1 / 5
序章
しおりを挟む
【序章】
暗闇の中で、銀髪が光を放つように揺れていた。
微かな灯りを照り返し、ゆっくりと階段を降っていくその輝きを追うように、俺も一段一段、汚れたコンクリート造りの段差を進んでいく。
重くるあいい気配に、全身が冷たい水を浴びせられたように凍える。
この先は危険だと、自分の本能が何度も告げていた。
それでも、行くしかない。
「遥人、着いたぞ。注意するのじゃ」
闇を泳ぐ神少女の声。
俺は頷き返し彼女の手がドアノブに伸びるのをじっと見つめる。
現実世界から切り離されたような廃墟、その地下室。
ふと、緊張する頭の片隅でおかしな疑問が生まれた。
――なぜ、自分はこんなところに立っているのだろう。
頭では理解している。
それでも拭っても拭っても振り払えない恐怖と違和感が、そんなことを考えさせる。
そう、あの時から自分は行くと決めたのだ。戸惑いも、後悔もない。
全ては、この悪夢を終わらせるために――。
【1】
『遥人! 横に回れっ、一気に叩くぞ!』
「オッケー奏人(かなと)。狙いバッチリ、いつでもいける!」
『おし、やるぞ!』
「よし! これで、ゲームオーバーだっ!」
俺はヘッドフォン越しの奏人の合図で、握りしめたコントローラーのボタンを押した。
画面の向こうで長距離射撃のスナイパーライフルが、乾いた音と共に発射される。
スコープの向こうで、ライフルに射抜かれた敵のリーダーキャラクターが倒れた。
奏人の操作するキャラも物陰から相手を奇襲して、マシンガンを浴びせかける。
『よしっ、散った! 遥人、リーダー狙撃ナイス! 残りは各個撃破でいくぜ!』
「油断するなよ、奏人!」
振り返り奏人に照準を合わせた敵をライフルで射倒し、さらに敵を追う。
『遥人ぉ、ナイスエイム! 今日も五感が冴えまくりじゃん』
「任せとけって。こういうのは得意中の得意だからな」
俺と奏人は一気に敵の基地を攻略していく。
後ろから、ようやく様子を見ていた自軍のキャラたちも押し寄せてくる。
コメント欄は俺と奏人を称賛する言葉で埋まっていった。
【ハルカナ、やっぱ半端ないわ】
【ハルト、ガチ天才スナイパーじゃね?】
【眼良すぎ、相手の物音も聞き逃さないし、勘もイイ。ホレるわ】
【わたしはダンゼン、カナト推しだけど】
【カナトもいいね、良い動きしてた】
【てかハルカナ、マジで息ピッタリ! もしかして双子!?!?】
『コメント、サンキュー。やっぱ俺ら最強っしょ』
「奏人、あんま浮かれんなよ」
『いいじゃん遥人、俺ら天才ゲーマーだわ、自惚れて良い感じだって』
奏人が得意そうな声で言った。
実際プレイしていた戦闘ゲームの複数対戦は、俺たち二人の活躍で勝ったようなもんだ。
奏人が自慢げに言うのもわからなくはない。
俺と奏人は小学校からの友人で今年、中学二年生になってから一緒にインターネットでゲームの実況放送を始めた。
ハルトとカナトで『ハルカナ実況』というチャンネルを持っている。
チャンネル登録者もそこそこ増えて来た。
元々俺はハルカと仮名を名乗っていたが、奏人が実況中にゲームに熱中し過ぎて『遥人!』と連呼しまくったせいで、意味が無くなってしまった。
それからは、お互い本名の遥人と奏人でプレイを続けている。
『無事、基地も攻略出来たし今日の放送はこの辺で終わりかなー?』
「そうだな。見てくれた皆、ありがとう。次の放送もよろしく!」
俺たちが言うと、コメントには【おつー】【楽しかった!】【次も期待!】など色々な言葉が送られてくる。
やっぱりレスポンスがあると嬉しいものだ。
『それじゃ、皆バイバイ! ……っと、遥人、今日もお疲れー』
【2】
放送を切った奏人が、気の抜けた声で言った。
マイク越しに「ふぅっ」と大げさに息をはく奏人の声が聞こえる。
「お疲れ、奏人。今日はこれからなんかやる?」
『どーすっかなぁ。特に予定はないんだけど。どっか遊び行く?』
奏人の家はそんなに遠くない。
学校は夏休みだし、俺も奏人も近所に住んでいるので、会おうと思えばすぐに会える。
奏人の提案に、俺は「うぅん……」と曖昧な返事で応えた。
どうにもゲームを集中してプレイした直後は緊張感が抜けない。
そのせいか、あまり空腹も感じていなかった。
ダラダラ喋るのも悪くないが、それならこのままオンライン通話でもいい。
「食事はちょっと遠慮しとこうかな。まだ身体がほぐれてないや」
『なんだよ遥人ってば、相変わらずカチコチになって配信しちゃってるのかよ。俺たち今や人気者よ? いい加減慣れろよな』
「なんか集中し過ぎちゃうんだよね、ちょっと息抜きでもしようかなぁって」
ふぅん、と頷いた奏人がパソコンのマウスを押す音が聞こえた。
数度マウスをクリックすると、奏人が『おっ』と声をあげる。
『うち来ないならさ、配信見に行かね? すわりんがゲーム配信してるんだよ』
「すわりんの放送か、それもいいな。ちょっと見てみるか」
すわりんこと『体育すわりの人』は同じ中学校に通う同級生、田村日和(たむら ひより)のネットネームだ。
何度か一緒にゲームの配信もしたことのある、友達であり配信者仲間である。
俺たちはキャラクターイメージのイラストをくっつけているだけの実況者だ。
だけど日和は、Vチューバーと言われるアニメ風のキャラクターが配信者の動きに合わせて動く配信スタイルを取っていた。
パソコンから配信サイトにアクセスして、すわりんのページに移動する。
画面には可愛いアニメ絵と『すわりんが行く! 恐怖の廃病院!(絶叫注意!)』という放送タイトルがつけられていた。
「すわりん、ホラーゲームでもするのか? そういうの苦手じゃなかったっけ?」
『文字通り絶叫放送になりそうだな、はははっ』
奏人が声をあげて笑った。
俺はなんだかイヤな感じがして落ち着かない。
やがて、画面が切り替わる。
ゲーム画面のようだ。傍らには、アニメ画像で動くすわりんのアイコンもあった。
『みんな~、お待たせ! 今日はホラーゲーム実況だよー! 今回プレイするのは最近ウワサになってるホラーゲーム、これ! サクリファイス・ホスピタルですっ!』
すわりんの可愛らしい声が聞こえる。
俺はシューティングゲームやサバイバルゲームばかりやるので、ホラーゲームには詳しくない。サクリファイス・ホスピタルも初めて聞くタイトルであった。
『へーっ、あのすわりんがサクホスをやるんか。すげーうるさそっ』
「サクホス?」
『サクリファイス・ホスピタルの略称だよ。遥人ホントにホラゲは知らないんだ』
「ふぅん、サクリファイス・ホスピタルで、サクホスね……」
ホスピタルは病院だろう、英語の授業で習ったはずだ。ただ、サクリファイスという言葉は聞きなれない。
俺はスマホで手早く検索してみることにした。
【サクリファイス 意味:生贄】
――いけにえ?
生贄病院、なんだか気味の悪いタイトルだ。
すわりんは挨拶もそこそこに、さっそくゲームを始めて行った。
どうやら廃病院の中をプレイヤーが探検していくゲームのようだ。
『うわぁ~、めっちゃ怖いねー! わーっ!』
声をあげながら探索していくすわりん。
視聴者たちはすわりんが怖がっているのを楽しんでいるようだ。
コメント欄も活発に動いていた。
『よーし、これで一階から三階までは探検終了だよー! すわりん、ちゃんと出来た! わーい! 褒めて褒めてー!』
アニメのすわりんが笑顔を見せる。
すわりんに【おつかれ】【楽しかった!】などのコメントが寄せられる中、真っ黒なアイコンのユーザーがひとつのコメントをつけた。
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室行きましょう】
地下室――なんだかイヤな予感がした。
コメントがどんどん増えていって、やがてそのコメントはすわりんが目にするまえに流れていってしまう。
しかし――。
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室行きましょう】
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室行きましょう】
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室行きましょう】
流れてしまったことが不快だったのか、同じアイコンからメッセージが連打された。
「なんだよ、こいつ。気持ち悪いな」
『よっぽどすわりんがビビってるとこみたいんじゃね?』
すわりんもメッセージに気付き、返事をする。
『わー、なんか熱烈なコメント来てるー! 地下室なんてあるんだ。じゃあ、行ってみようかな? とりあえず三階から一階に戻りまーす』
画面が今まで通った道を戻っていく。
それにしても、本物の廃病院のように作り込まれた画像である。CG技術がすごいのか、写真でも流用しているのか。
一階に到着したすわりんが、画面視点を左右に動かしている。
『えっと、地下室があるんだよね? どこから行くのかなぁ?』
ゲームの中を迷うように進むすわりん。
それを、さっきの真っ黒なコメントが案内した。
【受付のウラのカルテ保管室から、戸を動かすことが出来ます】
なんだろい、こいつ。こんな風に地下室に執拗に追いこんで。
すわりんに教えて気分良くなっているのか、それともどうしてもすわりんを地下室に行かせたいのか。
『あっ、あったー! ここが地下室だね! よし、地下室探検ツアー行こう!』
【おー、盛り上がってきたー!】
【それでこそすわりん】
【今日最高の絶叫、今度こそたのむ!】
コメントも盛り上がる。
けれど、すわりんが地下室の階段を降っていくにつれて、俺にはどうしようもない悪い予感がやってくる。胸が締め付けられるように苦しい。
「なぁ、奏人。なんかこのゲーム変じゃないか? やな感じがする……」
『なんだよなんだよ、遥人までビビってるのかー。俺らはただ見てるだけだろ』
「そうだけどさ……」
奏人には、この不気味な感覚は感じないようだ。俺の気のせいか?
でも、すわりんがこれ以上進んではいけない気がする。
ゲーム的な何かというより、俺の中の勘が行ってはいけないと言っている。
『わー、長い階段だったねー。これが地下かー。なんか扉があるね、こわ~!』
すわりんが地下室に到着すると、これ以上はまずいという思いが俺の中に溢れ出す。
【ちょっと待った、すわりん! これ以上行かないほうがいい!】
俺は急いでコメントを送った。
本当ならスマートフォンに連絡したかったが、配信者は配信中はスマートフォンの通知をオフにしているだろう。
『あれ? ちょっと待って。友達のねー、遥人君がこれ以上行かないほうが良いだってー。遥人君ね、すごく察しが良いというか、勘が鋭いんだ。どうしよっか?』
すわりんはいったんゲームを止めてくれたが、コメント欄がおさまらない。
【ここまで来たんだよ、すわりん!】
【めっちゃ続き気になる! このまま進めて!】
【もう少し続けよ! こっからがクライマックスじゃん!】
「くっそ、こいつら無責任に言いたいことを……」
『水差すなよ、おい。ったく、気にし過ぎだよ遥人。それに、今日のすわりんの放送めっちゃ盛り上がってるじゃん。邪魔しちゃ悪いって』
コメント欄も奏人も気にした様子はない。俺の思い違いだろうか?
だけど、この背中が冷えるような感じは何か起きる。
皆が言うには勘が鋭いらしいが、とにかくそれは今まで外れたことがない。
どうするか迷っている間に、すわりんはゲームを進める選択肢を選んだ。
『そうだよね。きっとここが一番ピークっぽいし、行くしかないよね! よぅし、すわりん、行きます!』
すわりんがほとんど視界の効かない暗い地下室を進んでいく。
目の前にドアが三つ並んでいた。
そのうちのひとつ、真ん中のドアがうっすらと開いている。
まるですわりんを誘っているようであった。
『ここだけ開いてるぞー。まずはここに入れってことかなぁ』
すわりんが進む。ゲーム内のキャラがドアノブに手を伸ばす。
ドアの向こうに、白い服をまとった髪の長い女性がいる。
髪が下ろされていて、顔は見えない。
『わー、こっわ! いきなりなんか居るよぉ~! これ接触したらイベントかな、怖いけど……ザザザッ……手を……ザッ……』
ふいに、すわりんの放送画面が乱れ、音声も飛び飛びになった。
ゲームを放送している画面にノイズが現れ、マイクにもおかしな音が入り込む。
「うわっ、なんだよこれ!」
『おー。びっくりしたなー、すわりん、こんな演出するんだな』
「いやいや、すわりんがこんなことしたこと、一度もないだろ! 何かヤバイって!」
『だからぁ、遥人は気にし過ぎ。すわりんじゃねーなら、サクホスの演出かなんかだろ?』
画面がさらに乱れる。
すわりんの声も、だんだんと遠くなっていく。
『なに……こ、……おかし……あ、ああ……うううっ……え、お……せい、ぼ、さま……』
すわりんが机に突っ伏したのか、ガタッと音が響いた。
すわりんが最後に何か言いかけていた気がする。
せい、ぼ、さま。――聖母様?
何かのメッセージだろうか、どういうことだろう。
【3】
とにかく、今はすわりんの身が心配だ。
「これ絶対何か起きただろ! 俺すわりんに連絡入れてみる!」
『最後のはたしかにちょっと変だったな。わかった、遥人に任せた。大変だろうし、こっちの通話切るな』
「ああ、何かあったらすぐ知らせるから!」
奏人との通話を終えると、俺はすわりんの番号にコールした。
けれど、何度鳴らしてもむなしいコール音が響くだけ。
すわりんはあんな質の悪いドッキリみたいな配信は、絶対にやらない。
つまり、何か起きている。
「くそ! ダメ元で行ってみるしかないか」
立ち上がって、外出の支度をする。
すわりんも奏人と同様にそれほど家は遠くない。
すわりんのご両親にも、会った事はある。配信中に倒れたことは信じてもらえないかもしれないけど、部屋を見てもらうことくらいは出来るはずだ。
「ちょっと日和の家に行ってくる!」
そう言いながら家を出て、すわりんのところに向かう。
走って数分ですわりんの家が見えてきた。いざとなったらなんと言えばいいか少し迷ったけど、俺は呼吸を整えてインターフォンを押した。
「こんな時間にすいません、三島です!」
俺が言うと、聞き覚えのある声が返ってくる。すわりんのお母さんだ。
『あらあら三島君、久しぶりね。今開けるわね』
すわりんのお母さんがドアを開けてくれ、俺は玄関に入った。
「こんにちは。それで、三島君。今日はどうしたの? 日和に何か用事?」
『それなんですが、お母さんはすわりん、じゃない日和がパソコンで放送しているのは知っていますか?』
「ええ、知ってるわよ。なんか皆とゲームやっているのよね」
「はい。それで、そのゲーム中に日和の様子がおかしくなって。倒れたみたいな音がして、慌てて来たんです。お部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
俺の話を聞くと、お母さんは驚いたように口元に手を当てた。
「そんなことが? 私も一緒にいくわ。日和の部屋に行きましょう」
「はい、お願いします」
お母さんに案内され、すわりんの部屋へ向かう。
二階の突き当たりが、すわりんの部屋になっていた。
確かにここなら多少騒いでも家族の迷惑になりにくそうである。
お母さんがドアをノックする。
「日和、日和! 三島君が心配してきてくれたわよ! だいじょうぶ?」
「日和、何かあったんだろ! 平気か!? おい!」
ふたりで大きな声で問いかけても、返事はない。
何度目かの声かけのあと、お母さんが「ちょっと日和、入るわよ!」と言ってドアを開けて部屋に入った。俺もそれに続く。
部屋の中はすわりんらしい可愛らしいグッズに埋もれていた。
その壁際、整ったパソコン設備とモニターの前で、すわりんは突っ伏していた。
「日和!?」
お母さんや俺が声をかけてもすわりんの背中は微動だにしない。
ふたり掛かりで、なんとかすわりんの上半身をイスに預けた。
目は空いたまま、どこを見るでもなく虚ろになっている。
身体は、小刻みに震えていた。
「すわりん! しっかりしろ! お母さん、これ、ヤバイんじゃ!?」
「日和、そんな……。すぐ救急車呼んでくるから、少しの間日和をお願い、三島君!」
そう言ってお母さんが下に降りて行った。スマートフォンは携帯していなかったらしい。
ふたりになった俺は、すわりんに何度も声をかけた。
「しっかりしろ日和! あのゲーム、サクリファイス・ホスピタルがまずかったのか!?」
そう問いかけると、日和の身体がサクリファイス・ホスピタルという名前を聞いてビクンと跳ね上がった。
「あ、あ……。病院、びょ、いん……行かなきゃ……びょ……せいぼ、さま……」
――病院、それに聖母様。
配信が止まる前も口にしていた言葉。
すわりんのこの体調の異常な変化には、あのゲームに何か関係があるのだろうか。
すぐにお母さんが戻ってきて、ふたりで日和を横にならせた。
「日和、しっかりして!」
すわりんは相変わらず目を見開いたままだが、奇妙な言葉は言わなくなった。
やがてサイレンの音が近づいてきて、救急車がやってくる。
隊員がすわりんを運び、お母さんもついていくと言う。
「三島君、知らせてくれてありがとうね。あなたが来てくれなかったら、夕飯の時間まで日和のこと、気がつかなかったわ」
「いいえ。それより、何かあったら連絡ください。うちの固定電話の番号わかりますか?」
「ええ、小学校の時の連絡網が残っているから。それじゃあ、行くわね」
すわりんとすわりんのお母さんを乗せた救急車が、サイレンを鳴らして去っていく。
それを見届けると、俺は祈るような気持ちになった。
(すわりんが無事でありますように……)
それにしてもあのゲーム、サクリファイス・ホスピタルは気になる。
たまたま、怖いゲームですわりんが気を失っただけかもしれない。
だけど、それにしたって、あんな痙攣やうわ言はどう考えても何かおかしい。
【4】
家に帰ると、まずは奏人に日和の家で起きたことを説明した。
『はっ? すわりん救急車で運ばれたの!? やべーな!』
「なぁ、なんかあのゲーム、おかしいんじゃないか? 様子が変だったろ。音も途切れたり画像もノイズが入ったりさ」
『おいおい、ゲームがすわりんに何かしたって言うのか? ゲームは所詮ゲームだぞ? すわりんが体調悪かったんだろ』
たしかに、所詮ゲームと言われてしまえば返す言葉がない。
けれど俺はあのゲーム、サクリファイス・ホスピタルにどうしても不信感が拭えなかった。
「とにかく、ちょっとサクホスについて調べてみるわ」
『おいおいマジかよ、遥人マジメか。まぁいいや、なんかわかったら教えてよ。んじゃ』
奏人はあっさりと通話を切った。
もっとすわりんのことを聞かれると思ったけれど、奏人からすれば単なるゲーム中の体調悪化に過ぎないようだ。
とにかく、今はサクリファイス・ホスピタルについて調べてみるしかない。
すわりんは心配だが、俺がそばにいても出来る事はない。病院とお母さんに任せるしかなかった。
「さてっと、調べると言っても、何から調べるかなぁ……」
ネットを開き、検索ワードの前で悩む。まずは無難に『サクリファイス・ホスピタル』と入力してみた。
出てきた情報は、サクリファイス・ホスピタルのゲーム案内や攻略方法、ネットの有名人がやってみている動画などであった。
「これじゃ手がかりにならないな。それじゃ、これにウワサを足してみるか」
ウワサ、を付け加えて検索してみると、いくつか目に着く記事が出てきた。
【サクリファイス・ホスピタル やってはいけないゲーム】
【サクリファイス・ホスピタルをプレイした配信者、続々と謎の活動休止に】
【サクリファイス・ホスピタルのプレイヤー、ネットから姿を消す】
「ゲームをやったプレイヤーが、姿を消す……」
姿を消すといっても、どこかにいなくなるというワケではなさそうだ。
記事を読む限り、ゲームをプレイした配信者の何人かが、それっきり配信をしなくなったと言うのだ。
「配信者が、消える……」
すわりんのことを思い浮かべた。
もしも、すわりんが順調に回復していっても、あの様子ではネット復帰には時間がかかるだろう。
サクリファイス・ホスピタルをプレイしている人たちに、すわりんと同様のことが起きているのだろうか。
ということは、あの奇妙な出来事はすわりんだけに起きたワケではないらしい。
いくつかの言葉で検索して、俺はひとつの個人ページに行き着いた。
【サクリファイス・ホスピタルはプレイしてはならない。あれはタチの悪い呪いである】
そんなことが書かれている。
――呪い。
にわかには信じられないことだが、すわりんのあの様子を見ている俺には気にかかった。
ページには、少なくとも今までみた情報の中で色々と詳しくデータが載せられている。
「ちょっと連絡を入れてみるか」
俺はページの管理者、土御門神楽(つちみかど かぐら)に連絡を入れてみることにした。
すわりんに起きた出来事、サクリファイス・ホスピタルのウワサ。すわりんを救いたいから、相談に乗ってくれないか? という内容だ。
「これでよし、っと」
少々長めの文章をスマートフォンから打ったので、指先に疲れを覚えて手をもみほぐす。
背伸びをして、そろそろ夕飯だなと思っていると俺のスマートフォンが鳴った。
画面を見てみると、驚くべきことに先ほどの土御門神楽から返信が届いていた。
「ちょうどパソコンの前にでもいたのかな? それにしても返信早いな」
メールを開く。そこには短く『サクリファイス・ホスピタルには関わるな』とだけ記されていた。
「関わるなって言っても、もうすわりんが関わっちゃってるんだよ……」
俺はさらに詳しく、友達がサクリファイス・ホスピタルをプレイして救急車で運ばれたこと。
すわりんが心配なこと。もういろんな人がプレイしてネットから謎の失踪をしていることを書き、最後に何か知っているなら教えてくれと付け加えた。
すぐに返信が来る。その文章は簡潔だった。
『いくら出せる?』
と書いてあるのみだ。いくらって金だよな。そう言われても、中学生に出せるお金なんてたかが知れている。
しかし、逆に考えれば、この土御門神楽は金さえ出せばこの出来事を解決出来るのか?
「とにかく、話だけでも出来ないかな?」
とりあえず、話だけでも。そう送ると、土御門神楽は『夜、十時』と書いて、リンクにビデオ通話が出来るソフトのリンクと、ID番号を送って来た。
「本当にそっけないな。とはいえ、まずは話は聞いてもらえるんだ」
実際に見ていた人間が多くいた方が良い。
そう判断した俺は奏人にも事情を説明するメールを送り、同席を頼んだ。
奏人はめんどくさがりながらも、それを引き受けてくれた。
暗闇の中で、銀髪が光を放つように揺れていた。
微かな灯りを照り返し、ゆっくりと階段を降っていくその輝きを追うように、俺も一段一段、汚れたコンクリート造りの段差を進んでいく。
重くるあいい気配に、全身が冷たい水を浴びせられたように凍える。
この先は危険だと、自分の本能が何度も告げていた。
それでも、行くしかない。
「遥人、着いたぞ。注意するのじゃ」
闇を泳ぐ神少女の声。
俺は頷き返し彼女の手がドアノブに伸びるのをじっと見つめる。
現実世界から切り離されたような廃墟、その地下室。
ふと、緊張する頭の片隅でおかしな疑問が生まれた。
――なぜ、自分はこんなところに立っているのだろう。
頭では理解している。
それでも拭っても拭っても振り払えない恐怖と違和感が、そんなことを考えさせる。
そう、あの時から自分は行くと決めたのだ。戸惑いも、後悔もない。
全ては、この悪夢を終わらせるために――。
【1】
『遥人! 横に回れっ、一気に叩くぞ!』
「オッケー奏人(かなと)。狙いバッチリ、いつでもいける!」
『おし、やるぞ!』
「よし! これで、ゲームオーバーだっ!」
俺はヘッドフォン越しの奏人の合図で、握りしめたコントローラーのボタンを押した。
画面の向こうで長距離射撃のスナイパーライフルが、乾いた音と共に発射される。
スコープの向こうで、ライフルに射抜かれた敵のリーダーキャラクターが倒れた。
奏人の操作するキャラも物陰から相手を奇襲して、マシンガンを浴びせかける。
『よしっ、散った! 遥人、リーダー狙撃ナイス! 残りは各個撃破でいくぜ!』
「油断するなよ、奏人!」
振り返り奏人に照準を合わせた敵をライフルで射倒し、さらに敵を追う。
『遥人ぉ、ナイスエイム! 今日も五感が冴えまくりじゃん』
「任せとけって。こういうのは得意中の得意だからな」
俺と奏人は一気に敵の基地を攻略していく。
後ろから、ようやく様子を見ていた自軍のキャラたちも押し寄せてくる。
コメント欄は俺と奏人を称賛する言葉で埋まっていった。
【ハルカナ、やっぱ半端ないわ】
【ハルト、ガチ天才スナイパーじゃね?】
【眼良すぎ、相手の物音も聞き逃さないし、勘もイイ。ホレるわ】
【わたしはダンゼン、カナト推しだけど】
【カナトもいいね、良い動きしてた】
【てかハルカナ、マジで息ピッタリ! もしかして双子!?!?】
『コメント、サンキュー。やっぱ俺ら最強っしょ』
「奏人、あんま浮かれんなよ」
『いいじゃん遥人、俺ら天才ゲーマーだわ、自惚れて良い感じだって』
奏人が得意そうな声で言った。
実際プレイしていた戦闘ゲームの複数対戦は、俺たち二人の活躍で勝ったようなもんだ。
奏人が自慢げに言うのもわからなくはない。
俺と奏人は小学校からの友人で今年、中学二年生になってから一緒にインターネットでゲームの実況放送を始めた。
ハルトとカナトで『ハルカナ実況』というチャンネルを持っている。
チャンネル登録者もそこそこ増えて来た。
元々俺はハルカと仮名を名乗っていたが、奏人が実況中にゲームに熱中し過ぎて『遥人!』と連呼しまくったせいで、意味が無くなってしまった。
それからは、お互い本名の遥人と奏人でプレイを続けている。
『無事、基地も攻略出来たし今日の放送はこの辺で終わりかなー?』
「そうだな。見てくれた皆、ありがとう。次の放送もよろしく!」
俺たちが言うと、コメントには【おつー】【楽しかった!】【次も期待!】など色々な言葉が送られてくる。
やっぱりレスポンスがあると嬉しいものだ。
『それじゃ、皆バイバイ! ……っと、遥人、今日もお疲れー』
【2】
放送を切った奏人が、気の抜けた声で言った。
マイク越しに「ふぅっ」と大げさに息をはく奏人の声が聞こえる。
「お疲れ、奏人。今日はこれからなんかやる?」
『どーすっかなぁ。特に予定はないんだけど。どっか遊び行く?』
奏人の家はそんなに遠くない。
学校は夏休みだし、俺も奏人も近所に住んでいるので、会おうと思えばすぐに会える。
奏人の提案に、俺は「うぅん……」と曖昧な返事で応えた。
どうにもゲームを集中してプレイした直後は緊張感が抜けない。
そのせいか、あまり空腹も感じていなかった。
ダラダラ喋るのも悪くないが、それならこのままオンライン通話でもいい。
「食事はちょっと遠慮しとこうかな。まだ身体がほぐれてないや」
『なんだよ遥人ってば、相変わらずカチコチになって配信しちゃってるのかよ。俺たち今や人気者よ? いい加減慣れろよな』
「なんか集中し過ぎちゃうんだよね、ちょっと息抜きでもしようかなぁって」
ふぅん、と頷いた奏人がパソコンのマウスを押す音が聞こえた。
数度マウスをクリックすると、奏人が『おっ』と声をあげる。
『うち来ないならさ、配信見に行かね? すわりんがゲーム配信してるんだよ』
「すわりんの放送か、それもいいな。ちょっと見てみるか」
すわりんこと『体育すわりの人』は同じ中学校に通う同級生、田村日和(たむら ひより)のネットネームだ。
何度か一緒にゲームの配信もしたことのある、友達であり配信者仲間である。
俺たちはキャラクターイメージのイラストをくっつけているだけの実況者だ。
だけど日和は、Vチューバーと言われるアニメ風のキャラクターが配信者の動きに合わせて動く配信スタイルを取っていた。
パソコンから配信サイトにアクセスして、すわりんのページに移動する。
画面には可愛いアニメ絵と『すわりんが行く! 恐怖の廃病院!(絶叫注意!)』という放送タイトルがつけられていた。
「すわりん、ホラーゲームでもするのか? そういうの苦手じゃなかったっけ?」
『文字通り絶叫放送になりそうだな、はははっ』
奏人が声をあげて笑った。
俺はなんだかイヤな感じがして落ち着かない。
やがて、画面が切り替わる。
ゲーム画面のようだ。傍らには、アニメ画像で動くすわりんのアイコンもあった。
『みんな~、お待たせ! 今日はホラーゲーム実況だよー! 今回プレイするのは最近ウワサになってるホラーゲーム、これ! サクリファイス・ホスピタルですっ!』
すわりんの可愛らしい声が聞こえる。
俺はシューティングゲームやサバイバルゲームばかりやるので、ホラーゲームには詳しくない。サクリファイス・ホスピタルも初めて聞くタイトルであった。
『へーっ、あのすわりんがサクホスをやるんか。すげーうるさそっ』
「サクホス?」
『サクリファイス・ホスピタルの略称だよ。遥人ホントにホラゲは知らないんだ』
「ふぅん、サクリファイス・ホスピタルで、サクホスね……」
ホスピタルは病院だろう、英語の授業で習ったはずだ。ただ、サクリファイスという言葉は聞きなれない。
俺はスマホで手早く検索してみることにした。
【サクリファイス 意味:生贄】
――いけにえ?
生贄病院、なんだか気味の悪いタイトルだ。
すわりんは挨拶もそこそこに、さっそくゲームを始めて行った。
どうやら廃病院の中をプレイヤーが探検していくゲームのようだ。
『うわぁ~、めっちゃ怖いねー! わーっ!』
声をあげながら探索していくすわりん。
視聴者たちはすわりんが怖がっているのを楽しんでいるようだ。
コメント欄も活発に動いていた。
『よーし、これで一階から三階までは探検終了だよー! すわりん、ちゃんと出来た! わーい! 褒めて褒めてー!』
アニメのすわりんが笑顔を見せる。
すわりんに【おつかれ】【楽しかった!】などのコメントが寄せられる中、真っ黒なアイコンのユーザーがひとつのコメントをつけた。
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室行きましょう】
地下室――なんだかイヤな予感がした。
コメントがどんどん増えていって、やがてそのコメントはすわりんが目にするまえに流れていってしまう。
しかし――。
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室行きましょう】
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室行きましょう】
【サクホスで一番怖いのは地下室ですよ。地下室行きましょう】
流れてしまったことが不快だったのか、同じアイコンからメッセージが連打された。
「なんだよ、こいつ。気持ち悪いな」
『よっぽどすわりんがビビってるとこみたいんじゃね?』
すわりんもメッセージに気付き、返事をする。
『わー、なんか熱烈なコメント来てるー! 地下室なんてあるんだ。じゃあ、行ってみようかな? とりあえず三階から一階に戻りまーす』
画面が今まで通った道を戻っていく。
それにしても、本物の廃病院のように作り込まれた画像である。CG技術がすごいのか、写真でも流用しているのか。
一階に到着したすわりんが、画面視点を左右に動かしている。
『えっと、地下室があるんだよね? どこから行くのかなぁ?』
ゲームの中を迷うように進むすわりん。
それを、さっきの真っ黒なコメントが案内した。
【受付のウラのカルテ保管室から、戸を動かすことが出来ます】
なんだろい、こいつ。こんな風に地下室に執拗に追いこんで。
すわりんに教えて気分良くなっているのか、それともどうしてもすわりんを地下室に行かせたいのか。
『あっ、あったー! ここが地下室だね! よし、地下室探検ツアー行こう!』
【おー、盛り上がってきたー!】
【それでこそすわりん】
【今日最高の絶叫、今度こそたのむ!】
コメントも盛り上がる。
けれど、すわりんが地下室の階段を降っていくにつれて、俺にはどうしようもない悪い予感がやってくる。胸が締め付けられるように苦しい。
「なぁ、奏人。なんかこのゲーム変じゃないか? やな感じがする……」
『なんだよなんだよ、遥人までビビってるのかー。俺らはただ見てるだけだろ』
「そうだけどさ……」
奏人には、この不気味な感覚は感じないようだ。俺の気のせいか?
でも、すわりんがこれ以上進んではいけない気がする。
ゲーム的な何かというより、俺の中の勘が行ってはいけないと言っている。
『わー、長い階段だったねー。これが地下かー。なんか扉があるね、こわ~!』
すわりんが地下室に到着すると、これ以上はまずいという思いが俺の中に溢れ出す。
【ちょっと待った、すわりん! これ以上行かないほうがいい!】
俺は急いでコメントを送った。
本当ならスマートフォンに連絡したかったが、配信者は配信中はスマートフォンの通知をオフにしているだろう。
『あれ? ちょっと待って。友達のねー、遥人君がこれ以上行かないほうが良いだってー。遥人君ね、すごく察しが良いというか、勘が鋭いんだ。どうしよっか?』
すわりんはいったんゲームを止めてくれたが、コメント欄がおさまらない。
【ここまで来たんだよ、すわりん!】
【めっちゃ続き気になる! このまま進めて!】
【もう少し続けよ! こっからがクライマックスじゃん!】
「くっそ、こいつら無責任に言いたいことを……」
『水差すなよ、おい。ったく、気にし過ぎだよ遥人。それに、今日のすわりんの放送めっちゃ盛り上がってるじゃん。邪魔しちゃ悪いって』
コメント欄も奏人も気にした様子はない。俺の思い違いだろうか?
だけど、この背中が冷えるような感じは何か起きる。
皆が言うには勘が鋭いらしいが、とにかくそれは今まで外れたことがない。
どうするか迷っている間に、すわりんはゲームを進める選択肢を選んだ。
『そうだよね。きっとここが一番ピークっぽいし、行くしかないよね! よぅし、すわりん、行きます!』
すわりんがほとんど視界の効かない暗い地下室を進んでいく。
目の前にドアが三つ並んでいた。
そのうちのひとつ、真ん中のドアがうっすらと開いている。
まるですわりんを誘っているようであった。
『ここだけ開いてるぞー。まずはここに入れってことかなぁ』
すわりんが進む。ゲーム内のキャラがドアノブに手を伸ばす。
ドアの向こうに、白い服をまとった髪の長い女性がいる。
髪が下ろされていて、顔は見えない。
『わー、こっわ! いきなりなんか居るよぉ~! これ接触したらイベントかな、怖いけど……ザザザッ……手を……ザッ……』
ふいに、すわりんの放送画面が乱れ、音声も飛び飛びになった。
ゲームを放送している画面にノイズが現れ、マイクにもおかしな音が入り込む。
「うわっ、なんだよこれ!」
『おー。びっくりしたなー、すわりん、こんな演出するんだな』
「いやいや、すわりんがこんなことしたこと、一度もないだろ! 何かヤバイって!」
『だからぁ、遥人は気にし過ぎ。すわりんじゃねーなら、サクホスの演出かなんかだろ?』
画面がさらに乱れる。
すわりんの声も、だんだんと遠くなっていく。
『なに……こ、……おかし……あ、ああ……うううっ……え、お……せい、ぼ、さま……』
すわりんが机に突っ伏したのか、ガタッと音が響いた。
すわりんが最後に何か言いかけていた気がする。
せい、ぼ、さま。――聖母様?
何かのメッセージだろうか、どういうことだろう。
【3】
とにかく、今はすわりんの身が心配だ。
「これ絶対何か起きただろ! 俺すわりんに連絡入れてみる!」
『最後のはたしかにちょっと変だったな。わかった、遥人に任せた。大変だろうし、こっちの通話切るな』
「ああ、何かあったらすぐ知らせるから!」
奏人との通話を終えると、俺はすわりんの番号にコールした。
けれど、何度鳴らしてもむなしいコール音が響くだけ。
すわりんはあんな質の悪いドッキリみたいな配信は、絶対にやらない。
つまり、何か起きている。
「くそ! ダメ元で行ってみるしかないか」
立ち上がって、外出の支度をする。
すわりんも奏人と同様にそれほど家は遠くない。
すわりんのご両親にも、会った事はある。配信中に倒れたことは信じてもらえないかもしれないけど、部屋を見てもらうことくらいは出来るはずだ。
「ちょっと日和の家に行ってくる!」
そう言いながら家を出て、すわりんのところに向かう。
走って数分ですわりんの家が見えてきた。いざとなったらなんと言えばいいか少し迷ったけど、俺は呼吸を整えてインターフォンを押した。
「こんな時間にすいません、三島です!」
俺が言うと、聞き覚えのある声が返ってくる。すわりんのお母さんだ。
『あらあら三島君、久しぶりね。今開けるわね』
すわりんのお母さんがドアを開けてくれ、俺は玄関に入った。
「こんにちは。それで、三島君。今日はどうしたの? 日和に何か用事?」
『それなんですが、お母さんはすわりん、じゃない日和がパソコンで放送しているのは知っていますか?』
「ええ、知ってるわよ。なんか皆とゲームやっているのよね」
「はい。それで、そのゲーム中に日和の様子がおかしくなって。倒れたみたいな音がして、慌てて来たんです。お部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
俺の話を聞くと、お母さんは驚いたように口元に手を当てた。
「そんなことが? 私も一緒にいくわ。日和の部屋に行きましょう」
「はい、お願いします」
お母さんに案内され、すわりんの部屋へ向かう。
二階の突き当たりが、すわりんの部屋になっていた。
確かにここなら多少騒いでも家族の迷惑になりにくそうである。
お母さんがドアをノックする。
「日和、日和! 三島君が心配してきてくれたわよ! だいじょうぶ?」
「日和、何かあったんだろ! 平気か!? おい!」
ふたりで大きな声で問いかけても、返事はない。
何度目かの声かけのあと、お母さんが「ちょっと日和、入るわよ!」と言ってドアを開けて部屋に入った。俺もそれに続く。
部屋の中はすわりんらしい可愛らしいグッズに埋もれていた。
その壁際、整ったパソコン設備とモニターの前で、すわりんは突っ伏していた。
「日和!?」
お母さんや俺が声をかけてもすわりんの背中は微動だにしない。
ふたり掛かりで、なんとかすわりんの上半身をイスに預けた。
目は空いたまま、どこを見るでもなく虚ろになっている。
身体は、小刻みに震えていた。
「すわりん! しっかりしろ! お母さん、これ、ヤバイんじゃ!?」
「日和、そんな……。すぐ救急車呼んでくるから、少しの間日和をお願い、三島君!」
そう言ってお母さんが下に降りて行った。スマートフォンは携帯していなかったらしい。
ふたりになった俺は、すわりんに何度も声をかけた。
「しっかりしろ日和! あのゲーム、サクリファイス・ホスピタルがまずかったのか!?」
そう問いかけると、日和の身体がサクリファイス・ホスピタルという名前を聞いてビクンと跳ね上がった。
「あ、あ……。病院、びょ、いん……行かなきゃ……びょ……せいぼ、さま……」
――病院、それに聖母様。
配信が止まる前も口にしていた言葉。
すわりんのこの体調の異常な変化には、あのゲームに何か関係があるのだろうか。
すぐにお母さんが戻ってきて、ふたりで日和を横にならせた。
「日和、しっかりして!」
すわりんは相変わらず目を見開いたままだが、奇妙な言葉は言わなくなった。
やがてサイレンの音が近づいてきて、救急車がやってくる。
隊員がすわりんを運び、お母さんもついていくと言う。
「三島君、知らせてくれてありがとうね。あなたが来てくれなかったら、夕飯の時間まで日和のこと、気がつかなかったわ」
「いいえ。それより、何かあったら連絡ください。うちの固定電話の番号わかりますか?」
「ええ、小学校の時の連絡網が残っているから。それじゃあ、行くわね」
すわりんとすわりんのお母さんを乗せた救急車が、サイレンを鳴らして去っていく。
それを見届けると、俺は祈るような気持ちになった。
(すわりんが無事でありますように……)
それにしてもあのゲーム、サクリファイス・ホスピタルは気になる。
たまたま、怖いゲームですわりんが気を失っただけかもしれない。
だけど、それにしたって、あんな痙攣やうわ言はどう考えても何かおかしい。
【4】
家に帰ると、まずは奏人に日和の家で起きたことを説明した。
『はっ? すわりん救急車で運ばれたの!? やべーな!』
「なぁ、なんかあのゲーム、おかしいんじゃないか? 様子が変だったろ。音も途切れたり画像もノイズが入ったりさ」
『おいおい、ゲームがすわりんに何かしたって言うのか? ゲームは所詮ゲームだぞ? すわりんが体調悪かったんだろ』
たしかに、所詮ゲームと言われてしまえば返す言葉がない。
けれど俺はあのゲーム、サクリファイス・ホスピタルにどうしても不信感が拭えなかった。
「とにかく、ちょっとサクホスについて調べてみるわ」
『おいおいマジかよ、遥人マジメか。まぁいいや、なんかわかったら教えてよ。んじゃ』
奏人はあっさりと通話を切った。
もっとすわりんのことを聞かれると思ったけれど、奏人からすれば単なるゲーム中の体調悪化に過ぎないようだ。
とにかく、今はサクリファイス・ホスピタルについて調べてみるしかない。
すわりんは心配だが、俺がそばにいても出来る事はない。病院とお母さんに任せるしかなかった。
「さてっと、調べると言っても、何から調べるかなぁ……」
ネットを開き、検索ワードの前で悩む。まずは無難に『サクリファイス・ホスピタル』と入力してみた。
出てきた情報は、サクリファイス・ホスピタルのゲーム案内や攻略方法、ネットの有名人がやってみている動画などであった。
「これじゃ手がかりにならないな。それじゃ、これにウワサを足してみるか」
ウワサ、を付け加えて検索してみると、いくつか目に着く記事が出てきた。
【サクリファイス・ホスピタル やってはいけないゲーム】
【サクリファイス・ホスピタルをプレイした配信者、続々と謎の活動休止に】
【サクリファイス・ホスピタルのプレイヤー、ネットから姿を消す】
「ゲームをやったプレイヤーが、姿を消す……」
姿を消すといっても、どこかにいなくなるというワケではなさそうだ。
記事を読む限り、ゲームをプレイした配信者の何人かが、それっきり配信をしなくなったと言うのだ。
「配信者が、消える……」
すわりんのことを思い浮かべた。
もしも、すわりんが順調に回復していっても、あの様子ではネット復帰には時間がかかるだろう。
サクリファイス・ホスピタルをプレイしている人たちに、すわりんと同様のことが起きているのだろうか。
ということは、あの奇妙な出来事はすわりんだけに起きたワケではないらしい。
いくつかの言葉で検索して、俺はひとつの個人ページに行き着いた。
【サクリファイス・ホスピタルはプレイしてはならない。あれはタチの悪い呪いである】
そんなことが書かれている。
――呪い。
にわかには信じられないことだが、すわりんのあの様子を見ている俺には気にかかった。
ページには、少なくとも今までみた情報の中で色々と詳しくデータが載せられている。
「ちょっと連絡を入れてみるか」
俺はページの管理者、土御門神楽(つちみかど かぐら)に連絡を入れてみることにした。
すわりんに起きた出来事、サクリファイス・ホスピタルのウワサ。すわりんを救いたいから、相談に乗ってくれないか? という内容だ。
「これでよし、っと」
少々長めの文章をスマートフォンから打ったので、指先に疲れを覚えて手をもみほぐす。
背伸びをして、そろそろ夕飯だなと思っていると俺のスマートフォンが鳴った。
画面を見てみると、驚くべきことに先ほどの土御門神楽から返信が届いていた。
「ちょうどパソコンの前にでもいたのかな? それにしても返信早いな」
メールを開く。そこには短く『サクリファイス・ホスピタルには関わるな』とだけ記されていた。
「関わるなって言っても、もうすわりんが関わっちゃってるんだよ……」
俺はさらに詳しく、友達がサクリファイス・ホスピタルをプレイして救急車で運ばれたこと。
すわりんが心配なこと。もういろんな人がプレイしてネットから謎の失踪をしていることを書き、最後に何か知っているなら教えてくれと付け加えた。
すぐに返信が来る。その文章は簡潔だった。
『いくら出せる?』
と書いてあるのみだ。いくらって金だよな。そう言われても、中学生に出せるお金なんてたかが知れている。
しかし、逆に考えれば、この土御門神楽は金さえ出せばこの出来事を解決出来るのか?
「とにかく、話だけでも出来ないかな?」
とりあえず、話だけでも。そう送ると、土御門神楽は『夜、十時』と書いて、リンクにビデオ通話が出来るソフトのリンクと、ID番号を送って来た。
「本当にそっけないな。とはいえ、まずは話は聞いてもらえるんだ」
実際に見ていた人間が多くいた方が良い。
そう判断した俺は奏人にも事情を説明するメールを送り、同席を頼んだ。
奏人はめんどくさがりながらも、それを引き受けてくれた。
0
あなたにおすすめの小説
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
おっとりドンの童歌
花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。
意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。
「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。
なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。
「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。
その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。
道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。
その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。
みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。
ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。
ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。
ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
パンティージャムジャムおじさん
KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。
口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。
子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。
そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる