二度目の初恋と軟禁された蜜月

不来方しい

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第三章 現実

021 導き出した答え

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 時間の経過がいやに遅い。
『みんな元気にしてる?』
「セシルはちょくちょく会うよ。アビゲイルなら特別親しいわけじゃないから、今何してるのかは分からない」
『そう……』
「家族とは連絡取ってる?」
 電話越しに、息を呑む音が聞こえた。
「もしリンダが望むなら、家族と僕が連絡を取り合おうか? きっと心配してる」
『……………………』
 リチャードは隣でメモ帳に何かを書き、僕に見せた。
──弱点。そこをせめてくれ。
 了解、と僕は頷いた。
 電話越しでも分かるなんて、さすがプロだ。今のリチャードがかっこよくて魅力的に映るだろうから、絶対に目は合わせられない。
「テレビの取材でリンダのお母さんが泣きながら娘の帰りを待ってるって言ったのが忘れられない。二年も前のことだけど、鮮明に覚えてるよ。アメリカは毎日のようにいろんな事件があって、もうみんなの記憶からないかもしれない。でも僕は忘れてないよ」
『ナオ……どうしたらいいか分からないの。高飛びしようかと何度も思って、でもお母さんの顔が離れない。アビゲイルに対する今までの怨みも全部が消えたわけじゃない』
「うん。嫌な記憶ほど残るよ。消えない」
 しばらくはリンダの話に耳を傾けていた。大半は母親についてと、アビゲイルのことだ。母親には会いたいようで、時折鼻をすするおとも聞こえるが、アビゲイルに対しては怨恨めいた言葉を吐き出す。二年経っても消えるわけがない。怨みとはそういうものだ。
『私……やっぱりお母さんに会いたい。悪いことをしたのは分かってるの。でも捕まりたくない』
「法に触れたんなら罪は償わなくちゃいけない。でも中にいたって、面会はできる。ハグも握手もできる。出たら鉄格子越しじゃなくて、しっかり向かい合って話もできるんだよ」
『……どうしたら、』
「一緒に行こう。まずかお母さんのところへ。僕も一緒にいるから。その後で警察に行こう」
 リンダは何も喋らなかった。
 僕もこれ以上言うことはなかった。
 しばらくしたのち、リンダはかすれた声で「うん」とだけ言った。

 リチャードは一度車から出ていき、戻ってくるときには飲み物を二本抱えていた。
「よく頑張ったね」
「はい……最善の方法か分かりませんが」
 甘酸っぱいグレープフルーツが心にもしみる。リチャードはコーヒーだ。
「あとは警察に任せてくれ」
「えっ……待って下さい」
 リチャードが警察に電話をかけようとしたので、彼の腕を掴んだ。
「通報するんですか?」
「これから先は警察の仕事だ。俺は二年前も君を危険な目に合わせている」
 リンダに銃を突きつけられたときだと思った。
 僕からすれば、彼に助けてもらったとしか思っていなかったのに。付き合っていてもおんなじ家に住んでいても、意志の疎通が取れない。
「せめて、家族と会えるように配慮したいんです。今のリンダは母親と会いたい気持ちで動いてます。もし嘘をついて警察が待ち構えていたら、罪を償って出た後でも怨みや悲しさは募ったままなんです。彼女が犯罪者だからとか関係なく、人同士の信用問題ですから」
「……分かった。その代わり、見えないように君の回りには警察を配備する。いいね?」
 それ以上は譲歩できないと、リチャードは僕の肩を掴んだ。
 彼女はもう一度場所を指定してきた。リンダの母親が住む家と、今いるところの中心地点だった。
 リチャードが呼んだ警察からは事情を軽く聞かれた程度だった。リチャードが僕に負担をかけないように、先に伝えてくれたんだろう。
「絶対に無理はしないように」
「分かりました」
「これを渡しておく。君たちの会話を聞いているが、もし何かあったらポケットの中でボタンを押してくれ。危険を知らせるブザーが鳴る」
 用意周到で寂しくもあるし有り難くもある。
 だって彼女は人殺しだ。本人も認めた正真正銘の犯罪者。しかも逃げ回った分、余計に罪は重い。恐怖はあるが、どちらかというと憐れみを感じてしまうのは彼女の辛さも分かるからかもしれない。
 アビゲイルに対して悲痛に叫ぶ彼女の声は、嘘じゃなかった。
 警察の前だと言うに、リチャードは僕の頬にキスをしてきた。僕も返したいのに、人前だと難しい問題。代わりに手を一度握り、車を降りた。
 指定場所は、個人経営のカフェだ。数人の男性が中にいて、おそらく警察関係者。一番奥のソファー席に、リンダはいた。
 二年前より大人びて、帽子もつけずに堂々としている。案外、逃げ回っていた二年間はこんな感じだったのかもしれない。堂々としすぎて、犯罪者と言われても疑いたくなる。
「リンダ」
「久しぶり」
 ただ、少しやつれた。覇気のある顔とは言えず、数日の疲れの隈ではない。二年間の跡。
「そうだね、二年も経つからね」
「時間は経つのがとても遅く感じたわ」
 僕は早く感じた。好きな人と一緒にいられて、毎日が早い。
「体調は崩したりしていない?」
「二年前はひどいものだったけど、今は寝不足なだけ」
「二年間はこの辺りにいたの?」
「都会にいた方が安全だったから」
「急な連絡でびっくりした」
「ナオしかいなかった。そんなに話したことがないはずなのにね」
 本当におかしな関係だ。あんなことがなければ、きっと二度と出会うことはなかった。
 注文したコーヒーに口をつける気になれず、黙って湯気を見つめた。
 僕はリンダの気持ちが落ち着くまで、話しかけずにそっとしておいた。
「あのときの気持ちは、晴れたわけじゃないの。なんでこうなったとか、いくら考えてもすとんと落ちるものがない。でも悪いことだって分かる。ナオに言われて気づいた。罪は償わなくちゃいけないのよ」
「お母さんのところに行こう。絶対に心配してる」
「……怒ってないかな」
「心配してるよ。リンダが会いに行ったら喜んでくれると思う」
 頼んだコーヒーはそのままに、僕もリンダも席を立った。スーツを着た男性が雑誌から一瞬だけ目を離した。
 僕たちは乗り物を使わず、ふたりで歩いた。
 通る車すべてが警察に見える病にかかり、僕よりもリンダの方が落ち着いていた。二年間の逃亡生活は伊達じゃない。慣れている。
 リンダの家に着く頃には足取りも重くなったが、彼女に合わせた。僕が急いだって意味がない。どうか神様、今だけは邪魔が入りませんようにと、強く願った。
 家の前まで来ると、インターホンをなかなか押せないリンダだったが、僕は斜め後ろから頑張れと声をかけた。背後に一台の車が止まると、リンダはボタンを押す。
 中から出てきたのは、この前会った痩せこけた女性だった。
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