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ダンジョンの入り口から帰宅する幽鬼
スターチェイサー
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ゆっくりと吊り上げられていく最中、不安定な姿勢が怖いのか、ショコラが両手両足で俺の甲冑を抱き込んでくる。
「うぅ、チクチクするぅ……そういえば、ディーゼルさんって、ヤニ中なのにタバコ臭くないんですね」
そう言って、クンクンと俺の甲冑を嗅いだ。
「ヤニ中……まぁな、清潔には拘りがある」
「へぇー、意外ですね」
そこで会話が途切れ、岩壁を叩く風が俺達を揺らす。
見下ろした一面が森だ。霞がかった地平線まで深い森がひしめいていた。
「――私のおっぱいを間近で見て、エッチなこと考えちゃ駄目ですよ?」
咎めるような上目遣いでそう言ったショコラに、シュコーという嘆息で答え、彼女を抱える腕の力を少し緩めた。
ズッ……と下に滑ったショコラが、「わっ、嘘! 冗談、冗談ですよぉ!」と慌てて叫き始めた。
「空っぽの俺に肉欲なんぞない」
「――ディーゼルさんの声って、不思議ですよね。少しエコーが入っていて、聞いてるだけで薄ら寒いっていうか。近くで聞くとより一層不気味です。いくら全身甲冑を着ていても、そんな声出なくないですか? 変声器でも使ってるんですか?」
「俺が幽鬼だとは、とことん信じないつもりなんだな」
「だってぇ、そんなおっかないモンスターが、俺とパーティー組もうよ! だなんて――」
ププッと口元を押さえて頬を膨らませたショコラ。
「体育で組む相手がいない可哀想なぼっちみたいにして、声かけてくるわけないじゃないですか。力で抑え込んで従属の呪いをかけるとかなら分かりますけどぉ」
「……」
「結局、契約って言っていたのも……なんて言いましたっけあれ……まぁ、とにかく普通の約束事みたいでしたし。設定の詰めが甘いですよ、ディーゼルさん」
確かに……。
だが俺には従属の呪いなどという、そんな器用な能力はない。
〈渇望の契り〉は条件が対等。幽世の住人の権能であって、あくまでも契約だ。
マグノリアあたりなら従属のスキルを使えそうだが、あくまでも正面から敵を撃滅するのが俺の仕事。戦闘以外の能力はからっきし。
そもそも、ラスボス的な立ち位置にあるモンスターが、ダンマスと喧嘩して締め出し食らってるなんて話自体、信じろというのに無理があるのか……。
「――そろそろだ。口を閉じていろ、忙しくなる。アンカーポイントまで一直線だから、別に舌を噛んで死んでもいいが、あまり死にすぎると段々と魂が痩せ細る。最奥に到達する前に狂人になられたら困る――ぞっ」
彼女の答えを待たずに壁を蹴った。
振り子になって勢いを付けると、ショコラを小脇に抱え、途中で見えた岩の隙間に躍り込む。
ショコラの絶叫が聞こえたが、無視して彼女を抱えたまま細い崖道を走った。
大量の落石をくぐり抜け、あるいはぶん殴って弾き飛ばし、走るスピードを緩めずに崩れる床を壁蹴りを駆使して突破する。ショコラの悲鳴が絶えない。
やがて見えてきた道の切れ目。
その先は深い崖。
崖下に向かって飛び出す。
眼下に広がった深い森に、ショコラの断末魔が木霊した。
すかさず蔦を握ってシュルシュル。崖に足をかけてギャリギャリと滑り落ちていく。ショコラの声が止まった。
ズンッ……という鳴動と共に降り立った先は、渓谷の下に広がる霞がかった森。その奥に揺らめく炎の光が見える。アンカーポイントだ。
俺の腕の中でぬいぐるみのようになって弛緩しているショコラを地面に放り投げた。転がった彼女の口からは、魂が抜けかけていた。
万謝の燭に近づくと、そこには二人の男がいた。
「先客か」
俺が近づくと、片方の男が顔を上げた。
俺は統べる幽鬼だ。目についた侵入者は全て殺すのが仕事だが……。
「……やあ、あんたもこの谷底の迷宮に踏み込んじまった間抜けかい?」
男が発したそんなひと言が、ゆらりと湧き立った俺の殺気に水を差した。
「――まぁ、そんなところだ」
見れば、燭に照らされた二人の表情は、魂が抜けたように虚ろだった。
「……災難だったなぁ、ここは……地獄だぜ」
そう言い残し、また俯いた男。
「どうしたんですか、この二人?」
後ろからひょっこりとショコラが顔を出した。ケロリとしている。タフだな。
「この先は谷底の迷宮となっている。前後左右の森に、崖と地下の上下も加えた三次元的な迷路だ」
「へぇ~……あっ、それでぇ、お二人とも――」
男達の今にも死にそうな雰囲気を無視して、明るく声をかけるショコラ。
「〈スターチェイサー〉っていう、攻略隊を見かけませんでしたか?」
「――ああ、見たぜ」
頭を上げたのはもう一人の男だ。
「だいぶ前だが、ここの前のポイントでキャンプが一緒になった。連中は別の道を行ったから、それっきりだけどな……俺たちもあっちの道にしておけば……」
「どれくらい前でした?」
「そうだな……ここは朝も夜もないから、よく分からないが……四、五日前かな」
スターチェイサーとは、ショコラが追う復讐相手のパーティー名だ。一応、約束なので気に留めてはいる。途中でその冒険者パーティーは始末するつもりだ。
――しかし、おかしいな。
俺はこのダンジョンの内部を知っている。ショコラという足枷があるものの、普通の挑戦者よりもずっと速いペースで進んできたはずだ。
数日前に、別の冒険者の証言を聞き出した時は、スターチェイサーは五、六日ほど俺たちを先行していたはずだが、ほとんど差を縮められていない。
それなりに熟練者ということなのか……。
「あいつら、凄い大人数でさ。十五人くらいのグループだったかな……はぁ、俺たちも混ぜてもらえばこんなことには……」
「お前が変なプライドにこだわるから……」
「てめぇこそ、年下に従うのは性に合わないって……はぁ……」
男二人が疲れた様子で口論を始めた。
十五人……。
多いな。その大所帯でこの進行ペースは、かなり速いぞ。
「――おい、ショコラ。お前が追っているのは一人だという話だな?」
「はい。私が追っているのはイルバーン一人です」
「スターチェイサーのリーダーが、イルバーンなのか?」
「分かりませんけどぉ……多分そうです」
ショコラの復讐相手の名は、イルバーン。
ショコラが何か直接被害を受けたというわけではなく、彼女の姉が、イルバーンのために廃人になってしまったという話だ。
イルバーンはショコラの姉を騙し、自分に惚れさせた上で、彼女の里の秘宝を盗み出させた。
さらに、一緒に逃げようという約束を反故にしたイルバーンは、逃走途中でショコラの姉を複数人でこっぴどく弄んで森に放置。置いてけぼりにした。
姉は裏切られたショックと、慰みものになった記憶、里の秘宝を明け渡した罪の意識に押し潰されて、廃人と化したそうだ。
ショコラはイルバーンを殺し、その里の秘宝を取り返すことで姉の汚名をそそぎ、また同時に彼女の慰問にしたいと考えているらしい。
この話、本当かどうかは知らない。どちらでも構わないからだ。俺としては侵入者を殺すことに依存はない。この広大な絆の深淵の中を探し出すという手間が加わっただけだ。
「――ショコラ、聞いていなかったが、奪われた里の秘宝とやらは何だ?」
「えっと」
一瞬、間があった。
「――〈フェニックスの涙〉です」
ああ、フェニックスの涙か。復活アイテムだな。〈フェニックスの羽〉よりも効果があるもので、現世ではそれなりに貴重品だと聞いたことがある。
フェニックスの涙を携えていると、ダンジョンが与える真なる死を、一度だけ回避できるという受動的効果も発揮するはずだ。
イルバーンは、絆の深淵を踏破するに当たって、それが目当てでショコラの里から涙を盗んだということか?
フェニックスの涙まで準備し、俺に匹敵する速度でダンジョンを進む――。
問題はないとは思うが、気にかけておいた方が良さそうだ。
「――さぁ、俺たちは行くぜ……次が記念すべき一〇〇回目のトライなんだ。お前達も、俺たちがこれで迷宮から脱出できることを祈っていてくれよな……」
のろのろと立ち上がった二人の男。
渓谷の迷宮に魂をすり減らして、なおも挑む彼らの疲れ果てた背中を見送る。
「……ディーゼルさん、迷宮の正解ルート知ってるんじゃないんですか? 途中で拾っていってあげましょうよ。さすがにあれは可哀想ですよぉ」
こそこそと俺に耳打ちしたショコラ。
「いや、無理だな」
「えー……それは、意地悪すぎません?」
「無理なんだって。俺達はあの迷宮を行かない」
「え、行かないんですか?」
きょとん顔のショコラ。
「ああ。あっちの道は全部ハズレで、ここから引き返す道も全部ハズレだ。生き残れる正解のルートはない。このアンカーポイントそのものが大きなスケールのトラップだ。一度登録してしまうと、何度もここに戻されて出られなくなる。鵺の頸椎を使うか、あるいは俺が今からやる方法でしか脱出不可能だ」
「ええ、そんな……」
「俺達は今からこのアンカーポイントをぶっ壊す」
「そんな八つ当たりみたいな」
俺の力強い宣言に、ショコラが頬を引きつらせた。
「すると〈神虫〉とよばれるヤバい怪物が激怒して谷に降りてくる。蜘蛛とハチとワニを混ぜたような巨大なお化けで、かなりの難敵だ。絶対に戦ってはいけない」
神虫は絆の深淵の深層に現れる最高難易度のモンスターだ。A級冒険者が束になってかかっても絶対に勝てない。S級が束になっても、多分無理。
「そいつの背中に跳び乗ってじっとしていれば、やがて神虫は崖を登り、山頂に出て尾根伝いに次の階層へ連れて行ってくれる」
「はぁ」
「だから先ほどの連中をわざわざ助けに行く機会はない。奴らが運良く〈鵺の頚椎〉を拾えることを祈ってやれ。まぁ、生きてる鵺に襲われて全滅するのがオチだろうが」
鵺もまた、中層以降で現れるモンスターだ。あいつらでは勝てっこない。
「南無……」
ショコラが男達が歩み去った方角に手を合わせた。
――なぜ、S級を超えるダンジョンがN級と呼ばれるのか?
それは、生還した冒険者がもれなくPTSDを患うからだ。
さっきの二人も、運良く生還できたとしても、もう冒険者は再起不能だろう。間違いない。
「さぁ、少し休憩したら神虫を呼ぶぞ」
「はーい!」
俺の声に元気よく片腕を上げて答え、口にチョコを放り込み、ケロッとした顔で水を飲んで横になったショコラ。その姿を眺め、改めて、N級ダンジョンのど真ん中でリラックスできるこの女の肝っ玉の大きさに、少し感心したのだった。
「うぅ、チクチクするぅ……そういえば、ディーゼルさんって、ヤニ中なのにタバコ臭くないんですね」
そう言って、クンクンと俺の甲冑を嗅いだ。
「ヤニ中……まぁな、清潔には拘りがある」
「へぇー、意外ですね」
そこで会話が途切れ、岩壁を叩く風が俺達を揺らす。
見下ろした一面が森だ。霞がかった地平線まで深い森がひしめいていた。
「――私のおっぱいを間近で見て、エッチなこと考えちゃ駄目ですよ?」
咎めるような上目遣いでそう言ったショコラに、シュコーという嘆息で答え、彼女を抱える腕の力を少し緩めた。
ズッ……と下に滑ったショコラが、「わっ、嘘! 冗談、冗談ですよぉ!」と慌てて叫き始めた。
「空っぽの俺に肉欲なんぞない」
「――ディーゼルさんの声って、不思議ですよね。少しエコーが入っていて、聞いてるだけで薄ら寒いっていうか。近くで聞くとより一層不気味です。いくら全身甲冑を着ていても、そんな声出なくないですか? 変声器でも使ってるんですか?」
「俺が幽鬼だとは、とことん信じないつもりなんだな」
「だってぇ、そんなおっかないモンスターが、俺とパーティー組もうよ! だなんて――」
ププッと口元を押さえて頬を膨らませたショコラ。
「体育で組む相手がいない可哀想なぼっちみたいにして、声かけてくるわけないじゃないですか。力で抑え込んで従属の呪いをかけるとかなら分かりますけどぉ」
「……」
「結局、契約って言っていたのも……なんて言いましたっけあれ……まぁ、とにかく普通の約束事みたいでしたし。設定の詰めが甘いですよ、ディーゼルさん」
確かに……。
だが俺には従属の呪いなどという、そんな器用な能力はない。
〈渇望の契り〉は条件が対等。幽世の住人の権能であって、あくまでも契約だ。
マグノリアあたりなら従属のスキルを使えそうだが、あくまでも正面から敵を撃滅するのが俺の仕事。戦闘以外の能力はからっきし。
そもそも、ラスボス的な立ち位置にあるモンスターが、ダンマスと喧嘩して締め出し食らってるなんて話自体、信じろというのに無理があるのか……。
「――そろそろだ。口を閉じていろ、忙しくなる。アンカーポイントまで一直線だから、別に舌を噛んで死んでもいいが、あまり死にすぎると段々と魂が痩せ細る。最奥に到達する前に狂人になられたら困る――ぞっ」
彼女の答えを待たずに壁を蹴った。
振り子になって勢いを付けると、ショコラを小脇に抱え、途中で見えた岩の隙間に躍り込む。
ショコラの絶叫が聞こえたが、無視して彼女を抱えたまま細い崖道を走った。
大量の落石をくぐり抜け、あるいはぶん殴って弾き飛ばし、走るスピードを緩めずに崩れる床を壁蹴りを駆使して突破する。ショコラの悲鳴が絶えない。
やがて見えてきた道の切れ目。
その先は深い崖。
崖下に向かって飛び出す。
眼下に広がった深い森に、ショコラの断末魔が木霊した。
すかさず蔦を握ってシュルシュル。崖に足をかけてギャリギャリと滑り落ちていく。ショコラの声が止まった。
ズンッ……という鳴動と共に降り立った先は、渓谷の下に広がる霞がかった森。その奥に揺らめく炎の光が見える。アンカーポイントだ。
俺の腕の中でぬいぐるみのようになって弛緩しているショコラを地面に放り投げた。転がった彼女の口からは、魂が抜けかけていた。
万謝の燭に近づくと、そこには二人の男がいた。
「先客か」
俺が近づくと、片方の男が顔を上げた。
俺は統べる幽鬼だ。目についた侵入者は全て殺すのが仕事だが……。
「……やあ、あんたもこの谷底の迷宮に踏み込んじまった間抜けかい?」
男が発したそんなひと言が、ゆらりと湧き立った俺の殺気に水を差した。
「――まぁ、そんなところだ」
見れば、燭に照らされた二人の表情は、魂が抜けたように虚ろだった。
「……災難だったなぁ、ここは……地獄だぜ」
そう言い残し、また俯いた男。
「どうしたんですか、この二人?」
後ろからひょっこりとショコラが顔を出した。ケロリとしている。タフだな。
「この先は谷底の迷宮となっている。前後左右の森に、崖と地下の上下も加えた三次元的な迷路だ」
「へぇ~……あっ、それでぇ、お二人とも――」
男達の今にも死にそうな雰囲気を無視して、明るく声をかけるショコラ。
「〈スターチェイサー〉っていう、攻略隊を見かけませんでしたか?」
「――ああ、見たぜ」
頭を上げたのはもう一人の男だ。
「だいぶ前だが、ここの前のポイントでキャンプが一緒になった。連中は別の道を行ったから、それっきりだけどな……俺たちもあっちの道にしておけば……」
「どれくらい前でした?」
「そうだな……ここは朝も夜もないから、よく分からないが……四、五日前かな」
スターチェイサーとは、ショコラが追う復讐相手のパーティー名だ。一応、約束なので気に留めてはいる。途中でその冒険者パーティーは始末するつもりだ。
――しかし、おかしいな。
俺はこのダンジョンの内部を知っている。ショコラという足枷があるものの、普通の挑戦者よりもずっと速いペースで進んできたはずだ。
数日前に、別の冒険者の証言を聞き出した時は、スターチェイサーは五、六日ほど俺たちを先行していたはずだが、ほとんど差を縮められていない。
それなりに熟練者ということなのか……。
「あいつら、凄い大人数でさ。十五人くらいのグループだったかな……はぁ、俺たちも混ぜてもらえばこんなことには……」
「お前が変なプライドにこだわるから……」
「てめぇこそ、年下に従うのは性に合わないって……はぁ……」
男二人が疲れた様子で口論を始めた。
十五人……。
多いな。その大所帯でこの進行ペースは、かなり速いぞ。
「――おい、ショコラ。お前が追っているのは一人だという話だな?」
「はい。私が追っているのはイルバーン一人です」
「スターチェイサーのリーダーが、イルバーンなのか?」
「分かりませんけどぉ……多分そうです」
ショコラの復讐相手の名は、イルバーン。
ショコラが何か直接被害を受けたというわけではなく、彼女の姉が、イルバーンのために廃人になってしまったという話だ。
イルバーンはショコラの姉を騙し、自分に惚れさせた上で、彼女の里の秘宝を盗み出させた。
さらに、一緒に逃げようという約束を反故にしたイルバーンは、逃走途中でショコラの姉を複数人でこっぴどく弄んで森に放置。置いてけぼりにした。
姉は裏切られたショックと、慰みものになった記憶、里の秘宝を明け渡した罪の意識に押し潰されて、廃人と化したそうだ。
ショコラはイルバーンを殺し、その里の秘宝を取り返すことで姉の汚名をそそぎ、また同時に彼女の慰問にしたいと考えているらしい。
この話、本当かどうかは知らない。どちらでも構わないからだ。俺としては侵入者を殺すことに依存はない。この広大な絆の深淵の中を探し出すという手間が加わっただけだ。
「――ショコラ、聞いていなかったが、奪われた里の秘宝とやらは何だ?」
「えっと」
一瞬、間があった。
「――〈フェニックスの涙〉です」
ああ、フェニックスの涙か。復活アイテムだな。〈フェニックスの羽〉よりも効果があるもので、現世ではそれなりに貴重品だと聞いたことがある。
フェニックスの涙を携えていると、ダンジョンが与える真なる死を、一度だけ回避できるという受動的効果も発揮するはずだ。
イルバーンは、絆の深淵を踏破するに当たって、それが目当てでショコラの里から涙を盗んだということか?
フェニックスの涙まで準備し、俺に匹敵する速度でダンジョンを進む――。
問題はないとは思うが、気にかけておいた方が良さそうだ。
「――さぁ、俺たちは行くぜ……次が記念すべき一〇〇回目のトライなんだ。お前達も、俺たちがこれで迷宮から脱出できることを祈っていてくれよな……」
のろのろと立ち上がった二人の男。
渓谷の迷宮に魂をすり減らして、なおも挑む彼らの疲れ果てた背中を見送る。
「……ディーゼルさん、迷宮の正解ルート知ってるんじゃないんですか? 途中で拾っていってあげましょうよ。さすがにあれは可哀想ですよぉ」
こそこそと俺に耳打ちしたショコラ。
「いや、無理だな」
「えー……それは、意地悪すぎません?」
「無理なんだって。俺達はあの迷宮を行かない」
「え、行かないんですか?」
きょとん顔のショコラ。
「ああ。あっちの道は全部ハズレで、ここから引き返す道も全部ハズレだ。生き残れる正解のルートはない。このアンカーポイントそのものが大きなスケールのトラップだ。一度登録してしまうと、何度もここに戻されて出られなくなる。鵺の頸椎を使うか、あるいは俺が今からやる方法でしか脱出不可能だ」
「ええ、そんな……」
「俺達は今からこのアンカーポイントをぶっ壊す」
「そんな八つ当たりみたいな」
俺の力強い宣言に、ショコラが頬を引きつらせた。
「すると〈神虫〉とよばれるヤバい怪物が激怒して谷に降りてくる。蜘蛛とハチとワニを混ぜたような巨大なお化けで、かなりの難敵だ。絶対に戦ってはいけない」
神虫は絆の深淵の深層に現れる最高難易度のモンスターだ。A級冒険者が束になってかかっても絶対に勝てない。S級が束になっても、多分無理。
「そいつの背中に跳び乗ってじっとしていれば、やがて神虫は崖を登り、山頂に出て尾根伝いに次の階層へ連れて行ってくれる」
「はぁ」
「だから先ほどの連中をわざわざ助けに行く機会はない。奴らが運良く〈鵺の頚椎〉を拾えることを祈ってやれ。まぁ、生きてる鵺に襲われて全滅するのがオチだろうが」
鵺もまた、中層以降で現れるモンスターだ。あいつらでは勝てっこない。
「南無……」
ショコラが男達が歩み去った方角に手を合わせた。
――なぜ、S級を超えるダンジョンがN級と呼ばれるのか?
それは、生還した冒険者がもれなくPTSDを患うからだ。
さっきの二人も、運良く生還できたとしても、もう冒険者は再起不能だろう。間違いない。
「さぁ、少し休憩したら神虫を呼ぶぞ」
「はーい!」
俺の声に元気よく片腕を上げて答え、口にチョコを放り込み、ケロッとした顔で水を飲んで横になったショコラ。その姿を眺め、改めて、N級ダンジョンのど真ん中でリラックスできるこの女の肝っ玉の大きさに、少し感心したのだった。
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