っていてくれ」
「フィリ様……」
「僕が何もせず死を待つことなどするはずがないだろう。ヴァシリスもきっと助けてくれる」
アイラはお茶を入れ、テーブルへ置いた。
「国王陛下にとてもお優しくして頂きました。ファルーハ王国での生活が気になるようで、フィリ様がどのようにお過ごしになられているかと、お聞きになりました」
「…………僕の知らない父と話したのか?」
「国王陛下はお一人では? フィリ様と目元がよく似ていらっしゃいます」
先ほど会った国王は、処刑の日程の報告をしていた。同一人物だとはとても思えなかった。
処刑の日まで残り一週間となった。
この数週間、いろいろなことを考えていた。
まず、出てくる食事はルロ国で出されていたものと打って変わり、ちゃんと味つけされた豪華なものだった。しかも茶菓子まで用意される始末。ますます何を考えているのか理解不能だ。
案内された部屋も謎が残っている。カーペットの下に、非常階段がある。気づかないはずがない。
「リリは無事に着いただろうか」
「もちろんです。返事がないということは、早急に対応をして下さっているはずです」
ただ鼻につく臭いは昔と比べてきつくなっている。カビの悪臭は掃除が行き届いていない証だ。
カビの臭いは建物より、読み漁った本からだ。虫干しを行っていないからだろう。
とんでもないことに巻き込まれてしまったが、想定していた範疇でもあった。身動きの取れるアイラが何とかしてくれるだろう。それに、このような状況でヴァシリスは放っておくはずがないと確信している。
「フィリ様」
兵士の一人が扉を叩いている。
「入っていいぞ」
「失礼いたします。国王が引見を求めております」
「父が?」
珍しいこともある。ルロ国にいたときは滅多に顔すら見せなかった。
兄のサウリとは比べると、父の顔は懐かしさを感じる。兄に比べて会う頻度はそれなりにあったからだろう。
「判った。すぐに向かう」
昔に比べ、父は頬が痩せこけていた。だが凛とした姿勢は威厳を失わず、品格が滲み出ている。
「ご健勝のことと存じます。葬儀の参列の有無を知らせる書状を頂きましたので、参上いたしました」
「儂はそんなものを送った覚えはない」
瞳が揺らぎ、声色に怒りが滲んでいた。
判ってはいた。歓迎などされるはずはないと。そんなことは微塵も起こり得ない。それなのに胸が圧迫され、息を吸うのがやっとだった。
「憚りながら、サウリ兄様より頂きました」
しばらく静寂に包まれた。空気がぴりつき、肌には汗が浮き出てくる。
「お前の儀式は一か月後、執り行うこととなった。しっかりと務めを果たし、国民のために常世へ行くように」
「一か月後? 出過ぎたことを申しますが、流行病により国民に動揺が広がっているとお聞きしました。なるべく早く執り行うものかと」
「サウリは早めるべきだと言うが、子の葬儀を優先とする。儂が決めたことだ」
「……僭越ながら、一つお願いがございます」
「何だ」
「私の侍従に関してですが、彼女をファルーハ王国へ帰して頂きたいのです。髪や肌の色の通り、彼女は純潔な人間であり、魔女の血は入っておりません。一か月後の儀式には不必要でございます」
「彼女にもそう伝えたが、儀式を目に焼きつけてから帰ると頑なだった。傷一つつけることは儂が許さない。約束しよう。それまで、客人としてもてなす。心安らかに逝くように、侍従と隣の部屋で過ごすがよい」
「感謝申し上げます」
「下がってよい」
一か月間、苦しむくらいならいっそ明日にでも焚刑に処せばいいのに、と心の中で吐き捨てた。
最期に見る父の顔は、何を考えているのか判らなかった。
「フィリ様…………!」
アイラを客人としてもてなすと言った言葉は嘘偽りなく、彼女は無事だった。
連れて来られた部屋はアイラがいる部屋と隣同士であり、扉一つで行き来できる。
「今までの生活を考えると破格すぎるな。ルロ国でこんな立派な部屋に通されたのは生まれて初めてだ」
「お怪我はございませんか? 助けられず、申し訳ございません」
「そんなことは気にするな。こうなると予想もしていた」
「フィリ様よりお預かりした笛で、手紙をつけてリリを飛ばしました」
「ありがとう。笛はファルーハ王国へ帰るまで、アイラが持っていてくれ」
「フィリ様……」
「僕が何もせず死を待つことなどするはずがないだろう。ヴァシリスもきっと助けてくれる」
アイラはお茶を入れ、テーブルへ置いた。
「国王陛下にとてもお優しくして頂きました。ファルーハ王国での生活が気になるようで、フィリ様がどのようにお過ごしになられているかと、お聞きになりました」
「…………僕の知らない父と話したのか?」
「国王陛下はお一人では? フィリ様と目元がよく似ていらっしゃいます」
先ほど会った国王は、処刑の日程の報告をしていた。同一人物だとはとても思えなかった。
処刑の日まで残り一週間となった。
この数週間、いろいろなことを考えていた。
まず、出てくる食事はルロ国で出されていたものと打って変わり、ちゃんと味つけされた豪華なものだった。しかも茶菓子まで用意される始末。ますます何を考えているのか理解不能だ。
案内された部屋も謎が残っている。カーペットの下に、非常階段がある。気づかないはずがない。
「リリは無事に着いただろうか」
「もちろんです。返事がないということは、早急に対応をして下さっているはずです」
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