配信者の消される刻

緒方あきら

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第一話

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【5】
 夕飯を終えて風呂にも入り、俺はパソコンの前に待機していた。
 時刻は九時四十五分。
 こちらからお願いしておいて遅刻するワケにもいかないので、俺はさっさとソフトに登録をして、指定されたIDの会議ルームに入っていた。
「あとは、どれだけ信じてもらえて、どれだけ力になってもらえるかだけど」
 会議開始時間の五分前には、奏人もやってきていた。
 土御門神楽はまだ現れないので、適当に話をすることにした。
「なぁ、奏人。あのゲームどう思う?」
『こだわってるなぁ、遥人は。別に、ただのホラーゲームだろ?』
「だけど、変なことが起きたのはすわりんだけじゃない。いろんな人がおかしな目にあってる。メールにも書いたろ」
『だからさ、アレがそれだけ怖いゲームってことなんじゃないの?』
「ゲームが怖いからって、倒れて救急車で運ばれるか? 配信者たちが消えて行くか?」
『さぁねぇ、俺に言われてもなぁ。見てた感じ、ありきたりなホラゲだったぜ?』
 奏人はあまりサクリファイス・ホスピタルに興味がないらしい。
 時刻が夜の十時になったとき、モニター画面にひとりの少女が現れた。少女といってもすわりんと同じタイプの、動くアニメ画を使っている、少女に見えるものだが。
『わらわが土御門神楽だ。人間はそろっているようじゃな。話を聞こう』
 妙な言葉使いをする彼女が、土御門神楽。
 銀髪の首下まである髪。赤い瞳。こぶりな鼻と唇でとても愛らしいアイコンだった。
 巫女のような着物を着ていて、言葉使いとその姿が合っていて雰囲気がある。
「あー、土御門神楽さん、俺は三島遥人。こっちは柊木奏人。俺たちは――」
 言いかけたところで、土御門神楽が言葉をさえぎった。
『わらわのことは神楽で良い。長い名字は必要ない、ムダじゃ。さん付けもいらぬ』
「あ、ああ。それじゃあ神楽。メールでだいたいのことは話したけど、サクリファイス・ホスピタルっていうホラーゲームのことなんだけどさ」
『神楽ちゃん、遥人のやつ色々考えすぎちゃったみたいだから、落ち着かせてあげて』
 奏人がちゃちゃを入れる。
 まったく奏人のやつ、すわりんが入院してるってのに――。
『さっさと本題に入らないなら、わらわは去るぞ?』
「待った待った! 話したいことはおおよそメールで送ったけど、サクリファイス・ホスピタルのことなんだ。神楽は関わるなって言っただろ? 何か知っているのかなと思って」
『あれは、呪いじゃ』
『はぁぁ、何それ、いきなり呪いって!? ゲームにそんなのあるワケないっしょ』
『いいや、存在する。そもそも、サクリファイス・ホスピタルがゲームの舞台にしている廃病院は、実際に存在する』
「えっ、あの廃墟、本当に有る場所なのか!?」
『そうじゃ。しかも病院の形から部屋などの作り、壁の汚れなどに至るまで細かく再現しておる。明らかに廃病院とゲームをつなげておるのう。その意図まではわからぬが、その廃病院がいわく付きでな』
 なんてことだ。
 あのゲームで見た廃墟が、実際に存在するだなんて。
 そりゃあ、あれだけリアルに作れるはずだ。本当にあるものなのだから。
『ってことは、あんなでっかい病院をまるごと再現してるワケ? そいつヒマ人だなぁ』
「イチイチ余計なこと言うな奏人。それで、神楽。そのいわくって言うのは?」
 神楽はふむ、と一息つくと語り始めた。
『あの廃病院は、もともと精神病院だった。東京の、奥多摩にあるものじゃ』
「奥多摩……ずいぶん不便なところにあるんだな」
『左様。だがそれが好都合だったのじゃ』
「好都合?」
『名前も教えておくか、あの精神病院は奥多摩精神科病院という。家族やその一族が自分の家から精神病患者を出したことを世間に知られぬように、ひっそりと入院させる場所だったのじゃ。ゆえに、都心から遠すぎず、しかし山深い場所は好都合だったでな』
 悲しい話だ。
 家族から離されて、無理やり入院させられた人は、さぞ寂しかっただろう。
『病院は家族から多額の金を取っておった。そのうえ、患者の扱いもひどいものでな。まるで刑務所のような暮らしを強いられていたのだ』
『おいおい、金だけもらってソレっていくらなんでもひどすぎっしょ』
『むかしは今より精神病への理解もなく、彼らが身を寄せる場所もなかった。ゆえにあんないびつな空間が許されてしまったのだろうな。病院はほとんどいっぱいになるまで入院者がいたらしい。順番待ちになることもあったそうな』
「精神病で入院待ちって?」
『病院がいくら大きくても、入れる人数は限られるでな。いなくなる――つまり死ぬのを待つということじゃ。一説では、病院は高額で死後の処理まで請け負い、敷地に死者を埋めていたという話まである』
「そんな、酷すぎる」
 いやな予感しかしない話たちだ。
 それにしても、神楽はなぜこんなに詳しいのだろう?
「神楽、なぜそんなに病院のことに詳しいんだ?」
『なんだ、お主は何も知らずにわらわにコンタクトを取ったのか? わらわは都市伝説や怪異、心霊譚を扱う配信者じゃ。こういう話を集めて回っているようなものじゃ』
「あ、そうだったのか。すまん、サクリファイス・ホスピタルの記事だけ読んでいたんだ」
『まぁ良い。とにかく、そういう場所じゃ。恨みもつらみも苦しみもあっただろう。それが何故か、まったく生き写しのようにしてゲームとして現れた。誰かのイタズラか、はたまた――。なんにせよ、関わらないのが吉じゃ』
 確かに、そんな悲しくて恨みつらみや怨念がこもっていそうな場所のゲーム、神楽の言う通り関わらない方が良いのだろう。
 だけど、すでにすわりんが関わってしまった。
 そして、ゲームをプレイした配信者たちは謎の失踪を遂げているのだ。
 すわりんまで、そんな風にさせるワケにはいかない。
「それでも、俺の友達がもうゲームに関わって病院に運ばれているんだ。今までのケースを見ても、事態は深刻だと思う。俺は、友達を助けたい」
 神楽が再び、ふぅむ、と息をついて言う。
『とはいえ、お主らは金は持ち合わせていないのであろう?』
「そ、それはそうなんだけど……一万くらいなら!」
『遥人太っ腹じゃん! 俺なら千円だわ』
『一万千円では話にならぬ。まぁ、良い。わらわに考えがある。今回は特別に引き受けてやろう』
「本当かっ!? 一万円でいいのか?」
『一万もいらぬ。その代わりはまぁ、無事事件を解決してから話そう』
 神楽のアニメがにやりと笑った。うう、俺何かされるのだろうか……。
 だけど、まずはすわりんや、ゲームをやってから突然活動をやめてしまった人たちを救わねば!
「それで、神楽はどうするんだ?」
『やることは色々ある。廃病院にも行かねばなるまい』
『へっ、そんなことする必要わるワケ? すわりんにお祓いとかじゃダメなの?』
『呪いは根から取り除かなくてはならぬ。その時はお主も来い、遥人とやら』
「俺が廃病院に……? だけど、俺幽霊とか心霊のことなんてぜんぜんわからないぜ」
『お主がやっている配信の過去動画を見た。お主は常人よりも五感がすぐれ、また第六感もあるように思える。おそらく役に立つであろう』
 神楽はずでに俺たちの動画を見ていたのか。
 確かにシューティングは得意だし、時々勘が働くこともあるけど、それが廃病院で何か役に立つのだろうか。
 とはいえ、こちらが頼んでいる立場だ。断るワケにもいかない。
「わかった、俺も行くよ」
『おいおい遥人、マジか!? 度胸あるなー』
 奏人の驚きを無視して、神楽が口を開く。
『そうか。では細かい打ち合わせも必要だろう。それに、廃病院まるごとひとつ清めるのはわらわだけでは手が足りぬ。助っ人も呼ぶとしよう』
「助っ人? 神楽の知り合いか?」
『詳しくは、明日紹介する。では明日、またこの時間に』
 そう言うと、神楽はさっさと通話画面の接続を切ってしまった。
 取り残された俺と奏人は、同時にため息をついた。
『マイペースなやつだな。それに心霊とか清めるとか、お前信じてるワケ?』
「俺は実際にすわりんの様子も見てるからな。アレはただごとじゃなかった。それに、サクリファイス・ホスピタルのウワサを調べて色々知ったから、そういう可能性もあるかもなって思ってるよ」
『はぁー、とことんまっすぐって言うかなんていうか』
「奏人はどうするんだ、明日の打ち合わせや、廃病院のこととか」
 俺がたずねると、奏人は『うーん』と声をもらした。
『俺はぜんぜんそういうのは信じてないよ。ただ、ウワサの廃病院に動画の撮影に行ったら、チャンネルの数字取れるかなぁって気がしてるから迷ってる。あのサクホスが実在の病院だった! 突撃リポート! ってね』
「おいおい、遊びに行くんじゃないんだぞ?」
『まぁ、そういうことで気分次第。そんじゃ、俺そろそろ寝るわ』
「ああ、もう十一時過ぎか。わかった、お疲れ奏人。またな」
 奏人も通話から抜け、誰もいなくなったネットの会議室をぼんやりと見つめる。
 問題のゲーム。
 舞台は実在した病院。
 プレイした人たちの失踪。
 それがひとりなら、偶然だと片づけただろう。だけど俺が調べた限り、かなりの数の配信者が、サクリファイス・ホスピタルをプレイしてからネット上での消息を絶っている。
 何かある、俺にはそう感じられて仕方がなかった。

【6】
 翌日、俺は学校の授業にも身が入らずサクリファイス・ホスピタルについて考えていた。
 すわりんは、やはり学校に来ていない。病状が良くないのかもしれない。
 なんとか学校を終えると、俺はその足ですわりんの家に行った。
 インターフォンを鳴らし「三島です」と名乗るとお母さんはすぐドアを開けてくれる。
「連日すいません、すわり……日和のことが気になって」
「ありがとう。病院の先生にも検査して貰ったんだけどね、身体に異常はないって。ただ、意識はずっと虚ろだし、時々小さな声で何か言っているし、私も心配しているの」
 残念ながら。すわりんの症状は緩和されていないらしい。
「あの、お見舞いに行きたいのですが病院と病室を聞いてもよいでしょうか?」
 そう聞くと、お母さんはすぐに教えてくれた。そして「日和に声をかけてあげてね」と告げた。
 病院はそう遠くない。なんとか面会時間に間に合いそうだった。
 バスで病院につくと、受付に名前とたずねる病室を書いて見舞いの人間がかける首掛けが渡された。
 二〇二号室という個室に、すわりんは入院しているようだ。
 ノックをして、病室に入る。白い壁紙に白いベッドとカーテン。
 病室は白で埋め尽くされていた。
 ベッドのうえに、身体を起こしたすわりんがいる。
「すわりん、来たよ。調子はどう?」
「……」
 すわりんは俺が来ているのもわかっていない様子で、ぼうっとあらぬ方向を見ている。
「はやく元気になってくれよな。学校の連中も、チャンネルのファンも待っている」
「……」
「俺さ、サクリファイス・ホスピタルの舞台になった廃病院に行ってみる。それで専門家と一緒にやることやって、そしたらきっとすわりんも元気になるよな」
 サクリファイス・ホスピタルという言葉を聞くと、それまでじっとしていたすわりんがこちらを向いた。
 ブツブツと、小さな声で何か言う。
「病院……出れない……。あの……守る、あ……聖母様……」
「聖母様? 前にも言っていたよな。聖母様ってなんだ?」
「あ、お……また……よみ、が……。く、あ……せい、ぼ……さま」
 すわりんは何も映し出していないような目で、うわ言を繰り返すばかり。
 前にも言っていた。聖母様――。一体なんなんだ?
「とにかく、すわりんはすぐに元気になるから。待っててな」
 俺はすわりんの手を握って言うと、病院をあとにした。バスを使い家に帰る。
 会議の前に夕食と風呂をすませ、今日も時間前に会議室にログインしておく。
 やがて神楽が来て、来るか迷っていた奏人もやってきた。
『そろったようじゃな。なんだ、奏人とやら。お主もいるのか』
『いやぁ、ちまたでウワサのゲームの舞台になった場所だろ? 気になってね』
 どうやら奏人は本気で動画撮影でもしに行くつもりらしい。
『やれやれ、まぁよい。一般人がいたほうが役に立つこともある』
「一般人が、心霊で役に立つ?」
『おっしゃ、それじゃあ俺、役に立っちゃうぞー!』
 奏人がおどけて手をふった。その手のひらには血豆が出来ている。
「なんだ奏人、その手。ケガでもしたのか?」
『ああこれ? ゲームのやり過ぎで出来ちゃったんだよ。ほら俺、何事も一生懸命だから』
『とにかく、本題に入るぞ。助っ人を連れてきたから招待する。良いな?』
 そういうと、神楽は俺たちの返事も待たずに会議に人を入室させた。
 神楽のようなアニメ画像ではなく、webカメラで実際に映っている人だ。
 髪は短く、目が細い。区切られた画面の中でもがっしりしてそうな肩が見えた。
『太刀風じゃ。位は僧正。まぁ、自称じゃがな。こやつは仏教を主に修練しているが、ほかの教義にも知識が深い。また、わらわ以上に心霊の祓いを経験しておる』
『太刀風だ……君たちのことは……すでに聞いている……。よろしく頼む……』
 太刀風僧正が静かな声で言うと、奏人が大声をあげた。
『うっわ、マジか!? 太刀風僧正じゃん!』
「奏人、知っているのか?」
『えっ、遥人、お前知らないのか? お祓いからお悩み相談まで手広くやってる、大人気の配信者だぜ!』
「そうだったのか、そんな人が助っ人に……太刀風僧正、ありがとうございます」
『かのゲームは……多くの者を不幸へ陥れている……。我が祓うべきもの……』
『では、いくつか話しておくかのう』
 紹介を終えたところで、神楽が会議を始めた。
『まずゲームを行うと怪異、または人体に影響がある。これはあり得る話じゃ。かつてアニメで激しいフラッシュ効果を使った結果、見ていた子供が大勢倒れた例もある。これは、あくまで映像には力があるということの説明じゃな』
 確かに、前にそんな事件があった。
 そう言われてみると、映像は人を倒れさせてしまうほどの力さえ持っているのだ。
『次に呪いじゃ。ゲームを通してプレイヤーに呪いを行えるのか。これはわらわはゲームをあまりやらぬゆえ、わからぬ。しかし、多くの配信者がサクリファイス・ホスピタルをやってからネットで消息を絶っておる。おそらく、お前たちの友人のように入院しているのであろう』
「今日もすわりんに会ってきたけど、茫然自失って感じだったよ」
『つまり、ゲームを介しての呪いはあり得るということじゃな。では、どうするかじゃ』
 神楽が一度言葉を切り、アニメ画像が手を合わせる仕草をした。
『現地に行き、廃病院の霊を祓う。おそらくは悪霊じゃろう。それに、電子の世界においてまで狼藉を働くとなれば、かなり強力な恐れがある。みな、注意せよ』
『でもさぁ、そんな大ゲサなことするより、サクホスをやるなって皆に言った方が早くね?』
 奏人が口をはさむ。
 確かにそうだが、それは早々うまくいかないだろう。
「奏人、それは難しいよ。ゲームをやるなって言われれば言われるほどやるのが、配信者ってもんだろ。配信者だけじゃない、普通のユーザーも皆、逆に興味を持っちゃうよ」
『左様……禁じられるほど……人は引き寄せられる……』
『そういうことじゃ。ゆえにわらわたちが直接行って呪いを解かなければならぬ。場所はわらわが知っているゆえ、案内は問題ない。装備だけは整えてきて欲しい』
 装備、と言われてもピンと来ない。
 呪いを解く……少なくとも食卓塩ではムリそうだ。
「ちょっと待って。俺や奏人は何を持っていけば役に立つんだ?」
『お主らは懐中電灯であったり、食料であったり、数珠なりお守りなりがあるなら持ってくればよい。動きやすい服装でくるのじゃぞ』
「わ、わかった。あるもの探して持っていくわ」
 うちにそういうの、あったかな?
 あったとしても、持って行って家族に怪しまれないだろうか。
『決行は明日じゃ、よいな?』
『えええっ、いきなり明日ぁ!? マジかよ?』
『今こうしている間にも、ゲームをしてしまっている者がおるかもしれぬのじゃぞ? 一刻もはやく呪いを解くしかあるまい?』
「それは確かにそうだけど……」
 それから俺たちは神楽に待ち合わせ場所や集合する駅を聞いた。
 早朝の集合で、暗くなる前にお祓いを済ませてしまいたいらしい。
 幸いにして、全員が首都圏に住んでいたので早起きは大変かもしれないが集まれそうだ。
 それにしても悪霊を祓いに行くって、どういう気持ちの構えをすれば良いのだろう。
「あっ!」
 俺はふと思い出して、声をあげた。
『如何した……遥人……』
「俺、事件があった日にすわりん……俺たちの友達の家に行ったんだ。心配でさ。それで、彼女の部屋に行ったらすわりんはぶっ倒れてて。俺たちがなんとか起き上がらせると、すわりんは妙な言葉と一緒に『聖母様』って言ったんだ」
『聖母ぉ? すわりんってキリスト教だったっけか?』
「それで、今日も病院にお見舞いに行ったんだ。そのときサクリファイス・ホスピタルの名前を出したらまた何かつぶやいて、最後に『聖母様』って言葉を口にしていた」
 頷くように、神楽のアニメ絵が動く。
『ふむ、聖母様のぅ。何かしら廃病院や、今回の現象と関係があるのかも知れぬな』
『廃病院……サクリファイス・ホスピタル……聖母……。全ては明日わかること……。皆備えをしたら……ゆっくり眠ることだ……では、また明日……』
 太刀風僧正が会議室を出て行った。
『太刀風の言う通りじゃな。わらわも支度をして休むとしよう、また明日じゃ』
「明日はよろしく頼む神楽! ……ありがとう」
『構わぬ。せんなきことじゃ』
 短く行って、神楽も去っていった。
『しっかしよぉ、なんかいきなりオカルトじみてきたよなー、そう思わないか、遥人』
「仕方がないだろう、奏人。俺だって驚いているけど、実際に被害者が出ているんだから」
『まぁ、そうなんだけどさぁ。なんで俺らまで行かなきゃいけないんだろ』
「なんだよ奏人、廃病院を動画に録って、人気を稼ぐつもりじゃなかったのか?」
 俺がそういうと、奏人は『うーん』とうなった。
『なんていうかさぁ、あいつらってガチ勢じゃん。俺らふつーのやつは部外者かなーって』
「まぁそれは言えてるけど。でも、俺たちにも出来る事があるって言ってたただろ。だから、俺は行くよ。すわりんを止めきれなかった俺の責任でもあるし」
『マジメだねぇ、遥人は。まぁいいさ。ハルカナコンビでさくっと解決しちゃいますか。俺もいくよ。そんじゃま、明日早いしこれで。バイバーイ』
 奏人が軽口をたたいて、会議を抜ける。
 お気楽ぶっているが、奏人は奏人で何か感じているのかもしれない。
「ハルカナコンビでさくっと解決、か。そうなるといいな」
 俺もパソコンの電源を切り、使えそうな荷物をカバンにまとめるとベッドに横になった。

【7】
 翌早朝、俺は目覚ましのアラームの音に叩き起こされた。
 朝の四時半。普段起きるような時間ではないから眠くて仕方ない。
 だが、朝や昼のほうが悪霊や呪いの効果を解きやすいという神楽の意見を、聞かないワケにはいかなかった。
 すわりんや、消えてしまった配信者たちを一刻も早く助けなければならない。
「俺に出来ること、何かあるのかなぁ……。ふわぁ、眠気と緊張で変な感じ」
 普通なら相反する感覚を身体と心に感じて、頭がパニックになっている。
 洗面台で顔を洗って、昨日支度しておいたカバンを手に取った。
 家族には『奏人と奥多摩にハイキングに行ってくる』とメモを残した。メールでも良かったが、もしも着信音で起こしてしまっても申し訳ない。
 駅までの道はほとんど人がいない。時折、犬を散歩させているおばあさんなどがいるくらいだ。ご老人は朝が早いってのは本当なんだな、などと思ってみたり。
 目的の駅まで着くと、電車に乗り奥多摩に向かう。
 画像検索は昨夜のうちにしてみたが「これ、本当に東京か?」と思わず声が出てしまうくらいに自然溢れる場所であった。
 神楽から聞いてはいたが、見てみるとやはり実感がある。
 ガラガラの電車のシートに腰掛け、目的地に到着するのを待つ。
 気を抜くと眠ってしまいそうなので、これから呪いを解くんだと気持ちを引き締め直す。
 やがて、目的地に着いて電車を降りると、駅のホームはがらんとしていた。
 朝早いしこんな自然あふれる場所なので、当然と言えば当然だった。
「神楽や奏人、太刀風僧正はもう来ているかな?」
 駅を出て、待ち合わせ場所である広場と思わしき所に向かった。
 そこには三人の人影があった。
 ……って、えええっ!?
「おいおい神楽、その姿、アニメ動画そのまんまじゃないか!」
 思わず声をあげてしまう。
 会議ではアニメ画像で動いていた神楽だが、その銀髪も大きな朱色の混じった瞳も、ちいさな鼻と細い唇も本人そのまんまだった。
 服は平安貴族が来ているような服だ。上着はほんの少しだけ青味がかった白。
 何か所かにオレンジ色の紐で結んである。下は赤い袴だ。
 立ち尽くす俺に三人が寄って来た。
「その声、お主が晴人じゃな?」
 神楽は、言葉使いまでそのまんまなのか。
「あ、ああ。こっちの身体の大きい人は太刀風僧正ですよね、今日はよろしくお願いします」
「うむ……時間前到着……良き事……。よろしく……頼む……」
 お坊さんが普段着に使う、いわゆる作務衣というものだろうか。
 太刀風僧正も神楽も、大きな荷物を持っている。呪いを解くには色々必要なのだろう。
 ふと、太刀風僧正の後ろから顔を出している、長い黒髪の可愛い子が見えた。
「神楽、あの子は?」
「ほれ、恥ずかしがってないで出てこい。こやつは月城(つきしろ)あかりだ。今回の解呪に役立つだろうと思い連れて来たのじゃ」
 女の子が、神楽に太刀風僧正の背中から引っ張り出される。
 可憐な顔立ちをした女の子だ。
 服は、神社の巫女さんが着ているようなものを着用していた。
「あ、あの、月城あかりと申します! その、人見知りで! 遥人さん、今日はどどど、どうぞよろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、今回の件は俺から言い出したことなんですから。ご協力お願いします」
 挨拶を終えると、あかりさんはまた太刀風僧正の後ろに隠れた。
 彼らから感じる自然に馴染んだ雰囲気が、三人はもしかしたら長い付き合いなのかもしれないと思わせた。
 それにしても、奏人が来ない。
 俺は場をつなげるべく、話題を探す。
「えっと、あかりさんも悪霊とか呪いとかを封じ込めたりするんですか?」
「いや、あかりは降霊が出来るのじゃ。この廃病院で何があったか、知る必要があるでな」
「降霊?」
「あの、あたし、霊を身体に降ろすことが出来まして。そこから、廃病院にかつていた方に情報を得られるんじゃないかと、その、自信はまったくないんですが」
 降霊、霊を降ろす。
 なるほど。そこにいる霊たちに直接話を聞いて、廃病院が呪いの建物になった原因を探るということか。
 そんなことが出来る人間がいるなんて。
 イタコとか、口寄せなどを連想させる。
 これは心強い味方だ、本人はひどくオドオドしているけど。
 それにしても奏人が遅い。モーニングコールをかけるべきだったかと思い始めたころ、駅前にようやくハンディカメラを持った奏人の姿が見えた。
「いやぁ~、ごめんごめん。寝坊しちゃってさ」
「たわけ! 早い時間の解呪が有効だと言ったであろうが! 一時間も待たせおって!」
「ほんっとごめん! いやー、神楽アニメ絵そのままじゃん! アイドルいけるんじゃね? かーわいーい! って、あれ? この子は?」
 奏人が恥ずかしがっているあかりさんに目を付けた。
「この娘もまた……呪いを解くのに必要な者……自己紹介は現場に向かいながらせよ……」
 太刀風僧正の言葉で、全員が歩き出す。
 神楽と太刀風僧正を先頭に、木々に囲まれた道を進んだ。
 これがやっかいだった。
 最初のころは木々が生い茂っていても、人が通った痕跡があった。
 しかし、途中からは本当の山道だ。俺たちは木々を手で払いながら進んだ。
 大きな身体の太刀風僧正がなんとか道を開き、その後をついて行く感じ。
 十分少々進んだだろうか、深い木々を抜けた。目の前に、大きな廃病院が見えた。
「これが、サクリファイス・ホスピタルの元になった病院……」
 確かに、ゲームを始める時に映る入り口の画像にそっくり、いやまるでそのまんまだ。
「こんなに忠実に再現されているだなんて」
「間違いなく、ゲームを作った者はここを訪れたのじゃろう。そして、何か呪いを仕組んで行った。いつか誰かが来ることも計算して、罠でもあるかもしれぬ。気を付けるのじゃ」
「わ、罠!? こ、怖いですぅ!」
 とにかく俺たちは、並んで入り口に立った。
 門には南京錠に似たカギで入り口が固く封鎖されていた。

【8】
「おいおい、これどーすんの? もしかしてここまで来て、引き返すってか?」
「問題ない……この程度は想定のうちだ……」
 奏人の言葉に太刀風僧正が言って、袈裟のようなショルダーバッグから巨大なペンチのようなものを取り出して、カギに当てた。まさか……。
「ぬんっ!」
 躊躇うこともなく、ドアを止めていたカギが断ち切られた。
 想像以上にパワフルな入り方に、俺は乾いた笑いを浮かべてしまう。
 だがしかし、これもネットに拡がっている呪いを解くためだ、仕方がない。
「さて、廃病院に突入する舞台は整ったのう。遥人、これを持て」
 そう言って神楽が渡してきたのは、十枚以上あるお札のようなものであった。
「神楽、これはなんだ?」
「護符、または符というものじゃ。悪霊などの退治につかう。これを悪霊にはればやつらは消え失せる。わらわの力を注ぎこんである業物じゃ。大切に使え」
「でも、なんで霊能力も何か特別な力があるワケでもない俺にこんなものを? 何もしなくても使えるものなのか?」
 受け取った、高価そうな紙に黒と赤の筆文字のようなものが記されたものを見る。
「修練を積んだものほどはうまく扱えまい。しかし、使うこと自体は出来る」
「へぇぇ~、お札とかって、そんなテキトーなもんなのか?」
 奏人が両手を頭の後ろに置きながら言った。
「テキトーではない。符は霊やバケモノに対する武器なのじゃ。武器を使うために訓練したものが使えば、さまざまな使い方も出来るし、より強力になる。だが、武器であるがゆえに、経験のないものでも使うことは可能なのじゃ」
「仏教も……神道……あらゆる教えも、また……霊を祓うのが目的ではない……。あくまで基礎トレーニングのようなもの……。そこから、新たな道が始まるのだ……」
 口笛を軽く鳴らした奏人が「よくわかんねぇけど、なるほどねぇ」と言って、気づいたように神楽に向き直った。
「ってさ。霊とかそういうのの武器になるんなら、俺にはどうしてくれないワケ?」
「奏人、お主はようは一般人じゃ。遥人のように五感・六感に優れているわけではない。お主に渡すなら、遥人に渡した方が良いと判断したまでじゃ」
「なにそれ、ひっでぇ!」
 奏人ぷいと横を向くと、あかりさんが遠慮がちに言った。
「あの、そろそろ廃病院に入ったほうが、いいじゃないかと」
「あかりの申す通り……時間は待ってくれぬぞ……」
 神楽が頷いて、俺たちを見まわして言った。
「わらわは昨日の夜、昔この病院で看護師として働いていたという女性に話を聞いた。その話では病院内での患者の扱いはひどく、奴隷のようだったという。つまり、怨念がたまりやすい場所なのじゃ。病院は三階と地下一階の作り。その中でも地下に送られた病人は特別にひどく、虐待なども受けていたという。恨みは深かろう。注意するぞ」
「まぁまぁ、精神病院なんてどこもそんなものってことだろ。レッツゴー!」
 神楽の話が終わると、ハンディカメラを構えた奏人が壊したドアを開け病院に入る。
 奏人はやはり心霊や呪いなど信じていないのか、どんどん奥へ進んでいく。
 神楽が、そんな奏人を呼び止めた。
「待たぬか、うつけもの! この病院は非常に複雑な作りじゃ。適当に歩けば迷う」
「だけど神楽、それならどうするんだ?」
「わらわに抜かりはない、病院の見取り図をコピーしてきておる。全員に配るから万が一はぐれた時のために持っておくのじゃ」
 さすがは神楽、準備の良いことである。
 手渡された見取り図を見ると、確かに病院は入り組んでいた。一階は広く東西南北に広がり、二階はその南側を切り取ったような形。
 三階は西洋の建物のように丸い形で建てられている。
「あの、なんだかすごく統一性のない形なんですね。あとから増築でもしたのでしょうか?」
「そこまでは調べられなかったがの、見ればわかるが階段の位置も少なく、部屋の大小も場所も複雑じゃ。手ぶらで行くには危険過ぎる」
「はいはい、悪かったよぉ」
 奏人が大して反省してない様子で、地図を受け取った。
「では……行くぞ……。皆、はぐれないように……行動すべし……」
 太刀風僧正と神楽を先頭に、俺たちは廃病院に入っていった。
 廃病院の中は、まさに廃墟というべき様子だ。
 もともとは白かったであろう壁も、赤と黒を混ぜたシミのようなものが浮き上がっていて気持ち悪い。床にも同じようなものが出来ている。
 受付は比較的原型をとどめていたが、机のそこらじゅうが傷つき、壊れていた。
「妙じゃな……」
 受け付け回りを見て回った神楽が言う。
「妙って、どういうことだ?」
「いくら古い建物でも、天井はしっかりしており雨や風にはさらされておらぬ。それなのに、壁という壁がおかしな穢れを放ち、受付もまるで何かで傷つけられたようじゃ」
「霊とかバケモノが、なんかしたんじゃねーの?」
「自らが宿っている場所を……わざわざ壊すのは……いまいち理解出来ぬ……」
 確かに言われてみれば、あちこちの汚れや破損は妙だ。
 俺たちが来るまで入り口にはカギがかかっており、窓も割れていない。
 それなのに、机など誰かに壊された感じである。
「患者が暴れでもしたのか……とにかく進むしかないが、注意するのだぞ皆の衆」
「いやー、イイ絵だ。こりゃあ動画の再生数伸びるわ。ところで、どこから行くんだ?」
 カメラをあちこちに向けながら奏人が聞くと、太刀風僧正が答えた。
「一階から三階を……順に清めていく……。最後に地下室に行く事になるかもしれん……」
「あの、太刀風僧正! 俺の友達はサクリファイス・ホスピタルってゲームで地下室に行って倒れたんです。地下室をまず調べてみるべきでは?」
「焦るな、遥人。地下室が一番怪しいのは確かじゃ。しかし、最も危険な場所も地下室じゃ。地下からイヤな気配が漂っておる」
 一番怪しいのに、なぜ最後に回すのだろう。
 俺が疑問に思っていると、俺の顔を見た神楽が言う。
「納得していないようじゃな。よいか遥人、病院全体を大きな呪いと考えよ。その中で地下室は呪いの本陣じゃ。まず、一階から三階を清めていく。そうすることで、地下室に集まる禍々しい気も少しずつ弱体化していくのじゃ」
「つまり、一番の強敵だからほかをやっつけて、弱ったところを叩くってことか」
「まぁ、平たく言えばそういうことじゃな」
「そ、それでも、かなりの気を感じます、この廃病院」
 あかりさんが小さな声で言った。
「この辺りはまだ大した存在は感じないが……あかり、お主一度降霊してみてくれぬか? まずは少しでもやつらのことを知りたいのじゃ」
「は、はいぃぃ! かしこまりました!」
 そういうと、あかりさんは受け付けの机を背にする形で正座した。
 ふところから何かを取り出して、首につける。
 ネックレスのようなものだが、ついている飾りが逆さまになっているように見える。
「なぁ、アレ。ペンダント? 逆さまになってないか?」
「あれでよいのじゃ。今あかりが身に着けたのは魔除けの首飾り。しかし、魔除けは逆さまになっている。つまり、わざと魔を寄せやすくするのじゃ」
「なるほど、それで降霊っていうのをしやすくなるのか」
「すっげー、降霊とかよくわかんないけど、雰囲気バッチリ! これも良いネタになりそー」
 奏人が相変わらずヘラヘラしながらカメラを回す。
 目を閉じたあかりさんが何回か深呼吸したあと、すぅーっとゆっくり空気を吸い込んだ。
 まわりの風が、まるであかりさんに引き寄せられるように吹く。
 深く息を吸いこんでいたあかりさんがピタリと呼吸を止め、かくんと首が下を向いた。
「お、おい! あかりさんだいじょうぶなのか!?」
「あれが降霊……間もなく何かが語りだすだろう……」
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