占星術師アーサーと彼方のカフェ

不来方しい

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第二章 アーサーを追って

027 初恋の人

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「大丈夫なんでしょうか? 僕たちのこと何にも分からないのに勝手に上げて……」
 耳元で話すと、アーサーは顔を近づける。
「あなたのおばあさまも、私の素姓が分からないのに家へ上げて下さいましたよ」
「家に来たんですか?」
「飲み友達ですから」
 後ろ姿までそっくりな女性は、彼方たちをリビングへ案内した。
 春野雪音がいた。ソファーに座り、コーヒーカップを手に、とおくを見つめている。
 彼女はふたりに気づくと、固まってしまった。
「どうして月森君が?」
「こんにちは。春野さん」
 アーサーは優雅に頭を下げ、名を告げる。
「そちらが例の方なのね」
「例の?」
「ふふ……秘密です。まさか家まで来てくれるなんて思わなかった」
「お友達が来てくれるなんて、今まで一度もなかったもの。嬉しいわ。お茶持ってくるから、どうぞソファーへおかけになって」
「ありがとうございます」
 春野とは、お互いの秘密を分かち合った仲だ。大切な人がいると打ち明け、すぐに相手はアーサーだと気づいた。彼女も大切な人がいて、その人は遠くにいると言っていた。
「春野さん、まさか入院が必要だなんて知らなかった。後悔しかなくて、いてもたってもいられなくて」
「それで来てくれたの? そんな大げさなものじゃないよ。ちょっと再発しただけで」
「また学校来られるよね?」
「うん……だといいな」
 春野は困ったように笑う。不安しか生まない微笑だった。
「アーサーさんもありがとうございます。月森君から、よく話は聞いています」
「こちらこそ、突然お邪魔致しまして、申し訳ございません」
「とても嬉しいです。紅茶を入れるのがとてもお上手だとか。それと占い師さんなんでしょう?」
「はい。占星術はご存じですか?」
「もちろんです。どうしよう、本物の占い師さんに会っちゃった」
「私は星の巡りとタロットカードや手相を用いた、独学で身につけた方法で行います。興味がおありでしたら、簡単に占いましょうか」
「いいんですか?」
「簡易の道具しか持ってきておりませんので、本格的にはできませんが」
 鞄から、折りたたみ式のホロスコープとタロットカードを出した。
 春野は興味津々のようで、身を乗り出して眺めている。
「こちらに、お名前と生年月日、生まれた時間をお書き下さい」
 春野は一寸の迷いもなく、すべて書ききった。
 年齢は彼方の二つ上だった。
「生まれた時間をご存じなのですね」
「私が小さい頃から言い続けていたからなの」
 春野の母がハーブティーとバターの香ばしい匂いを漂わせて、クッキーを持ってきた。
「良かったら召し上がれ。私が焼いたのよ」
「ありがとうございます。……春野さん、もしかしてあなたは姉妹がいらっしゃいますか?」
「……どうして、」
 春野は驚愕し、タンブラー型のグラスを取り損ねた。
 隣で彼女の母も同じ顔で固まっている。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「はい。何なりと」
「どうして兄弟ではなくて、姉妹と限定したの? 兄弟といえば姉妹も入るイメージがあるけど、姉妹は性別を限定してしまう」
「左様ですね」
「それはどうして? 娘が話したのかしら? さっき初めましてって言ってたから初対面だと思ったんだけど」
「春野さんとは初対面です。そうですね……その質問はとても難しい。目に見えないものを相手におりますから」
「まさか、占いで姉妹がいるって分かったの?」
 アーサーは答えず、ただ微笑むだけだ。
「信じられない」
「誰しもがそのような反応を致しますね」
「正確には、長女がいたんです。流産してしまったの。子供のためにおもちゃやら何やらたくさん買って待ちわびてからの流産……絶望したわ。この子がこの世に生きて生まれてくれて、本当に幸せよ」
 アーサーはタロットカードを一枚めくる。戦車のカードだ。
「今が慌ただしいときです。しばらくは家を出たりと、ゆっくりする時間がないかもしれません。ですが、」
 もう一枚めくる。今度は悪魔のカードだった。
 春野たちに緊張が走る。
「こちらは逆位置になりますね」
「逆位置?」
「正位置と比べると、意味が異なります。正位置の場合は、視野が狭くなっていて、回りの声が聞こえていない状態を表します。しかしカードは逆に出ました。これは、現状を乗り越えられると意味します」
「本当に?」
 さらに一枚カードを表に向けた。
「そしてもう一枚は、太陽の逆位置です。これは、あなたの人生に日が差していないことを指します。不安に思う必要はありません。太陽はあなたを待ってはくれませんが、必ず顔を出します。春野さんはそれに気づいていない。愚痴を零したっていい。落ち込むこと悪ではないのです。あなたを心配する人がいるという事実を、どうか受け止めて下さい」
 春野は彼方を見て、肩が震えた。上を向いたまつ毛が揺れ、大粒の涙を吸い込む。吸い取れなくなった滴は頬を濡らし、首元へ流れていく。
「本当はね……、文化祭にも参加したかった……。でも病気が再発して、どうしようもなくなった。普通に生きたかった……」
「普通の概念は人によって異なるので何とも言えません。しかし生きたかった、は聞き捨てなりませんね。あなたは生きていらっしゃいますし、諦めてもいない。だからこそ入院し、病気を治すことを望んでいる」
「本当に日本語達者ですね……すごい」
 春野は目を丸くする。
「ええ、頑張りました」
「それだけお上手だと、心を保つのが難しくありませんでしたか?」
「初恋の方が日本人なのです。どうしてももう一度会いたくて、日本へ参りました」
「まさかそれで覚えたんですか?」
「はい」
「すごい。日本人よりお上手です」
「ありがとうございます」
「それで、その方には会えたの?」
 恋愛の話はテンションを上げるようで、春野の母親も身を乗り出した。
「……ええ、会えました」
 驚いたのは彼方だ。そんなこと、一言も聞いていなかった。
 驚愕する彼方の頭を撫で、アーサーは微笑む。
「難しいもので、名乗り出るのは勇気が必要です。まだそのときではないような気もしますし、ご迷惑だったらどうしようかと、気持ちが揺さぶられるのです」
「自分を好きだと言ってくれる人が現れたら、嬉しいものよ」
「幸甚の至りです」
 撫でられた頭が心臓と繋がったようで、汗もどっと溢れてくる。
 アーサーはもう話題には触れず、最後の追い込みだと占いの結果を述べる。
 太陽の逆位置はまったくと言っていいほど良い意味はない。夢も希望もなく、不幸の底だと伝えるのも占い師。アーサーのように、太陽はいつか顔を出すとひねった言い方をできるのも占い師。
 依然、アーサーが話していた。タロットカードの結果は、占い師の技量による、と。
 彼の優しさは自分をすり減らして人に与えているのではないか、というほど、心が震える。
 初恋の人と出会えて、これから彼はどのような選択をするのか。

「……僕なら、どんな形でもずっと側にいたいのに」
 春野邸を出て、前を歩くアーサーの背中に独り言を漏らすと、彼の歩くスピードがゆっくりになった。
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