生まれつき幽霊が見える俺が異世界転移をしたら、精霊が見える人と誤解されています

根古川ゆい

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74.【ハル視点】マルックス騒動

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 ナルクアの森から帰ったアキトは、村に入るなりこどもたちに捕まった。

「アキト、どこいってたの?」
「ナルクアの森だよ」
「えーあぶないよ?」
「おとなにおこられるよ?」

 素直に答えたアキトに、子どもたちは声をひそめて話しかけている。大人たちにばれるとアキトが怒られる。そう言いたげに小声になっているこどもたちは可愛いけれど、アキトは苦笑を洩らしていた。

「アキトはこうみえてぼうけんしゃだぞ?」
「そうだ、ゴブリンもたおせるんだから!」

 元気な少年がそう言い出すと、子どもたちはふうと息を洩らした。

「あ、そっか…わすれてた」
「おこられないならよかった」
「みんな、帰ってきたばかりのアキトをゆっくりさせておやり」

 ゆっくりと近づいてきていたブラン爺の言葉に、子どもたちははーいと返事して走っていった。

「あ、ブラン爺さん、ちょうど良かった。これお土産なんですけど」

 念入りに注意したせいか、アキトはちらりと俺を見てから、ブラン爺に声をかけた。この村で鑑定魔法が一番得意なのはブラン爺だから、その判断は正しい。

「…なんじゃね?」

 最初はすこし身構えた様子だったけれど、ブラン爺はアキトが取り出したセウカを見て微笑んだ。

「これ、セウカです」
「おお、これは立派なセウカじゃな」
「皆さんで食べてもらいたくて、3こあります」
「そうか、ありがたく受け取ろう」

 セウカは値段もそこまで高くは無いし、大きいから数が少なくても村人に行き渡る。やっぱりこれくらいがお土産には最適だな。気軽に受け取ってくれた事に、アキトは尊敬の眼差しで俺を見つめてきた。

 ブラン爺が声をかけて村人を集めると、パルン村長自ら切り分けて各家庭に配っていった。子どもたちはもちろん、大人たちも水分補給がてらのセウカを喜んでくれたみたいだ。アキトもこども達に混じって、嬉しそうに笑顔で食べていた。

 その後の騒ぎには思わず笑ってしまった。貰ってばかりは性に合わないと、各家庭から料理や野菜、干し肉に干し果物などが届いたのだ。山積みになったテーブルを前に途方にくれるアキトの表情を見ていると、耐えきれずに噴き出してしまった。

「アキト、明日はどうする?」
「んー、トライプールに帰りたいな」

 トライプールは、もうアキトにとって帰るところなんだと思うと胸が暖かくなった。俺も大好きなトライプールの街を、アキトが気にいってくれている事が嬉しい。

「分かった。じゃあ明日は朝早くに起こそうか?」

 きっと朝の村の手伝いをいしたいと言うだろうとそう言ってみれば、アキトは嬉しそうに笑ってくれた。



 村の朝の仕事を終えた後には、いつも通りの賑やかな朝食の時間がやってくる。俺は木の上からアキトの食べっぷりを眺めている。もう帰るのかとか、このままここに住めば良いのにとまで言われているアキトは、相変わらずのもてっぷりだ。

 裏表が無いからこどもにも好かれるし、しっかりと芯があるから大人からも好かれるんだろうな。どれだけ寂しがっても、アキトは俺と一緒にトライプールに帰る。そう思うと、独占欲が満たされる気がした。

 朝食が終わって人が減りだした頃、俺は木の上から飛び降りた。

「じゃあ行こうか」

 頷きかけたアキトは、不意に後ろからかかった声にびくりと体を揺らした。

 後ろに立っていたイワンを、複雑な気持ちで見つめてしまう。例え叶わなかったとしても、きっと想いは伝えられたんだろう。そうでなければ、アキトがこんなに挙動不審になる筈が無い。

「俺の事を気にしてこの村に来なくなるなんて、絶対にやめてくれよ」
「…うん」
「次会う時までには、俺もちゃんと気持ちの整理しとくから…次は友人として会おうな」

 そう言い切れるイワンは、すごい奴だと改めて思った。戸惑っていた様子だったアキトも、ほっとしたような顔で頷いている。

「絶対また来るから。またね」
「ああ、またな」

 アキトがちらりとこちらを見たのには気づいたけれど、俺は何も言わなかった。いや、何も言えなかったが正しいかな。

「行こうか」
「うん」



 バラ―ブ村を出て歩くのは、木と草ばかりで景色もそれほど変わらない単調な道だ。ただこの道には人目が無いから、アキトと安心して話すことができる。それだけで単調な景色も綺麗に思えてくる。

「アックスさんが言ってたけど、精霊って…なに?」
「精霊っていうのは、かつては人と共にあった至高の存在だね」

 そういえば精霊が見えるのかって聞かれていたな。これも良い機会だと、俺はアキトに精霊の説明を始めた。知識を与えて導いてくれる特別な存在だが、今では誰一人として見ることも話すこともできない精霊の説明を。

「俺が精霊が見える人とか言われてたのは…なんでだろ?」
「あー…俺を見ている所とか、俺と話してる所を、誰かに見られたんじゃないかな?」

 とぼけてそう返せば、アキトは納得した様子で頷いた。

「それって、否定した方が良いのかな?」
「別にアキトがそう名乗ったわけでもないのに、噂話をしているところに割り込んでいって訂正して回るの?」
「……それは変だな」
「別にただの噂だし、好きに言わせておけば良いと思うよ」
「うん、そうする」

 訂正されたら通り名が無くなってしまう。



「それにしても、アキトは歩くの早くなったよね」
「そうかな?」
「うん、森歩きも上手くなったし、成長が早いよね」

 これは決して、アキトを誉めるために大げさに表現したわけでは無い。アキトの成長は色んな奴を知っている俺から見ても、目覚ましいものがあった。

「俺の成長が早いとしたら、師匠が凄腕だからじゃない?」

 照れた顔をしていたアキトが不意にそう言った時には、思わず頬を赤くしてしまった。師匠というのは、間違いなく俺の事だろう。まさかそんな風に誉め返されるとは、思ってもみなかった。アキトは興味深そうに、真っ赤だろう俺の顔をまじまじと見つめてくる。さっきまで照れていたアキトが、今は悪戯っぽい笑顔で見つめてくる。その笑顔が可愛すぎて直視できなかった俺は、ふいっと視線を逸らした。



 領都への分かれ道まで辿り着いてからは、いつも通り一方通行の会話になった。それでも、アキトはきちんと俺の話を聞いてくれるから、あれこれと色んな話をしながら歩き続けた。

「今日も、お昼はあの湖に行こうか?」

 そう提案すれば、アキトは目線だけを向けて頷いてくれた。



 休憩地点に辿り着くと、アキトは太陽の光を反射している湖に見惚れていた。確かにここの湖には、一見の価値があると思う。俺は見惚れているアキトの邪魔をしないように、周りの様子に視線を巡らせた。見るからに怪しそうな奴はいないし、今日は幽霊の姿も無い。そこまで確認してから、俺は肩の力を抜いた。

 バラ―ブ村でもらった食べ物を満喫するアキトは、ニコニコと幸せそうだった。どうやら豆の煮込み料理が、特に口にあったみたいだな。くるくると変わるアキトの表情が楽しくて、今日も食事風景をじっと見つめてしまった。

「今日も食休みする?」
「いいの?」
「もちろん、気配はちゃんと探ってるから安心して」

 嬉しそうに笑ったアキトは、ごろんと草原に寝転がるとおもむろに目をつむった。

 俺は油断なく周りに視線を巡らせる。華奢で綺麗なアキトがこんなところで寝転がっていたら、変な気を起こす奴がいるかもしれない。そう思って警戒しているうちに、アキトはすぐに起き上がった。

「もう良いの?」
「うん、これ以上寝転がってたら寝ちゃいそうだし」
「寝ても良いのに」
「さすがにここで寝るのは危険かなって」
「うん、まあ確かにそうだね」

 俺の姿は周りからは見えていないんだから、確かにここで一人眠るのは無防備すぎるか。俺は自分の言った言葉を反省しながら、荷造りをしているアキトをじっと見つめていた。不意に凄い速度で近づいてくる気配に気づいた俺は、バッと顔を上げた。

「アキト、マルックスだ!数匹来るよ!」

 マルックスはかなりの速度で走るため、気配を察知してすぐに動き出さないと危険だ。俺の叫びを聞いたアキトは、一瞬の迷いもなくすぐに鞄を背負うと木によじ登った。

「来るよ、捕まって!」

 アキトがぎゅっと木にしがみついた瞬間、マルックスは全力で木に突進した。捕まっている木がぐらぐらと揺れる。

「あと2匹!」

 アキトもマルックスの対処には慣れてきたのか、きちんと二度目の衝撃の瞬間にも備えていた。この様子ならあと1匹も楽勝だと思った瞬間、アキトが急に地面へ降り立った。

 まだもう1匹マルックスがいることは、アキトも知っている筈だ。それなのに、何故。一瞬で頭の中が真っ白になった。マルックスに激突されれば骨を折ることもあるし、年に数人は打ちどころが悪くて亡くなる人もいる。アキトが死んでしまうかもしれない。ぞわりと背筋が寒くなった。

「アキト、何をっ!?」

 アキトはこちらをちらりとも見ずに地面を駆け抜けると、素早く別の木へとよじ登った。無事に登り切ったと思った瞬間、マルックスはその木へと突進して行った。

「ハル、終わり?」
「ああ…もう気配は無いよ」
「そっか、びっくりしたー」
「アキト、なぜさっき一度降りたんだ?」

 まださっきの恐怖心が消えていなかった俺は、多分ひどい顔をしていたと思う。ひきつった顔をした俺に、アキトはあっさりと答えてくれた。

「あの木が折れそうだったから」

 アキトの言葉に最初の木を見に行けば、幹には確かに小さなひびがいくつも入っていた。この木でもう一度マルックスの体当たりを受けていたら、おそらくアキトは木と一緒に落下して怪我を負っていただろう。

「ああ、それでか」
「ごめん。説明できなくて心配させた」
「いや、いいんだ、良い判断だった」

 今回はアキトの機転のおかげで、怪我も無くに無事に済んだ。だが、もしアキトに何かあっても、俺には何もできないとつきつけられた気分だった。

「ハル?」
「ああ、すまない。行こうか」

 心配そうなアキトの前で、俺は必死で表情を取り繕った。にっこりと笑顔を浮かべれば、アキトもそれ以上何も言わなかった。
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