11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

031 疑いのある者

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『咲紅……咲紅』
 誰かが呼ぶ声がする。
 目を開けるが夢なのか現実なのか定かではない。
 ぼんやりと真っ黒な天井を見ながら、呼ばれる方向へ顔を傾けた。
 窓には白蛇が張りつき、咲紅を見ている。
『この学園の秘密を知っているか?』
「地下に……大蛇がいて……いずれ俺たちを……」
 覚醒しきれていない頭では、話す内容も朧気だ。
『大蛇はお前を待っている』
「嫌だ……俺は食べられたくない……」
『食べるつもりはない。本当は、本当の理由は──』
 何を言っているのだと唸る。
 今まで何人の贄生や巫覡を食べてきたのか。
 人ではなく餌として扱い、知らないままに薬を使って眠らされ、大蛇の腹の中にいる。
 咲紅はその運命の延長線を走っていた。横道を教えてくれるのは紫影ただ一人しかいない。
『何かあったら大蛇を頼れ』
「頼る……なにを言ってるんだ……あんな化け物に……」
『元々はお前たちが生み出したのだろう。被害に合っているのは我々だ』
 ぐうの音も出ない。その通りだ。人間の生物実験のせいで大蛇は生まれた。死ぬこともできず、地下の牢獄で過ごし、何を思うのだろう。
『古代語を聞き取れるのはお前と……あと数人いる。だが大蛇が求めているのはお前だ』
 黒鼠と呼ばれる隠れた巫覡である葵も含めて、二人だけだ。数人という言い方が引っかかった。
「数人って?」
『お前と同じように、まだこの学園には──』
 人の気配がして、ふと目が覚めた。
 夢のわりには現実味を帯びている。
 身体中から汗が吹き出し、起きたばかりだというのに頭は完全に覚醒している。
「──おはよう」
「し、えい……?」
 紫影は咲紅の腰の辺りを子供をあやすように叩き、じっと顔を見つめていた。
「なんで……いるの?」
「会いたくなって。うなされていたが、どんな夢を?」
「……覚えてない」
「そうか」
 紫影は嘘だと感づいている。それでも騙されたふりをしてくれるのだから、やはり大人だと悔しくも感謝した。
 起きたら人の体温がある。はまると抜け出せない麻薬のようなものだ。
 暖かさがほしくて紫影の顔に胸を埋めると、紫影はお尻をぽんぽんと叩いてくる。
「俺、赤ちゃんじゃないのに」
「ああ。随分と大きくなった。安心するだろう?」
 認めたくなかったが、紫影にそうされると眠気が襲ってくる。
「明日、俺は学園にいない」
「だから会いに来てくれたのか……公休?」
「ああ。問題を起こしたりするなよ」
「しないって。俺のことを何だと思ってるんだ」
「お前が起こさなくても、回りが放っておかないからな。何かあったら玄一の元へ行ってくれ」
「うん……」
「眠いか?」
「少し……。紫影、地下にいる大蛇って、ずっとこのまま?」
「急にどうした?」
 紫影の声がいささか低くなる。
「なんとなく聞きたかっただけ。地下に閉じ込められて可哀想だなあって思った。元々人間が生み出したんだし」
「何か声が聞こえたのか?」
「大蛇の声は聞こえない。ただ日に日に蛇の声は聞こえるようになってる気がする」
「巫覡になった影響もあるだろうな。絶対に悟られないように気をつけてくれ。お前が巫覡だとばれたとき、立場上、擁護ができなくなる」
「うん、気をつける」
 夢と現実をさまよったときに残った疑問──巫覡が数人いることは、紫影には聞けなかった。
 信頼の問題ではなく、はっきりとしない夢の話をして困らせたくはなかったからだ。優しい紫影は贄生を守ろうとするだろう。だからこそ、これ以上負担をかけたくなかった。
「もう寝ろ。寝るまでこうしてる」
「なんか……慣れてる。子供をあやす手とか……。まさか結婚してるのか?」
「お前がいるのにあるわけがないだろう。いいから早く寝ろ」
「うん……」
 覚醒した頭が嘘のように瞼が重くなった。
 頭を撫でてほしいと思うと、通じたのかお尻を撫でていた手が頭に乗り、数回撫でられた。
 意識を簡単に奪う、暖かな手だった。

 目覚めると、紫影はいなかった。
 夢ではないかと昨日の出来事を疑うが、机に置きっぱなしにしていた手紙がなくなっている。
──受け取った。ありがとう。
 代わりに、メモ帳のが切り取られて簡易なメッセージが添えられていた。
 恋文というよりは、最近の宿題が終わっただの、黒羽とテニスを楽しんだだの業務連絡のようなものだ。それでも、紫影は喜ぶ。
 友達と仲良くしているか、喧嘩はしていないか、などとよく心配の言葉か綴られている。
「紫影と血の繋がりがあればよかったのに……」
 想像しただけで熱を帯び、熱くなる首筋をさすった。
 モニターのランプが光っている。嫌な予感がして電源をつける。
 今日は紫影は公休で休みだ。よって、少なくとも咲紅は御霊降ろしの儀は行われない。
──本日、贄生は必ず普通校舎へ来るように。
 贄生宿舎ではなく、贄生に選ばれる前にいた校舎だ。まだ数か月しか経っていないのに、懐かしいと感じる。
 誰かが扉をノックするので開けると、千歳が困りきった顔で佇んでいた。
「さっちゃん、連絡来てる?」
「ああ、今見たよ。急に何の用なんだ? 葵さんから聞いてるか?」
「ううん。特に何も……。儀式で呼んでるわけじゃないみたいだし、なんだろうね」
「警備隊の人間の書き方とも違う。今日は紫影は休みで……」
 そこではっと気づいた。もしかしたら、紫影が休みのときを狙ったのではないかと。
 黒羽も起きてきた。
「おっす。メール届いてるか?」
「ああ。さっき見た。普通校舎に呼び出しなんて、ありえないだろ。まずは本署へ……」
 赤いカーペットの上を歩いてくる男がいる。
 見覚えがあるが、名前が出てこない。
 隣の黒羽も同様のようだ。
 千歳だけが姿勢を正し、すぐに頭を下げた。
 咲紅も見習い、とりあえず真似をしてみる。
「学園長、おはようございます」
 学園長だったのか、と声が出そうになり、咲紅は唇を強く閉じた。
「緊急のメールは届いたか?」
「はい」
「今から普通生徒のいる校舎へ来てくれ」
「ご用件はなんでしょうか」
「ここでは言えない」
 お互いに顔を見合わせていると、瑠璃や玄一たちも部屋から出てきた。
 玄一は咲紅と校長がやりとりしている様子を見て、不快そうな顔をする。
 重い足取りでついていくと、それぞれ元いたクラスに行くように指示を出された。咲紅と千歳は一緒のクラスで、黒羽は隣だ。
 贄生になってから初めて元クラスに足を踏み入れる。
 神に近い存在で堂々としていなければならないが、生徒たちと目を合わせられない。
 千歳と共に壇上に立たされ、前を向いた。
「本来なら贄生を理由なく連れてきてはいけない決まりなんだがな」
「何か理由があったってことですね」
「実は、お前たちの中にすでに巫覡がいて、命運から逃れようとしている贄生がいると、噂になっているんだ」
 元担任は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
 隣の千歳は大きく肩を揺らした。咲紅も驚愕し息が詰まった。
 紫影の顔が浮かぶ。怯えてもいけない。今まで助けてくれた人の好意を無駄にするなと、背筋を伸ばせと暗示をかけた。
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