11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

046 表向きの取り引き

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「教祖様へ取り次ぎをお願いしたい。紫影が至急だとお伝え下さい」
 茉白を部屋へ送り届けた後、紫影は教祖の部屋の前へ来ていた。
「これはこれは紫影さん。何のご用でしょう」
「教祖様へ直接話します」
「朝の早い時間帯です。教祖様はお休みになられています」
「ならば緊急だと起こして頂きたい。経典にも、『教祖はいかなる場合でも、神の子を愛し、子の声に耳を傾けなければならない』と書いてありますが」
 学校の教科書以上に、何度も読まされる経典の一文である。
 呆れ果てた従者は教祖の部屋のインターホンを三度鳴らした。
 教祖はすぐに出た。寝ているなど虚言もいいところだ。
 教祖の目はいくらか赤みを増していて、目の下には隈ができている。心配で眠れなかったのだろう。
「朝早くに大変申し訳ございません。どうしても早急にお話ししたいことがあり、参りました」
 微塵も申し訳なさそうに言わなかった。力強く、有無を言わせず教祖の前で膝をつく。
「構わぬ。……紫影と二人で話をしたい。席を外せ」
 どよめきが聞こえたが、教祖の命により、従者たちは部屋の前から去った。
「紫影、中へ入れ」
「防犯カメラが気になるようでしたら、玄関先まで入らせて頂きます」
「息子と話すだけだ。何もおかしなことはない」
「……では、中まで失礼致します」
 初めて入る父の部屋だ。今さら感動も何もなかった。
 玄関には黄金の蛇が奉られていて、紫影は立ち止まって祈りの言葉を捧げる。
「熱心なものだな」
「教祖の嫡男としても、当然のことかと存じます」
「お前は白蛇に何を願う?」
「教団のさらなる繁栄と、巫覡が生まれるようにと、心を込めました」
「巫覡がこれ以上誕生しないように、ではなく?」
 紺碧の瞳と目が合う。すぐに逸らしたのは教祖だった。
「入りなさい。酒がいいか?」
「いえ、朝の飲酒は、仕事に支障をきたします」
「ではコーヒーを淹れよう」
 教祖自らやるべきことではないが、名乗り出ても教祖は自身が淹れると言ってきかないだろう。
 これは一種の交渉だ。やましいことを抱える教祖と、教団への忠誠心を裏切り続けている紫影との、表向きの折衝といっていい。
「待たせたな」
「ありがとうございます。いただきます」
 揺れる黒い水面を見つめてから、紫影は懐から鍵を取り出し、教祖へ差し出した。
「誰が持っていた?」
「憚りながら、大変答えにくいことです。察して下さればと存じます」
「……茉白か。いや、茉白しかいない」
 茉白だと答えれば、自由に出入りできる間柄と知っていたと言っているようなものだった。
「彼はどこへいた?」
「裏口の階段を下りた先の、地下室の手前です。あと一歩遅かったら、命に関わるところでした」
「命に?」
「あのような酸素の薄い場所は、茉白様は不慣れです。しゃがみ込み、息をするのが精いっぱいの状態でした」
 教祖はカップを持ち直し、コーヒーを一口飲んだ。
 地下室の秘密を知られたかどうかより、紫影はまず茉白の命を案じた。
「中へは入っていないのか?」
「地下室への扉は開けた痕跡はなく、おそらく手前で力尽きたのでしょう」
「そうか」
「念のため、医師にお身体を診せるべきだと申しましたが、茉白様は部屋に誰も来ないでほしいとの一点張りです。教祖様がお顔を出して下されば、きっと元気になります」
「だといいがな」
 教祖は複雑そうに、眉間に皺を寄せた。
「件に関してだが……他の者は知っているのか?」
「いいえ、お部屋へ付き添うときも、非常階段を使いました。こちらへ参る前にモニター室へ行き、映像を消すようにと伝えました」
「よくやってくれた。茉白へは私からきつく言っておく」
 紫影は返事をしなかった。盗んだ茉白が悪いに決まっているが、元の失態は教祖本人だ。酒に溺れてピッキングで鍵をこじ開けられるなど、気の緩みでは済まされない。
 それを判っているからか、紫影の漆黒の瞳を見つめ返さず、教祖はコーヒーばかり見つめている。
「世話をかけたな。梅愛の調子も戻ってきて、お前が側にいなくてもベッドから起き上がれるようになった」
「お役に立てて光栄です」
「これからのことだが……」
 言っていいものかと、教祖は悩んでいる。紫影は姿勢を正し、教祖の言葉を待った。
「学園内に入院している、黄羅と咲紅の状態が思わしくない。黄羅はいまだに昏睡状態で、咲紅はベッドに潜り、誰とも口を聞かない状態だそうだ。子供のように泣き叫んだりもするという。紫影には本部を離れ、咲紅の面倒を見てもらいたい」
「咲紅を……ですか」
「父親として育てた経験があり、きっと咲紅もお前相手なら甘えられるだろう」
「私は医師ではありません。ましてや精神的なことなど、何も判らないのと同じです」
「梅愛があそこまで良くなったのは、お前のおかげだ」
 良くなったのか定かではないが、紫影のしたことと言えば、彼女の愚痴を聞き、飲食物に睡眠薬を混ぜてうるさい口を黙らせただけだ。
「咲紅の側へ行き、御霊降ろしの儀へ参加できるように支えてくれ」
「かしこまりました。役不足かもしれませんが、一人でも多く巫覡を生むために、努めさせて頂きます」
「……お前は本当に、咲紅を巫覡にしたいと思っているのか?」
「贄生たちから巫覡が生まれれば、教団の繁栄が約束されます」
「贄生になった以上、供物として人生の終わりが近づいている。それでも、咲紅に巫覡となる道を選ばせようというのか?」
 下手に肯定し続けて、もし録音でもされていたら厄介だ。
 紫影は心を落ち着かせる。
「隊長代理として葵が務めていますが、副隊長がいなくなった以上、負担が大きいはずです。学園のことも考えて下さり、戻れとの命を下さった教祖様こそ、トップの座に相応しいお方です。教祖様が何を私に言わせたいのか判りかねますが、私は一刻も早く学園へ行き、数多くの儀式に励みます」
「うまい言い方だ。まあいい。お互いに見据える未来は同じだ。手を取り合うのも悪くないだろう」
「恐れ多いことです。話は代わりますが、鍵の件はどのようなご説明をされるおつもりですか?」
「私の防犯の問題ということにしておく。神にも等しい巫覡のせいにはできないだろう」
「差し出がましく、失礼致しました。では私は部屋へ戻り、学園へ行く準備をして参ります」
「頼んだぞ」
 紫影が立ち上がると、教祖にもう一度名前を呼ばれた。
「咲紅は二の腕、黄羅は急所を噛まれたと聞く。お前はこの件をどのように考えている?」
「残念ながら、咲紅は神から見放された存在なのかもしれないと思いました。何にせよ、私の目的は一つです」
 紫影は深くお辞儀をし、部屋を去った。
 テーブルに残るのは、飲みかけのコーヒーと、一切口をつけられていないコーヒーの二つだけだった。
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