いつかの光、彼方の光

ゆきりんご

文字の大きさ
3 / 5

3話:バウアー家での生活

しおりを挟む
 晴れてバウアー家に移る日がやってきた。立派な馬車に乗せられて着いたのは、物語でしか見たことのない大きな建物だった。ルーカスは呆然として見上げた。

「ここが今日からルーカスの家だ。長い移動で疲れたろう。ゆっくりするといい」

 ゆっくりするといいと言われても、高そうな調度品ばかりで気分がまったく休まらない。

「あら、いらっしゃい。あなたが私の弟ね。私はバウアー家の長女、ユヴェーレン。よろしくね」

 ユヴェーレンはルーカスの五つ年上で、すでにバルナバスのもとで働いていると聞いていた。

「初めまして。ルーカスです。今日からこちらでお世話になります」
「しっかりした子ね」
「お母様はいらっしゃらないのですか」

 そう聞くと、ユヴェーレンの目はバルナバスに向けられた。

「父上、何も話してらっしゃらいの?」
「何も話していないなんてことはない。その件については、まだ話していなかっただけだ」

 バルナバスは、ルーカスに向生き直った。

「ルーカス、私の妻はもうこの世にはいない」
「そ、それは……。ご病気だったんですか」
「魔物にやられたんだ」
「魔物に……」

 だから自分が選ばれたのか。同じく魔物のせいで身内を失った自分が。ルーカスはそう思わざるえなかった。

「私は仕事に戻る。あとのことは侍従たちに任せた」
「父上、ルーカス君を放り出すおつもりですか」
「質問には答えたろう」

 バルナバスは足早にいなくなってしまった。

「……聞いてはいけないことを聞いてしまったみたいで、すみません」
「あら、ルーカス君はなにも悪くないわ。気になって当然のことよ。父上はいつも言葉足らずなの。私が代わりにこの家のことを教えてあげるわ。アリア、お茶をお願い」

 自分が動かず人に任せてお茶や食事が出たり、湯浴みの用意がされていたり、服が用意されていたり。ルーカスにとっては、なにもかもが新鮮で落ち着かなかった。自由に出入りしてよいと言われた部屋には、本がたくさん揃っていた。魔物に関する本も多く置いてある。それとは別に与えられた部屋は一人用とは思えないほどに広くて、そして寂しさを際立たせた。元気に走り回る小さい子どももいなければ、悪いことをした人を叱り飛ばす職員さんの声もない。広い屋敷は、ルーカスにとって静かすぎた。
 欲しいものはないかと尋ねられて、ルーカスはお菓子の入っていた缶と新しいピアスをねだった。お菓子の缶を宝箱にして、テオバルトから貰ったピアスはそこに大切に入れておこうと思った。新しいピアスは、ピアスの穴が塞がらないようにするために必要だった。

 バルナバスはいつも忙しそうで、ルーカスが起きるよりも早くに家を出て、ルーカスが眠ってから帰ってくる。貴族というと、もっと優雅にゆったりとした生活をしているものだと想像していたルーカスは、そのめまぐるしい生活に驚いていた。姉となったユヴェーレンもバルナバスと一緒で、ルーカスの話相手といえば侍従や家庭教師ばかりだった。拾うだけ拾って放置されている、とルーカスは寂しさを覚えた。服も食事も暖かい寝床もある。夢を叶えるための環境も揃っている。これ以上に何かを望むのは、欲張りな気がして、ルーカスは寂しいと言い出せないでいた。
 テオバルトとやり取りしていた手紙も段々と間が空き、近頃はあまり届かなくなっていた。最近の知らせといえば、貴族家であるアインツカイトの養子に入ったということだった。
 バウアー家の邸宅に招かれて数日後、バルナバスはルーカスを書斎に呼び出した。渡したいものがあるのだという。ルーカスがバルナバスと顔を合わせるのは久々だった。

「ルーカスにこれを授けよう。手を出して」

 言われたままに手を差し出す。バルナバスはベロア生地の巾着からころんとした球体の石を取り出して、ルーカスの手に乗せた。

「わ、なんだか猫の目みたいですね」

 石の角度を変えると、光の加減で猫の目のような縦長で白っぽい筋がちらりと見えた。

「気づいたか? それは『猫の眼』と呼ばれる石だ。守護の意味を持っている。もうルーカスがが魔物に襲われることのないように、お守りとして持っておくといい」

 バルナバスから手渡された石は冷たく、重みがあった。寂しさを埋めるには物足りないが、孤独でないと知るには十分だった。少しは自分も貴族らしくなったという証のようにも思えた。

「本当に、貰ってしまっていいんですか」
「ああ」

 落としたら割れてしまうんじゃないか。そう思うと、ルーカスは手の中にあることが恐ろしくなった。

「それともう一つ伝えたいことがある」
「なんでしょう?」
「バウアー家は君を一員として迎え入れたが、くれぐれも外ではバウアーの名前を出さないように」
「……承知しました」

 以前に聞いていた「ノブレスオブリージュ」の意味を知ったルーカスは、自分がなぜ拾われたのかを理解していた。親のいない子を迎え入れられるという慈善事業をできるだけの力があることを見せつけるためだ。あくまで自分は庶民の生まれで、生粋の貴族とは違う。そのことを思い知れ、と言われたのだとルーカスは理解した。放置されているのも、自分が庶民であるから、極力直接の関わりを持たないようにしているからなのだろう。高価なものを貰って自分が少し貴族らしくなったと思ったのは間違いだった。
 自室に戻ったルーカスは、宝箱にしているお菓子の缶を開けた。そこにはテオバルトから貰ったピアスや、テオバルトの活躍が記された新聞記事の切り抜きなどが収められている。その箱に、「猫の眼」が加わった。ルーカスが騎士団入団試験を受けられる年齢まで、あと三年。
 テオバルトは最年少で騎士団に入団するという偉業を成し遂げている。本来は十八才にならなければ入団できないが、士官学校での頭抜けた優秀さが認められ、特例として入団が許された。入団してからも、次々とめざましい戦果をあげており、たびたび新聞記事に取り上げられている。
 焦る気持ちを抑え込むように、宝箱の蓋をそっと閉めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...