シャッター

銀色小鳩

文字の大きさ
4 / 4

4

しおりを挟む
「結婚して、どう?」
 付き合ってる人いる? の質問は、旦那さんとどう? の質問に変わった。
「問題ないね。大好き」
 私は現状そのままを答えた。
「私は、ケイくんと別れた」
 瑠花も、現状を答えた。
 そして、泣きそうな声で呟いた。
「おいてかれる」
 瑠花は心底凹んでいた。
「ノッコもえっちゃんも、みんな結婚して、……おいてかれる。私は、子供が好きで、ほんと、自分の子供とか、ほしいなってずっと思ってて。それなのに、どんどん、みんなだけが、先に行っちゃう。おいてかれる」
「出会いを……」
 出会いを増やそうよ、と言いかけたとたん、瑠花は私を睨んだ。
「えっちゃんにはわからないよ」
 瑠花に睨まれるのは初めてだった。
「えっちゃんは、結局、勝ち組だから。私は、負け組だから。えっちゃんは、勝ち組だから……」
 私はうろたえた。
 勝ち組、負け組、という言葉は嫌いだった。私こそ、その言葉でいえば、いつも好いた相手に気持ち悪がられる「負け組」、結婚とは縁がないかもしれない事を、高校の頃から既に感じていた。「勝ち負け」の範疇からさえあぶれて、いつも世界の外側にいた。だからこそ、私は、色々な事にこだわるのを、わざとやめた。
 人と同じ生き方。
 変じゃない生き方。
 当たり前の生き方。
 そんなものをいくら「そうすべき」だと諭されたところで、それはちっとも私にとって当たり前じゃない。
 瑠花に、キスを変だと言われた時も、別れた後の道を大股で歩いて帰った。これが私の当たり前だ――本当は、歯を食いしばって、何度も唱えながら帰った。
 結婚して子供がいる自分を疑った事がなかったのに、そう話す同年代の友達に、いつも外側から、思っていた。どうして世間一般の当たり前を、みんな当然のように自分のレールとして思い描けるのか、と。
「勝ち組とか、負け組とか、思ってないよ……」
 気が付けば、生きているだけで、私の前でたくさんのシャッターが並んでいた。
 好きな人がいるか、恋人ができたか。勉強ができるか、大学に受かったか、正社員になれたか。
 私は祖母から、まだ子供ができないのかと再三言われていた。
 結婚したらしたで子供はいつだと言われる。おそらく、第一子が生まれれば、二人目がうちだけ来ない、ママ友同士の狭い柵の中で、そんな会話が交わされる。
 シャッターは無数に目の前で、周りに気づかれずに音を立てて閉まり、私達は内側でおいていかれる。繰り返しだ。
 結婚のシャッターの向こうがわにいる瑠花に、近づこうと伸ばす手が勇気を失う。
 シャッターは突然開かれる。でも今周りを見えなくするシャッターの重さを、無かった事にできない。何を言ったら傷つけないのか。
「なにか、……お酒でも飲みたいね?」
 言葉を何も選べず、瑠花に可愛いカクテルを一杯奢る事にした。
 
 ハワイアンコンセプトの居酒屋で、ブルーのカクテルを傾けながら、瑠花は少しずつ泣き止んだ。南国のヤシの木が明るく葉を広げる写真が、高温多湿の日本の湿っぽさを少しだけからっとさせる。
「そういえばさ、昔行ったゲイ映画あったじゃん。あれの感想を職場の友達に言ったらさ……」
 瑠花はこっちの顔色を伺った。
「レズビアンの人が、近くにいたらどうしようって言いだした子がいて」
 顔色を伺った理由が分かった。傷つけると思った。でも、「ぶっちゃけ」、私に話したかった。
「自分が狙われたら、みたいな事言い出したから、言っちゃったよ。レズビアンだって好みがあるんだって」
「へえ」
「えっちゃんと話して、私も色々、話聞いたり、見たり、したからさ。いきなり、会ったばかりのキョーミない男が、あんたに狙われたらどうしようって思ってたらどうなのって……。同性が好きでも選ぶ権利はあるし、全員が恋愛対象になる訳じゃないって、言っちゃった」
 つい瑠花を二度見した。
 それは――当事者でないと出てこないぐらいのその言葉が言える瑠花は。
 どれだけ、私のシャッターを、開けようと努力してきたのだろう。言っていいか、やめた方がいいか、傷つけないか迷いながら、「ぶっちゃけ」、その言葉を使って、いつでも瑠花は私に関わってくる方を選び続けた。
 関わるために、「話を聞いたり、見たり」してきたんだ。そうでなければ、こんな、当事者しか感じないような事、引っかかって反論したりなんか――。
 突然、私は気がついた。
 瑠花に対して、ノッコやたぁちゃんにアウティングされたらどうしよう、とハラハラした事も、疑った事も、一度もなかった。
 ノッコが「女もありな人?」と聞いてきた時も、瑠花がばらしてしまったとはチラリとも思わなかった。
 簡単に友達に言っちゃダメだと叱った瑠花が、私が本当に困る事をする訳がない。私はずっと、信じるだけで良かった。疑う余地もなかった。
 安全な場所から人を傷つける怖さを感じても、迷ったら、瑠花は動く方を選ぶ。児童相談所に連絡した後みたいに、それが後で自分を迷わせ、苦しめても。
 私だけが開かないと考えていた重い鉄のシャッターを、向こう側から「ぶっちゃけ」……言葉通りぶちあけようとして、私の見えない場所で、どれだけ瑠花は考えてくれたのだろう。
 いつの間にか、私と瑠花の間に最初に閉じたシャッターは跡形もなかった。
「瑠花」
 私は瑠花の、婚約指輪がなくなったばかりの左手の薬指を指差し、それから隣の小指を指差した。
「ここに、本物の指輪がくるように、見えない指輪をあげるよ」
 純粋な瑠花が持つに相応しい指輪。自然現象でも物質でもない、目には見えない、本物の祈りの指輪。
 私は指輪を持ち、指先すらも全く恋愛対象にならない瑠花の小指に、嵌めるしぐさをした。
 指輪を嵌める指には、意味がある。小指は「自分らしさを発揮する。チャンス、変化を呼び寄せる」と書かれているのを見たことがある。
「おまじない」
 そのままの瑠花で、愛し合える、いい相手が現れますように。瑠花にとっての当たり前の、本物の輝きが得られますように。私の本当の友達が、幸せでありますように。本物を引き寄せて。
 いつ開くのか人間にはわからないシャッターを壊したい。
 恋愛対象ではない瑠花に今贈る、見えない指輪は、私にとって一番純粋な、本物のダイヤモンドだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

👨一人用声劇台本「寝落ち通話」

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
彼女のツイートを心配になった彼氏は彼女に電話をする。 続編「遊園地デート」もあり。 ジャンル:恋愛 所要時間:5分以内 男性一人用の声劇台本になります。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...