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第一章
29 后は焚刑への階段をのぼる─③
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「大変ですヴァシリス様!」
「どうした?」
フィリがルロ国へ行き、数日が過ぎた。
ところが、リリだけが足に手紙をつけて戻ってきたのだ。疲れ果てているリリに餌と水をやろうとしたが、一目散にラティの元へ駆け寄る姿に苦笑いを浮かべるしかない。
侍従が慌てながら、書状を渡してきた。
中身はルロ国の国王から。刻印付きであり、正真正銘の本物である。
内容を要約すると、ルロ国の第一王子・サウリの嫡男が流行病で亡くなり、葬儀の出席を促す書状を自己判断でフィリに出したこと。実際はフィリを出席させるつもりは毛頭なく、流行病により国民の不安を取り除くため、魔女狩りを行うために生贄として呼び寄せたこと。そしてそれを国王は知らなかったこと。
「ヴァシリス王子! 兵を動かすべきです!」
「このままではフィリ様が……!」
「待て」
続きを読み、ヴァシリスは頭を抱えた。同時に、フィリの立場を慮ってやれなかった自分自身に鞭を打ちたくなった。
「国王陛下に謁見を求めたい。まずはそれからだ」
国王となった兄は二人でいるとき、噛み砕いた話し方をする。それが特別なようで、ヴァシリスは嬉しさを隠しきれない。
兄にルロ国の国王からの書状を見せると、こめかみの辺りを何度か揉みほぐした。
「兵を出すのか?」
「同じことを侍従にも言われました。ですが、ルロ国を滅ぼしたくはありません。国民にも被害が及ぶ可能性があります。それに愛する人の出身国です。同盟国でありたいと願います」
「上后は今、無事ととらえていいのだな」
「ええ。リリが持ってきた侍従のアイラからの手紙によると、フィリは地下牢に閉じ込められた後、すぐにアイラは国王から引見されたと。アイラは客人用の部屋で不自由なく過ごしているそうです。その後国王からの書状が届きました。フィリもアイラの隣の部屋に移したとのことです」
「何か策はあるのか?」
「ルロ国は薬や毒を扱うのに長けた国です。フィリもそうです。国民がこれほど不安に駆られている様子を聞くに、専門家たちが太刀打ちできない流行病だということが大きいようです。ファルーハ王国から、国民のために薬や治療費などに充てる資金の義援、それに資源をいくらかと考えております」
「確かに。戦うより得策であるし、信頼も得られるだろう。私の従者も一人つける」
「……良いのですか? もしや責任を感じているのでは」
「その通りだ。出られないはずの後宮から特別に許可を出したのは私だ。それに、上后を無事でいられないのならお前に一生怨まれそうだ」
兄は高らかに笑い飛ばした。
「大丈夫だ。必ずうまくいく。お前は堂々とルロ国へ赴けばよい」
「万が一、私の身に何かあったら……」
兄の声がよりいっそう低くなった。
「そのときは兵を出す。問答無用でな」
ルロ国に入ると、ファルーハ王国との異なる光景にため息が漏れた。
フィリから排他的な国だと聞いていたが、国章をつけた馬車が通っても、陰から覗いたり何か耳打ちをしたりと、歓迎されていない。
「王国の王子がお通りだというのに、身を屈めもしないなど……」
「国によって違うさ。それに王子だろうとよそ者はよそ者だ。民からすれば関係がない」
ラティは小さな鳴き声を上げた。隣でリリもつられて鳴く。
ラティのみを連れてくる予定だったが、リリが離れようとしなかったため、結局二頭連れてきたのだ。
「ラティ、フィリのいるところまで飛べるか?」
「ピィ」
窓からラティを離すと、空高く羽を広げた。
ラティはそのまま上空へ行き、ある場所に止まるとじっと部屋の中を覗いている。
「あちらのようですね」
「ラティを飛ばせば俺が来たと向こうも察するだろう。中へ入るぞ」
城の中の兵士たちは怪訝な表情で馬車を止めた。
「ファルーハ王国から参りました。国王陛下との謁見を求めます。書状はここに」
侍従は書状とルロ国の刻印を見せると、兵士たちは驚いて互いに顔色を変えた。
「しかし……そのような話は……」
「何の騒ぎだ」
「サウリ王子!」
フィリの兄だ。肌や髪の色はまったく似ていない。厳しげな目は、特にかけ離れていた。
「あの……こちらの方々がファルーハ王国からだと……」
「ファルーハ王国?」
雪の積もった上を慣れた様子で近寄ってくる。
ヴァシリスも従者とともに馬車を降りた。
「ファルーハ王国のヴァシリス・スィミ・エルク・ファルーハと申します。我が后の迎えと、国王陛下との謁見のため参上いたしました」
「これはこれは……第三王子自らやってきたというわけですか。生憎ですが、贄との面会は許されておりません」
「贄とは、もしや我が后のことでしょうか?」
「それ以外に誰がいますか。本人からも聞いているでしょう。ルロ国は今、大変な状況にあります」
「ええ。ご子息の件は心よりお悔やみ申し上げます」
「痛み入ります。今、ルロ国には生贄が必要なのです」
「魔女を焚刑に処せば、流行病は治まるとでも?」
「っ……あなたに何が判りますか。国民はどれほど安らぎを求めているか! 私は民のために……」
城の奥から侍従を引き連れた者が現れた。目元がフィリに似ていた。
ヴァシリスは他の兵士と同様に彼の前で頭を下げた。
「顔を上げて下さい。ヴァシリス王子」
「初めまして。お会いできて光栄に存じます」
ヴァシリスは同様にフルネームで名を名乗り、再び一礼した。
「王国の王子が遠国からわざわざいらっしゃったのに、歓迎もせずに申し訳ございません」
「顔をお上げ下さい、国王陛下……いえ、義父上」
ヴァシリスは穏やかに、優しく笑みを見せた。
国王の目尻には皺ができ、目元を緩ませる。
ヴァシリスは一つの仮説を立てていたが、おそらく当たっているだろうと確信に変わった。
「ヴァシリス王子、あなたと話したいことがあります」
「私もです」
「サウリよ、客人の間を空けなさい」
「しかし……」
「命令だ。それと侍従の方々へもてなしを。……その前に、まずはフィリと会って下さい」
「どうした?」
フィリがルロ国へ行き、数日が過ぎた。
ところが、リリだけが足に手紙をつけて戻ってきたのだ。疲れ果てているリリに餌と水をやろうとしたが、一目散にラティの元へ駆け寄る姿に苦笑いを浮かべるしかない。
侍従が慌てながら、書状を渡してきた。
中身はルロ国の国王から。刻印付きであり、正真正銘の本物である。
内容を要約すると、ルロ国の第一王子・サウリの嫡男が流行病で亡くなり、葬儀の出席を促す書状を自己判断でフィリに出したこと。実際はフィリを出席させるつもりは毛頭なく、流行病により国民の不安を取り除くため、魔女狩りを行うために生贄として呼び寄せたこと。そしてそれを国王は知らなかったこと。
「ヴァシリス王子! 兵を動かすべきです!」
「このままではフィリ様が……!」
「待て」
続きを読み、ヴァシリスは頭を抱えた。同時に、フィリの立場を慮ってやれなかった自分自身に鞭を打ちたくなった。
「国王陛下に謁見を求めたい。まずはそれからだ」
国王となった兄は二人でいるとき、噛み砕いた話し方をする。それが特別なようで、ヴァシリスは嬉しさを隠しきれない。
兄にルロ国の国王からの書状を見せると、こめかみの辺りを何度か揉みほぐした。
「兵を出すのか?」
「同じことを侍従にも言われました。ですが、ルロ国を滅ぼしたくはありません。国民にも被害が及ぶ可能性があります。それに愛する人の出身国です。同盟国でありたいと願います」
「上后は今、無事ととらえていいのだな」
「ええ。リリが持ってきた侍従のアイラからの手紙によると、フィリは地下牢に閉じ込められた後、すぐにアイラは国王から引見されたと。アイラは客人用の部屋で不自由なく過ごしているそうです。その後国王からの書状が届きました。フィリもアイラの隣の部屋に移したとのことです」
「何か策はあるのか?」
「ルロ国は薬や毒を扱うのに長けた国です。フィリもそうです。国民がこれほど不安に駆られている様子を聞くに、専門家たちが太刀打ちできない流行病だということが大きいようです。ファルーハ王国から、国民のために薬や治療費などに充てる資金の義援、それに資源をいくらかと考えております」
「確かに。戦うより得策であるし、信頼も得られるだろう。私の従者も一人つける」
「……良いのですか? もしや責任を感じているのでは」
「その通りだ。出られないはずの後宮から特別に許可を出したのは私だ。それに、上后を無事でいられないのならお前に一生怨まれそうだ」
兄は高らかに笑い飛ばした。
「大丈夫だ。必ずうまくいく。お前は堂々とルロ国へ赴けばよい」
「万が一、私の身に何かあったら……」
兄の声がよりいっそう低くなった。
「そのときは兵を出す。問答無用でな」
ルロ国に入ると、ファルーハ王国との異なる光景にため息が漏れた。
フィリから排他的な国だと聞いていたが、国章をつけた馬車が通っても、陰から覗いたり何か耳打ちをしたりと、歓迎されていない。
「王国の王子がお通りだというのに、身を屈めもしないなど……」
「国によって違うさ。それに王子だろうとよそ者はよそ者だ。民からすれば関係がない」
ラティは小さな鳴き声を上げた。隣でリリもつられて鳴く。
ラティのみを連れてくる予定だったが、リリが離れようとしなかったため、結局二頭連れてきたのだ。
「ラティ、フィリのいるところまで飛べるか?」
「ピィ」
窓からラティを離すと、空高く羽を広げた。
ラティはそのまま上空へ行き、ある場所に止まるとじっと部屋の中を覗いている。
「あちらのようですね」
「ラティを飛ばせば俺が来たと向こうも察するだろう。中へ入るぞ」
城の中の兵士たちは怪訝な表情で馬車を止めた。
「ファルーハ王国から参りました。国王陛下との謁見を求めます。書状はここに」
侍従は書状とルロ国の刻印を見せると、兵士たちは驚いて互いに顔色を変えた。
「しかし……そのような話は……」
「何の騒ぎだ」
「サウリ王子!」
フィリの兄だ。肌や髪の色はまったく似ていない。厳しげな目は、特にかけ離れていた。
「あの……こちらの方々がファルーハ王国からだと……」
「ファルーハ王国?」
雪の積もった上を慣れた様子で近寄ってくる。
ヴァシリスも従者とともに馬車を降りた。
「ファルーハ王国のヴァシリス・スィミ・エルク・ファルーハと申します。我が后の迎えと、国王陛下との謁見のため参上いたしました」
「これはこれは……第三王子自らやってきたというわけですか。生憎ですが、贄との面会は許されておりません」
「贄とは、もしや我が后のことでしょうか?」
「それ以外に誰がいますか。本人からも聞いているでしょう。ルロ国は今、大変な状況にあります」
「ええ。ご子息の件は心よりお悔やみ申し上げます」
「痛み入ります。今、ルロ国には生贄が必要なのです」
「魔女を焚刑に処せば、流行病は治まるとでも?」
「っ……あなたに何が判りますか。国民はどれほど安らぎを求めているか! 私は民のために……」
城の奥から侍従を引き連れた者が現れた。目元がフィリに似ていた。
ヴァシリスは他の兵士と同様に彼の前で頭を下げた。
「顔を上げて下さい。ヴァシリス王子」
「初めまして。お会いできて光栄に存じます」
ヴァシリスは同様にフルネームで名を名乗り、再び一礼した。
「王国の王子が遠国からわざわざいらっしゃったのに、歓迎もせずに申し訳ございません」
「顔をお上げ下さい、国王陛下……いえ、義父上」
ヴァシリスは穏やかに、優しく笑みを見せた。
国王の目尻には皺ができ、目元を緩ませる。
ヴァシリスは一つの仮説を立てていたが、おそらく当たっているだろうと確信に変わった。
「ヴァシリス王子、あなたと話したいことがあります」
「私もです」
「サウリよ、客人の間を空けなさい」
「しかし……」
「命令だ。それと侍従の方々へもてなしを。……その前に、まずはフィリと会って下さい」
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