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第三章 現実
025 あらたな仕事
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「んんっ……」
右側にいた男性は大股で近づいてきて僕の腕を引っ張ると、声を出す間もなく口元を塞いだ。かろうじて鼻から息はできるが、苦しくてもがいた。
「クロフォードを知っている。おとなしくしろ」
クロフォードとは、リチャードのファミリーネームだ。名字もかっこいいけれど、今はそれどころじゃない。
敵か味方か。こうして人を羽交い締めにするのに戸惑いがなく、手慣れている。
「OK、すぐに向かう。それと嬢ちゃんが迷い込んできた。……ああ、分かっているが、どうする? ……了解」
通信で誰かと話すと、羽交い締めにした男性はようやく離してくれた。
「なんでまたこんなところに?」
怒っているというより、咎める言い方だ。
「リチャードを知っているんですか?」
それよりもリチャードだ。一にも二にも、まずはリチャード。
男性は質問には答えず、ついてくるように促す。
「あのな、嬢ちゃん。俺たちに警戒心丸出しなのはいいが、まずは山に入ることに警戒してくれ。警察にコテージから出るなって言われなかったか?」
「でも、」
「でもじゃない」
「恋人を捜しにきたんです。電話してくるって言ってから一時間経っても戻ってこなくて、犯人と鉢合わせたんじゃないかって……」
「……それはあいつも悪いな」
がしかしと頭を撫でられた。固くて大きな手だ。
「側を離れるなよ。ついてこい」
「あなた方は?」
「クロフォードの仕事仲間だ。小説家の先生のことは聞いてるよ。ついて来たら会わせてやれるが、仕事の邪魔はするな。絶対に。お前を守るのも俺たちの仕事だ」
彼らはFBIだ。僕たちはまた、重大な事件に巻き込まれている。
ふたりの男性に挟まれて進んでいくと、古びて今にも壊れそうな小屋がある。
小屋の陰から、人が覗いた。リチャードだ。片手に拳銃が握られている。人の命を奪うもの。誰かが守るものと言っていたが、僕の考えは変わらない。リチャードはこれから先も握り続けるだろう。
リチャードはこちらに向かって何か合図を出した。僕と目が合ったのも一瞬で、顔色一つ変えない。それが悲しくもあり、そう思う僕自身も悲痛な思いが生まれる。仕事の邪魔をしてはいけない。今の彼はみんなのスーパーヒーローだ。
「一分後に突入する」
男性は小型マイクに向けて言い放つと、木陰から男性が顔を出す。
大きな身体を小さく丸めて、男性たちはドアを蹴り破った。
それを合図に、リチャードも窓を開けて飛び越えていく。動くな、と大きな声が聞こえ、甲高い叫び声が上がった。
やってくるであろう乾いた音に耳を塞ぐが、待てども聞こえてこない。
銃声の代わりに、ドアからリチャードが出てきた。険しい顔のまま、女性の手を後ろで掴んでいる。あの女性たちだ。観念したのか、俯いたまま暴れる様子もなかった。
「嬢ちゃん、下がれ」
思わず前に出そうになるのを止められ、背中に隠される。捕まえたということは、女性たちは何らかの事件の関係者だ。一般市民である僕を守るのも彼らの仕事で、身勝手な行動をしようとした僕が悪い。
「二人だけだ」
「了解。すぐにヘリへ」
ぞろぞろと森から男性たちが現れた。どこで身を潜めていたのか、気配がまったくなかった。
リチャードは彼女を引き渡すと、その場に残った。
見えなくなるまで見つめ、ようやくリチャードは僕を振り返る。
「言わなくてすまない。話せなかったんだ」
「ええ、仕事なら仕方ないです」
まだ凝り固まった仕事人の顔だ。それでも少しずつ緊張感が解けていき、頬が緩んでいく。
「わざわざすまないな。礼を言う」
「仕事の範囲内さ。気にするな。お前も休みなのに悪かった」
「実際に姿を目にしたのは俺だ。俺が行くべきだろう。それこそ気にすることはない」
リチャードは僕の背中にそっと触れる。固い指で、熱がこもっている。
「コテージまで送ろう。せめてお嬢ちゃんを守らせてくれ。写真で見るより可愛らしい子だな」
「写真?」
「アシュトン」
「写真? なんですかそれ」
「アシュトン、俺はお前といい関係をこれからも続けたいと思っている」
「ああ、俺もさ、クロフォード。すまない嬢ちゃん、聞かなかったことにしてくれ」
いろいろ、それはもう言いたいことが積み重なっていたが、大人の僕は黙って微笑んだ。今だけはやり過ごそう。リチャードの顔を立てるために。そう、僕は大人。
コテージまで送ってくれた男性にお礼を言う頃には、彼という存在が少しだけ分かった。渋い顔をしていたわりにはフレンドリーで、あれは仕事用の顔だったんだな、と。クロフォードが、クロフォードのやつは、クロフォードがさ、とリチャードのファミリーネームを連呼しては彼の失敗談を次々と語ってくれる。おかげで僕はにっこり、リチャードは真顔。
二度と会わないかもしれないリチャードの同僚でも、一期一会は大切にしたい。彼はアシュトンだと顔と名前を一致させた。
「疲れた……」
珍しく愚痴を口にし、リチャードはベッドに倒れ込んだ。
「お疲れ様でした。夕食の手配と、お茶を入れますね」
「ああ、ありがとう。いろんな意味で疲れたよ、本当に」
「夕食を食べながら、いろいろ話しましょうか」
ベッドの上から唸る声が聞こえる。写真の件は、忘れられる件ではない。
撮った記憶のない写真の出所を想像し、僕は電話を手に取った。
あっという間に広がり続ける噂話は、人がいなければ広がりもしない。事件の発端も人間。なんとも虚しい話だ。
あのコテージ事件から僕らはマンションに戻り、いつも通りの生活を送っている。目に入ってくるネットニュースでは、あの親子は別の事件でも死体遺棄の疑いで追われていた人たちだったらしい。自分の手は汚さず、主に遺体の処理を専門とする犯罪者。そんなものが存在したのかと、しばらく呆然と画面を眺めていた。
なぜ山にあんな格好でいたのかというと、別の用件で仕事をしていたところ、あらたにスーツケースの中身を捨ててきてほしいと連絡が入ったそうだ。山に来る格好でなかったのも頷ける。
そしてもう一つの疑問は、なぜリチャードや僕に話しかけてきたのかということ。記憶に残りたかったというのはリチャードの思惑通りで、彼女たちを印象づけて警察の目を向けたかったらしい。裏では子供の誘拐犯が動いていて、まったく異なる事件でも細い糸で繋がっていた。
リチャードに、親子に見覚えがあったのかとこっそり聞いてみたところ、微笑んだ。質問に対する返事とは違っても、そういうことだ。言えないが、正解だと。
しばらくしてまたしても事件が起こった。これは僕のちょっとした冒険段で、実体験を元にした小説を書こうと思う。
右側にいた男性は大股で近づいてきて僕の腕を引っ張ると、声を出す間もなく口元を塞いだ。かろうじて鼻から息はできるが、苦しくてもがいた。
「クロフォードを知っている。おとなしくしろ」
クロフォードとは、リチャードのファミリーネームだ。名字もかっこいいけれど、今はそれどころじゃない。
敵か味方か。こうして人を羽交い締めにするのに戸惑いがなく、手慣れている。
「OK、すぐに向かう。それと嬢ちゃんが迷い込んできた。……ああ、分かっているが、どうする? ……了解」
通信で誰かと話すと、羽交い締めにした男性はようやく離してくれた。
「なんでまたこんなところに?」
怒っているというより、咎める言い方だ。
「リチャードを知っているんですか?」
それよりもリチャードだ。一にも二にも、まずはリチャード。
男性は質問には答えず、ついてくるように促す。
「あのな、嬢ちゃん。俺たちに警戒心丸出しなのはいいが、まずは山に入ることに警戒してくれ。警察にコテージから出るなって言われなかったか?」
「でも、」
「でもじゃない」
「恋人を捜しにきたんです。電話してくるって言ってから一時間経っても戻ってこなくて、犯人と鉢合わせたんじゃないかって……」
「……それはあいつも悪いな」
がしかしと頭を撫でられた。固くて大きな手だ。
「側を離れるなよ。ついてこい」
「あなた方は?」
「クロフォードの仕事仲間だ。小説家の先生のことは聞いてるよ。ついて来たら会わせてやれるが、仕事の邪魔はするな。絶対に。お前を守るのも俺たちの仕事だ」
彼らはFBIだ。僕たちはまた、重大な事件に巻き込まれている。
ふたりの男性に挟まれて進んでいくと、古びて今にも壊れそうな小屋がある。
小屋の陰から、人が覗いた。リチャードだ。片手に拳銃が握られている。人の命を奪うもの。誰かが守るものと言っていたが、僕の考えは変わらない。リチャードはこれから先も握り続けるだろう。
リチャードはこちらに向かって何か合図を出した。僕と目が合ったのも一瞬で、顔色一つ変えない。それが悲しくもあり、そう思う僕自身も悲痛な思いが生まれる。仕事の邪魔をしてはいけない。今の彼はみんなのスーパーヒーローだ。
「一分後に突入する」
男性は小型マイクに向けて言い放つと、木陰から男性が顔を出す。
大きな身体を小さく丸めて、男性たちはドアを蹴り破った。
それを合図に、リチャードも窓を開けて飛び越えていく。動くな、と大きな声が聞こえ、甲高い叫び声が上がった。
やってくるであろう乾いた音に耳を塞ぐが、待てども聞こえてこない。
銃声の代わりに、ドアからリチャードが出てきた。険しい顔のまま、女性の手を後ろで掴んでいる。あの女性たちだ。観念したのか、俯いたまま暴れる様子もなかった。
「嬢ちゃん、下がれ」
思わず前に出そうになるのを止められ、背中に隠される。捕まえたということは、女性たちは何らかの事件の関係者だ。一般市民である僕を守るのも彼らの仕事で、身勝手な行動をしようとした僕が悪い。
「二人だけだ」
「了解。すぐにヘリへ」
ぞろぞろと森から男性たちが現れた。どこで身を潜めていたのか、気配がまったくなかった。
リチャードは彼女を引き渡すと、その場に残った。
見えなくなるまで見つめ、ようやくリチャードは僕を振り返る。
「言わなくてすまない。話せなかったんだ」
「ええ、仕事なら仕方ないです」
まだ凝り固まった仕事人の顔だ。それでも少しずつ緊張感が解けていき、頬が緩んでいく。
「わざわざすまないな。礼を言う」
「仕事の範囲内さ。気にするな。お前も休みなのに悪かった」
「実際に姿を目にしたのは俺だ。俺が行くべきだろう。それこそ気にすることはない」
リチャードは僕の背中にそっと触れる。固い指で、熱がこもっている。
「コテージまで送ろう。せめてお嬢ちゃんを守らせてくれ。写真で見るより可愛らしい子だな」
「写真?」
「アシュトン」
「写真? なんですかそれ」
「アシュトン、俺はお前といい関係をこれからも続けたいと思っている」
「ああ、俺もさ、クロフォード。すまない嬢ちゃん、聞かなかったことにしてくれ」
いろいろ、それはもう言いたいことが積み重なっていたが、大人の僕は黙って微笑んだ。今だけはやり過ごそう。リチャードの顔を立てるために。そう、僕は大人。
コテージまで送ってくれた男性にお礼を言う頃には、彼という存在が少しだけ分かった。渋い顔をしていたわりにはフレンドリーで、あれは仕事用の顔だったんだな、と。クロフォードが、クロフォードのやつは、クロフォードがさ、とリチャードのファミリーネームを連呼しては彼の失敗談を次々と語ってくれる。おかげで僕はにっこり、リチャードは真顔。
二度と会わないかもしれないリチャードの同僚でも、一期一会は大切にしたい。彼はアシュトンだと顔と名前を一致させた。
「疲れた……」
珍しく愚痴を口にし、リチャードはベッドに倒れ込んだ。
「お疲れ様でした。夕食の手配と、お茶を入れますね」
「ああ、ありがとう。いろんな意味で疲れたよ、本当に」
「夕食を食べながら、いろいろ話しましょうか」
ベッドの上から唸る声が聞こえる。写真の件は、忘れられる件ではない。
撮った記憶のない写真の出所を想像し、僕は電話を手に取った。
あっという間に広がり続ける噂話は、人がいなければ広がりもしない。事件の発端も人間。なんとも虚しい話だ。
あのコテージ事件から僕らはマンションに戻り、いつも通りの生活を送っている。目に入ってくるネットニュースでは、あの親子は別の事件でも死体遺棄の疑いで追われていた人たちだったらしい。自分の手は汚さず、主に遺体の処理を専門とする犯罪者。そんなものが存在したのかと、しばらく呆然と画面を眺めていた。
なぜ山にあんな格好でいたのかというと、別の用件で仕事をしていたところ、あらたにスーツケースの中身を捨ててきてほしいと連絡が入ったそうだ。山に来る格好でなかったのも頷ける。
そしてもう一つの疑問は、なぜリチャードや僕に話しかけてきたのかということ。記憶に残りたかったというのはリチャードの思惑通りで、彼女たちを印象づけて警察の目を向けたかったらしい。裏では子供の誘拐犯が動いていて、まったく異なる事件でも細い糸で繋がっていた。
リチャードに、親子に見覚えがあったのかとこっそり聞いてみたところ、微笑んだ。質問に対する返事とは違っても、そういうことだ。言えないが、正解だと。
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