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第二十三話
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アランテラ王国の豪族たちが集めていた兵たちはお金を払って雇われていた傭兵がほとんどなので、一度戦意を失って攻撃の機会を遅らせると賃金の交渉が決裂して、軍隊を維持できなくなる――そうガーシュイン様が言っていたとおりになった。
そして何事もなく、今日もアランテラ王国から来た隊商が国境を通過してくる。アランテラ国と私たちの国が同盟関係を結んでいることは変わっていないから。ちょっと不思議な気もするけれど、戦いが起こらなかったことで、アランテラ国王に豪族たちの行動も、領主様が軍を動かしたことも伝わらずに済んだのだ。
その領主様の名前をミシェルに聞いてみたら、教えてはくれたのだけど――何か勘違いをされてしまったみたいで、ちょっと困ったことになってしまった。
「あの、ミシェル? この服は……」
「きっとジェラード様は、アリアが戦いを止めたことをお気づきになっているのよ。そうでないと、こちらに戻ってきてすぐに訪ねてきたりはしないわ」
もしそういうことだと困ってしまうのだけど――と考えているうちに、ミシェルは私を部屋に招いて、いくつも綺麗な服を並べて見せてくれる。
「領主様から改めてお呼び出しがあったときのために、準備をしておかないと。ここにあるのは私がまだ着たことのない服だから大丈夫よ」
「その、お呼び出しがあったりっていうことは無いと思うのだけど……領主様は、私が呼び止めたことをお気になさっていただけみたいだし」
それだけで雨の中、夜に訪ねていらっしゃるというのも考えにくいと分かっているけど――ミシェルもそう思っているみたいで、なかなか話をそらせない。
「あのとき、領主様たちにお声がけしたアリアのことを覚えていたのは間違いないでしょう? ジェラード様の印象にあなたが強く残って、もう一度会いたいというお気持ちになったから、訪ねていらっしゃったのよ」
「そ、そういうことになるの……?」
「そう。私は自分の恋話には疎いけれど、他人のことには敏感なのよ。アリアと出会ってそれに気がついたの」
私よりもミシェルの方が張り切っている――でも、何だろう。
ミシェルが私のために何かしたいと思ってくれていることがわかるから、凄く嬉しい。神殿では、こんなふうに私に接してくれる人は一人もいなかったから。
聖女とそれに仕える神官たち。私がもっと神殿の内情を変える努力をしていたら、もっと彼女たちと意思の疎通ができていたんだろうか。
こんなふうに歳の近い相手と、親しく話したりすることができただろうか。
「……アリア、どうしたの? ごめんなさい、私、つい一人で舞い上がって……」
「ううん……ありがとう、ミシェル。私のことを考えてくれて」
「そんなこと……当たり前でしょう、だってアリアは私の恩人なんだもの。あなたみたいに勇気のある人を、私は他に知らないわ」
こんなに嬉しいことばかり言ってくれる人――私の方こそ、ミシェルに会えて良かった。
でも男性不信ぎみなのは否めなくて、領主様が私にご興味を持っているとか、そういうふうにはあまり想像できない。
あの日、他に何かお話をしたいことがあったんだろうかとか、そういうことをふと考えたりはするけれど。
「……あの、ミシェル? 髪型が大変なことになっていない?」
「あなたを初めて見たときから思っていたの、髪を綺麗に整えたらぐっと垢抜けるんじゃないかって」
「わ、私、そういうことはしたことがないから……」
聖女は着飾ってはいけないとか、清貧であるべきとか、断食をしたりとか。そういう暮らしを送ってきた私は、急に色々変わりすぎると遠慮する気持ちの方が強くなる。
「それに、領主様にお呼ばれするとしたら、舞踏会も行われると思うし……一つずつやっていくしかないわね。大丈夫よ、アリア。私があなたを立派なレディにしてあげる」
私のために色々してくれることは嬉しいけれど――やっぱり、ミシェルには一度思い込むと前のめりになりすぎるところがあると思う。
けれど、ミシェルのそんな頑張りが、その後間もなく報われてしまうことになる。
私がミシェルにレディの嗜みを習い始めて、まだ一週間しか経っていない日の昼間。ローラング家にジェラード辺境伯からの晩餐会の招待状が届いたのだった。
そして何事もなく、今日もアランテラ王国から来た隊商が国境を通過してくる。アランテラ国と私たちの国が同盟関係を結んでいることは変わっていないから。ちょっと不思議な気もするけれど、戦いが起こらなかったことで、アランテラ国王に豪族たちの行動も、領主様が軍を動かしたことも伝わらずに済んだのだ。
その領主様の名前をミシェルに聞いてみたら、教えてはくれたのだけど――何か勘違いをされてしまったみたいで、ちょっと困ったことになってしまった。
「あの、ミシェル? この服は……」
「きっとジェラード様は、アリアが戦いを止めたことをお気づきになっているのよ。そうでないと、こちらに戻ってきてすぐに訪ねてきたりはしないわ」
もしそういうことだと困ってしまうのだけど――と考えているうちに、ミシェルは私を部屋に招いて、いくつも綺麗な服を並べて見せてくれる。
「領主様から改めてお呼び出しがあったときのために、準備をしておかないと。ここにあるのは私がまだ着たことのない服だから大丈夫よ」
「その、お呼び出しがあったりっていうことは無いと思うのだけど……領主様は、私が呼び止めたことをお気になさっていただけみたいだし」
それだけで雨の中、夜に訪ねていらっしゃるというのも考えにくいと分かっているけど――ミシェルもそう思っているみたいで、なかなか話をそらせない。
「あのとき、領主様たちにお声がけしたアリアのことを覚えていたのは間違いないでしょう? ジェラード様の印象にあなたが強く残って、もう一度会いたいというお気持ちになったから、訪ねていらっしゃったのよ」
「そ、そういうことになるの……?」
「そう。私は自分の恋話には疎いけれど、他人のことには敏感なのよ。アリアと出会ってそれに気がついたの」
私よりもミシェルの方が張り切っている――でも、何だろう。
ミシェルが私のために何かしたいと思ってくれていることがわかるから、凄く嬉しい。神殿では、こんなふうに私に接してくれる人は一人もいなかったから。
聖女とそれに仕える神官たち。私がもっと神殿の内情を変える努力をしていたら、もっと彼女たちと意思の疎通ができていたんだろうか。
こんなふうに歳の近い相手と、親しく話したりすることができただろうか。
「……アリア、どうしたの? ごめんなさい、私、つい一人で舞い上がって……」
「ううん……ありがとう、ミシェル。私のことを考えてくれて」
「そんなこと……当たり前でしょう、だってアリアは私の恩人なんだもの。あなたみたいに勇気のある人を、私は他に知らないわ」
こんなに嬉しいことばかり言ってくれる人――私の方こそ、ミシェルに会えて良かった。
でも男性不信ぎみなのは否めなくて、領主様が私にご興味を持っているとか、そういうふうにはあまり想像できない。
あの日、他に何かお話をしたいことがあったんだろうかとか、そういうことをふと考えたりはするけれど。
「……あの、ミシェル? 髪型が大変なことになっていない?」
「あなたを初めて見たときから思っていたの、髪を綺麗に整えたらぐっと垢抜けるんじゃないかって」
「わ、私、そういうことはしたことがないから……」
聖女は着飾ってはいけないとか、清貧であるべきとか、断食をしたりとか。そういう暮らしを送ってきた私は、急に色々変わりすぎると遠慮する気持ちの方が強くなる。
「それに、領主様にお呼ばれするとしたら、舞踏会も行われると思うし……一つずつやっていくしかないわね。大丈夫よ、アリア。私があなたを立派なレディにしてあげる」
私のために色々してくれることは嬉しいけれど――やっぱり、ミシェルには一度思い込むと前のめりになりすぎるところがあると思う。
けれど、ミシェルのそんな頑張りが、その後間もなく報われてしまうことになる。
私がミシェルにレディの嗜みを習い始めて、まだ一週間しか経っていない日の昼間。ローラング家にジェラード辺境伯からの晩餐会の招待状が届いたのだった。
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