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未練か情か
しおりを挟むアイリーンとのお茶会を終えて、帰路に着こうとしていた時である。
「ノア!」
「ゲッ!」
思わず、ものすごく嫌な顔をしてしまった。というのも今会いたくない人物ナンバーワンであるアルフレッドと外廊下で鉢合わせしてしまったからである。
「俺に会いに来たのかノア! やっぱり俺に未練が……」
「これっぽっちもありません。失礼致します」
「ノア」
早々に帰ろうとするノアをアルフレッドが引き留める。
「お前の気持ちはわかっている。怒っているんだろう?」
「……」
「なぁ、悪かった。婚約破棄は言い過ぎた。だから……」
「『だから』なんですか?」
「だ、だから、俺のところに、戻ってきてもいいんだぞ?」
(……今更なにを言い出すかと思えば)
「リリスはどうするんです? そもそも、彼女を王太子妃にするために婚約破棄したんですよね?」
「うっ、そうなんだが……リリスはあまり王太子妃の仕事に興味がないみたいなんだ。だから」
(だから元に戻れと? 今までの発言を白紙にして、今までの裏切りをなかったことにして、自分のところに、帰って来いと?)
「……そんな勝手なことが、許される立場の方だと思っているんですか?」
ノアはあまりにも軽率に考えているアルフレッドを睨みつける。
「殿下の口から出た言葉が一体どれほどの重みを持っているのか……わかっていて婚約を破棄されると、宣言されたのでしょう?」
「それは……」
「『勢いだった』『戯れだった』。貴方の軽はずみな発言をそう修正するために、陛下がどれだけの犠牲を支払ったと思っているんですか!?」
その陛下の努力もローランのせいで無駄になってしまった訳だが……。
「殿下はもう少し、ご自身の影響力を考えるべきです! 自分のお立場を! でないと……ッ」
(いや、何を熱くなっているんだ俺は……今更アルフレッド様がどうなろうと関係ないだろう)
そう、例え彼が失脚するとしても、それは彼の問題でノアには関係ないことだ。
「……いえ。言い過ぎました。失礼致します」
「ノア……ッ」
アルフレッドが切羽詰まった声でノアの名前を呼ぶ。その表情と声に弱かったノアは、一瞬足を止めそうになって……そんな自分に内心、舌打ちをしながら廊下を足早に立ち去る。
(これでいい……これで。俺とアルフレッド殿下はもう無関係なのだから)
「ッ……」
廊下を素早く移動している時に、よりによってノアはリリスの姿を目撃してしまった。
二階の窓からノアを見下ろしているのは、間違いなくリリスだった。部屋の位置からして恐らく、先ほどのノアとアルフレッドが会っているところを目撃していただろう。
その目は氷のように冷たく、遠く離れているにも関わらず、ノアはリリスの自分に対する敵対心……と言うより憎悪を感じ取ってしまい、背筋が凍った。
(これじゃあ、まるで俺の方が、不倫相手みたいだな……)
まったく疚しいことをしていないにも関わらず、リリスに睨まれる結果となってしまったノアは『今日は厄日だ……』と嘆きながら王城を後にしたのだった。
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