11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

059 弔う心、未来を願う心

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「黒羽……もし学園の外に出られたら、」
「千歳、俺たちは絶対に出られる。まずは、数週間後の儀式をどうするか考えるんだ。好きな人が何人でもいてもいい。儀式を見られて万が一何かが起こった場合、好きな人にも何も告げられないんだぞ」
 千歳の身体が大きく揺れる。
「大丈夫だ。俺も考えるし、紫影隊長もいろいろ策を練るって言ってる。前から思ってたんだけどさ、紫影隊長って贄生や他の生徒の前だとあんなに信仰心をむき出しにして教団へ忠誠を誓ってるように見せてるけど、ガワだけじゃないかって思ってんだよ」
「紫影隊長が?」
「千歳は身体の弱さを理由に今まで何度も儀式を逃れてきただろ?」
「うん……月に一回とか」
「ここだけの話、俺も月一なんだよ。おかしいと思わないか? 咲紅は三回もしてるのに」
「それってさっちゃんを巫覡にしたくて回数をこなしてるんじゃないの?」
「多分違う。おそらく教団側の命令だ。じゃなきゃ同じ贄生なのに不公平だろ」
「確かに……そうだね。でもなんでさっちゃんだけ?」
「そこは判らない。生まれとかいろんなものが含まれるから、きっと咲紅は特別な血が通ってるんじゃないかって解釈してる。とにかく、隊長が止めようとしてるんだ。俺たちも何か考えないと。だから千歳、絶対に死ぬようなまねはするな」
 千歳には告げながったが、巫覡の茉白が二人の黒鼠がいると御神託を受けたと聞いたとき、もしかして咲紅が該当するのではないのかと頭をよぎった。
 初等部の頃から仲が良かったわけではないが、彼の回りには常に蛇がいて、救われることが多いように感じていた。疑いを強く持ったのは、黄羅とのいざこざで蛇に噛まれたときだ。咲紅は助かり、黄羅は亡くなった。しかも黄羅は教祖の息子だという秘密まで知り、とてつもない地位を持つ男よりもただの生徒である咲紅を助けた、とも取れる。現実味がなく、耳を疑う話だ。
「強くならなきゃ……こんなのだめだよね」
「千歳は強くなった。でも弱ったときは誰でも頼っていいんだ。俺にも相談してくれ」
「ありがとう。ちゃんと生きて、好きな人に好きって言えるようになる」
 手を掴んでくる千歳の力に驚いた。
 小柄な手は、時折見せる透き通った意思が愛おしく感じる。



 ウェーブのかかった美しい黒髪を一つにまとめ、葵はただの業務連絡のように淡々と述べた。
「御霊降ろしの儀を、教団の人間の前で?」
「ええ。浅葱を抜いた十人すべての贄生が対象です。猶予は数週間しかありません」
 真っ白な肌が今は青白く見えた。唇が震えていて、玄一は葵の背中を擦った。
「二人が黒鼠の可能性があるとなると、御神託は本当に降りたかもしれませんね」
「玄一は、誰かが黒鼠だと怪しんでいるのですか?」
「名前を挙げても?」
「構いませんよ」
「咲紅と千歳」
 震えていた唇が軽く噤んだ。事実を突きつけられたからか、おかしなことを口走りたくないからか、葵との間に凍えた空気が舞い込んだ。
「正解か不正解かは答えないで下さい。どちらでもいいので。俺としては、友人が苦しんでいたら、助けてやりたい。それだけです」
「あなたの口から友人など出てくるとは」
「千歳はどう思ってるか知りませんが、咲紅は俺のことを友達だと言ってくれました。なら全力で守るつもりです。それと、葵さんも」
「……私、ですか?」
「葵さん自身も答えなくていいです。知りたいのは黒鼠かどうかじゃない。あなたも守る対象です」
「子供が何を言っているのですか」
「俺は未成年ではありませんので」
「……そうでしたね」
「今回の儀式にかこつけて、あなたも狙われるのではと思ってます」
 葵は黙ったままだ。もし、本当に神が巫覡を選んでいるのなら、玄一は誰よりも葵を選んでいるだろう。聡明で美しく、横を通りすぎる男たちはこぞって葵を振り返る。そんな人を放ってはおけない。
 証拠がなくとも、玄一は葵が巫覡だろうと確信を持っていた。
「私を疑うのは勝手ですが、玄一は私に何を望んでいるのですか?」
 玄一はひと呼吸おいた。簡単には口に出せなくて、けれども勇気を出さなければならない。
「俺との未来を、考えてもらえませんか?」
「……本気で言ってます?」
「いや、違う。葵さんの未来、全部下さい。乗り越えて、一緒に生きましょう」
「……そういう未来を考えたこともありませんでした」
「忘れ形見である千歳を守りたいのは理解しているつもりです。でも、葵さん自身の幸せを考えませんか?」
「玄一こそ、生き抜いて幸せを手に入れて下さい。私と一緒にいても、私はあなたに何もできない。……お互いに、生きることがこんなに難しい宿命を背負っているのですね。神は本当にいるのか疑いたくなります」
「俺は実際に見ましたので、いると信じています。地下に眠る大蛇は、きっと咲紅がなんとかしてくれます。咲紅なら何かできそうな気がするんです。もちろん、咲紅任せにするわけじゃなく、俺たちは俺たちにしかできないこともあります」
 玄一はそっと葵の手を握った。教団からスパイを行うように命じられているとも知っていた。
 手には傷ついた跡が残り、戦いを強いられている彼をいたたまれなく思う。
「そう言って、私の前から消えた人を何人も知っています。自己犠牲な人は、絶対に好きになりません」
「一緒に生きるんです。大蛇に喰われる未来を望んでいるわけじゃありません。まずは、儀式をどうするか考えましょう」
 葵の指先には力がこもった。
 弱々しさが微塵も感じられず、生へ縋る思いを誰よりも受け止めると心に誓った。



 数週間の猶予があると聞いたが、わずか二週間でそのときがやってきた。
 前日に従者から一報が入り、贄生宿舎のロビーで全員が集められた。
 千歳は退院していて、今は黒羽の後ろに隠れている。いつもいるはずの隣におらず、なんだか落ち着かなかった。
 当日は慌ただしく、審判者の紫影と会えなかった。
 紫影と会えたのは、聖堂へ入ってからだ。
 黄羅の顔写真が大きく掲げられ、身体の芯から嫌悪感が湧き出て震えが起こる。どうしたって彼から受けた虐待の数々が浮かび、弔う気持ちが半減してしまう。
 聖堂の真ん中で、従者たちと審判者が直立したまま生徒をまっすぐに見ている。写真に一番近いのは、従者ではなく紫影だ。学園内での立場を表していて、それが咲紅には誇らしかった。
 すすり泣く声が聞こえるが、直接関わりのあった贄生たちは泣いている者は一人もいない。この後の儀式に向けて、贄生全員がそれぞれの覚悟を持っていた。
 巫覡になりたい者、なりたくない者、すでになっていて逃げようとする者。
 前を向くと、紫影はこちらを見ている。
 行き当たりばったりが多すぎて、細かな計画は立てられなかった。信じるのは地下に眠る大蛇と、外で待機している仲間。そして聖堂の回りを集まる蛇たち。
「どうか、俺たちに加護を……」
 願うのは黄羅への弔いより、自分たちの未来だった。
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