いつかの光、彼方の光

ゆきりんご

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1話:悪夢のような現実

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 晴れて迎えた入団の日。
 憧れの制服に身を包み、ルーカスは歓迎会に参加することになった。シャンデリアがぶら下がっている光景に、貴族向けギルドでのことが思い出され、気後れしてしまう。人々の話し声で既に賑わいを見せている大広間の雰囲気にのまれそうになりながらも扉をくぐり、喧騒の渦に踏み入れる。
 名前の書かれた丸テーブルに向かうと、ブルーグレーの髪の人物が「お、新人君」と手を振ってくる。配属された班の人だ。


「ルーカス、何してるんだ! 逃げるぞ!」

 突如聞こえた声が、少年をこちらの世界へと引き戻した。級友のテオバルトの声だった。知っている人がまだ生き残っている。振り向くと、燃え盛る炎に負けぬ真っ赤な髪が視界に入る。しかし、足元には両親がいる。両親とテオバルトを交互に見る。僕だけが逃げるのは、ずるい。そんな思いがルーカスの足を地面に縫いとどめていた。
 ルーカスは腕を引っ張られた。痺れを切らしたテオバルトがルーカスの腕を掴んでいた。ルーカスの視線の先に気づいたようで、ルーカスの背中を優しく叩いた。

「俺も両親は死んだ。振り向くな。俺たちはまだ生きてる」

 テオバルトに引っ張られるままに、走った。どこに向かっているのかなんて分からなかった。なんでまだ自分が生きているのかも分からなかった。ただ走った。テオバルトの足は速くて、着いていくのに精一杯だった。振り向く暇などない。両親がさらに焼かれてしまったかどうかも確かめることができなかった。
 現実味がなくて、涙も流れない。悪い夢なら醒めてほしい。ただ苦しくなっていく肺の痛みが、夢ではないことを告げていた。ひゅうひゅうと音がする。
 ルーカスの足が止まり、その場に崩れ落ちる。ずりずりと引きずられて膝がすりむけた。痛みよりも胸の苦しさのほうが問題だった。

「お、おい!」
「ご、ごめっ……ごほっ、げほっげほっ……」
「膝……よりも咳、大丈夫か?」

 喘息の発作だ。
 まだ走り始めてそれほど経ってない。あの怪鳥が追いかけてくるかもしれない。

「先に、にげて」

 顔を上げてそう訴えれば、アイスグレーの瞳が揺れて、きっ、と細めらた。吊り上がった太い眉が同年代とは思えぬ威厳を放つ。

「お前を置いて? できるかよ」

 テオバルトはルーカスよりも幾ばくか大きく厚みのある手で、上下する背中をさすってやった。擦りむいた膝は血が滲んでじんじんと痛みを訴えている。ルーカスはうずくまりながらも、まだこんなところで立ち止まっている場合ではないという焦りがあった。

「少しは落ち着いたか? また走ったら今みたいになっちまうか?」
「たぶん。だから……」

 にげてという前に、テオバルトはルーカスの前にしゃがみ込んだ。ルーカスの前に、同い年とは思えない大きな背中が視界を覆いつくすように広がっていた。

「おぶってやる」

 逞しい背中。しかし、おいそれとその背中に身を預けようとは思えなかった。

「わ、悪いよ。僕をおぶってたら走る速度も落ちるだろうし、最悪二人とも怪鳥に追いつかれるかも。テオバルトだけだったら確実に逃げ切れる」
「お前ひょろいし、軽いだろうからいけるだろ」

 遠く背後で怪鳥の無く声がした。

「いいから早くのれ」
「でも」
「いいから!」

 おずおずとその背中に身を預けると、テオバルトはルーカスの分の重さなど無いかのように軽快に走り出した。だ、苦しそうな呼吸と、どくどくと烈しくを打つ脈拍はルーカスにも伝わっていた。背中に乗せられたルーカスにはただ祈ることしかできなかった。
 陽が落ちてきて空を赤く染めたころ、隣の少し大きな街に着いた。ここまでくれば、テオバルトがどこを目指しているのかがルーカスにも分かった。

「テオバルト、もう僕おりても大丈夫だよ」

 さしものテオバルトも最初のような軽快さはなくなって、体力の限界を迎えているようだった。

「修道院に行こうとしてるんだよね」

 今度はルーカスがテオバルトを引っ張った。夕暮れのよく知らない街を歩くのは怖さがあった。でもそんなことを気にしている場合ではない。ここまで頑張ってきてくれたテオバルトの努力を無断にするわけにはいかない。
 修道院の扉を叩くと、皺だらけの老いたシスターが姿を見せた。
 怪鳥の魔物が隣の村を焼き尽くしたこと、両親が死んでしまったこと、命からがら逃げのびてきたこと。息も絶え絶えのテオバルトに代わって、ルーカスが話した。

「おお、主よ。幼き二人がここまで逃げおおせたことに心より感謝申し上げます」

 シスターは短く祈りをささげると、にっこりと笑って目線を二人に合わせるようにしゃがみ込んだ。そうして二人を抱きしめた。緊張して張りつめていた糸がぷつりと切れたように、ルーカスの目からはとめどなく涙がこぼれてきた。怖かった。恐ろしかった。信じられないことに、もう両親はいない。忘れかけていた悪夢のような現実が押しかかってきた。

「本当によくここまで頑張りました。まずはここでゆっくりとおやすみなさい。前途が幸福であるようにシスター一同で祈りましょう」

 質素なご飯はやけにしょっぱく感じた。頬を伝う涙のせいだった。
 ルーカスとテオバルトは固い寝床で身を寄せ合い、泥のように眠った。
 寝て起きたら、全てが今まで通りになっていることを祈りながら。
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