11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

060 生と死、生きる力

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 襦袢に身を包んだまま、咲紅は森の奥へと進む。
 何度も通い慣れた道だが、今宵は従者というおまけ付きだ。向けてくる視線は贄生を敬うものではなく、下から上へと舌なめずりをするような際どいものだ。
「中へ入り、咲紅はいつもの部屋へ」
 神殿の中はいつもより暖かかった。数回扉を叩いて開けると、とんでもない光景が広がっていた。
 座卓を挟んで奥には従者が五人。入り口には紫影が座っている。
「いつもとは違う儀式で緊張もするだろう。まずはここに座り、御神饌を食べなさい」
「……食べたくない」
 わざとむすっとした顔をすると、紫影に諭された。
 仕方ないとわざとらしい嘆息を漏らし、紫影の隣に座る。
 いつもより質素なものだ。普段は御神饌を名分にして、甘みの強いフルーツやスイーツが並んでいるが、今日は切り餅のみだ。白は縁起がいい色とされており、本来ならばこうでなくてはならない。普段がいかに恵まれているか思い知った。
「はあ……」
 ため息をつきながら、食べ進めていく。餅の甘みより、苦みが強い。万が一蛇に噛まれたときのために、紫影が薬を仕込んでいる。顔に出さないようにして、全部食べた。
「先日話した通り、本日の儀式は公開し、まっとうに行われているかどうか教団の方に確かめて頂く」
 嫌そうな顔は崩さず、あぐらをかいたまま顔を逸らした。
「俺は納得してない」
「咲紅」
「まあまあ、いくら白蛇様からの御神託が降りたとはいえ、贄生に負担がかかるのも事実。だが共謀して儀式を行わずに誤魔化そうとする輩いるのだ。毎年一度はこのようなことがある」
 ふたり揃って「嘘つけ」と心の中で怒鳴った。
 こんなことは前代未聞だ。紫影と咲紅、そして目の前の従者たちの間では火花が散る。結託しているのはそっちだろ、と咲紅は心の中でまたしても怒鳴り散らした。
「っ……こんなの嫌に決まってる! 贄生に選ばれるのだって俺がなりたくてなったわけじゃない! そっちで勝手に決めたことだ!」
「なんてことを言うんだ、咲紅!」
「うるさい! もうこんなのこりごりだ!」
──お願いだ、助けてくれ!
 座卓を叩くのと同時に、地下で眠る大蛇へ懇願した。
 これは願いと結託、命令だ。
 地下にいる大蛇は何度も呼び続けて、助けを求めた。代わりに、今日行われる儀式をむちゃくちゃにしてくれ、と。
「なんだ?」
「地震か?」
 小刻みに足元が揺れている。何が起こっているのかと、従者たちも立ち上がった。
 何が起こっているのか知る咲紅と紫影は、ふりだけをして冷静だった。
 突然、横揺れが縦に揺れ始める。一気にきた振動に従者たちは立っていられず、尻餅をついた。
 紫影は鍵のかけ忘れた扉を開けて、咲紅の腕を引っ張る。
 廊下には葵や玄一がすでに出ていて、紫影は耳元で何か呟いた。
 審判の外へ出ると、他の生徒の叫び声が聞こえる。
 ふたりは無我夢中で走り、大蛇の眠る神殿まで来た。
 乾いた音が二つ鳴り、紫影は咲紅に覆い被さる。
 何の音か判らず顔を上げると、神殿の壁に穴が空いているのが見えた。奥には銃弾が二つめり込んでいる。
 誰が撃った、と判断する前に咲紅と紫影はお互いを支え、立ち上がった。途端に走り出す。まずは咲紅が一歩先に行き、半歩後ろから紫影が後になる。紫影は咲紅を信じていた。
 正攻法で学園の門から出るのは不可能だった。ならば、頼れるのは咲紅が蛇の声を聞くことだ。いろんな手段を考えていたが、まさか銃を持ち出されるとはふたりは思ってもみなかった。それだけ、学園の秘密を外に漏れるのを恐れているとも取れる。
「紫影、こっち」
「そっちは海だぞ」
「うん」
 知ってる、とばかりに咲紅は頷く。背後からはもう一度銃声が鳴るが、振り向くことさえしなかった。
 生きている。ちゃんと走っている。息をしている。それが判るだけで充分だ。後ろを走る彼は、咲紅自身に道案内を頼む意味もあるが、追っ手から守る理由もあるのだろう。死を恐れない過激な愛に腹立たしくなる。
「咲紅」
 腰に手を回され、引っ張られた。あと数メートル先は海だ。
 海と山、白塀に囲まれた監獄は、常に死と隣り合わせだった。白神のためだけに生き、それができなければ死のみ。冗談じゃないと、咲紅は地を踏みしめた。
「紫影。たった今、教祖様から一報が届いた。お前は処刑だ」
 後ろから追ってきた従者の一人の手に、生々しい黒い物体が握られている。小型でも簡単に命を奪う悽惨なもの。
「唯一、咲紅だけは抵抗しなければ生きたまま教団本部へ連れてこいと有り難い御神託が下りた。お前は黒鼠の疑いがある。本部で教祖様が自ら儀式を行い、お試しになるとのことだ」
「儀式? 未成年相手とした性的な暴行の間違いでは?」
「お前の減らず口がこの先聞けなくなると思うと残念だ。教祖様はずっとお前を疑っていらっしゃった。生んだ息子をあれだけ溺愛していたのに、巫覡にしたくてたまらないと虚言を言い続けているのではないかとな」
「信じてもらえず、残念です」
 驚くほど何の感情もこもらない言い方だ。
 従者の手がトリガーにかかる。
「……助けてくれ」
 従者には聞こえないよう、咲紅は祈りを口に出した。
 木の隙間から数匹の蛇が落ち、従者の頭と手に巻きついた。
「咲紅!」
 従者の悲鳴と共に紫影に肩を抱かれた瞬間、銃声と硝煙の臭いがした。
「紫影!」
 紫影の体重がのしかかった。
 銃弾は紫影の二の腕をかすめ、和服の隙間から赤黒い血が見えてくる。布を濡らし、一気に色濃く滲んでいく。
「紫影、俺を信じてくれ」
 彼の右腕を肩にかけ、とにかく地面を蹴った。
 ふわりと浮いたのは一瞬で、重力に逆らうことなく下に落ちていく。潮の香りが強く鼻を刺激したとき、愛する父を抱きしめた。



 大きな音を立てて落ちていく姿を見つめ、従者はほくそ笑んだ。
 教祖の息子は非常にやりづらい相手だ。無駄に権力があるのに、それを下げてまで学園に留まるのは、誰が見ても息子が目的だ。だが地位を下に見ていい相手ではない。堂々巡りが腹立たしくもなる。
「死んだか?」
「放っておけ。下は海だ。どうせ生きては上がれない」
 地上に通じる道などない。何キロも泳ぐしかないが、紫影の怪我でそれができるとも思えない。
「海には毒蛇がいる。噛まれておしまいだ。教祖様へは死んだと報告しろ」
 教祖の息子としてもふさわしくない男だった。本部に来れば蛇の像へ祈りを捧げる姿を何度も目にしたが、わざとらしすぎて生理的に受けつけない。
 見目の麗しさからか巫覡の中でも彼のファンが多く、儀式のときに連れてこいとわがままを言って集中できない者もいる。
 存在自体が教団として不必要な男だった。
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