後宮に咲く美しき寵后

不来方しい

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第一章

031 后は焚刑への階段をのぼる─⑤

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 ラティと部屋の中で遊んでいると、扉を叩く音がした。
 すかさずアイラが動くが、ラティも飛んでアイラの肩に止まる。
「ヴァシリス様」
「今から義父上が歓迎の宴を開いて下さるそうだ」
「まあ……それは素敵です」
「侍従たちもぜひ参加してほしいとおっしゃっている。それとフィリ」
 数年ぶりの再会のように、ひどく緊張していた。
 ヴァシリスは酒が入っているのか、機嫌が良い。
「いつまでもその服装では上后としてよろしくないな。着替えて宴を待とう」
「お着替えの手伝いをいたします」
「ヴァシリス……その、」
「義父上と食事は初めてか?」
 嘘を吐くことでもないので、素直に頷いた。
「どんな話をしたらそうなるんだ? 僕が宴に参加など……」
「フィリ、義父上と話せ。しっかりと腹を割ってだ」
「今さら話なんて……」
「義父上がどんな思いで宴を開いて下さるかもフィリは理解していない。お互いに歩み寄ってもいいんじゃないか。まずは宴を楽しもう」
 楽しむ気分はなかった。刻々と処刑の時間が襲ってくる。
「心配しなくてもいい。お前は魔女ではない、俺の后だ。焚刑などさせない」
「ヴァシリスが運命から助けてくれたんだな」
「俺だけじゃない。真実を知るには、やはり心を開くべきだ。そろそろ着替えの準備を。アイラ、あとは頼む」
「かしこまりました」



 ヴァシリスからエスコートを受けながら、フィリは宴の席へ初めて通された。
 国王である父、兄であるサウリ、ヴァシリス、フィリ。それにアイラを含めた侍従たちもだ。
 席についたとたん、溢れるものが止まらなかった。
「僕はこの国が滅んだとしても、なんとも思わない」
「貴様っ……」
「サウリ、止めろ」
 止めたのは父だった。それもフィリではなくサウリを、だ。
「心にある憎悪は決して消えることはない。目の前で祖母を焼かれ、魔女の存在も運命だと誰もが信じていた。これが生まれてきた理由だと。城の人間も国民も誰一人涙を流さず、死にゆく祖母に石を投げた。次はお前の番だと、指を差された。どうしたらルロ国を思える?」
 国王はフィリを見つめ、頭をテーブルにつくほど下げた。
「辛い思いをさせた。すまなかった」
「国王陛下……お止め下さい! 魔女に対し、そのような行為は……」
「サウリ、よく聞け。魔女はもう存在しない。これからも、だ。万が一、白い肌にブロンドヘアーの人間が生まれてこようとも、同じ血が流れる人間に過ぎない。それに、ここにいるのはファルーハ王国の上后だ。今日は目いっぱいもてなすつもりでいろ」
「なぜそのような……」
「ヴァシリス王子に促されたからではない。……フィリ、お前は一つ勘違いをしている。お前の祖母が焚刑に処され、誰一人涙を流さなかったと言ったな。自分の母が運命に逆らえずに逝ってしまい、助けられなかった息子の気持ちは判るか?」
「……今度は僕を処刑の道へ背中を押した」
「フィリ、義父上はなぜお前の処刑を一か月も先延ばしにしたと思う? 義父上は俺宛に書状を送って下さった。息子を助けてほしいと。その間の猶予だ。サウリ王子が書状をお前に送られたとき、義父上は送ったことも内容もまったくご存じなかったんだ」
「サウリよ、二度とこのような真似はするな」
「到底理解できません。なぜ急に魔女はいないとおっしゃるのか」
「急ではない。ずっと考えていた。お前も見ただろう。焼かれる祖母の命を。結局、一人の命を犠牲にし、あんな人生よりはまともだと民に思わせているだけだ。ヴァシリス王子が資源と義援金の約束をして下さった。流行病は頂く義援金でまかない、国民を助けていこう。それに我々は薬の専門家でもある。流行病にきく薬を作るのが何よりも優先すべきことだと思わないか」
「それは……おっしゃる通りです」
「ヴァシリス王子は新しい事業もするべきだと助言を下さった。天然資源の少ない国だが、ワインの材料はわんさか手に入る。うまくいくか誰にも判らない。だが今を変えなければ、ルロ国は滅びの道を歩むことになる」
「事業の件は賛成です。魔女の焚刑は、国民が納得するとは思えません」
「儂がすべてを話す。偉大なファルーハ王国のお力を借りることも、このような因習は二度と起こさないことも。……過去に焚刑に処された人々の墓も建てる。新しく法を作ろう」
「……もう決定事項なのですね」
「そうだ。お前も子が亡くなり、ひどく悲しい思いをしていると思う。憂さ晴らしは人の命で行うものではない。儂はもうあんな思いをするのはたくさんだ」
「魔女の概念がなくなるまで、もしかすると数百年とかかるかもしれません。同盟国として、我が国からも罪のない人間を処刑するのは言語道断だと訴え続けていくつもりです」
「ヴァシリス……」
 信じ続けてきた世界が変わるのは、受け入れるには容易ではない。誰だって怖い。だが同情はできない。ここで負けてしまっては、自分の運命を認めることになる。
「サウリ兄様の僕への扱いを一生許すつもりはない。子が亡くなって命の重みを知るはずのあなたは、さらに焚刑を行おうとした。黒煙を吸い、火に焼かれ、苦しみながら命を落とす僕をなんとも思っていない。いっそあなたが僕の代わりを務めればいいと、怨恨を募らせた日もあった。あの日……祖母が殺された日、兄様は祖母の命より優先すべきものがあり、僕とは永遠に分かり合えないと思った。この国は人殺しだ。関わってきた人間は罰を受けてほしい。今、僕が何よりも望むことだ」
 魔女と忌み嫌われ、殺された人々が少しでも安らかに眠ってほしいと願う。
 初めて飲む果実酒はとても甘く、場の雰囲気に似つかわしくない味だった。
「フィリの望みを最大限尊重しよう。それでヴァシリス王子、義援金や資源の見返りを求めて頂きたい」
「ありがとうございます。実は今、ファルーハ王国は大変な状況にあります」
 ヴァシリスは今までも毒を盛られた件、アヤとの出来事や、水刑に処された息子が見つかっていないことなどを話した。
「もし何かを企てているのなら、被害が広がらないようにどうにかしなければと考えております」
「毒をもって毒を制す、という言葉があります」
「毒には毒で対抗しろということですか?」
「はい。毒といえば液体を思い浮かべるかと思いますが、酸素と同じように吸い込むタイプのものもあります。お香のように焚いたり、酸化すると空気に流れるものなど」
「しかしそれでは、我々も吸い込んでしまうのでは?」
「毒を体内に入れると知った上で吸い込んだ場合と、まったく知らずに入った場合ではまったく異なる効果となります。完全には防げませんが、身体に毒が入っても解毒してくれる薬も存在します。無論、あなたの后も作れます」
 国王はフォークを置き、口を拭った。
「お礼といってはとても小さなものですが、我々の持つ知識を最大限に生かし、力になりましょう」
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