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2話:約束
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結局悪い夢は醒めないまま、ルーカスの日常は続いていた。連日、あの怪鳥に村を焼き尽くされた光景が夢に出ていた。大量の汗をかき、夜中に目が覚める。ベッドの節約のために二人で一つのベッドに押し込まれていたルーカスは、ベッドを共有しているテオバルトに申し訳なく思った。夜中に目が覚めると、決まってテオバルトも起きてしまうのだ。
「また悪い夢を見たのか」
「うん……ごめん、いつも起こしちゃってごめん」
ぼろぼろと流れる涙をテオバルトは拭ってやった。
「ほんとルーは泣き虫だな……気にすんな。お互いさまだ」
テオバルトにそうやって優しい声音で言われると、ルーカスはなんだか悪夢を見ていた時は違う種類のどきどきとした、変な気持ちになった。もしかしてこれが女子たちの言う「カッコイイ、好き」なのだろうか。湧いてきた考えをルーカスは振り払った。違う。テオバルトは命の恩人だからちょっと他の人よりも特別なだけ。男の自分が同じ男を好きになるなんて、おかしい。そう言い聞かせた。
修道院から孤児院におくられて一年弱が経った頃、テオバルトが特例として士官学校に転入することになった。ルーカスは自分のことでないのに誇らしかった。それと同時に、不安にもなった。
「ルー、元気でな」
「テオこそ、無茶はしないでよ。手紙、送るから」
「楽しみにしてる。あと、これ」
テオバルトが差し出したのは、ピアスの片割れだった。いつしか語って聞かせてくれた話で、両親から贈られた大切なものだと聞いていた。
「片方ずつ持ってようぜ。お守りみたいなもんだ」
「……こんな大事なもの貰えないって」
「持っててほしいんだよ。また会えるように」
「分かった。大事にする」
涙がこぼれてきて、みっともなく鼻がずびずびと音を立てた。
「泣くなよ。また会えるだろ。でも、あんまり無茶はすんなよ。ルーには喘息があるんだから。あの魔物だって、俺が倒してみせる」
テオバルトなら本当にただの夢ではなくて、実現してしまえるだろうな、とルーカスは思った。しかし、あの怪鳥は自分にとっての仇でもある。できることなら、自分もテオバルトと同じ場所で、その隣で、倒したい。
「……俺だって、倒したい」
「叶えられたらいいな」
テオバルトがいなくなって、四人だった相部屋は三人になってしまった。寂しさから、ルーカスはその日、枕を濡らした。
テオバルトがいなくなると、ルーカスはひとりぼっちだった。発作が起きるたびにうずくまることになり、「のろま」と罵られた。魔物に関する本を読んでいれば、「のろまのルーカスに倒せるはずがない。あきらめろ」と言われた。もっともなことだった。運動の時間もまともに皆と同じようにはいかず、長距離走では見学ばかりだった。ルーカスは自分の体を呪った。
そんな日々を過ごしていたおり、養子を迎え入れたいという貴族がやってきた。施設にやってきてから二年が経ったルーカスは、退所年齢間近となっていた。ルーカスのほかに同じく退所年齢の近づいている二人が候補にあげられた。
その貴族がやってきたとき、施設は運動の時間だった。枠内でボールに当たらないように逃げ回るゲーム。ルーカスは俊敏さでは他よりも勝る部分があったが、持病の喘息がついてまわった。発作が起きてしまえば、格好の的になってしまう。以前であれば、テオバルトが守ってくれていたのに。そのテオバルトはルーカスを置いて施設を出てしまった。守ってくれる人はもういない。発作を起こしてトイレに駆け込んだら、水をかけられたこともある。体が冷えて、発作は余計にひどくなった。どれもテオバルトがいた時には起きなかったことだ。今までどれだけテオバルトに守られ、助けられていたのかを身をもって知ることとなった。
「お、のろまのルーカスがまたうずくまってるぞ! 当てろ当てろ!」
ばしん、と強い衝撃がルーカスの体に走った。
笛が鳴り、集合の合図がかけられる。施設の人の横に、やけに身なりの良い人物が立っているのを皆が見て取った。シルバーグレーの髪を撫でつけた妙齢の男性は、ゆっくりと拍手をした。ただの拍手なのに、場を支配する威厳があった。
「元気な子どもたちで実に結構」
固まる子どもたちを男は見回した。ばちり、とルーカスと視線が合う。
「咳は治まったか」
男は、うずくまって荒い息をしているルーカスに手を差し出して、立ち上がる手伝いをした。顔を覗き込み、じっと目を見つめた。
「良い目をしている。辛いなかにいても諦めることを知らない目だ。夢はあるか?」
ルーカスは話しかけられたことに困惑したが、夢は明確だった。
「騎士団に入って、アルバスフォーゲルをこの手で打ち倒すことです」
あの悪夢のような現実の日から、ルーカスはできる限り魔物の本を読んで勉強をした。色々と読んでいくうちに、仇の魔物はアルバスフォーゲルだという名前であることを知った。必ずこの手で倒す。ルーカスはそう思って生きてきた。しかし、体は言うことを聞かず、運動をすればすぐに発作が起きた。その度に、片耳のピアスに触れて、テオバルトに語った約束を思い出した。
「その体でも?」
「はい」
「気に入った。我がバウアー家には君を迎え入れることとしよう。私は当主のバルナバスだ。君の名は?」
「ルーカスです。よろしくお願いします」
運動場を後にして、面談室に連れていかれた。
バウアー家は、宝石を売り買いすることで成り上がった子爵家だと説明を受けた。宝石というのが、なんだかキラキラしたものだということ以外には、ルーカスは何の知識も持ち合わせていなかった。バウアー家には実の娘がおり、家を継がせるのはその娘のほうだと聞かされた。家を継ぐ人物がいないとい理由で拾われるわけではないのか。過去にはそういった理由で拾われていったのを目にしたことがあるルーカスは不思議に思った。バウアー家がこの施設にやってきた理由を聞けば、「ノブレスオブリージュというものだ」との答えが返ってきた。聞きなれない言葉にルーカスは首を傾げたが、その意味の説明はなかった。
貴族家の子息としての披露目会をすることも、なにか表立って社交の場に出ることもさせるつもりはないとバルナバスは語った。それが何を意味するのかルーカスには測りかねた。貴族家に拾われれば、王様がいるというお城にも行けるのかもしれないという期待はみるみるしぼんでいった。じゃあ一体、拾われることで今までの生活と何が変わるのだろう。ただ良い服を着て、お腹いっぱいのご飯が食べられるだけなのだろうか。
「ルーカスの夢を叶えるための援助はしてやる。喘息の治療も、剣技を教えてくれる先生を呼ぶことも、たらふくのご飯を食べて魔力量を増やすこともできる」
ルーカスの疑問を見透かしたようにバルナバスは語った。
「病気、治るんですか?」
「ああ。きちんとした環境で過ごし、真っ当な治癒師に見てもらえれば、治せる類のものだ」
いつでも足手まといになっていたこの病気が治る。その言葉を聞いて、ルーカスの返事は決まった。
「僕でよろしければ、ぜひともお世話になりたいです」
「よろしい。そうと決まれば、早速だが手続きに入ろう」
「また悪い夢を見たのか」
「うん……ごめん、いつも起こしちゃってごめん」
ぼろぼろと流れる涙をテオバルトは拭ってやった。
「ほんとルーは泣き虫だな……気にすんな。お互いさまだ」
テオバルトにそうやって優しい声音で言われると、ルーカスはなんだか悪夢を見ていた時は違う種類のどきどきとした、変な気持ちになった。もしかしてこれが女子たちの言う「カッコイイ、好き」なのだろうか。湧いてきた考えをルーカスは振り払った。違う。テオバルトは命の恩人だからちょっと他の人よりも特別なだけ。男の自分が同じ男を好きになるなんて、おかしい。そう言い聞かせた。
修道院から孤児院におくられて一年弱が経った頃、テオバルトが特例として士官学校に転入することになった。ルーカスは自分のことでないのに誇らしかった。それと同時に、不安にもなった。
「ルー、元気でな」
「テオこそ、無茶はしないでよ。手紙、送るから」
「楽しみにしてる。あと、これ」
テオバルトが差し出したのは、ピアスの片割れだった。いつしか語って聞かせてくれた話で、両親から贈られた大切なものだと聞いていた。
「片方ずつ持ってようぜ。お守りみたいなもんだ」
「……こんな大事なもの貰えないって」
「持っててほしいんだよ。また会えるように」
「分かった。大事にする」
涙がこぼれてきて、みっともなく鼻がずびずびと音を立てた。
「泣くなよ。また会えるだろ。でも、あんまり無茶はすんなよ。ルーには喘息があるんだから。あの魔物だって、俺が倒してみせる」
テオバルトなら本当にただの夢ではなくて、実現してしまえるだろうな、とルーカスは思った。しかし、あの怪鳥は自分にとっての仇でもある。できることなら、自分もテオバルトと同じ場所で、その隣で、倒したい。
「……俺だって、倒したい」
「叶えられたらいいな」
テオバルトがいなくなって、四人だった相部屋は三人になってしまった。寂しさから、ルーカスはその日、枕を濡らした。
テオバルトがいなくなると、ルーカスはひとりぼっちだった。発作が起きるたびにうずくまることになり、「のろま」と罵られた。魔物に関する本を読んでいれば、「のろまのルーカスに倒せるはずがない。あきらめろ」と言われた。もっともなことだった。運動の時間もまともに皆と同じようにはいかず、長距離走では見学ばかりだった。ルーカスは自分の体を呪った。
そんな日々を過ごしていたおり、養子を迎え入れたいという貴族がやってきた。施設にやってきてから二年が経ったルーカスは、退所年齢間近となっていた。ルーカスのほかに同じく退所年齢の近づいている二人が候補にあげられた。
その貴族がやってきたとき、施設は運動の時間だった。枠内でボールに当たらないように逃げ回るゲーム。ルーカスは俊敏さでは他よりも勝る部分があったが、持病の喘息がついてまわった。発作が起きてしまえば、格好の的になってしまう。以前であれば、テオバルトが守ってくれていたのに。そのテオバルトはルーカスを置いて施設を出てしまった。守ってくれる人はもういない。発作を起こしてトイレに駆け込んだら、水をかけられたこともある。体が冷えて、発作は余計にひどくなった。どれもテオバルトがいた時には起きなかったことだ。今までどれだけテオバルトに守られ、助けられていたのかを身をもって知ることとなった。
「お、のろまのルーカスがまたうずくまってるぞ! 当てろ当てろ!」
ばしん、と強い衝撃がルーカスの体に走った。
笛が鳴り、集合の合図がかけられる。施設の人の横に、やけに身なりの良い人物が立っているのを皆が見て取った。シルバーグレーの髪を撫でつけた妙齢の男性は、ゆっくりと拍手をした。ただの拍手なのに、場を支配する威厳があった。
「元気な子どもたちで実に結構」
固まる子どもたちを男は見回した。ばちり、とルーカスと視線が合う。
「咳は治まったか」
男は、うずくまって荒い息をしているルーカスに手を差し出して、立ち上がる手伝いをした。顔を覗き込み、じっと目を見つめた。
「良い目をしている。辛いなかにいても諦めることを知らない目だ。夢はあるか?」
ルーカスは話しかけられたことに困惑したが、夢は明確だった。
「騎士団に入って、アルバスフォーゲルをこの手で打ち倒すことです」
あの悪夢のような現実の日から、ルーカスはできる限り魔物の本を読んで勉強をした。色々と読んでいくうちに、仇の魔物はアルバスフォーゲルだという名前であることを知った。必ずこの手で倒す。ルーカスはそう思って生きてきた。しかし、体は言うことを聞かず、運動をすればすぐに発作が起きた。その度に、片耳のピアスに触れて、テオバルトに語った約束を思い出した。
「その体でも?」
「はい」
「気に入った。我がバウアー家には君を迎え入れることとしよう。私は当主のバルナバスだ。君の名は?」
「ルーカスです。よろしくお願いします」
運動場を後にして、面談室に連れていかれた。
バウアー家は、宝石を売り買いすることで成り上がった子爵家だと説明を受けた。宝石というのが、なんだかキラキラしたものだということ以外には、ルーカスは何の知識も持ち合わせていなかった。バウアー家には実の娘がおり、家を継がせるのはその娘のほうだと聞かされた。家を継ぐ人物がいないとい理由で拾われるわけではないのか。過去にはそういった理由で拾われていったのを目にしたことがあるルーカスは不思議に思った。バウアー家がこの施設にやってきた理由を聞けば、「ノブレスオブリージュというものだ」との答えが返ってきた。聞きなれない言葉にルーカスは首を傾げたが、その意味の説明はなかった。
貴族家の子息としての披露目会をすることも、なにか表立って社交の場に出ることもさせるつもりはないとバルナバスは語った。それが何を意味するのかルーカスには測りかねた。貴族家に拾われれば、王様がいるというお城にも行けるのかもしれないという期待はみるみるしぼんでいった。じゃあ一体、拾われることで今までの生活と何が変わるのだろう。ただ良い服を着て、お腹いっぱいのご飯が食べられるだけなのだろうか。
「ルーカスの夢を叶えるための援助はしてやる。喘息の治療も、剣技を教えてくれる先生を呼ぶことも、たらふくのご飯を食べて魔力量を増やすこともできる」
ルーカスの疑問を見透かしたようにバルナバスは語った。
「病気、治るんですか?」
「ああ。きちんとした環境で過ごし、真っ当な治癒師に見てもらえれば、治せる類のものだ」
いつでも足手まといになっていたこの病気が治る。その言葉を聞いて、ルーカスの返事は決まった。
「僕でよろしければ、ぜひともお世話になりたいです」
「よろしい。そうと決まれば、早速だが手続きに入ろう」
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