11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

030 逃亡する鼠

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 昨日の殺伐とした空気とは打って変わって、葵は穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「昨日は大変でしたね。お変わりはないですか?」
「俺は問題ないです」
「問題ない……ですか。あなたの精神力には圧倒されます。泣いて喚いてすっきりすることもあるでしょうに」
 本当は紫影が帰った後、こっそり涙を流してしまった。
 男に身体を嬲られて、平気なわけがない。強くならなければならないが、一人で耐え抜くのは難しかった。
「いきなり現れた従者たちに、さぞや驚いたことでしょう。けしかけた生徒がいます」
「誰ですか?」
「球技大会前に、あなたや千歳に喧嘩を売った生徒です。彼らは従者の親戚関係者で、本人たちも特別扱いをされている分、教団本部に近い人間だと気づいていたんでしょうね」
「特別扱い……だから贄生の宿舎に来られたんですね」
「そういうことです。高等部三年の贄生に巫覡の疑いがある者がいると話したそうです。根拠なき者の声は従者に届いたわけではないでしょうが、理由なんてなんでもよかったんです」
「調べる口実がほしかったのか……」
「ええ。今は紫影隊長が上に掛け合い、懲罰の準備を進めています」
「ちゃんと罰は与えられるんですか?」
「難しいでしょうね。紫影隊長は誰だろうが重罪だと断固として譲らぬ姿勢を貫き通していますが、実際は隊長本人も軽過失に留まると判っていますから。さて、本題に入りましょうか」
 葵の淹れてくれたコーヒーに視線を落とす。まだ冷めきらなくて、白い湯気が顔にかかった。
「葵さん……あなたは黒鼠と呼ばれていますか?」
 葵の目が悲しげに揺れる。湯気のせいではなく、瞳が覚悟を決めた色に染まった。
「黒鼠、または鼠と呼ばれています。ちょろちょろ逃げ回る厄介者です。最期は蛇の餌になる……相応しい呼び名ですね。察しの通り、巫覡になっても逃げ回っている者の呼称です」
 彼にはっきりと自分は巫覡だと話したことはなかったが、隠す必要もないと感じた。紫影と同じように、もし知っても巫覡だと教団本部へ突きつけたりしないだろう。
「私は御印がかなり出にくいタイプです。それで運良く逃げることが可能でした。身も心も強烈な快楽を与えられない限りは、どうやら出ないようです」
「葵さんも、俺たちと同じ目に……」
「察してほしいですが、淫紋を出すため、憂き目にあったのは事実です。あなた方は私と同じような思いをしてほしくないのですよ。……咲紅」
 葵は少し前のめりになったので、咲紅は姿勢を正した。
「昨日揃ったメンバーの中で、期待を寄せられるのは間違いなく咲紅です。決して悟られないよう、身近な友人にも話すべきではありません」
「そうですね……はい」
「大学部の生徒と球技大会で勝負をしようとする活発さは認めますが、熱のこもった身体に御印が浮き出て、服が捲れ上がったらどうするつもりですか。あなただけではなく、今まで守ろうとしてきた紫影隊長の努力がすべて消え失せます」
「……気をつけます」
 葵の口から紫影の名前を出されるたびに腹が立つが、正論すぎて何も言えなかった。彼が正しい。
「話は終わったか?」
「紫影…………」
「ええ、ひと通りは。そちらは?」
 紫影は目を瞑り、頭を数度振った。
「本部へ掛け合ったが、おそらくは厳重注意だけで終わるだろうな。なんせ本部の連中もグルだ。生徒のみを処罰なんてできない」
「しばらくはおとなしくしているでしょうが、警備を強化すべきですね」
「ああ、そのつもりだ」
「俺……そろそろ宿舎に戻るよ」
「もう戻るのか?」
「うん。話は聞けたし、……宿題あるし」
「送っていこう」
 葵にお礼を言い、ふたりで本署を出た。
「千歳には会ったか?」
「退院してそのままここに来たから顔を見てない。何かあったのか?」
「悪循環に陥ってる。お前のあんな姿を見て、贄生になればいずれ凌辱されるのかと、お前の心配より自分の心配をしてしまう自身を恥じてしまっている」
「それはそうだろ。別に恥じる必要なんてないのに」
「お前が一番大変なときで慰めろとは言わないが、少し話をしてやってくれないか。親友と話せばお前も少しは落ち着くかもしれない」
「俺は落ち着いてるって。こんなことじゃへこたれないから大丈夫。単に千歳が心配だから話してみるよ」
 宿舎の入り口で別れようとすると、紫影に腕を掴まれた。
 懐から折りたたまれた紙を出し、差し出してきた。
「恋文」
「あ、ありがとう……」
 面と向かって渡されると、照れが生じてしまう。
 百面相にならないようにできるだけ真顔を貫こうとしても、我慢すればするほど紫影は笑う。
 名残惜しく、しばらく手を握ったり指を絡めたりして遊んでいた。子供の戯れに付き合ってくれる紫影は、別れの言葉を口にするまでずっと側にいてくれた。

 病院の廊下にいる警備隊に千歳に会いたいと告げると、何も言わずに頷いて病室の鍵を開けてくれた。
「ふたりだけで話したいか?」
「そうですね。誰も入ってこないでほしいです」
「わかった」
 味方が敵か判らない警備員だが、すんなりと通してくれるところをみるに紫影から言われていたのかもしれない。
「千歳……」
「さっちゃん……」
 千歳はやや緊張した面持ちで、無理やりな笑顔を作る。
「いつも心配して来てくれるね」
「そりゃあ……友達だろ」
 本当は「親友だろ」と答えたかったが、咲紅は躊躇した末に「友達」と言った。
「助けてくれてありがとうな」
「僕、何もしてないよ」
「けど、心配して聖堂にきてくれただろ?」
「うん……」
「身体はどうだ?」
「熱も下がったし、もうなんともないよ。大事を取って、今日まで入院だけど。情けない話だよね。さっちゃんはすぐに退院したのに、僕はまだベッドにいる」
「何にショックを受けたりするかも人それぞれだ。価値は同じじゃないし、比べる理由もない」
 いつぞやに紫影から話してもらった言葉を、今度は千歳に伝える。
 人間は元々平等ではないし、心痛も比べるものではない。
「千歳が退院したらさ、放課後ふたりで温室にでもいこう。季節によってはいろんな花が咲いてるし、こっそりお弁当とか作ってもらえないかな? 学食を弁当箱につめてほしいってお願いしてみるか」
「葵さんも?」
「嫌ならふたりだけで行こう」
「そうじゃなくて……」
「葵さんも一緒がいいのか?」
「……できれば。あっでも、さっちゃんとふたりでお出かけもしてみたい。昔は外でお昼寝したりして、先生に怒られたよね」
 咲紅は目を見開き、まじまじと千歳を見る。
 どういう心境の心変わりなのかと聞きたくなった。あれだけ嫌がる素振りを見せていたのに、今は葵と一緒がいいという。
「俺は千歳と二人がいい。二人だけじゃないと、話せないこともあるだろ?」
 そこで千歳はようやく笑顔になった。数か月ぶりに見る、心からの笑顔だった。
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