ロスト・ワールド

さのさかさ

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14話 移動

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「にい……さん……なんだよそれ」

 ルスは目の前で起こったことをすんなりと受け入れることが出来なかった。状況を理解しようと思い、ニックと倒れる大男を交互に見るが合点のいく答えは出てくる気配すらない。

「なっ、すっげえだろ!」

 驚くルスを置き去りに、ニックは両手を大きく広げ一人笑った。その瞳は何の不安もない希望に満ちた輝きを放っている。
 きっと、ニックが何かしらの能力に目覚め、その能力で大男を倒したという事は早々に理解できていた。ただ信じられなかったというだけで。
 ニックの自信に満ちたあの表情も、きっと能力を意識的に発動できたことによるもの。
 だけど、その自信は危険だ。心の中でルスは思った。それを声に出すことが出来なかったのは、ニックの笑顔に縋りたい自分もいたからなのかもしれない。

「どうやったの?」

 ルスはさっき、起ったことを頭の中で思い出しながらニックに聞いてみた。
 大男に襲われそうになったニックは、七色に輝く大鎌を一瞬で空中に出現させ、そのまま大男に向かって――。
 切られた大男は、声を発することもできず、そのまま地面に崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。おそらく、もうすでに死んでいるだろう。

「いまいち、俺にも原理は分からねえんだけどさ。お前を守らなきゃって思うと、自然と体が動くっていうか。答えてくれるって感じなのかな?」

 ニックの瞳の色が変化したことと、この能力は何か関係があるのだろうか。考えてみるが、今のルスにはさっぱりだった。

「今も鎌をだせるの?」

 ルスがきくと、ニックは両手を上に上げ、身体にぐっと力を入れてみせた。
 すると、上げた両掌の上で七色の風が渦を巻き始めた。

「すごい……」

 しかし、今ニックの掌で発生した渦はとても小さく、さっきまでのような禍々しい鎌になるとは到底思えなかった。これじゃまるで、そよ風だ。

「なんか、しょぼいね」

「むりだ。さっきみたいなのは出せないっぽい」

 ニックは身体から力を抜き、地面にへたり込んだ。きっと、能力を使うのにはかなりの気力や体力を消耗するのだろう。そう思った途端、無理やり出させようとしたことを後悔する。これでは、すぐにここから逃げることさえできない。

「兄さん、大丈夫? 少し休む?」

「いや俺は大丈夫。今すぐ行こう」

 それは明らかな強がりだった。
 ルスに心配をかけさせないように、強がるのはニックの昔からの癖だとルス自身も分かっていた。

「無理しないで。兄さん今、立つのですらやっとなんでしょ」

 図星を突かれたかという表情で、ニックが苦笑する。

「ごめん。少しだけ休ませてくれ」

 ニックは素直にそう言うと、ぺたりと柔らかな下草の上に体を預けた。
 なぎ倒された木々は森に、ぽっかりと不自然な穴を開け、二人に月の光を届けた。

「綺麗だな」

「うん。ほんと綺麗だ」

 冷たく澄んだ空気は、空を生き生きと輝かせていた。さっきまで自分たちが死にそうになっていたなんて思えないくらい、何も変わらない空に二人は息を呑む。
 これから、僕らはずっと、ずっと遠くまで逃げ続けなくちゃいけない。兄さんに助けられるばかりでは駄目だ。僕もしっかりしないと。兄さんを守れるように。
 心の中で強く言い聞かせるようにルスは唱え続けた。
 
「終わったようね。お疲れ様」

 予想もしていなかった突然の声に二人はぎょっとし、飛び起きた。
 それは二人にとって馴染みある声で、優しくて冬の空気のように透き通った、カーラの声だった。
 立ち上がった瞬間にルスの隣でニックがよろめく。すかさずルスがニックに手を貸し、体を支えた。

「わりい……」

「大丈夫。今度は僕が兄さんを守るから」

 ルスはカーラを強く睨みつける。
 対抗できるほどの策が、あるわけでは無い。だが、きっと母さんはまだ兄さんを殺しはしないだろうと思った。殺す場所は決まっているのだ。

「そんな目をしないでルス。このことは仕方が無かったのよ」

「仕方がないってなんだよ。僕らは殺されかけたんだ」
 
 できるだけ時間をかせがないと、兄さんが回復できるだけの時間を。

「怖い思いをさせてしまってごめんなさい。もうすぐ終わるからね」
 言いながら、カーラがゆっくり二人に近づいていく。

「近寄るな! 終わるってどういうことか説明してよ」

 ルスの言葉を無視し、カーラが一歩一歩ゆっくりと二人に近づく。
 二人とカーラの距離は既に3mほどになっていて、男が倒れる位置にまで近づいている。
 その瞬間、ルスはある異変に気が付いた。

「待って……あの男は? あの男の死体はどこに行ったんだよ!」

 ルスの声を聞いて直ぐに、ニックも男の死体があった場所へと視線を向ける。ルスの言う通り、そこには男の死体がなかった。

「教えてあげてもいいけど、それは全部を済ませてから」
 
 落ち着いたカーラの声は、こんな状況においてもルスに普段の夕食の風景を思い出させた。決して、もう戻ることのないその風景はルスの心を、他のどんな攻撃よりも弱らせていった。
 ダメだと分かっていながら、ルスは懐かしい思い出に涙を流した。強くならないとって思ったばかりなのに。悔しくなる心とは裏腹にとめどなく涙が流れる。
 ニックもまた、ルスの隣で泣きそうな自分を必死に抑える。噛み締めた唇からは血が流れ、兄としての強さを全うしていた。

「二人ともそんな情けない顔をしないで。早く場所を移動しましょう」

 その一言でルスは確信する。母さんはまだ兄さんを殺さない。

「僕らが、母さんの言いなりになるとでも思うの? 敵だと分かっているのに?」

「ええ、なるわよ。簡単に」

 言い終えた途端、二人の視界からカーラが消えた。瞬きをした一瞬のことだった。
 どこに行った? 
 不安と恐怖で二人の体が強張る。

「こっちよ」

 ニックよりも早くその声に反応したルスが声の方に視線を向ける。
 向けた視線の先では、さっきまで目の前にいたはずのカーラがニックの首元に包丁を突き立てていた。

「兄さん!」

「あら、動くとニックが、どうなるかは分からないわよ」

 きっと嘘だ。直感でルスはそう悟った。
 母さんはまだ兄さんを殺せない。これはただの脅しなんだ。

「ルス、俺はいい。逃げろ」

「だめだめ。ルスも逃がさないわよ。あなたたち二人なんて一瞬で殺せるという事を忘れないで」

「わかった、ついて行く。だから兄さんから離れてよ」

「さすがルス、偉いわね」

 カーラが包丁をゆっくりとニックの首元から離すとまるでピクニックに出かけるような口調で言った。

「さあ行きましょうか」

 カーラの後ろを歩きながらルスはひたすらに考えた。
 絶対に僕が兄さんを助けてやる。きっとまだチャンスは残っているはずなんだ。目的の場所につく前に策を……なにか良い策を思いつかなきゃ。

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