35 / 36
第一章
035 后の揺るぎない決断─④
しおりを挟む
拳銃を持つ手が少しだけ下がった。後もう少しだ。
「どのみち、俺は処刑を免れない」
「陛下を殺すつもりはなかったんじゃないか。見たところ、怪我が浅いし迷い傷があった。お前はナイフを扱うことに戸惑いを見せている」
指先にぴりぴりしたものを感じた。ペシェ──イリオスは首を動かしている。フィリは気づかないふりをして、立て続けに言葉を並べていく。
「僕とお前は死が身近にあり、他人とは思えない。母親とは連絡を取り合っていたのか?」
「あ? ああ、手紙のやりとりはばれる可能性がある。母からの言伝を伝える役目がいた。そいつは捕まったがな」
「お前から家族を愛する気持ちはよく伝わってくる。僕は罪を裁く役割があるわけでもなければ、それを決める裁判官でもない。だが一国民という立場でもない。どれほどお前の力になれるか判らないが、上には話してみようと思う。誰でも家族が大事なのは変わらない」
フィリの一方的なお喋りに、ペシェはおかしいと気づいた。
「おい、お前…………」
身体に痺れが回っている立場は同じ。違うのは、体内に毒が回ったと知っているかどうかだ。
フィリは足の指先に力を入れ、ペシェの腕めがけて突進した。
弾が入っていると思えなかったが、彼の右上を掴み、関節とは逆の方向へ曲げる。
悲鳴とともに拳銃とナイフが床へ転がった。フィリはそれを足で蹴飛ばし、ヴァシリス直伝の護身術でペシェを床へひっくり返した。
「誰か来てくれ!」
フィリは蹴破る勢いで扉を開けた。
一気になだれ込んでくる人の並みにヴァシリスを見つけ、つい持ちが緩んでしまった。
ヴァシリスの顔が険しくなり「危ない!」と叫んだ。
フィリは振り返ると、ペシェは小型のナイフを振り下ろす直前だった。彼はもう一本、ナイフを持っていた。
避ければヴァシリスに当たる。フィリは振り下ろされるナイフを腹部で受け、背後へ倒れた。
薬品の香る部屋はまるで自分の部屋ではなく、違和感を感じた。
フィリは意識を失ってからすぐに医務室へ運ばれ、手術が行われた。
傷を縫う程度のものだったが、意識がはっきりしたのは翌日であり、起き上がることはできなかった。
「フィリ、入っていいか?」
「どうぞ」
ヴァシリスはまた花を持ってやってきた。来るたびに何かしら手土産を持ってくるものだから、部屋中が花の香りで満たされている。彼だけではなく、他の后たちからもたくさんの贈り物が届いていた。
「ヴァシリス様、花を花瓶に移し替えます」
「ああ、頼む」
ヴァシリスはアイラに花を渡した。
「お前の部屋に行っても残り香がするだけで、本人がいないのは寂しいものだな。いっそ俺も病室で食事を取るか」
「何を言っているんだ」
ヴァシリスからの唇を受け止め、角度を変えて何度も吸いついた。
時間が経つのに、アイラが戻ってこない。気の使い回しは侍従一だろう。
「血生臭い話をしてもいいか?」
「僕もちょうど聞こうと思っていた」
「サーリャ様は退院した後、元気にお過ごしだそうだ」
彼女の機転があってこそ、あの場を乗り越えられたのだ。
「紙とペンを取りにいく」と行ってソファーを立った後、彼女は寝室でお香を炊いた。ルロ国からもらった蒸気として毒をまき散らすお香だ。お茶会のときに彼女へ渡し、それをサーリャはしっかりと覚えていた。
互いにやりとりを確認したわけではない。目配せだけで、やりきったのだ。
サーリャにはソファーで横になってもらったのは、毒が回った様子をペシェにばれないようにするため。それと安全の最優先の意味もあった。身体を動かせば動かすほど、毒の回りは早くなってしまう。
「拳銃を持っていた相手にこんなに無理をして」
「弾が入っていないことは判っていた。陛下に引き金を引かなかったのが理由だ。脅しの道具として持っていたんだろう。まさかもう一本、ナイフを所持していたとは考えなかったが。ペシェはどうしている?」
「地下牢に入っている。そのまま王国裁判にかけられる予定だ。一つ、お前の意見を聞きたい。一連の流れを知ったジャミル兄様は、責任を取り王国から出ると言い出した。原因をたどると、やはりジャミル兄様の言動が原因となるからな」
「ペシェやアヤのように反乱を企てる者もいる。王国から出すべきではないと思う。なあ、ヴァシリス。アヤもペシェも庇うつもりは毛頭ない。けれど……」
「フィリ」
ヴァシリスはフィリの頬を包み、額に唇を落とした。
「どんな理由であれ、ペシェは国王陛下と上后であるお前を傷つけた。処刑は絶対だ。アヤも変わらない」
「もちろん……それは判っている」
「お前の家族のことを考えると、気持ちは寄り添いたい。おばあ様の件は、本当に同情するし悲しい出来事だ」
「せめて処刑台へ上がったとき、本名のイリオスと呼んであげてほしい。それとアヤかペシェか、どちらが先に処されるのかは判らないが、互いの処刑日を言わずにひっそりと逝かせてほしいんだ」
「王国裁判ではフィリの発言も重要になる。裁判官が耳を傾けてくれるよう、俺も祈ろう」
哀れみの気持ちはどうしても抜けきれないが、彼らが死を免れないのは変わらない。それならば、せめて憎しみの気持ちを少しでも緩和されて眠ってほしい。
フィリが退院してしばらく経った後、二人はそれぞれ処刑台へと上った。
フィリの願いを聞き届けられ、刑を処された者の名をイリオス、と刻まれた。
「どのみち、俺は処刑を免れない」
「陛下を殺すつもりはなかったんじゃないか。見たところ、怪我が浅いし迷い傷があった。お前はナイフを扱うことに戸惑いを見せている」
指先にぴりぴりしたものを感じた。ペシェ──イリオスは首を動かしている。フィリは気づかないふりをして、立て続けに言葉を並べていく。
「僕とお前は死が身近にあり、他人とは思えない。母親とは連絡を取り合っていたのか?」
「あ? ああ、手紙のやりとりはばれる可能性がある。母からの言伝を伝える役目がいた。そいつは捕まったがな」
「お前から家族を愛する気持ちはよく伝わってくる。僕は罪を裁く役割があるわけでもなければ、それを決める裁判官でもない。だが一国民という立場でもない。どれほどお前の力になれるか判らないが、上には話してみようと思う。誰でも家族が大事なのは変わらない」
フィリの一方的なお喋りに、ペシェはおかしいと気づいた。
「おい、お前…………」
身体に痺れが回っている立場は同じ。違うのは、体内に毒が回ったと知っているかどうかだ。
フィリは足の指先に力を入れ、ペシェの腕めがけて突進した。
弾が入っていると思えなかったが、彼の右上を掴み、関節とは逆の方向へ曲げる。
悲鳴とともに拳銃とナイフが床へ転がった。フィリはそれを足で蹴飛ばし、ヴァシリス直伝の護身術でペシェを床へひっくり返した。
「誰か来てくれ!」
フィリは蹴破る勢いで扉を開けた。
一気になだれ込んでくる人の並みにヴァシリスを見つけ、つい持ちが緩んでしまった。
ヴァシリスの顔が険しくなり「危ない!」と叫んだ。
フィリは振り返ると、ペシェは小型のナイフを振り下ろす直前だった。彼はもう一本、ナイフを持っていた。
避ければヴァシリスに当たる。フィリは振り下ろされるナイフを腹部で受け、背後へ倒れた。
薬品の香る部屋はまるで自分の部屋ではなく、違和感を感じた。
フィリは意識を失ってからすぐに医務室へ運ばれ、手術が行われた。
傷を縫う程度のものだったが、意識がはっきりしたのは翌日であり、起き上がることはできなかった。
「フィリ、入っていいか?」
「どうぞ」
ヴァシリスはまた花を持ってやってきた。来るたびに何かしら手土産を持ってくるものだから、部屋中が花の香りで満たされている。彼だけではなく、他の后たちからもたくさんの贈り物が届いていた。
「ヴァシリス様、花を花瓶に移し替えます」
「ああ、頼む」
ヴァシリスはアイラに花を渡した。
「お前の部屋に行っても残り香がするだけで、本人がいないのは寂しいものだな。いっそ俺も病室で食事を取るか」
「何を言っているんだ」
ヴァシリスからの唇を受け止め、角度を変えて何度も吸いついた。
時間が経つのに、アイラが戻ってこない。気の使い回しは侍従一だろう。
「血生臭い話をしてもいいか?」
「僕もちょうど聞こうと思っていた」
「サーリャ様は退院した後、元気にお過ごしだそうだ」
彼女の機転があってこそ、あの場を乗り越えられたのだ。
「紙とペンを取りにいく」と行ってソファーを立った後、彼女は寝室でお香を炊いた。ルロ国からもらった蒸気として毒をまき散らすお香だ。お茶会のときに彼女へ渡し、それをサーリャはしっかりと覚えていた。
互いにやりとりを確認したわけではない。目配せだけで、やりきったのだ。
サーリャにはソファーで横になってもらったのは、毒が回った様子をペシェにばれないようにするため。それと安全の最優先の意味もあった。身体を動かせば動かすほど、毒の回りは早くなってしまう。
「拳銃を持っていた相手にこんなに無理をして」
「弾が入っていないことは判っていた。陛下に引き金を引かなかったのが理由だ。脅しの道具として持っていたんだろう。まさかもう一本、ナイフを所持していたとは考えなかったが。ペシェはどうしている?」
「地下牢に入っている。そのまま王国裁判にかけられる予定だ。一つ、お前の意見を聞きたい。一連の流れを知ったジャミル兄様は、責任を取り王国から出ると言い出した。原因をたどると、やはりジャミル兄様の言動が原因となるからな」
「ペシェやアヤのように反乱を企てる者もいる。王国から出すべきではないと思う。なあ、ヴァシリス。アヤもペシェも庇うつもりは毛頭ない。けれど……」
「フィリ」
ヴァシリスはフィリの頬を包み、額に唇を落とした。
「どんな理由であれ、ペシェは国王陛下と上后であるお前を傷つけた。処刑は絶対だ。アヤも変わらない」
「もちろん……それは判っている」
「お前の家族のことを考えると、気持ちは寄り添いたい。おばあ様の件は、本当に同情するし悲しい出来事だ」
「せめて処刑台へ上がったとき、本名のイリオスと呼んであげてほしい。それとアヤかペシェか、どちらが先に処されるのかは判らないが、互いの処刑日を言わずにひっそりと逝かせてほしいんだ」
「王国裁判ではフィリの発言も重要になる。裁判官が耳を傾けてくれるよう、俺も祈ろう」
哀れみの気持ちはどうしても抜けきれないが、彼らが死を免れないのは変わらない。それならば、せめて憎しみの気持ちを少しでも緩和されて眠ってほしい。
フィリが退院してしばらく経った後、二人はそれぞれ処刑台へと上った。
フィリの願いを聞き届けられ、刑を処された者の名をイリオス、と刻まれた。
25
あなたにおすすめの小説
もふもふ守護獣と運命の出会い—ある日、青年は異世界で大きな毛玉と恋に落ちた—
なの
BL
事故に巻き込まれ、雪深い森で倒れていた青年・ユナ。
命の危険に晒されていた彼を救ったのは、白銀の毛並みを持つ美しい人狼・ゼルだった。
ゼルは誰よりも優しくて、そして――独占欲がとにかく強い。
気がつけばユナは、もふもふの里へ連れていかれる。
そこでは人狼だけでなく、獣人や精霊、もふもふとした種族たちが仲良く暮らしており、ユナは珍しい「人間」として大歓迎される。
しかし、ゼルだけは露骨にユナを奪われまいとし、
「触るな」「見るな」「近づくな」と嫉妬を隠そうとしない。
もふもふに抱きしめられる日々。
嫉妬と優しさに包まれながら、ユナは少しずつ居場所を取り戻していく――。
追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜
あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。
行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。
異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?
君さえ笑ってくれれば最高
大根
BL
ダリオ・ジュレの悩みは1つ。「氷の貴公子」の異名を持つ婚約者、ロベルト・トンプソンがただ1度も笑顔を見せてくれないことだ。感情が顔に出やすいダリオとは対照的な彼の態度に不安を覚えたダリオは、どうにかロベルトの笑顔を引き出そうと毎週様々な作戦を仕掛けるが。
(クーデレ?溺愛美形攻め × 顔に出やすい素直平凡受け)
異世界BLです。
地味メガネだと思ってた同僚が、眼鏡を外したら国宝級でした~無愛想な美人と、チャラ営業のすれ違い恋愛
中岡 始
BL
誰にも気づかれたくない。
誰の心にも触れたくない。
無表情と無関心を盾に、オフィスの隅で静かに生きる天王寺悠(てんのうじ・ゆう)。
その存在に、誰も興味を持たなかった――彼を除いて。
明るく人懐こい営業マン・梅田隼人(うめだ・はやと)は、
偶然見た「眼鏡を外した天王寺」の姿に、衝撃を受ける。
無機質な顔の奥に隠れていたのは、
誰よりも美しく、誰よりも脆い、ひとりの青年だった。
気づいてしまったから、もう目を逸らせない。
知りたくなったから、もう引き返せない。
すれ違いと無関心、
優しさと孤独、
微かな笑顔と、隠された心。
これは、
触れれば壊れそうな彼に、
それでも手を伸ばしてしまった、
不器用な男たちの恋のはなし。
【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。
明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。
新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。
しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…?
冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。
【完結】偏屈司書は黒犬将軍の溺愛を受ける
アザトースト
BL
ブランは自他ともに認める偏屈である。
他人にとっての自分とは無関心と嫌悪の狭間に位置していることを良く良く知っていたし、こんな自分に恋人なんて出来るわけがないと思っていた。そもそも作りたくもない。
司書として本に溺れるような日々を送る中、ブランに転機が訪れる。
幼馴染のオニキスがとある契約を持ちかけてきたのだ。
ブランとオニキス、それぞれの利害が一致した契約関係。
二人の関係はどのように変化するのか。
短編です。すぐに終わる予定です。
毎日投稿します。
♡や感想、大変励みになりますので宜しければ片手間に♡押してって下さい!
推しのために自分磨きしていたら、いつの間にか婚約者!
木月月
BL
異世界転生したモブが、前世の推し(アプリゲームの攻略対象者)の幼馴染な側近候補に同担拒否されたので、ファンとして自分磨きしたら推しの婚約者にされる話。
この話は小説家になろうにも投稿しています。
夜が明けなければいいのに(洋風)
万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。
しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。
そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。
長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。
「名誉ある生贄」。
それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。
部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。
黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。
本当は、別れが怖くてたまらない。
けれど、その弱さを見せることができない。
「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」
心にもない言葉を吐き捨てる。
カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。
だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。
「……おめでとうございます、殿下」
恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。
その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。
――おめでとうなんて、言わないでほしかった。
――本当は、行きたくなんてないのに。
和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。
お楽しみいただければ幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる