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ダンジョンの入り口から帰宅する幽鬼
ショコラとディーゼル
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「ああああ~~~~ッ⁉ 私のお気に入りの髪飾りがぁ……」
猫耳を両手で押さえてオーマイガー。ペタンと床にへたり込んだ女。
「くううぅぅっ……ディーゼルさん! 早くあの崖道に戻りましょうッ‼」
猫耳女が涙目になって見上げ、力強く俺の名を呼んだ。
長い尻尾がブンブン振れている。詳しくは聞いていないが、おそらく猫系の獣人なんだろう。
シュコーッという音を立てて、俺の兜から嘆息が漏れた。
「また慌てて取りに戻ると、失敗して装備が消滅するぞ――ショコラ」
彼女はショコラというE級冒険者。快活そうな短い茶髪と、くりっとした猫目。そして胸の谷間に覗いたハートのタトゥーが特徴的。
今の俺の、頼りないパーティーメンバーでもある。
彼女はダンジョン挑戦中の冒険者とは思えないほどに軽快な服装だった。
当初はそれなりに装備は整っていたのだが、今ではこの通り。素寒貧。もはや野球拳の終盤みたいな状態。
「うぐぐぐっ……でもぉ……」
俺たちは崖道で転落死して、二人とも死に戻った。
ここは直前の〈アンカーポイント〉。
円形の部屋の中央に、おどろおどろしい骸骨が山積みされて、ゴーゴーと燃えている。
炎の揺らめきに照らされたこの空間に、俺たち以外の冒険者は見当たらない。
なぜなら、ここが超難易度のダンジョンで、挑戦者が極端に少ないからだ。
「うううぅ……ディーゼルさんはズルいです! ずっこい! どうして死に戻りしても装備が減らないんですかッ⁉」
「言っただろう。それは、この甲冑こそが、俺の本体だからだ。本当に何も聞いてないな、お前……」
再びシュコーッという嘆息が俺の兜の隙間から漏れた。
このダンジョンの中における全滅は、その場に供物として装備品をひとつ落とすという代償をもって免除される。
代償を支払えた挑戦者達は直前のチェックポイント――アンカーポイントと呼ばれる位置まで戻って復活する。これを〈死に戻り〉と呼ぶ。
そうやって落としてしまった装備は、また同じ場所まで取りに行ければ回収できる。しかし回収する前に、装備をダンジョンに残したまま再度全滅すれば、また供物を落し、前に落した装備は永久にダンジョンに没収されてしまう。二度と戻ってこない。
だから挑戦者はみんな、直前に死んだ位置まで必死に装備を取りに戻る。
そうしてダンジョンの奥へ奥へと、どんどんと引き込まれていくのだ。
俺たちはこの場所でもう十回近く全滅しており、その度にショコラが落とした装備を取りに戻るのだが、必ず前回死んだ位置まで戻れるとは限らない。主に彼女のせいで。
今回の全滅で、ショコラは髪飾りを落とした。
残りは上下の肌着と、靴くらいか。
自分の大切な装備がかかっているという焦りが、彼女の凡ミスに次ぐ凡ミスを誘った。今や彼女は、暑い日にベッドの上でゴロゴロしている、ぐうたら女のような状態にまで成り下がっていた。
そこにダンマスのだらしのない姿が重なり、悪夢がフラッシュバックする。
あるはずのない全身に、冷や汗が吹き出す錯覚があった。
襲ってきた強い目眩に兜を抑える。
「その“設定”は聞きましたけどぉ……意地悪しないで、そろそろ私にも秘密を教えてくださいよぉ……」
ショコラの恨めしそうな目つき。
彼女の寒々しい姿とは対照的に、俺の重厚な装備はひとつも失われていない。
鈍い殺気を放つ黒鉄の全身甲冑。
その上に羽織った身の毛もよだつ悍ましい外套。
背中に携えた、冗談めいて巨大な大戦斧。
そんな威容の後背からは吐き気を催す黒いオーラが放射され、甲冑の隙間からは凍てつく瘴気がこぼれ落ちる。
そして手甲の指に光る、碧く輝く指環――。
俺は〈幽鬼〉と呼ばれて怖れられる、中身が“空っぽ”のモンスターだ。
その中でも〈統べる幽鬼〉と呼ばれる特別な個体。
このダンジョンの最奥を守り、そしてダンジョンマスター、通称ダンマスを護る最後の砦。この超難易度ダンジョンにおける最上位の存在。
今まで数多の冒険者を返り討ちにし、その貴重な装備を剥ぎ取って滅ぼしてきた、泣く子も黙る恐怖の甲冑騎士。
見る者すべてを竦み上がらせる暴力の権化――ディーゼル。
いわゆるダンジョンの最終兵器……のはずなのだが。
「ふぅ……やはり一旦、外に出て街へ行くぞ。お前の装備を調えなければ、もうこの先、あのトラップを突破したとしても先が続かない。全ての装備を失えば、その先にあるのは〈真なる死〉だ。それは嫌だろう? ああ?」
「あっ! そうやって、また私の代わりのパーティーメンバーを探すつもりでしょう⁉ そうは問屋が卸しませんからねっ‼」
ぷんすか立ち上がったショコラ。
「ちッ……」
フルフェイスの隙間から漏れた俺の舌打ちが、やけにうるさく周囲に響いた。
猫耳を両手で押さえてオーマイガー。ペタンと床にへたり込んだ女。
「くううぅぅっ……ディーゼルさん! 早くあの崖道に戻りましょうッ‼」
猫耳女が涙目になって見上げ、力強く俺の名を呼んだ。
長い尻尾がブンブン振れている。詳しくは聞いていないが、おそらく猫系の獣人なんだろう。
シュコーッという音を立てて、俺の兜から嘆息が漏れた。
「また慌てて取りに戻ると、失敗して装備が消滅するぞ――ショコラ」
彼女はショコラというE級冒険者。快活そうな短い茶髪と、くりっとした猫目。そして胸の谷間に覗いたハートのタトゥーが特徴的。
今の俺の、頼りないパーティーメンバーでもある。
彼女はダンジョン挑戦中の冒険者とは思えないほどに軽快な服装だった。
当初はそれなりに装備は整っていたのだが、今ではこの通り。素寒貧。もはや野球拳の終盤みたいな状態。
「うぐぐぐっ……でもぉ……」
俺たちは崖道で転落死して、二人とも死に戻った。
ここは直前の〈アンカーポイント〉。
円形の部屋の中央に、おどろおどろしい骸骨が山積みされて、ゴーゴーと燃えている。
炎の揺らめきに照らされたこの空間に、俺たち以外の冒険者は見当たらない。
なぜなら、ここが超難易度のダンジョンで、挑戦者が極端に少ないからだ。
「うううぅ……ディーゼルさんはズルいです! ずっこい! どうして死に戻りしても装備が減らないんですかッ⁉」
「言っただろう。それは、この甲冑こそが、俺の本体だからだ。本当に何も聞いてないな、お前……」
再びシュコーッという嘆息が俺の兜の隙間から漏れた。
このダンジョンの中における全滅は、その場に供物として装備品をひとつ落とすという代償をもって免除される。
代償を支払えた挑戦者達は直前のチェックポイント――アンカーポイントと呼ばれる位置まで戻って復活する。これを〈死に戻り〉と呼ぶ。
そうやって落としてしまった装備は、また同じ場所まで取りに行ければ回収できる。しかし回収する前に、装備をダンジョンに残したまま再度全滅すれば、また供物を落し、前に落した装備は永久にダンジョンに没収されてしまう。二度と戻ってこない。
だから挑戦者はみんな、直前に死んだ位置まで必死に装備を取りに戻る。
そうしてダンジョンの奥へ奥へと、どんどんと引き込まれていくのだ。
俺たちはこの場所でもう十回近く全滅しており、その度にショコラが落とした装備を取りに戻るのだが、必ず前回死んだ位置まで戻れるとは限らない。主に彼女のせいで。
今回の全滅で、ショコラは髪飾りを落とした。
残りは上下の肌着と、靴くらいか。
自分の大切な装備がかかっているという焦りが、彼女の凡ミスに次ぐ凡ミスを誘った。今や彼女は、暑い日にベッドの上でゴロゴロしている、ぐうたら女のような状態にまで成り下がっていた。
そこにダンマスのだらしのない姿が重なり、悪夢がフラッシュバックする。
あるはずのない全身に、冷や汗が吹き出す錯覚があった。
襲ってきた強い目眩に兜を抑える。
「その“設定”は聞きましたけどぉ……意地悪しないで、そろそろ私にも秘密を教えてくださいよぉ……」
ショコラの恨めしそうな目つき。
彼女の寒々しい姿とは対照的に、俺の重厚な装備はひとつも失われていない。
鈍い殺気を放つ黒鉄の全身甲冑。
その上に羽織った身の毛もよだつ悍ましい外套。
背中に携えた、冗談めいて巨大な大戦斧。
そんな威容の後背からは吐き気を催す黒いオーラが放射され、甲冑の隙間からは凍てつく瘴気がこぼれ落ちる。
そして手甲の指に光る、碧く輝く指環――。
俺は〈幽鬼〉と呼ばれて怖れられる、中身が“空っぽ”のモンスターだ。
その中でも〈統べる幽鬼〉と呼ばれる特別な個体。
このダンジョンの最奥を守り、そしてダンジョンマスター、通称ダンマスを護る最後の砦。この超難易度ダンジョンにおける最上位の存在。
今まで数多の冒険者を返り討ちにし、その貴重な装備を剥ぎ取って滅ぼしてきた、泣く子も黙る恐怖の甲冑騎士。
見る者すべてを竦み上がらせる暴力の権化――ディーゼル。
いわゆるダンジョンの最終兵器……のはずなのだが。
「ふぅ……やはり一旦、外に出て街へ行くぞ。お前の装備を調えなければ、もうこの先、あのトラップを突破したとしても先が続かない。全ての装備を失えば、その先にあるのは〈真なる死〉だ。それは嫌だろう? ああ?」
「あっ! そうやって、また私の代わりのパーティーメンバーを探すつもりでしょう⁉ そうは問屋が卸しませんからねっ‼」
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