11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

032 嘘と真実

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「そんな噂、俺は聞いたことがないですけど」
 生意気につんとした顔をし、元担任を睨みつける。
「それはそうだろう。贄生宿舎は離れているし、他の生徒との接点がない」
「それはそうですね。俺たちにどうしてほしいんですか?」
「生徒自ら職員室へ来て、贄生たちを調べてほしいと言う始末だ。神として崇められる贄生は、なりたくてもなれない生徒が多数いる。羨ましくて仕方ないんだ」
 長く生きられない運命について、生徒たちは知らない。
 咲紅は八つ当たりのように吐き捨てたくなった。
「あまりに収拾がつかなくなり、我々も警備課へこのような噂が流れていると伝えた」
 元担任は咲紅と千歳を眺める。反応を伺っている様子だ。
「警備隊は寝耳に水だと答えた。噂は噂だと。だがそれを生徒たちに伝えても、調べろの一点張りでちょっとした騒動になっているんだ。そこでお前たちを呼んで、巫覡ではないと宣言してほしい。神に近しいお前たちの言葉なら、きっと生徒も信じてくれるだろう」
 咲紅は言い返さずに、流れを読もうと元担任を伺う。
 宣言したところで信じるとは思えない。何か裏があるのではないか。
 気になるのは警備課をまとめる紫影がいないという点だ。
 何かが起こった場合、まずは偶然と思うなと紫影に教えられた。
 裏で糸を引く人物がいるとすれば、教団本部の人間しか思えなかった。
「俺は巫覡ふげきじゃありません」
 追いつめられたこの場では言うしかなく、咲紅はきっぱりと告げる。
 千歳にもはっきり言ってもらおうと見るが、彼はうなだれたまま何も言おうとはしない。
「千歳?」
 小声で声をかけると、目に動揺の色が浮かんだ。
「やっぱりどっちかが巫覡なんじゃないのか!」
「隠してるんだろ」
「贄様になんて口の聞き方をするんだ!」
 元担任の一喝により、クラスが静まり返った。
「さあ、千歳も宣言してくれ」
「……さっちゃんは、巫覡じゃないです……」
「俺のことはいいから、千歳が違うと言ってくれればいいんだ」
「さっちゃん……僕……」
 肩に手を置くと、零れんばかりの涙が目に溜まっていく。
 胸の奥がざわついた。違うと一言言えばいいだけなのに、なぜ千歳は戸惑うのか。
 手に伝わる振動が平静でいられなくて、小柄な肩を強く握った。
「僕……ほ、本当は…………」
 千歳の声をかき消すように、隣のクラスから歓声が上がった。
 隣の二組は黒羽と瑠璃のクラスだ。元担任の制止を振り切り、咲紅は誰よりも先に教室を出た。
「瑠璃……」
 壇上で瑠璃は勝ち誇った顔で他の生徒を見ている瑠璃がいた。
 黒羽は心底驚愕していて、咲紅を見向きもしない。
「どうした? 何があった?」
「どうもこうも、こいつらが僕を見下した発言をするから、黙らせてやっただけ」
「見下した……?」
「散々僕を虐めてきたのに、いざ贄生に選ばれたのは僕。さぞかし悔しくてたまらなかっただろうね。神と同じになった僕をせいぜい崇めたらいいよ」
「何言ってるんだ? 神と同じになった?」
 窓から見える木々の枝に蛇がまとい、こちらを見ている。
 他の生徒たちは気づかない。
 瑠璃はこちらに歩みより、咲紅の顎を撫で、ほうっと息を吐いた。長い睫毛が揺れて垂れた大きな瞳がいっそう潤む。
「僕が巫覡になったって言ったの」
 もう一匹蛇がやってきた。視線の先は瑠璃ではない。咲紅だ。
「瑠璃……本当なのか? 瑠璃が巫覡に……?」
「本当だよ。僕しか知らない話だけど。同じ贄生の咲紅君なら判るでしょう?」
 腹に淫紋が浮かび、その事実は瑠璃の審判者も知らないということだ。
「もし本当に巫覡となったなら、警備課へ連絡をしなくてはいけないな」
 二組の担任はまだ半信半疑のようだ。だが瑠璃が嘘を言っているようにも見えない。勝ち誇った顔で、時折他の生徒を卑しむ目を向ける。顔には嫌悪感が滲み出ていた。
「そういうわけだから、僕は今夜儀式だね。優しくしてくれた咲紅君に会えなくなるかと思うと寂しいよ」
「優しく……? したか、俺?」
「普通に接してくれたでしょ? 他の生徒は僕のことをチビだとか女みたいだとかバカにしてたのに。神に近い存在になったら、ここの生徒に天罰を与えたいよ」
「そういう力の使い方は良くない」
「咲紅君はいつも頼りがいがあって、誰にでも優しくて、かっこよくて。でも口先だけの正義感は心底嫌いだった。反吐が出るくらいにね。そこが良いところでもあるんだけど。復讐は何も生まないとか思ってるタイプでしょ? 気持ちは晴れるし、良いこと尽くめなんだよねえ。嫌いな人がこの世から消えるって考えるだけで、もう快感」
「もし人を殺めたら、瑠璃は一生、他人の命を背負って生きることになる。後々苦しむのは瑠璃だ」
「ほら、そういうとこ。ま、数少ない僕の好きな人だから、咲紅君は許してあげる。……僕が巫覡だと認められたら、二組のみんなは覚悟しておいてね」
 廊下から数名の警備隊がやってきた。中には瑠璃の審判者もいる。
「失礼します。贄生をこちらの校舎に招くなど、我々は聞いてはおりません。説明して頂けますか?」
「説明も何も、警備課から許可は頂いたはずです。学園長自ら贄生宿舎へ出向き、彼らをお連れしたのです」
「許可……? 紫影隊長は本日学園内にいない。誰が勝手に許可を……」
「もう聞いてるかと思いますが、俺たちの中に巫覡がいると生徒たちは疑いを持ち、ここに呼ばれました。瑠璃は自ら巫覡だと言っています」
 咲紅は簡潔に説明する。
「瑠璃が? 判った。今宵、瑠璃は儀式を行う」
「俺、本署へ行ってきます。隊長が戻って来てるかもしれないし」
「待て! 勝手な行動はっ…………」
 押し黙っていた黒羽に合図を送ると、彼ははっと顔を上げた。一瞬だけ千歳を見やると、黒羽は頷く。千歳を頼む、と黒羽には通じた。
 足の速さに自信がある咲紅は大人たちの制止を簡単に振りきり、校舎を出た。
 本署が見えてきたところで、男が木の横に立っている。警備隊の制服を着ていない。生徒でもない。
 男がこちらを向いた。咲紅は固唾を呑む。
「紫影…………」
 黒髪に透明感のある肌、厳めしくも男らしさを感じ、威圧感を与える目。身体つきも上背も、紫影と大差がない。
 まったく違うのに、どことなく雰囲気が紫影に似ていて、思わず口から漏れてしまった
「審判者を司る男を呼び捨てとはね。それを許されてるってことは、アンタが咲紅か。へえ」
──この男は警備隊の正体を知っている。
 危険な人間だと、全身の神経が訴えていた。
 咲紅は拳を握り、距離を取る。
「てっきりお前が巫覡で紫影に守られてるかと思ったのによ。ここにお前がいるってことは勘が外れちまったか」
「……誰ですか?」
「身長は百七十くらいか? ギャン泣きしていたガキが、随分とデカくなったなあ」
「俺を知ってるんですか? どうやってここに? 紫影の知り合いですか?」
 男は頭をかき、うざったそうなに咲紅を睨みつけた。
「血の繋がりはないのに、意思の強そうな目はあいつそっくりだ」
 あいつを指すのは、紫影のことだ。知り合いで間違いないだろうが、紫影を口にする男は憎しみ色を目に宿す。
 男の手が伸びてきた。咄嗟に逃げようとした瞬間、木から一匹の蛇が顔を出し、男に威嚇し始める。
「やっぱりお前、巫覡なんじゃねえの?」
 凱旋将軍のような顔で、男は口元に笑みを作った。
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