いつかの光、彼方の光

ゆきりんご

文字の大きさ
4 / 5

4話:足りないもの

しおりを挟む
 士官学校へ入れる年齢になり、ルーカスは勇んで志望したが、書類選考で落とされてしまった。明言はされなかったが、喘息を患っていたというのが引っかかってしまったのだろうという予測はついた。
 ルーカスは心が空白になってしまったかのような心地さえした。まさか落っこちるとは思ってもいなかった。焦りだけがつのっていく。士官学校に通っていなくとも騎士団に入った人は過去何人といるが、士官学校ルートに比べるとメジャーではない。
 ルーカスは、棚の奥にしまい込んでいる宝箱を取って開けた。テオバルトに関する記事の切り抜きを一枚一枚そっと手に取る。視界はにじんで、ぼやけて見える記事の写真の中のテオバルトを見つめる。
 ルーカスは決して努力を怠っていたつもりはない。練習をさぼったことなどないし、適度に体を休ませつつ自主的な鍛錬も行っていた。写真の中の人物がなにか特別なことをしていたかと言えば、そうではないことをルーカスはよく知っている。テオバルトが持っているのは天性の才能だ。努力を重ねても埋まらない差がそこにはある。
 折を見てルーカスはバルナバスに相談を持ち掛けた。

「僕にバウアー家の仕事を教えてもらえませんか」
「夢を諦めるつもりか?」
「士官学校に入れないのでは、テオバルトと共に戦うことも敵を倒すこともかないません」

 執務室の机の上に手を組んだバルナバスは、鋭い視線をルーカスに投げつけた。

「それで引き下がってしまえるくらいの夢でしかなかったのか?」
「士官学校に入る以外の手段なんて……」
「ない。成程、そう決めつけてしまえるほどだの矮小なものでしかなかったのだな。直截に言えば、期待外れだ。施設にいたときに見せていた目はどこにいった」

 ルーカスは俯き、拳を握りしめた。
 家にいることが少ないバルナバスだったが、ルーカスがどれだけ真面目に剣技を磨くことに真剣であったかは知っているはずだった。それらの努力などなかったことにされるのか。結果を出せなければ認められないのか。自分が拾われた居候の身だから。身内が魔物にやられたという共通項がありながらも、身分の差が二人の前に横たわっていた。
 当主たる威圧感に、ルーカスの身が縮こまった。

「士官学校への入団が正攻法ではあるだろうが、手段の全てではなかろう。他にもギルドに登録をして、上級の魔物討伐の依頼を受けられるほど成果をあげるなどまだ打つ手はある。ルーカスには狡さが足りぬ。性根の優しさだけがある。狡さがなく優しいだけでは、バウアー家の仕事は任せられん。私が与えた仕事は、バウアー家の仕事を覚えることではない。魔物を倒すことだ」

 塞がっていたルーカスの眼前が拓けた。

「ギルドに入る……ご助言ありがとうございます。お忙しいところ失礼しました」

 ルーカスは早速ギルドの登録をすることにした。ずっと先を行くテオバルトのことを思えば、悶々とした気持ちで立ち止まっている暇などなかった。
 初めて入るギルドの豪奢な造りに圧倒され、ルーカスはきょきょろと視線をさまよわせた。入ってすぐのエントランスには大きなシャンデリアがぶら下がり、大きな建物を支えているいくつもの柱には細かな彫刻が施されている。

「こちらのギルドでの登録をしたいのですが」
「新規でのご登録ですね。そうしましたら、お名前、役職や希望する依頼、パーティーのついての登録がありますので、こちらに入力をお願いします」

 見たことのない魔道具が差し出された。薄い板のような見た目をしており、その板の上で指を滑らせることで操作ができるようだった。
 物珍しさで見入っていると、受付の人はにこやかに説明を加えた。

「当ギルドではこのように最新鋭の設備が整っておりまして、他のギルドにはない防具や武器などの販売もしております。さあ、あちらのお席へどうぞ」
 
 案内された席は、ふわふわの椅子だ。こんなに至り尽くせりな待遇は逆に落ち着かない。そわそわとした気分で入力を終えると、テーブルに乗っていた呼び出しのベルを鳴らした。すぐさま人がやってきて「ではご登録内容の確認をいたしますので、お待ちください」と言い残して、魔道具を回収していった。待っている間にまた別の人がやってきて、飲み物の希望を聞かれ、ルーカスは紅茶を選んだ。なんだか自分がここにいてはいけない気持ちがどんどん高まってくる。
 少し待っていると、紅茶と一緒にちょっとしたお菓子までついてきた。緊張しつつも口を付けた紅茶は味がしなかった。お菓子を食べ、紅茶を飲み干したところで、魔道具を回収していった人がやってきた。眉尻が少しさがり、ちょっと困ったような顔だ。

「ルーカス様、ご登録のご希望ありがとうございます。大変、不躾な質問にはなってしまうのですが、苗字がない方なのですね」
「ええ」

 バルナバスに「バウアー家の名前を外では出さないように」と言われているルーカスは、外に出ればただの庶民であった。

「当ギルドは登録金のほか、月額で納めていただく使用料がございまして……こちらになるのですが」

 示された料金に、ルーカスは目を疑った。お金を稼ぐための施設にこんなにお金を支払うなんて本末転倒である。驚くと同時に、待遇の良さにも合点がいった。ようは貴族の子息向けなのだ。庶民生まれ、庶民育ちのルーカスには、毎月貰っているお小遣いの倍もする料金を払ってほしいと頼めるような器量などない。

「大変申し訳ないのですが、審査結果を申し上げますと、ルーカス様にはこちらのギルドをお使い頂くことができません。ご希望に応えられず、誠に申し訳ございません」

 ギルドの人はなにも悪くないのに謝られ、ルーカスはすぐにでもこの場からいなくなりたい衝動に駆られた。必要最低限の言葉を交わし、そそくさとギルドを後にした。
 またしても夢から遠のいてしまった絶望を抱えて、家路を辿る。景色がなんだか随分と色あせて見えるのは、曇り空だからだけではないような気がした。
 失意の中、ルーカスはギルドの登録審査に落ちたことをバルナバスに告げた。

「私の言ったことを馬鹿正直に守らんでもよいのだが……やはりルーカスにはバウアー家の仕事は向かんな。狡さが足りないというのは致命的だ。それで、この後はどうするつもりだ?」
「庶民向けのギルドでの登録を目指します」
 無事にギルドでの登録がすみ、依頼を受けては魔物を倒す日々が始まった。登録時の階級テストの結界、中級者向けの依頼を受けられることになった。ルーカスは固定のパーティーではなく、その場限りのパーティーを組むことを希望した。より多くの人と連携を取ってみたいと思ったからだった。、何度か同じ人と当たることもあり、顔見知りができた。
 ギルド内でもテオバルトのことを尊敬している人は多く、ルーカスは自分のことのように誇らしい気分になった。

「テオバルトは俺の命の恩人なんです。小さな村で怪鳥アルバスフォーゲルに襲われたところでテオバルトが逃げようって言ってくれなかったら……俺はここにいませんでした。いつかはテオバルトと一緒にアルバスフォーゲルを倒したいんですけど……俺くらいの実力じゃあ足手まといになると思うんですよね」
「は~、やっぱテオバルト様は幼い頃からの英雄なんだな。ルーカスもなかなかの腕前だけど、次元が違うよなぁ……。ま、自分のペースで頑張れよ」

 皆が「テオバルト様」と呼ぶのがルーカスにはむずがゆかった。今や英雄という存在になり、あげている成果の数々を思えば当然のことであるが、ただ一人の人間であったときのテオバルトを知っている身としては、慣れない呼び方だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

生まれ変わったら知ってるモブだった

マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。 貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。 毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。 この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。 その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。 その瞬間に思い出したんだ。 僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

【本編完結】処刑台の元婚約者は無実でした~聖女に騙された元王太子が幸せになるまで~

TOY
BL
【本編完結・後日譚更新中】 公開処刑のその日、王太子メルドは元婚約者で“稀代の悪女”とされたレイチェルの最期を見届けようとしていた。 しかし「最後のお別れの挨拶」で現婚約者候補の“聖女”アリアの裏の顔を、偶然にも暴いてしまい……!? 王位継承権、婚約、信頼、すべてを失った王子のもとに残ったのは、幼馴染であり護衛騎士のケイ。 これは、聖女に騙され全てを失った王子と、その護衛騎士のちょっとズレた恋の物語。 ※別で投稿している作品、 『物語によくいる「ざまぁされる王子」に転生したら』の全年齢版です。 設定と後半の展開が少し変わっています。 ※後日譚を追加しました。 後日譚① レイチェル視点→メルド視点 後日譚② 王弟→王→ケイ視点 後日譚③ メルド視点

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...