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第二十四話
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皇太子ザイオンの要請が再度大神殿に届いても、神官長アマンダは帝都に姿を現し、宮殿に赴いた。
皇帝ハルファスはアマンダの謁見の要望を受け入れ、通常であれば必ず随伴する近習を伴わずに、宮殿の庭園で相対した。
夕刻を迎え、沈みかけた夕日が辺りを朱色に染め上げる。庭園を流れる水路の水音だけが響く中で、アマンダが口を開いた。
「皇帝陛下、ご機嫌うるわしゅうございます」
「……一体、何を考えている? 神官長となるまでは筋書き通りにしていたようだが、なぜゾルダート公の干渉を許したのだ」
帝国には、公にされていない皇帝直属の機関が複数存在する。アマンダはその一員であり、大神殿に密偵として潜伏したあと、神殿内の政争を勝ち抜き神官長となった。
そのために要した時間は十と余年。ハルファスはアマンダの使者から定期的に報告を受けていたが、ザイオンの婚約破棄、そしてアリアンナの追放については情報が上がってきていなかった。
ハルファスは腰に帯びていた剣を音もなく抜いた。主君自らが、配下への不信を理由に処断する――その意図を理解し、アマンダの顔からは血の気が引く。
しかし彼女もまた、この状況を想定していた。みすみす殺されるために、この場に姿を見えたわけではない。
「アリアンナは聖女として、神殿の慣習から外れた行動を取ってきました。普通なら神殿が総出で祭礼を行い、多くの人々を集めて祈祷を行うような機会であっても、『祈りの間』にこもって外に出ないこともあった。しきたりを無視し続ければ、女官たちに示しがつかなくなります」
「どのような形でも、帝国の繁栄に寄与するならばそれで良い。朕にとっては儀式の形などよりも、求めて得られる結果が全てだ」
「……恐れながら。それが、人外の者の力を借りることで得られたものだとしてもでしょうか」
アマンダは皇帝の反応を測るように言う。ハルファスの手にはまだ剣が握られている――自分はまだ処断の危機を逃れていない、その意識がアマンダにはある。
「神殿というものは、呪いを行うもの。魔法だとも言われるが、それは元より人にあらざる者の力を借りるものではないのか?」
「神殿が祀るものは天上の神、そして地上に恩恵をもたらすのは天使……しかしアリアンナが呼び出しているのは、地獄の者たちなのです」
「……確証はあるのだな?」
アマンダは頷く。ハルファスは剣を収めるが、その表情から険しさは消えない。
「皇帝陛下、前聖女アリアンナが偽の聖女であったことは……」
「……聖女ではなく、魔女というのか? それがどうしたというのだ」
「っ……へ、陛下……そのようなことを申し上げては、皇帝陛下が……」
「神に背く背教者だとでも言うつもりか。良いか、アマンダ。朕がそなたを斬らぬのは、もはや興味が失せたからだ」
足元が崩れ落ちるような感覚。アマンダは自分というものが希薄になり、その場から消え失せてしまうような喪失を味わう。
「ダノアという女官は、アリアンナが不義密通を働いていたとゾルダート公に密告していた。その次は、アリアンナが悪魔を呼び出していたとそなたが言った。朕はそのどちらも、真偽はどちらでも良いと思っている。アリアンナが聖女であったときは、神殿には力があった。今の神殿に力はない、この状況ではそう判断すべきだろう……異論はあるか?」
「し、しかし……アリアンナではなく、我ら神官が祈りを捧げたからこそ……」
「……南部の農地に起こった日照りは、初め解消する気配がなかった。しかしザイオンを処罰した後に、あれほど乾いていた地に雨が降った。これをヴェロミアが力を持っていたからと見るか? ヴェロミアが『何も呼び出していない』としたら、やはりアリアンナとは違うのではないのか」
皇帝が神殿に求めた『日照りの解消』は、期日が遅れたとはいえ実現していた。
しかしそれを、皇帝はまだヴェロミアの聖女の力によるものだとは考えていなかった。
なぜならヴェロミアも女官たちも、前聖女がいたときにできたことを再現することができず、狼狽えていただけだと報告が上がっているからだ。
皇帝ハルファスはアマンダの謁見の要望を受け入れ、通常であれば必ず随伴する近習を伴わずに、宮殿の庭園で相対した。
夕刻を迎え、沈みかけた夕日が辺りを朱色に染め上げる。庭園を流れる水路の水音だけが響く中で、アマンダが口を開いた。
「皇帝陛下、ご機嫌うるわしゅうございます」
「……一体、何を考えている? 神官長となるまでは筋書き通りにしていたようだが、なぜゾルダート公の干渉を許したのだ」
帝国には、公にされていない皇帝直属の機関が複数存在する。アマンダはその一員であり、大神殿に密偵として潜伏したあと、神殿内の政争を勝ち抜き神官長となった。
そのために要した時間は十と余年。ハルファスはアマンダの使者から定期的に報告を受けていたが、ザイオンの婚約破棄、そしてアリアンナの追放については情報が上がってきていなかった。
ハルファスは腰に帯びていた剣を音もなく抜いた。主君自らが、配下への不信を理由に処断する――その意図を理解し、アマンダの顔からは血の気が引く。
しかし彼女もまた、この状況を想定していた。みすみす殺されるために、この場に姿を見えたわけではない。
「アリアンナは聖女として、神殿の慣習から外れた行動を取ってきました。普通なら神殿が総出で祭礼を行い、多くの人々を集めて祈祷を行うような機会であっても、『祈りの間』にこもって外に出ないこともあった。しきたりを無視し続ければ、女官たちに示しがつかなくなります」
「どのような形でも、帝国の繁栄に寄与するならばそれで良い。朕にとっては儀式の形などよりも、求めて得られる結果が全てだ」
「……恐れながら。それが、人外の者の力を借りることで得られたものだとしてもでしょうか」
アマンダは皇帝の反応を測るように言う。ハルファスの手にはまだ剣が握られている――自分はまだ処断の危機を逃れていない、その意識がアマンダにはある。
「神殿というものは、呪いを行うもの。魔法だとも言われるが、それは元より人にあらざる者の力を借りるものではないのか?」
「神殿が祀るものは天上の神、そして地上に恩恵をもたらすのは天使……しかしアリアンナが呼び出しているのは、地獄の者たちなのです」
「……確証はあるのだな?」
アマンダは頷く。ハルファスは剣を収めるが、その表情から険しさは消えない。
「皇帝陛下、前聖女アリアンナが偽の聖女であったことは……」
「……聖女ではなく、魔女というのか? それがどうしたというのだ」
「っ……へ、陛下……そのようなことを申し上げては、皇帝陛下が……」
「神に背く背教者だとでも言うつもりか。良いか、アマンダ。朕がそなたを斬らぬのは、もはや興味が失せたからだ」
足元が崩れ落ちるような感覚。アマンダは自分というものが希薄になり、その場から消え失せてしまうような喪失を味わう。
「ダノアという女官は、アリアンナが不義密通を働いていたとゾルダート公に密告していた。その次は、アリアンナが悪魔を呼び出していたとそなたが言った。朕はそのどちらも、真偽はどちらでも良いと思っている。アリアンナが聖女であったときは、神殿には力があった。今の神殿に力はない、この状況ではそう判断すべきだろう……異論はあるか?」
「し、しかし……アリアンナではなく、我ら神官が祈りを捧げたからこそ……」
「……南部の農地に起こった日照りは、初め解消する気配がなかった。しかしザイオンを処罰した後に、あれほど乾いていた地に雨が降った。これをヴェロミアが力を持っていたからと見るか? ヴェロミアが『何も呼び出していない』としたら、やはりアリアンナとは違うのではないのか」
皇帝が神殿に求めた『日照りの解消』は、期日が遅れたとはいえ実現していた。
しかしそれを、皇帝はまだヴェロミアの聖女の力によるものだとは考えていなかった。
なぜならヴェロミアも女官たちも、前聖女がいたときにできたことを再現することができず、狼狽えていただけだと報告が上がっているからだ。
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