いつかの光、彼方の光

ゆきりんご

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4話:足りないもの

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 士官学校へ入れる年齢になり、ルーカスは勇んで志望したが、書類選考で落とされてしまった。明言はされなかったが、喘息を患っていたというのが引っかかってしまったのだろうという予測はついた。
 ルーカスは心が空白になってしまったかのような心地さえした。まさか落っこちるとは思ってもいなかった。焦りだけがつのっていく。士官学校に通っていなくとも騎士団に入った人は過去何人といるが、士官学校ルートに比べるとメジャーではない。
 ルーカスは、棚の奥にしまい込んでいる宝箱を取って開けた。テオバルトに関する記事の切り抜きを一枚一枚そっと手に取る。視界はにじんで、ぼやけて見える記事の写真の中のテオバルトを見つめる。
 ルーカスは決して努力を怠っていたつもりはない。練習をさぼったことなどないし、適度に体を休ませつつ自主的な鍛錬も行っていた。写真の中の人物がなにか特別なことをしていたかと言えば、そうではないことをルーカスはよく知っている。テオバルトが持っているのは天性の才能だ。努力を重ねても埋まらない差がそこにはある。
 折を見てルーカスはバルナバスに相談を持ち掛けた。

「僕にバウアー家の仕事を教えてもらえませんか」
「夢を諦めるつもりか?」
「士官学校に入れないのでは、テオバルトと共に戦うことも敵を倒すこともかないません」

 執務室の机の上に手を組んだバルナバスは、鋭い視線をルーカスに投げつけた。

「それで引き下がってしまえるくらいの夢でしかなかったのか?」
「士官学校に入る以外の手段なんて……」
「ない。成程、そう決めつけてしまえるほどだの矮小なものでしかなかったのだな。直截に言えば、期待外れだ。施設にいたときに見せていた目はどこにいった」

 ルーカスは俯き、拳を握りしめた。
 家にいることが少ないバルナバスだったが、ルーカスがどれだけ真面目に剣技を磨くことに真剣であったかは知っているはずだった。それらの努力などなかったことにされるのか。結果を出せなければ認められないのか。自分が拾われた居候の身だから。身内が魔物にやられたという共通項がありながらも、身分の差が二人の前に横たわっていた。
 当主たる威圧感に、ルーカスの身が縮こまった。

「士官学校への入団が正攻法ではあるだろうが、手段の全てではなかろう。他にもギルドに登録をして、上級の魔物討伐の依頼を受けられるほど成果をあげるなどまだ打つ手はある。ルーカスには狡さが足りぬ。性根の優しさだけがある。狡さがなく優しいだけでは、バウアー家の仕事は任せられん。私が与えた仕事は、バウアー家の仕事を覚えることではない。魔物を倒すことだ」

 塞がっていたルーカスの眼前が拓けた。

「ギルドに入る……ご助言ありがとうございます。お忙しいところ失礼しました」

 ルーカスは早速ギルドの登録をすることにした。ずっと先を行くテオバルトのことを思えば、悶々とした気持ちで立ち止まっている暇などなかった。
 初めて入るギルドの豪奢な造りに圧倒され、ルーカスはきょきょろと視線をさまよわせた。入ってすぐのエントランスには大きなシャンデリアがぶら下がり、大きな建物を支えているいくつもの柱には細かな彫刻が施されている。

「こちらのギルドでの登録をしたいのですが」
「新規でのご登録ですね。そうしましたら、お名前、役職や希望する依頼、パーティーのついての登録がありますので、こちらに入力をお願いします」

 見たことのない魔道具が差し出された。薄い板のような見た目をしており、その板の上で指を滑らせることで操作ができるようだった。
 物珍しさで見入っていると、受付の人はにこやかに説明を加えた。

「当ギルドではこのように最新鋭の設備が整っておりまして、他のギルドにはない防具や武器などの販売もしております。さあ、あちらのお席へどうぞ」
 
 案内された席は、ふわふわの椅子だ。こんなに至り尽くせりな待遇は逆に落ち着かない。そわそわとした気分で入力を終えると、テーブルに乗っていた呼び出しのベルを鳴らした。すぐさま人がやってきて「ではご登録内容の確認をいたしますので、お待ちください」と言い残して、魔道具を回収していった。待っている間にまた別の人がやってきて、飲み物の希望を聞かれ、ルーカスは紅茶を選んだ。なんだか自分がここにいてはいけない気持ちがどんどん高まってくる。
 少し待っていると、紅茶と一緒にちょっとしたお菓子までついてきた。緊張しつつも口を付けた紅茶は味がしなかった。お菓子を食べ、紅茶を飲み干したところで、魔道具を回収していった人がやってきた。眉尻が少しさがり、ちょっと困ったような顔だ。

「ルーカス様、ご登録のご希望ありがとうございます。大変、不躾な質問にはなってしまうのですが、苗字がない方なのですね」
「ええ」

 バルナバスに「バウアー家の名前を外では出さないように」と言われているルーカスは、外に出ればただの庶民であった。

「当ギルドは登録金のほか、月額で納めていただく使用料がございまして……こちらになるのですが」

 示された料金に、ルーカスは目を疑った。お金を稼ぐための施設にこんなにお金を支払うなんて本末転倒である。驚くと同時に、待遇の良さにも合点がいった。ようは貴族の子息向けなのだ。庶民生まれ、庶民育ちのルーカスには、毎月貰っているお小遣いの倍もする料金を払ってほしいと頼めるような器量などない。

「大変申し訳ないのですが、審査結果を申し上げますと、ルーカス様にはこちらのギルドをお使い頂くことができません。ご希望に応えられず、誠に申し訳ございません」

 ギルドの人はなにも悪くないのに謝られ、ルーカスはすぐにでもこの場からいなくなりたい衝動に駆られた。必要最低限の言葉を交わし、そそくさとギルドを後にした。
 またしても夢から遠のいてしまった絶望を抱えて、家路を辿る。景色がなんだか随分と色あせて見えるのは、曇り空だからだけではないような気がした。
 失意の中、ルーカスはギルドの登録審査に落ちたことをバルナバスに告げた。

「私の言ったことを馬鹿正直に守らんでもよいのだが……やはりルーカスにはバウアー家の仕事は向かんな。狡さが足りないというのは致命的だ。それで、この後はどうするつもりだ?」
「庶民向けのギルドでの登録を目指します」
 無事にギルドでの登録がすみ、依頼を受けては魔物を倒す日々が始まった。登録時の階級テストの結界、中級者向けの依頼を受けられることになった。ルーカスは固定のパーティーではなく、その場限りのパーティーを組むことを希望した。より多くの人と連携を取ってみたいと思ったからだった。、何度か同じ人と当たることもあり、顔見知りができた。
 ギルド内でもテオバルトのことを尊敬している人は多く、ルーカスは自分のことのように誇らしい気分になった。

「テオバルトは俺の命の恩人なんです。小さな村で怪鳥アルバスフォーゲルに襲われたところでテオバルトが逃げようって言ってくれなかったら……俺はここにいませんでした。いつかはテオバルトと一緒にアルバスフォーゲルを倒したいんですけど……俺くらいの実力じゃあ足手まといになると思うんですよね」
「は~、やっぱテオバルト様は幼い頃からの英雄なんだな。ルーカスもなかなかの腕前だけど、次元が違うよなぁ……。ま、自分のペースで頑張れよ」

 皆が「テオバルト様」と呼ぶのがルーカスにはむずがゆかった。今や英雄という存在になり、あげている成果の数々を思えば当然のことであるが、ただ一人の人間であったときのテオバルトを知っている身としては、慣れない呼び方だった。
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