ノイズの都市

久遠 司

文字の大きさ
8 / 11
第3章「八尺様」

第1話 子どもにだけ聞こえる声

しおりを挟む
その噂は、子どもから始まった。

最初は、保護者向けの地域掲示板だった。
「子どもが変なことを言う」
「背の高い女の人を見たと言っている」
「“ぽ、ぽ、ぽ”って声が聞こえるらしい」

どれも曖昧で、決定打に欠ける。
だが、その曖昧さが揃いすぎていた。

「……八尺様、か」

鷹宮は、資料の表紙に目を落とした。
久遠が集めたスクリーンショットには、同じ言葉が何度も現れている。

《背が高い女》
《白い服》
《子どもを呼ぶ声》

「地方の怪談だったはずだ」
鷹宮が言う。

「そう」
久遠は頷く。「でも今は、都市部でも報告が出てる。しかも——」

「子ども限定」

「うん」

それが、この噂の一番の異常だった。



依頼は、学校経由で来た。
表向きは「不審者の可能性調査」。
実際には、教師たちも説明できずに困っている。

「“背の高い女の人が立っていた”と、複数の児童が同じ場所を指します」
校長は疲れ切った声で言った。「しかし、防犯カメラには何も映っていません」

校庭は、よくある都市型の小学校だった。
フェンス。鉄棒。砂場。
死角は少ない。

「……どこだ」
鷹宮が問う。

校長が指を差す。「あの辺りです。古い倉庫の前」

倉庫は使われていない。
解体予定のまま、予算が止まっているらしい。

「子どもたちは、何と言ってる」

久遠が聞く。

「“声がする”と」
校長は言いにくそうに続けた。「それも……大人には聞こえない、と」



夕方。
授業が終わり、校庭には子どもが数人残っていた。

「……聞こえる?」

久遠が、声を落として尋ねる。

鷹宮は首を振る。
風の音しかない。

だが、その時。
倉庫の影で、一人の少女が立ち止まった。

「……あれ?」

少女は、誰もいない方向を見上げている。
その視線は、明らかに高すぎる位置を向いていた。

「……ぽ」

小さな声。

「ぽ、ぽ……」

鷹宮は、思わず一歩踏み出しかけて止まる。

「……久遠」

「聞こえない」
久遠は即答した。「でも——」

少女の表情が、変わる。
困惑ではない。
安心に近い。

「呼ばれてる」
久遠が低く言った。

「誰に」

「……分からない。でも、嫌な感じじゃない」

それが、何より危険だった。



放課後、少女から話を聞いた。
担任の立ち会いのもと、慎重に。

「……白い人が、いるの」
少女は言った。「とっても背が高くて……」

「顔は見えた?」
久遠が聞く。

少女は首を振る。「見ちゃだめって言われた」

「誰に?」

「……白い人」

鷹宮の視線が、わずかに鋭くなる。

「声は?」

「“ぽ、ぽ、ぽ”って」
少女は少し笑った。「優しい声」

久遠は、その“優しい”という言葉を反芻した。

「……他に、何か言われた?」

少女は一瞬だけ迷い、答えた。

「“一緒に行こう”って」

その言葉に、室内の空気がわずかに沈んだ。



夜。
校庭は無人だ。

街灯が、倉庫の前を照らしている。
影が、不自然に長い。

「……大人には見えない」
鷹宮が言った。

「正確には」
久遠は視線を外したまま答える。「見えなくなっている」

「どういう意味だ」

「子どもの認知にだけ、割り込んでる」
久遠は低く言う。「視覚じゃない。聴覚と——」

言葉を切る。

「——信頼」

鷹宮は眉を寄せた。「信頼?」

「子どもは、
“知らないもの”より
“優しそうなもの”を信じる」

倉庫の影が、揺れた。

風は、吹いていない。

「……来る」
久遠が言う。

その瞬間。
高さだけが、そこに現れた。

形は見えない。
だが、空間が歪み、影が伸びる。
見上げると、首が痛くなるほどの高さ。

『ぽ、ぽ、ぽ』

声が、すぐ後ろで鳴った。

鷹宮は、振り向かなかった。

「……久遠」

「分かってる」
久遠の声が、わずかに震える。「これは——」

言葉が続かない。

『——こっち』

声は、確かに子ども向けだった。

「……利用しているな」
鷹宮は低く言った。

「何を」

「信頼を」

影が、一歩、前に出る。

『ぽ、ぽ……』

その声が、
“待っている”ものの声だと、
鷹宮は直感した。

これは、
見てはいけない形でも、
理解してはいけない情報でもない。

**“連れて行くための存在”**だ。

「久遠」
鷹宮は言った。

「うん」

「……今回は、“保存”じゃ済まない」

影が、さらに近づく。

『一緒に——』

その言葉が、完全になる前に。

久遠の端末が、静かに振動した。

新しいログ。
新しい噂。

《子どもが、消えた》

八尺様は、
すでに動いている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?

無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。 どっちが稼げるのだろう? いろんな方の想いがあるのかと・・・。 2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。 あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

投稿インセンティブで月額23万円を稼いだ方法。

克全
エッセイ・ノンフィクション
「カクヨム」にも投稿しています。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...