シャッター

銀色小鳩

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 半屋外になっている二階のロビーから、月が見える。携帯で月の写真を撮った。これをお土産にしよう。
 カメラロールを確認する。
「ぜんぜん上手く撮れない」
 思わず溜息を吐くと、
「目で見るのと違うからね、仕方ないよ」
 後ろから声がして、ノッコがビールを持ったまま、カメラロールをのぞき込んでいた。
「きれいだよね」
 私の肩に手を乗せて、
「はぁ、酔った」
 そう言ってノッコも月を見上げた。
「私も」
 答えて、さりげなく、肩に置かれた指を見る。ノッコの指で月の光を反射するリングを。
 指の先が、私の頬を撫でた。
「酔うと、どうもエロい話したくなるんだよね」
「そういうやついるよね」
「私も、別れたばかりなんだ」
「…………」
 誰と、と聞けばいいのだろうか。
「旦那ちゃんとは、無い訳よ。カレシが、いたんだけど、色々あって別れちゃってね。体の相性が良かったから、なんか飲むと欲求不満に気づく」
「そうなんだ」
「えっちゃんって、女もありな人?」
「なんで」
「何となく、そうかなって」
 ダイヤモンドは世界一、硬い石らしい。ぼんやりと月の光を反射するリングに、日食や月食を連想する。別れた彼女と観に行ったな。ちくりと夜の澄んだ空気がみぞおちを刺す。
 教えたいとは思わなかったが、言った。
「そうだけど」
「私、依存できるなら女でもいいと思ってるんだよね。体の関係もそう」
 日食の時に縁が丸く光り、一か所だけが大きな光を放つ。ダイヤモンドリングと呼ばれる現象は、数秒で終わる。どんなに長くても一分は保たない。人工的に作られたリングは、どんなに嘘が混ざろうと、形として残るのに。
「えっちゃんて、なんか、エロいよね。……どのくらい、してないの?」
 私は素直に答えようか、はぐらかそうか、迷った。
「部屋……ふたつあるじゃん? えっちゃんさえよかったら、いま、これから」
 数年前に私が想像した、吸引力を持った彼女の秘めた場所の潤みは、目の前で、台所の排水口のぬめりのように迫って来た。
 触るな、汚い、気持ち悪い。あんたのぬめりなんて触れたくもない――、腹の底から湧いた感情が、ふつふつと怒りになって喉元まで上がってきた。
 私は社交辞令を混ぜて断った。
「今、人疲れしてるから、ひとりになりたくて来たんだ。ふられたばっかだしね、少し元気になってからじゃないと無理だわ」
 少し元気になってから、と可能性を残す自分に業を感じた。今気持ち悪くてもいつかまたノッコとしたくなるかもしれない、と思う自分に。ノッコを責められない。
 ノッコは「そう」と呟いて、私の手から携帯を奪うと、私の携帯で月を撮って、私に返した。
「私がやってもうまく撮れないわ。はい、ありがと」
 溜息交じりに呟いて、みんなの部屋へ戻っていった。
 
 疲れを癒すのに倍の時間がかかる状態になってしまった。私はロビーの自販機でコーヒーを買った。指先を温めながらぼうっとする。
 しばらくすると、瑠花が一人でやって来た。
「えっちゃん、どう?」
「どうって、なにが」
「一人になりたいんだろうな、って思ったから、そのままにしてたの。えっちゃんって、長く人といると疲れちゃうじゃん。今回もそれかなって――でもえっちゃんって、放っておきすぎると、今度は寂しがってすねるでしょ」
「私の面倒くさい性格を、本当によくわかってるよね」
「めんどくさいのが、えっちゃんだからね。ちょうどいい頃迎えに来ようと思ってたんだ。そろそろかなって」
 私はこうやって、いつも瑠花に救われる。
「戻るね」
「あのさ、ノッコとなんかあった?」
 こいつは本当にエスパーか。
「ないよ。なんで」
「半年くらい前に集まった時に、思ったんだよね。ノッコもなんか、雰囲気があるし。キスぐらいしてるんじゃないかと思ってた」
「ノッコと?」
「何となくだけど、お互い付き合ってる人がいたら、そうならないだろうけど、あんたたちってお互いフリーだったらそっちになだれ込みそうだなって」
「ノッコは同性と付き合ってたとか、そういう話あるの」
 さっきの事をおくびにも出さず、私は聞いた。
「知らない。聞いた事ないから。だから、何となくだって」
 さっき上がって来た吐き気を、瑠花に話したくなって、抑えた。瑠花は、カムアウトする側が本当はかなり慎重に人選している事を知らない。だからこうやって簡単に垣根を崩して聞いてくる。
 ノッコが瑠花の知り合いでなければ、さっきあった事を、話したいと思っただろう。でも、共通の知り合いには絶対に話さない、そんな事をすれば、ノッコに顔を合わせられなくなる。罪悪感で自分が眠れなくなる。
「何にもないよ」
 私は瑠花に初めて嘘をついた。
「ただ、なんか、さっきの話聞いて、引いちゃって……昔付き合った女の子と被って。失恋して不安定かもね。今日だけ、寝る部屋、ノッコと分けてほしい。ノッコが悪い訳じゃないけど」
「わかった」
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