いつかの光、彼方の光

ゆきりんご

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3話:バウアー家での生活

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 晴れてバウアー家に移る日がやってきた。立派な馬車に乗せられて着いたのは、物語でしか見たことのない大きな建物だった。ルーカスは呆然として見上げた。

「ここが今日からルーカスの家だ。長い移動で疲れたろう。ゆっくりするといい」

 ゆっくりするといいと言われても、高そうな調度品ばかりで気分がまったく休まらない。

「あら、いらっしゃい。あなたが私の弟ね。私はバウアー家の長女、ユヴェーレン。よろしくね」

 ユヴェーレンはルーカスの五つ年上で、すでにバルナバスのもとで働いていると聞いていた。

「初めまして。ルーカスです。今日からこちらでお世話になります」
「しっかりした子ね」
「お母様はいらっしゃらないのですか」

 そう聞くと、ユヴェーレンの目はバルナバスに向けられた。

「父上、何も話してらっしゃらいの?」
「何も話していないなんてことはない。その件については、まだ話していなかっただけだ」

 バルナバスは、ルーカスに向生き直った。

「ルーカス、私の妻はもうこの世にはいない」
「そ、それは……。ご病気だったんですか」
「魔物にやられたんだ」
「魔物に……」

 だから自分が選ばれたのか。同じく魔物のせいで身内を失った自分が。ルーカスはそう思わざるえなかった。

「私は仕事に戻る。あとのことは侍従たちに任せた」
「父上、ルーカス君を放り出すおつもりですか」
「質問には答えたろう」

 バルナバスは足早にいなくなってしまった。

「……聞いてはいけないことを聞いてしまったみたいで、すみません」
「あら、ルーカス君はなにも悪くないわ。気になって当然のことよ。父上はいつも言葉足らずなの。私が代わりにこの家のことを教えてあげるわ。アリア、お茶をお願い」

 自分が動かず人に任せてお茶や食事が出たり、湯浴みの用意がされていたり、服が用意されていたり。ルーカスにとっては、なにもかもが新鮮で落ち着かなかった。自由に出入りしてよいと言われた部屋には、本がたくさん揃っていた。魔物に関する本も多く置いてある。それとは別に与えられた部屋は一人用とは思えないほどに広くて、そして寂しさを際立たせた。元気に走り回る小さい子どももいなければ、悪いことをした人を叱り飛ばす職員さんの声もない。広い屋敷は、ルーカスにとって静かすぎた。
 欲しいものはないかと尋ねられて、ルーカスはお菓子の入っていた缶と新しいピアスをねだった。お菓子の缶を宝箱にして、テオバルトから貰ったピアスはそこに大切に入れておこうと思った。新しいピアスは、ピアスの穴が塞がらないようにするために必要だった。

 バルナバスはいつも忙しそうで、ルーカスが起きるよりも早くに家を出て、ルーカスが眠ってから帰ってくる。貴族というと、もっと優雅にゆったりとした生活をしているものだと想像していたルーカスは、そのめまぐるしい生活に驚いていた。姉となったユヴェーレンもバルナバスと一緒で、ルーカスの話相手といえば侍従や家庭教師ばかりだった。拾うだけ拾って放置されている、とルーカスは寂しさを覚えた。服も食事も暖かい寝床もある。夢を叶えるための環境も揃っている。これ以上に何かを望むのは、欲張りな気がして、ルーカスは寂しいと言い出せないでいた。
 テオバルトとやり取りしていた手紙も段々と間が空き、近頃はあまり届かなくなっていた。最近の知らせといえば、貴族家であるアインツカイトの養子に入ったということだった。
 バウアー家の邸宅に招かれて数日後、バルナバスはルーカスを書斎に呼び出した。渡したいものがあるのだという。ルーカスがバルナバスと顔を合わせるのは久々だった。

「ルーカスにこれを授けよう。手を出して」

 言われたままに手を差し出す。バルナバスはベロア生地の巾着からころんとした球体の石を取り出して、ルーカスの手に乗せた。

「わ、なんだか猫の目みたいですね」

 石の角度を変えると、光の加減で猫の目のような縦長で白っぽい筋がちらりと見えた。

「気づいたか? それは『猫の眼』と呼ばれる石だ。守護の意味を持っている。もうルーカスがが魔物に襲われることのないように、お守りとして持っておくといい」

 バルナバスから手渡された石は冷たく、重みがあった。寂しさを埋めるには物足りないが、孤独でないと知るには十分だった。少しは自分も貴族らしくなったという証のようにも思えた。

「本当に、貰ってしまっていいんですか」
「ああ」

 落としたら割れてしまうんじゃないか。そう思うと、ルーカスは手の中にあることが恐ろしくなった。

「それともう一つ伝えたいことがある」
「なんでしょう?」
「バウアー家は君を一員として迎え入れたが、くれぐれも外ではバウアーの名前を出さないように」
「……承知しました」

 以前に聞いていた「ノブレスオブリージュ」の意味を知ったルーカスは、自分がなぜ拾われたのかを理解していた。親のいない子を迎え入れられるという慈善事業をできるだけの力があることを見せつけるためだ。あくまで自分は庶民の生まれで、生粋の貴族とは違う。そのことを思い知れ、と言われたのだとルーカスは理解した。放置されているのも、自分が庶民であるから、極力直接の関わりを持たないようにしているからなのだろう。高価なものを貰って自分が少し貴族らしくなったと思ったのは間違いだった。
 自室に戻ったルーカスは、宝箱にしているお菓子の缶を開けた。そこにはテオバルトから貰ったピアスや、テオバルトの活躍が記された新聞記事の切り抜きなどが収められている。その箱に、「猫の眼」が加わった。ルーカスが騎士団入団試験を受けられる年齢まで、あと三年。
 テオバルトは最年少で騎士団に入団するという偉業を成し遂げている。本来は十八才にならなければ入団できないが、士官学校での頭抜けた優秀さが認められ、特例として入団が許された。入団してからも、次々とめざましい戦果をあげており、たびたび新聞記事に取り上げられている。
 焦る気持ちを抑え込むように、宝箱の蓋をそっと閉めた。
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