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第一章
033 后の揺るぎない決断─②
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お茶会を終えた夜、浴場から戻ったヴァシリスは寝台で本を読むフィリの隣に座り、横から抱きしめた。
「俺と本、どちらが大切だ?」
「お前、なんだか段々面倒くさくなっていないか?」
「フィリ様、ヴァシリス様、春ですが今宵は寒さが厳しいようですので、お寒いようでしたらこちらのブランケットをお使い下さい。では、お休みなさいませ」
「ありがとう、アイラ」
アイラの声色は喜びに満ちている。ヴァシリスと仲良くすれば、アイラを含めた侍従たちは喜ぶ。
アイラは一礼して、部屋を出ていった。
「まったく。侍従がいても変わらずだな」
「何の本を読んでいるんだ?」
「アイラに図書館から借りてきてもらった図鑑だ」
「蝶か。昔、よく追いかけ回したものだ」
「なあ、ヴァシリス。漆黒の蝶ってこの辺りで見たことはあるか?」
ヴァシリスは顎を撫でながら、天井を見つめた。
「いや……記憶にないな」
「そうだ。あの蝶はこの辺りで見られないはずなんだ。僕も前に図鑑で見ただけで、本物を見るのは初めてだが」
「そんなに変わった蝶なのか?」
「毒草の香りに惹かれて寄ってくる蝶で、年中気温と降水量が安定した湿気地帯にいる。ファルーハ王国のような乾燥地帯にはまずいない。ここは突然スコールが降るような地域だしな。それにペシェのことも気になる。あんな女性は見たことがない。あの侍従……何者だろうか」
「元々は下后の侍従で、優秀であれば上后の侍従になれる。ちなみに上后には侍従を選べる権利はない。ある程度は通ると思うが。フィリ、この話は大事だ。だがここでしなければならないのか? 俺はどうしようもなく気を通わせたい」
「仕方のない王子様だな」
ヴァシリスの胸元はしっとりと濡れている。
普段の冷静なヴァシリスとは違い、手つきが荒々しい。それほど余裕がないのかと、彼の頬を撫でた。
「っ……ずるいぞ。自分だけ余裕綽々で」
「僕の方が年上だからな。ほら、寝ていろ。稽古頑張ったんだろう? マッサージしてやる」
下半身を擦り合わせると、子供みたいなヴァシリスはいやにおとなしくなった。まだぶつぶつ言っている。
欲望には勝てないのか、と笑ってしまった。
朝餉を終えた後、フィリは図書館へ来ていた。
ヴァシリスには言わなかったが、どうしても蝶の存在が気になっていた。彼は調べるなとも言わなかったが、アイラを含む侍従が三人もつけられたあたり、心配してくれているのだろう。
「あれー? フィリだ!」
ハラが大声で手を振っている。側にいた侍従が慌てた様子で追いかけてくる。
「ハラ様、図書館ではお静かに」
「わかってるって。フィリは何してるの? 勉強?」
「そうだな。勉強といえば勉強だ」
「図鑑じゃん。俺、虫ならけっこう詳しいよ」
「それは頼もしいな。ハラはこういう蝶は見たことがあるか?」
フィリの知識の通り、空気が乾燥しているファルーハ王国にはいない蝶だった。
試しにハラへ見せて見ると、
「知ってるよ。見たことあるもん」
彼は自信満々に答えた。
思わずアイラと視線が交わった。
「知っている? どうして?」
「その辺飛んでるし。フィリはあんまり外に出ないから知らないんだと思うよ」
「どの辺にいたんだ?」
「んーとね……、あっち。案内しよっか?」
「そうだな。頼む」
ハラの後ろにいる侍従たちは目の下に隈ができている。ハラに連れ回されて疲弊しているのだろう。
ハラに手を引かれるまま小走りでついていく。
「ここの塀の向こうが俺の住んでるところね。見たのはここかなあ」
初めて足を踏み入れる場所だった。誰かに手入れをされていて、下生えはあるものの道ができている。かといって、人目につくような目立つ場所ではない。
「仲が良いと聞いておりましたが、本当だったようですね」
大きな影が覆い被さり、フィリは咄嗟にハラを庇った。
「ペシェ」
「私の名を覚えていて下さったのですね。光栄です」
「許可なく上后へ話しかけるなど……」
怒りに満ちたアイラを手で制し、後ろへ下げた。
「なぜお前がここにいる」
「たくさんの人影が見えましたので、気になって来てみたのです。ここは荷物を運ぶ裏道といったところですよ。ちょうど、明日はキャラバンがやってきますので」
「キャラバン? まだそんな時期じゃないだろう」
「我々侍従が后様のために入り用なものを購入ためのものです。小規模ですので、商人もそれほど多くはやってきません」
「……なぜ、そんな話を僕に?」
「なぜでしょう? 上后、探偵気取りもほどほどになさって下さい。あなた様はいろいろなものに深く首をつっこみすぎです
。では、ご機嫌よう」
ペシェが見えなくなると、フィリの後ろに隠れていたハラはふう、と息を吐いた。
「ちょっと怖い。男の人みたい」
「……………………」
入り組んだ道が一つに繋がった気がした。
じわりと肌が発汗し、脳が拒絶と覚醒が同時に起こっている。まさか、そんなはずがない、いやでも、可能性は──。
「フィリ? どうかしたの?」
「いや、なんでもない。教えてくれてありがとう。助かったよ」
頭を撫でると、ハラは鼻高々だ。
「俺と本、どちらが大切だ?」
「お前、なんだか段々面倒くさくなっていないか?」
「フィリ様、ヴァシリス様、春ですが今宵は寒さが厳しいようですので、お寒いようでしたらこちらのブランケットをお使い下さい。では、お休みなさいませ」
「ありがとう、アイラ」
アイラの声色は喜びに満ちている。ヴァシリスと仲良くすれば、アイラを含めた侍従たちは喜ぶ。
アイラは一礼して、部屋を出ていった。
「まったく。侍従がいても変わらずだな」
「何の本を読んでいるんだ?」
「アイラに図書館から借りてきてもらった図鑑だ」
「蝶か。昔、よく追いかけ回したものだ」
「なあ、ヴァシリス。漆黒の蝶ってこの辺りで見たことはあるか?」
ヴァシリスは顎を撫でながら、天井を見つめた。
「いや……記憶にないな」
「そうだ。あの蝶はこの辺りで見られないはずなんだ。僕も前に図鑑で見ただけで、本物を見るのは初めてだが」
「そんなに変わった蝶なのか?」
「毒草の香りに惹かれて寄ってくる蝶で、年中気温と降水量が安定した湿気地帯にいる。ファルーハ王国のような乾燥地帯にはまずいない。ここは突然スコールが降るような地域だしな。それにペシェのことも気になる。あんな女性は見たことがない。あの侍従……何者だろうか」
「元々は下后の侍従で、優秀であれば上后の侍従になれる。ちなみに上后には侍従を選べる権利はない。ある程度は通ると思うが。フィリ、この話は大事だ。だがここでしなければならないのか? 俺はどうしようもなく気を通わせたい」
「仕方のない王子様だな」
ヴァシリスの胸元はしっとりと濡れている。
普段の冷静なヴァシリスとは違い、手つきが荒々しい。それほど余裕がないのかと、彼の頬を撫でた。
「っ……ずるいぞ。自分だけ余裕綽々で」
「僕の方が年上だからな。ほら、寝ていろ。稽古頑張ったんだろう? マッサージしてやる」
下半身を擦り合わせると、子供みたいなヴァシリスはいやにおとなしくなった。まだぶつぶつ言っている。
欲望には勝てないのか、と笑ってしまった。
朝餉を終えた後、フィリは図書館へ来ていた。
ヴァシリスには言わなかったが、どうしても蝶の存在が気になっていた。彼は調べるなとも言わなかったが、アイラを含む侍従が三人もつけられたあたり、心配してくれているのだろう。
「あれー? フィリだ!」
ハラが大声で手を振っている。側にいた侍従が慌てた様子で追いかけてくる。
「ハラ様、図書館ではお静かに」
「わかってるって。フィリは何してるの? 勉強?」
「そうだな。勉強といえば勉強だ」
「図鑑じゃん。俺、虫ならけっこう詳しいよ」
「それは頼もしいな。ハラはこういう蝶は見たことがあるか?」
フィリの知識の通り、空気が乾燥しているファルーハ王国にはいない蝶だった。
試しにハラへ見せて見ると、
「知ってるよ。見たことあるもん」
彼は自信満々に答えた。
思わずアイラと視線が交わった。
「知っている? どうして?」
「その辺飛んでるし。フィリはあんまり外に出ないから知らないんだと思うよ」
「どの辺にいたんだ?」
「んーとね……、あっち。案内しよっか?」
「そうだな。頼む」
ハラの後ろにいる侍従たちは目の下に隈ができている。ハラに連れ回されて疲弊しているのだろう。
ハラに手を引かれるまま小走りでついていく。
「ここの塀の向こうが俺の住んでるところね。見たのはここかなあ」
初めて足を踏み入れる場所だった。誰かに手入れをされていて、下生えはあるものの道ができている。かといって、人目につくような目立つ場所ではない。
「仲が良いと聞いておりましたが、本当だったようですね」
大きな影が覆い被さり、フィリは咄嗟にハラを庇った。
「ペシェ」
「私の名を覚えていて下さったのですね。光栄です」
「許可なく上后へ話しかけるなど……」
怒りに満ちたアイラを手で制し、後ろへ下げた。
「なぜお前がここにいる」
「たくさんの人影が見えましたので、気になって来てみたのです。ここは荷物を運ぶ裏道といったところですよ。ちょうど、明日はキャラバンがやってきますので」
「キャラバン? まだそんな時期じゃないだろう」
「我々侍従が后様のために入り用なものを購入ためのものです。小規模ですので、商人もそれほど多くはやってきません」
「……なぜ、そんな話を僕に?」
「なぜでしょう? 上后、探偵気取りもほどほどになさって下さい。あなた様はいろいろなものに深く首をつっこみすぎです
。では、ご機嫌よう」
ペシェが見えなくなると、フィリの後ろに隠れていたハラはふう、と息を吐いた。
「ちょっと怖い。男の人みたい」
「……………………」
入り組んだ道が一つに繋がった気がした。
じわりと肌が発汗し、脳が拒絶と覚醒が同時に起こっている。まさか、そんなはずがない、いやでも、可能性は──。
「フィリ? どうかしたの?」
「いや、なんでもない。教えてくれてありがとう。助かったよ」
頭を撫でると、ハラは鼻高々だ。
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