忘れられない貴方へ

白詰えめ

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君の記憶

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 一目惚れだった。気づいたら声をかけていた。
「あ、あの!」
 相応しい言葉なんて思い付かず、ただ、呼び止めた。すると、立ち止まって「どうしましたか?」なんて言って私の方を見て首を傾げている。胸がドクドクと音を立てている。
「えっと、その、ナンパです」
 必死に言葉と声を振り絞ったが、上手いセリフは出なかった、真っ赤な顔で俯いて、相手の答えをまった。
「あはは、そんな風に言ってくる子初めてだ」
 さっきまでの硬い表情は消えて、ふわっと笑っていた。否定されなかった安心よりも、ドキドキが勝っていつまで経っても落ち着けなかった。
「あの、連絡先!お、教えてください!」
 どうにか、関わりたくて必死だった。
「本当は、ダメって言いたいところだけど。いいよ」
「やったー!」
 震える手を思いっきり上に上げてガッツポーズをした。

「私は、山野りりです」
 スマホの画面で連絡先を共有しながら自己紹介をした。
「じゃあ、りりちゃんって呼ぶね!」
「はい!」
 少し上擦る声で答えた。
「私は、アイリ。呼び捨てでもなんでも、好きに呼んで」
「アイリさん?」
「そう」
「もしかして、、、女性の方!?」
「あ、やっぱり男だと思ってた?」
 私の驚きと反対にとても落ち着いた様子で、アイリは笑った。
「それでも、好きかも」
 思わず心の声が漏れた。
「やっぱ、りりちゃん変わってるよ」
 アイリはなんだか、嬉しそうな顔で笑っていた。


「アイさーん!」
 あの日から、少しずつ距離を縮めた2人は、毎週一緒に出かけるようになった。
「りり、そんなに慌てなくても大丈夫だって」
「だってー、少しでもアイさんの近くにいたいんだもん」
「それ、ずっと言ってる」
「えへへ」
 一緒の時間を過ごす中で気づいた事がいくつかあった。普段は、男の人と間違えるくらいかっこいい姿をしているアイリは、実はかわいいものが大好きだという事。
「アイさん。これ絶対似合う」
 りりはそう言って、フリルのついたワンピースを指した。
「そういうのは、りりが着なよ」
 いくらすすめても、アイリはいつもこう言って自分から可愛いものを遠ざける。でも、本当は着たいのだと目が語っていた。

 何回目か、もう数えるのも難しくなったお出かけの日。りりはある決断をしていた。
「今日こそ...アイさんに告白するんだ」
 そう決意を固めて、アイリが来るのを待っていた。ドキドキしながら、改札の前をウロウロしているとアイリが駆け寄ってきた。
「りり、お待たせ」
 パッと太陽のような笑顔で今日もりりの名前を呼ぶのだ。
「アイさん!」
 緊張の表情が一瞬にやけ顔に変わった。でもすぐ、また緊張した面持ちに戻る。
「あれ?りり、今日なにかあった?」
 アイリはそれをすぐに見抜く。
「い、いや!なんでも無いよ!」
「ふーん」
 全くごまかせていないが、そのままカラオケに向かった。

 いつも通り楽しく歌って、あと一時間というところで、りりは話を切り出した。
「あの、アイさん、今日は言いたい事があって」
「なあに?」
 落ち着いた顔でにっこりとりりを見つめる。
「私、アイさんのことが好きです」
 りりはしっかりと目を見つめて言った。アイリは嬉しそうな顔をしてじっと、りりの言葉の続きを待っている。
「大好きです。私、アイさんともっともっと、一緒にいたい」
 だんだん声が震えてくる。イメージトレーニングは沢山したはずなのに。話す言葉もなんだかまとまらない。
「アイさんのことが大好きで、アイさんといると楽しくて」
 アイリは優しい笑顔で頷く。
「付き合ってください!」
「うん、いいよ!」
「やったーー!!!」
 大喜びするりりと同じくらい幸せそうな表情でアイリは笑っていた。

 その日から、二人の距離はもっと近づいていった。アイリがりりの家に遊びにきて、2人でファッションショーなんて言ってお互いに好きな服を着せあった。りりは「アイはやっぱり、なんでも似合うね」なんて言いながら、ドレス姿のアイリを連写する。珍しく、アイリも「恥ずかしいよ」なんて言って顔を赤らめた。
「そうだ!アイ!これあげる!」
 りりはそう言って、ハートのピアスを渡した。
「かわいいけど、どうしたの?」
 アイリがそう聞くと、りりは得意げに
「昔、初めてのバイト代で買ったピアスなんだ!半分こしよ」
 そう言って、一個ずつ持つ事にした。
「嬉しい」
 アイリは、大好きなかわいいを身につけて嬉しそうだった。それをみてりりも嬉しかった。二人でいればなんでも、出来るような気がした。どの時間も、尊くて幸せな時間になっていった。

 でも、それにも、終わりがあった。
「ねえ、りり。私ね、もう、りりと一緒にいられない」
 アイリは、いつもの帰り道で突然そう告げた。
「なんで…?」
 りりは突然の事実を受け止められないというような表情で口を開いている。
「私、結婚しなきゃいけないんだって」
「結婚するの?誰と」
「お兄ちゃんの婚約者」
「なんで、その人とアイが?」
「今まで、黙っててごめんね」
「私とは、もう、一緒にいてくれない?」
「そう、なっちゃうかな」
「そんな」
「アイリは、消えたって思ってよ」
「そんなこと出来ないよ」
「そう、だよね、でもね」
 アイリはそう言って、家庭の事を話し始めた。兄が突然亡くなって、家族も婚約者もそれを受け入れられなかったこと。姿がそっくりなアイリに、兄の格好をさせたら、みんな、アイリを兄として扱うようになったこと。家族と婚約者の中では、アイリの方が亡くなった事にされてること。お兄さんは、悲惨な最後を迎えたようで、誰もその事実を受け止められなかったそうだ。その結果が、アイリを苦しめているのに誰もそれを知ろうとしない。
「嫌だよ、そんなの、一緒に逃げようよ」
 りりは涙ぐみながら、アイリの手を掴む。
「ダメなんだ。私は、これで最後」
「そんな」
「りり、大好きだよ」
 そう言ってアイリは、りりを抱きしめた。りりの背中に冷たい涙が、ポツリポツリと広がっていった。これが、アイリと過ごした最後の時間だった。

 それからは、連絡も取れなくなって。家もはじめから知らなかったから、もう、アイリを見つけることも、感じることもできなくなった。
 だが、ある日、ショッピングモールを歩いていると、少し声は低いけどアイリとそっくりな人を見つけた。
「サキ、今日の夕飯なに?」
「シュウはすぐご飯の話なんだから」
「だって俺、腹減ったんだもん」
「昔から、食いしん坊なの変わんないね」
 夫婦らしく見える二人は、側からみると楽しげに歩いていた。でも、りりには、かわいいものが好きで、ちょっとわがままで、でも凄く優しいアイリの姿が見えた。あの頃とは、変わっている所ばかりだけど、アイリはアイリなんだ、そうわかっただけで、あの頃の記憶が溢れてきた。涙になりそうなのを必死に堪えながら、アイリの背中を追い越した。少しのイタズラ心で振り向くと、彼の耳に似合わないハートのピアスがついている事に気がついた。
「今も、大好きだよ」
 りりはすぐに前を向いて、小さな声でつぶやいた。
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