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第3章「八尺様」
第1話 子どもにだけ聞こえる声
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その噂は、子どもから始まった。
最初は、保護者向けの地域掲示板だった。
「子どもが変なことを言う」
「背の高い女の人を見たと言っている」
「“ぽ、ぽ、ぽ”って声が聞こえるらしい」
どれも曖昧で、決定打に欠ける。
だが、その曖昧さが揃いすぎていた。
「……八尺様、か」
鷹宮は、資料の表紙に目を落とした。
久遠が集めたスクリーンショットには、同じ言葉が何度も現れている。
《背が高い女》
《白い服》
《子どもを呼ぶ声》
「地方の怪談だったはずだ」
鷹宮が言う。
「そう」
久遠は頷く。「でも今は、都市部でも報告が出てる。しかも——」
「子ども限定」
「うん」
それが、この噂の一番の異常だった。
⸻
依頼は、学校経由で来た。
表向きは「不審者の可能性調査」。
実際には、教師たちも説明できずに困っている。
「“背の高い女の人が立っていた”と、複数の児童が同じ場所を指します」
校長は疲れ切った声で言った。「しかし、防犯カメラには何も映っていません」
校庭は、よくある都市型の小学校だった。
フェンス。鉄棒。砂場。
死角は少ない。
「……どこだ」
鷹宮が問う。
校長が指を差す。「あの辺りです。古い倉庫の前」
倉庫は使われていない。
解体予定のまま、予算が止まっているらしい。
「子どもたちは、何と言ってる」
久遠が聞く。
「“声がする”と」
校長は言いにくそうに続けた。「それも……大人には聞こえない、と」
⸻
夕方。
授業が終わり、校庭には子どもが数人残っていた。
「……聞こえる?」
久遠が、声を落として尋ねる。
鷹宮は首を振る。
風の音しかない。
だが、その時。
倉庫の影で、一人の少女が立ち止まった。
「……あれ?」
少女は、誰もいない方向を見上げている。
その視線は、明らかに高すぎる位置を向いていた。
「……ぽ」
小さな声。
「ぽ、ぽ……」
鷹宮は、思わず一歩踏み出しかけて止まる。
「……久遠」
「聞こえない」
久遠は即答した。「でも——」
少女の表情が、変わる。
困惑ではない。
安心に近い。
「呼ばれてる」
久遠が低く言った。
「誰に」
「……分からない。でも、嫌な感じじゃない」
それが、何より危険だった。
⸻
放課後、少女から話を聞いた。
担任の立ち会いのもと、慎重に。
「……白い人が、いるの」
少女は言った。「とっても背が高くて……」
「顔は見えた?」
久遠が聞く。
少女は首を振る。「見ちゃだめって言われた」
「誰に?」
「……白い人」
鷹宮の視線が、わずかに鋭くなる。
「声は?」
「“ぽ、ぽ、ぽ”って」
少女は少し笑った。「優しい声」
久遠は、その“優しい”という言葉を反芻した。
「……他に、何か言われた?」
少女は一瞬だけ迷い、答えた。
「“一緒に行こう”って」
その言葉に、室内の空気がわずかに沈んだ。
⸻
夜。
校庭は無人だ。
街灯が、倉庫の前を照らしている。
影が、不自然に長い。
「……大人には見えない」
鷹宮が言った。
「正確には」
久遠は視線を外したまま答える。「見えなくなっている」
「どういう意味だ」
「子どもの認知にだけ、割り込んでる」
久遠は低く言う。「視覚じゃない。聴覚と——」
言葉を切る。
「——信頼」
鷹宮は眉を寄せた。「信頼?」
「子どもは、
“知らないもの”より
“優しそうなもの”を信じる」
倉庫の影が、揺れた。
風は、吹いていない。
「……来る」
久遠が言う。
その瞬間。
高さだけが、そこに現れた。
形は見えない。
だが、空間が歪み、影が伸びる。
見上げると、首が痛くなるほどの高さ。
『ぽ、ぽ、ぽ』
声が、すぐ後ろで鳴った。
鷹宮は、振り向かなかった。
「……久遠」
「分かってる」
久遠の声が、わずかに震える。「これは——」
言葉が続かない。
『——こっち』
声は、確かに子ども向けだった。
「……利用しているな」
鷹宮は低く言った。
「何を」
「信頼を」
影が、一歩、前に出る。
『ぽ、ぽ……』
その声が、
“待っている”ものの声だと、
鷹宮は直感した。
これは、
見てはいけない形でも、
理解してはいけない情報でもない。
**“連れて行くための存在”**だ。
「久遠」
鷹宮は言った。
「うん」
「……今回は、“保存”じゃ済まない」
影が、さらに近づく。
『一緒に——』
その言葉が、完全になる前に。
久遠の端末が、静かに振動した。
新しいログ。
新しい噂。
《子どもが、消えた》
八尺様は、
すでに動いている。
最初は、保護者向けの地域掲示板だった。
「子どもが変なことを言う」
「背の高い女の人を見たと言っている」
「“ぽ、ぽ、ぽ”って声が聞こえるらしい」
どれも曖昧で、決定打に欠ける。
だが、その曖昧さが揃いすぎていた。
「……八尺様、か」
鷹宮は、資料の表紙に目を落とした。
久遠が集めたスクリーンショットには、同じ言葉が何度も現れている。
《背が高い女》
《白い服》
《子どもを呼ぶ声》
「地方の怪談だったはずだ」
鷹宮が言う。
「そう」
久遠は頷く。「でも今は、都市部でも報告が出てる。しかも——」
「子ども限定」
「うん」
それが、この噂の一番の異常だった。
⸻
依頼は、学校経由で来た。
表向きは「不審者の可能性調査」。
実際には、教師たちも説明できずに困っている。
「“背の高い女の人が立っていた”と、複数の児童が同じ場所を指します」
校長は疲れ切った声で言った。「しかし、防犯カメラには何も映っていません」
校庭は、よくある都市型の小学校だった。
フェンス。鉄棒。砂場。
死角は少ない。
「……どこだ」
鷹宮が問う。
校長が指を差す。「あの辺りです。古い倉庫の前」
倉庫は使われていない。
解体予定のまま、予算が止まっているらしい。
「子どもたちは、何と言ってる」
久遠が聞く。
「“声がする”と」
校長は言いにくそうに続けた。「それも……大人には聞こえない、と」
⸻
夕方。
授業が終わり、校庭には子どもが数人残っていた。
「……聞こえる?」
久遠が、声を落として尋ねる。
鷹宮は首を振る。
風の音しかない。
だが、その時。
倉庫の影で、一人の少女が立ち止まった。
「……あれ?」
少女は、誰もいない方向を見上げている。
その視線は、明らかに高すぎる位置を向いていた。
「……ぽ」
小さな声。
「ぽ、ぽ……」
鷹宮は、思わず一歩踏み出しかけて止まる。
「……久遠」
「聞こえない」
久遠は即答した。「でも——」
少女の表情が、変わる。
困惑ではない。
安心に近い。
「呼ばれてる」
久遠が低く言った。
「誰に」
「……分からない。でも、嫌な感じじゃない」
それが、何より危険だった。
⸻
放課後、少女から話を聞いた。
担任の立ち会いのもと、慎重に。
「……白い人が、いるの」
少女は言った。「とっても背が高くて……」
「顔は見えた?」
久遠が聞く。
少女は首を振る。「見ちゃだめって言われた」
「誰に?」
「……白い人」
鷹宮の視線が、わずかに鋭くなる。
「声は?」
「“ぽ、ぽ、ぽ”って」
少女は少し笑った。「優しい声」
久遠は、その“優しい”という言葉を反芻した。
「……他に、何か言われた?」
少女は一瞬だけ迷い、答えた。
「“一緒に行こう”って」
その言葉に、室内の空気がわずかに沈んだ。
⸻
夜。
校庭は無人だ。
街灯が、倉庫の前を照らしている。
影が、不自然に長い。
「……大人には見えない」
鷹宮が言った。
「正確には」
久遠は視線を外したまま答える。「見えなくなっている」
「どういう意味だ」
「子どもの認知にだけ、割り込んでる」
久遠は低く言う。「視覚じゃない。聴覚と——」
言葉を切る。
「——信頼」
鷹宮は眉を寄せた。「信頼?」
「子どもは、
“知らないもの”より
“優しそうなもの”を信じる」
倉庫の影が、揺れた。
風は、吹いていない。
「……来る」
久遠が言う。
その瞬間。
高さだけが、そこに現れた。
形は見えない。
だが、空間が歪み、影が伸びる。
見上げると、首が痛くなるほどの高さ。
『ぽ、ぽ、ぽ』
声が、すぐ後ろで鳴った。
鷹宮は、振り向かなかった。
「……久遠」
「分かってる」
久遠の声が、わずかに震える。「これは——」
言葉が続かない。
『——こっち』
声は、確かに子ども向けだった。
「……利用しているな」
鷹宮は低く言った。
「何を」
「信頼を」
影が、一歩、前に出る。
『ぽ、ぽ……』
その声が、
“待っている”ものの声だと、
鷹宮は直感した。
これは、
見てはいけない形でも、
理解してはいけない情報でもない。
**“連れて行くための存在”**だ。
「久遠」
鷹宮は言った。
「うん」
「……今回は、“保存”じゃ済まない」
影が、さらに近づく。
『一緒に——』
その言葉が、完全になる前に。
久遠の端末が、静かに振動した。
新しいログ。
新しい噂。
《子どもが、消えた》
八尺様は、
すでに動いている。
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