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第三章 現実
024 帰ってこない
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僕はとんだ勘違いをしていた。
見た目の厳つさのわりにはよく喋る警察官で、情報提供の代わりに言える範囲での事件の内容を話してくれた。
僕は、昼間に会った親子が関係者だと思った。それは、被害者という意味で、あんな小綺麗な服装をしたのだから誰かと待ち合わせをして、そのまま地に伏せたと思っていた。
「君が会った女性たちだが、トランクは持っていなかったか?」
「いえ、鞄一つ持ってませんでしたが」
「トランクが放置されていて、中から男性の遺体が発見されたんだ」
「えっ」
驚愕の声はあまりに大きく、声を発した僕でさえそんな声が出るんだと呆然とした。
「あの親子が持っていたもの……?」
「まだはっきりとはしていないが」
とは言いつつも、断言したように強い口調だった。
何の目的で来たのかと、一つの線が浮かぶ。元々トランクの中に遺体を入れて、山に捨てるつもりだった。風貌が山に行くような格好でないのは……これは分からない。目立たないような格好の方がいいのに。決めていた出来事ではなくて、突然やってきたアクシデントが重なってしまった線も考えられる。
「特に、親子とは何も話してません。ケガをしたので薬がほしいと言っていて、リチャードはコテージに取りに戻りました。親子と三人になったのは、その数分間だけです」
「おかしいと感じたことは?」
「ヒールの高い靴でしたので、山に来る格好じゃないとは思いました。至って普通の家族に見えました」
「ふむ。ありがとう」
背後のリチャードにはすでに聞いたようで、質問は飛ばない。
僕にできるのはこれくらいだ。もし、また何かの事件に巻き込まれたのなら、早期の解決を望むくらいしかできない。
「ああ……それと、道路が通行止めになっているんだ。しばらくコテージに滞在してくれ。朝食は管理者が責任持って配達するそうだ。悪いが君たちも含めて参考人となる。接触しているのならなおさらだ。身の安全を守る意味でも、協力してくれるな?」
有無を言わせない声に、リチャードは頷く。同職種なりに気持ちが分かるのだろう。
一度中に戻り、リチャードは帰りの支度をしようと言う。
「僕……事件を呼び寄せる体質なのかも……」
「そんなことはあるわけがないだろう。たまたまだ。アメリカは犯罪も多い。気持ちを切り替えて、朝食は何が食べたい?」
「サンドイッチがいいです。それと甘いカフェオレ」
「それはいいな」
コテージに備え付けられている電話で管理人にかけると、すぐに用意してくれると言う。
固いパンにハムとチーズが挟んだサンドイッチとカフェオレで朝食を取った。マヨネーズがたっぷりと入っていて、これなら甘いカフェオレよりもブラックコーヒーが良かった。
朝食の後はリチャードと学生時代の話をした。モテモテのリチャードについては弟のセシルからいろいろ聞いていて、ちょっと突っ込んだ話をしてみると彼はしどろもとに目を逸らす。
前は嫉妬ばかりで聞きたくなかったが、数年間の余裕が生まれたのか過去の話として聞けるようになっていた。愛情がなくなったわけじゃなく、僕が大人になった。
「大人の余裕ってやつ?」
「ですです。リチャードに愛されてるの自覚するようになりましたから」
「もっと愛し合う?」
「昨日の今日で? ちょっと持ちそうにありません」
ついでに僕の恋人は絶倫すぎる。仕事のおかげか体力もあって、こっちが持たない。
リチャードは僕をベッドに押し倒した。
したいのだと思ったらただ甘えたいようで、胸に顔を擦りつけてくる。
「吸いますか?」
「ぜひ」
赤ん坊より必死に吸うので、可愛くて頭をなでなでしてみる。さらさらの髪だ。髪色はセシルと同じでも、質感は若干違う。
「ああ……気持ちいい。ずっとこうしていたいよ」
「撫でられるのが? それとも吸う方?」
「もちろん、どちらも。出ないはずなのにとても甘い。こんなこと、セシルには言ったらダメだよ」
「聞かれても絶対言いません」
おかしい。笑いをこらえたせいか、身体が小刻みに震える。
セシルにとってはかっこいいお兄ちゃんでいたいのか、会った日や電話をしたときはどんなことを話したのか聞いてくる。僕は知らないふりをして淡々と答えるが、安心しきったリチャードを見ていると親のような気持ちになる。
彼は、甘えることを知らない大人だった。親から愛されなかったわけじゃなく、完璧すぎて回りがそれを求めてしまったんだろう。だからこそ、僕はそっと寄り添いたい。
こうしてくっついていることで、僕も安堵感を得られる。またしてもバーベキュー場で事件が起こってしまった。危険があればリチャードは絶対に動くだろうし、何事もなく解決に向かってほしい。
娯楽もないコテージ内で、午後は持ってきていたパソコンを開いた。どこでも仕事ができるように、長距離移動のときは常に持ち歩いている。
リチャードは電話をしてくると言ったっきり、戻ってこない。それも一時間経とうとしている。心配になり、コテージ内を迷子の子供のようにぐるぐるした。
「……行こう」
部屋から出るなと言われても、心配だから少しくらいと魔が差してしまった。
てっきりコテージの近くで電話していると思ったのに、リチャードは周囲にもいなかった。
「どうかした?」
背後に立っていたのは、リチャードより年上であろう男性だ。筋肉質で、上背もある。一般的に人目を引くタイプ。
「人を捜していて」
「君の知り合いなら、森の方へ行ったよ」
「森?」
まさか危険なことをしているんじゃないだろうか。
例えば、犯人を追いかけて奥まで行ってしまったとか。
状況が状況なだけに、悪い方向へ考えてしまう。
気づくと、男性はいなくなっていた。誰だろう。信じていいものか。例え悪者であっても、藁を掴みたい。リチャードがいないと、そこまで追いつめられる。リチャードは酸素のような存在だ。
優しい彼の笑顔を支えに、僕は森へ足を踏み入れた。靴を履いているのに固い下生えが足に刺さり、歓迎されていないと感じた。
有り難いことに道が作られていて、蛇のようなうねった道を歩く。とはいっても整備されているものではなく、しばらく人の手も加えられていない道だ。
数十分歩き続けると、風も吹いていないのに草むらが大きく揺れた。
「リチャード?」
人か、野生動物か。緊張感が続く中、姿を現したのは二人の男性だった。
見た目の厳つさのわりにはよく喋る警察官で、情報提供の代わりに言える範囲での事件の内容を話してくれた。
僕は、昼間に会った親子が関係者だと思った。それは、被害者という意味で、あんな小綺麗な服装をしたのだから誰かと待ち合わせをして、そのまま地に伏せたと思っていた。
「君が会った女性たちだが、トランクは持っていなかったか?」
「いえ、鞄一つ持ってませんでしたが」
「トランクが放置されていて、中から男性の遺体が発見されたんだ」
「えっ」
驚愕の声はあまりに大きく、声を発した僕でさえそんな声が出るんだと呆然とした。
「あの親子が持っていたもの……?」
「まだはっきりとはしていないが」
とは言いつつも、断言したように強い口調だった。
何の目的で来たのかと、一つの線が浮かぶ。元々トランクの中に遺体を入れて、山に捨てるつもりだった。風貌が山に行くような格好でないのは……これは分からない。目立たないような格好の方がいいのに。決めていた出来事ではなくて、突然やってきたアクシデントが重なってしまった線も考えられる。
「特に、親子とは何も話してません。ケガをしたので薬がほしいと言っていて、リチャードはコテージに取りに戻りました。親子と三人になったのは、その数分間だけです」
「おかしいと感じたことは?」
「ヒールの高い靴でしたので、山に来る格好じゃないとは思いました。至って普通の家族に見えました」
「ふむ。ありがとう」
背後のリチャードにはすでに聞いたようで、質問は飛ばない。
僕にできるのはこれくらいだ。もし、また何かの事件に巻き込まれたのなら、早期の解決を望むくらいしかできない。
「ああ……それと、道路が通行止めになっているんだ。しばらくコテージに滞在してくれ。朝食は管理者が責任持って配達するそうだ。悪いが君たちも含めて参考人となる。接触しているのならなおさらだ。身の安全を守る意味でも、協力してくれるな?」
有無を言わせない声に、リチャードは頷く。同職種なりに気持ちが分かるのだろう。
一度中に戻り、リチャードは帰りの支度をしようと言う。
「僕……事件を呼び寄せる体質なのかも……」
「そんなことはあるわけがないだろう。たまたまだ。アメリカは犯罪も多い。気持ちを切り替えて、朝食は何が食べたい?」
「サンドイッチがいいです。それと甘いカフェオレ」
「それはいいな」
コテージに備え付けられている電話で管理人にかけると、すぐに用意してくれると言う。
固いパンにハムとチーズが挟んだサンドイッチとカフェオレで朝食を取った。マヨネーズがたっぷりと入っていて、これなら甘いカフェオレよりもブラックコーヒーが良かった。
朝食の後はリチャードと学生時代の話をした。モテモテのリチャードについては弟のセシルからいろいろ聞いていて、ちょっと突っ込んだ話をしてみると彼はしどろもとに目を逸らす。
前は嫉妬ばかりで聞きたくなかったが、数年間の余裕が生まれたのか過去の話として聞けるようになっていた。愛情がなくなったわけじゃなく、僕が大人になった。
「大人の余裕ってやつ?」
「ですです。リチャードに愛されてるの自覚するようになりましたから」
「もっと愛し合う?」
「昨日の今日で? ちょっと持ちそうにありません」
ついでに僕の恋人は絶倫すぎる。仕事のおかげか体力もあって、こっちが持たない。
リチャードは僕をベッドに押し倒した。
したいのだと思ったらただ甘えたいようで、胸に顔を擦りつけてくる。
「吸いますか?」
「ぜひ」
赤ん坊より必死に吸うので、可愛くて頭をなでなでしてみる。さらさらの髪だ。髪色はセシルと同じでも、質感は若干違う。
「ああ……気持ちいい。ずっとこうしていたいよ」
「撫でられるのが? それとも吸う方?」
「もちろん、どちらも。出ないはずなのにとても甘い。こんなこと、セシルには言ったらダメだよ」
「聞かれても絶対言いません」
おかしい。笑いをこらえたせいか、身体が小刻みに震える。
セシルにとってはかっこいいお兄ちゃんでいたいのか、会った日や電話をしたときはどんなことを話したのか聞いてくる。僕は知らないふりをして淡々と答えるが、安心しきったリチャードを見ていると親のような気持ちになる。
彼は、甘えることを知らない大人だった。親から愛されなかったわけじゃなく、完璧すぎて回りがそれを求めてしまったんだろう。だからこそ、僕はそっと寄り添いたい。
こうしてくっついていることで、僕も安堵感を得られる。またしてもバーベキュー場で事件が起こってしまった。危険があればリチャードは絶対に動くだろうし、何事もなく解決に向かってほしい。
娯楽もないコテージ内で、午後は持ってきていたパソコンを開いた。どこでも仕事ができるように、長距離移動のときは常に持ち歩いている。
リチャードは電話をしてくると言ったっきり、戻ってこない。それも一時間経とうとしている。心配になり、コテージ内を迷子の子供のようにぐるぐるした。
「……行こう」
部屋から出るなと言われても、心配だから少しくらいと魔が差してしまった。
てっきりコテージの近くで電話していると思ったのに、リチャードは周囲にもいなかった。
「どうかした?」
背後に立っていたのは、リチャードより年上であろう男性だ。筋肉質で、上背もある。一般的に人目を引くタイプ。
「人を捜していて」
「君の知り合いなら、森の方へ行ったよ」
「森?」
まさか危険なことをしているんじゃないだろうか。
例えば、犯人を追いかけて奥まで行ってしまったとか。
状況が状況なだけに、悪い方向へ考えてしまう。
気づくと、男性はいなくなっていた。誰だろう。信じていいものか。例え悪者であっても、藁を掴みたい。リチャードがいないと、そこまで追いつめられる。リチャードは酸素のような存在だ。
優しい彼の笑顔を支えに、僕は森へ足を踏み入れた。靴を履いているのに固い下生えが足に刺さり、歓迎されていないと感じた。
有り難いことに道が作られていて、蛇のようなうねった道を歩く。とはいっても整備されているものではなく、しばらく人の手も加えられていない道だ。
数十分歩き続けると、風も吹いていないのに草むらが大きく揺れた。
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人か、野生動物か。緊張感が続く中、姿を現したのは二人の男性だった。
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