75 / 1,447
74.【ハル視点】マルックス騒動
しおりを挟む
ナルクアの森から帰ったアキトは、村に入るなりこどもたちに捕まった。
「アキト、どこいってたの?」
「ナルクアの森だよ」
「えーあぶないよ?」
「おとなにおこられるよ?」
素直に答えたアキトに、子どもたちは声をひそめて話しかけている。大人たちにばれるとアキトが怒られる。そう言いたげに小声になっているこどもたちは可愛いけれど、アキトは苦笑を洩らしていた。
「アキトはこうみえてぼうけんしゃだぞ?」
「そうだ、ゴブリンもたおせるんだから!」
元気な少年がそう言い出すと、子どもたちはふうと息を洩らした。
「あ、そっか…わすれてた」
「おこられないならよかった」
「みんな、帰ってきたばかりのアキトをゆっくりさせておやり」
ゆっくりと近づいてきていたブラン爺の言葉に、子どもたちははーいと返事して走っていった。
「あ、ブラン爺さん、ちょうど良かった。これお土産なんですけど」
念入りに注意したせいか、アキトはちらりと俺を見てから、ブラン爺に声をかけた。この村で鑑定魔法が一番得意なのはブラン爺だから、その判断は正しい。
「…なんじゃね?」
最初はすこし身構えた様子だったけれど、ブラン爺はアキトが取り出したセウカを見て微笑んだ。
「これ、セウカです」
「おお、これは立派なセウカじゃな」
「皆さんで食べてもらいたくて、3こあります」
「そうか、ありがたく受け取ろう」
セウカは値段もそこまで高くは無いし、大きいから数が少なくても村人に行き渡る。やっぱりこれくらいがお土産には最適だな。気軽に受け取ってくれた事に、アキトは尊敬の眼差しで俺を見つめてきた。
ブラン爺が声をかけて村人を集めると、パルン村長自ら切り分けて各家庭に配っていった。子どもたちはもちろん、大人たちも水分補給がてらのセウカを喜んでくれたみたいだ。アキトもこども達に混じって、嬉しそうに笑顔で食べていた。
その後の騒ぎには思わず笑ってしまった。貰ってばかりは性に合わないと、各家庭から料理や野菜、干し肉に干し果物などが届いたのだ。山積みになったテーブルを前に途方にくれるアキトの表情を見ていると、耐えきれずに噴き出してしまった。
「アキト、明日はどうする?」
「んー、トライプールに帰りたいな」
トライプールは、もうアキトにとって帰るところなんだと思うと胸が暖かくなった。俺も大好きなトライプールの街を、アキトが気にいってくれている事が嬉しい。
「分かった。じゃあ明日は朝早くに起こそうか?」
きっと朝の村の手伝いをいしたいと言うだろうとそう言ってみれば、アキトは嬉しそうに笑ってくれた。
村の朝の仕事を終えた後には、いつも通りの賑やかな朝食の時間がやってくる。俺は木の上からアキトの食べっぷりを眺めている。もう帰るのかとか、このままここに住めば良いのにとまで言われているアキトは、相変わらずのもてっぷりだ。
裏表が無いからこどもにも好かれるし、しっかりと芯があるから大人からも好かれるんだろうな。どれだけ寂しがっても、アキトは俺と一緒にトライプールに帰る。そう思うと、独占欲が満たされる気がした。
朝食が終わって人が減りだした頃、俺は木の上から飛び降りた。
「じゃあ行こうか」
頷きかけたアキトは、不意に後ろからかかった声にびくりと体を揺らした。
後ろに立っていたイワンを、複雑な気持ちで見つめてしまう。例え叶わなかったとしても、きっと想いは伝えられたんだろう。そうでなければ、アキトがこんなに挙動不審になる筈が無い。
「俺の事を気にしてこの村に来なくなるなんて、絶対にやめてくれよ」
「…うん」
「次会う時までには、俺もちゃんと気持ちの整理しとくから…次は友人として会おうな」
そう言い切れるイワンは、すごい奴だと改めて思った。戸惑っていた様子だったアキトも、ほっとしたような顔で頷いている。
「絶対また来るから。またね」
「ああ、またな」
アキトがちらりとこちらを見たのには気づいたけれど、俺は何も言わなかった。いや、何も言えなかったが正しいかな。
「行こうか」
「うん」
バラ―ブ村を出て歩くのは、木と草ばかりで景色もそれほど変わらない単調な道だ。ただこの道には人目が無いから、アキトと安心して話すことができる。それだけで単調な景色も綺麗に思えてくる。
「アックスさんが言ってたけど、精霊って…なに?」
「精霊っていうのは、かつては人と共にあった至高の存在だね」
そういえば精霊が見えるのかって聞かれていたな。これも良い機会だと、俺はアキトに精霊の説明を始めた。知識を与えて導いてくれる特別な存在だが、今では誰一人として見ることも話すこともできない精霊の説明を。
「俺が精霊が見える人とか言われてたのは…なんでだろ?」
「あー…俺を見ている所とか、俺と話してる所を、誰かに見られたんじゃないかな?」
とぼけてそう返せば、アキトは納得した様子で頷いた。
「それって、否定した方が良いのかな?」
「別にアキトがそう名乗ったわけでもないのに、噂話をしているところに割り込んでいって訂正して回るの?」
「……それは変だな」
「別にただの噂だし、好きに言わせておけば良いと思うよ」
「うん、そうする」
訂正されたら通り名が無くなってしまう。
「それにしても、アキトは歩くの早くなったよね」
「そうかな?」
「うん、森歩きも上手くなったし、成長が早いよね」
これは決して、アキトを誉めるために大げさに表現したわけでは無い。アキトの成長は色んな奴を知っている俺から見ても、目覚ましいものがあった。
「俺の成長が早いとしたら、師匠が凄腕だからじゃない?」
照れた顔をしていたアキトが不意にそう言った時には、思わず頬を赤くしてしまった。師匠というのは、間違いなく俺の事だろう。まさかそんな風に誉め返されるとは、思ってもみなかった。アキトは興味深そうに、真っ赤だろう俺の顔をまじまじと見つめてくる。さっきまで照れていたアキトが、今は悪戯っぽい笑顔で見つめてくる。その笑顔が可愛すぎて直視できなかった俺は、ふいっと視線を逸らした。
領都への分かれ道まで辿り着いてからは、いつも通り一方通行の会話になった。それでも、アキトはきちんと俺の話を聞いてくれるから、あれこれと色んな話をしながら歩き続けた。
「今日も、お昼はあの湖に行こうか?」
そう提案すれば、アキトは目線だけを向けて頷いてくれた。
休憩地点に辿り着くと、アキトは太陽の光を反射している湖に見惚れていた。確かにここの湖には、一見の価値があると思う。俺は見惚れているアキトの邪魔をしないように、周りの様子に視線を巡らせた。見るからに怪しそうな奴はいないし、今日は幽霊の姿も無い。そこまで確認してから、俺は肩の力を抜いた。
バラ―ブ村でもらった食べ物を満喫するアキトは、ニコニコと幸せそうだった。どうやら豆の煮込み料理が、特に口にあったみたいだな。くるくると変わるアキトの表情が楽しくて、今日も食事風景をじっと見つめてしまった。
「今日も食休みする?」
「いいの?」
「もちろん、気配はちゃんと探ってるから安心して」
嬉しそうに笑ったアキトは、ごろんと草原に寝転がるとおもむろに目をつむった。
俺は油断なく周りに視線を巡らせる。華奢で綺麗なアキトがこんなところで寝転がっていたら、変な気を起こす奴がいるかもしれない。そう思って警戒しているうちに、アキトはすぐに起き上がった。
「もう良いの?」
「うん、これ以上寝転がってたら寝ちゃいそうだし」
「寝ても良いのに」
「さすがにここで寝るのは危険かなって」
「うん、まあ確かにそうだね」
俺の姿は周りからは見えていないんだから、確かにここで一人眠るのは無防備すぎるか。俺は自分の言った言葉を反省しながら、荷造りをしているアキトをじっと見つめていた。不意に凄い速度で近づいてくる気配に気づいた俺は、バッと顔を上げた。
「アキト、マルックスだ!数匹来るよ!」
マルックスはかなりの速度で走るため、気配を察知してすぐに動き出さないと危険だ。俺の叫びを聞いたアキトは、一瞬の迷いもなくすぐに鞄を背負うと木によじ登った。
「来るよ、捕まって!」
アキトがぎゅっと木にしがみついた瞬間、マルックスは全力で木に突進した。捕まっている木がぐらぐらと揺れる。
「あと2匹!」
アキトもマルックスの対処には慣れてきたのか、きちんと二度目の衝撃の瞬間にも備えていた。この様子ならあと1匹も楽勝だと思った瞬間、アキトが急に地面へ降り立った。
まだもう1匹マルックスがいることは、アキトも知っている筈だ。それなのに、何故。一瞬で頭の中が真っ白になった。マルックスに激突されれば骨を折ることもあるし、年に数人は打ちどころが悪くて亡くなる人もいる。アキトが死んでしまうかもしれない。ぞわりと背筋が寒くなった。
「アキト、何をっ!?」
アキトはこちらをちらりとも見ずに地面を駆け抜けると、素早く別の木へとよじ登った。無事に登り切ったと思った瞬間、マルックスはその木へと突進して行った。
「ハル、終わり?」
「ああ…もう気配は無いよ」
「そっか、びっくりしたー」
「アキト、なぜさっき一度降りたんだ?」
まださっきの恐怖心が消えていなかった俺は、多分ひどい顔をしていたと思う。ひきつった顔をした俺に、アキトはあっさりと答えてくれた。
「あの木が折れそうだったから」
アキトの言葉に最初の木を見に行けば、幹には確かに小さなひびがいくつも入っていた。この木でもう一度マルックスの体当たりを受けていたら、おそらくアキトは木と一緒に落下して怪我を負っていただろう。
「ああ、それでか」
「ごめん。説明できなくて心配させた」
「いや、いいんだ、良い判断だった」
今回はアキトの機転のおかげで、怪我も無くに無事に済んだ。だが、もしアキトに何かあっても、俺には何もできないとつきつけられた気分だった。
「ハル?」
「ああ、すまない。行こうか」
心配そうなアキトの前で、俺は必死で表情を取り繕った。にっこりと笑顔を浮かべれば、アキトもそれ以上何も言わなかった。
「アキト、どこいってたの?」
「ナルクアの森だよ」
「えーあぶないよ?」
「おとなにおこられるよ?」
素直に答えたアキトに、子どもたちは声をひそめて話しかけている。大人たちにばれるとアキトが怒られる。そう言いたげに小声になっているこどもたちは可愛いけれど、アキトは苦笑を洩らしていた。
「アキトはこうみえてぼうけんしゃだぞ?」
「そうだ、ゴブリンもたおせるんだから!」
元気な少年がそう言い出すと、子どもたちはふうと息を洩らした。
「あ、そっか…わすれてた」
「おこられないならよかった」
「みんな、帰ってきたばかりのアキトをゆっくりさせておやり」
ゆっくりと近づいてきていたブラン爺の言葉に、子どもたちははーいと返事して走っていった。
「あ、ブラン爺さん、ちょうど良かった。これお土産なんですけど」
念入りに注意したせいか、アキトはちらりと俺を見てから、ブラン爺に声をかけた。この村で鑑定魔法が一番得意なのはブラン爺だから、その判断は正しい。
「…なんじゃね?」
最初はすこし身構えた様子だったけれど、ブラン爺はアキトが取り出したセウカを見て微笑んだ。
「これ、セウカです」
「おお、これは立派なセウカじゃな」
「皆さんで食べてもらいたくて、3こあります」
「そうか、ありがたく受け取ろう」
セウカは値段もそこまで高くは無いし、大きいから数が少なくても村人に行き渡る。やっぱりこれくらいがお土産には最適だな。気軽に受け取ってくれた事に、アキトは尊敬の眼差しで俺を見つめてきた。
ブラン爺が声をかけて村人を集めると、パルン村長自ら切り分けて各家庭に配っていった。子どもたちはもちろん、大人たちも水分補給がてらのセウカを喜んでくれたみたいだ。アキトもこども達に混じって、嬉しそうに笑顔で食べていた。
その後の騒ぎには思わず笑ってしまった。貰ってばかりは性に合わないと、各家庭から料理や野菜、干し肉に干し果物などが届いたのだ。山積みになったテーブルを前に途方にくれるアキトの表情を見ていると、耐えきれずに噴き出してしまった。
「アキト、明日はどうする?」
「んー、トライプールに帰りたいな」
トライプールは、もうアキトにとって帰るところなんだと思うと胸が暖かくなった。俺も大好きなトライプールの街を、アキトが気にいってくれている事が嬉しい。
「分かった。じゃあ明日は朝早くに起こそうか?」
きっと朝の村の手伝いをいしたいと言うだろうとそう言ってみれば、アキトは嬉しそうに笑ってくれた。
村の朝の仕事を終えた後には、いつも通りの賑やかな朝食の時間がやってくる。俺は木の上からアキトの食べっぷりを眺めている。もう帰るのかとか、このままここに住めば良いのにとまで言われているアキトは、相変わらずのもてっぷりだ。
裏表が無いからこどもにも好かれるし、しっかりと芯があるから大人からも好かれるんだろうな。どれだけ寂しがっても、アキトは俺と一緒にトライプールに帰る。そう思うと、独占欲が満たされる気がした。
朝食が終わって人が減りだした頃、俺は木の上から飛び降りた。
「じゃあ行こうか」
頷きかけたアキトは、不意に後ろからかかった声にびくりと体を揺らした。
後ろに立っていたイワンを、複雑な気持ちで見つめてしまう。例え叶わなかったとしても、きっと想いは伝えられたんだろう。そうでなければ、アキトがこんなに挙動不審になる筈が無い。
「俺の事を気にしてこの村に来なくなるなんて、絶対にやめてくれよ」
「…うん」
「次会う時までには、俺もちゃんと気持ちの整理しとくから…次は友人として会おうな」
そう言い切れるイワンは、すごい奴だと改めて思った。戸惑っていた様子だったアキトも、ほっとしたような顔で頷いている。
「絶対また来るから。またね」
「ああ、またな」
アキトがちらりとこちらを見たのには気づいたけれど、俺は何も言わなかった。いや、何も言えなかったが正しいかな。
「行こうか」
「うん」
バラ―ブ村を出て歩くのは、木と草ばかりで景色もそれほど変わらない単調な道だ。ただこの道には人目が無いから、アキトと安心して話すことができる。それだけで単調な景色も綺麗に思えてくる。
「アックスさんが言ってたけど、精霊って…なに?」
「精霊っていうのは、かつては人と共にあった至高の存在だね」
そういえば精霊が見えるのかって聞かれていたな。これも良い機会だと、俺はアキトに精霊の説明を始めた。知識を与えて導いてくれる特別な存在だが、今では誰一人として見ることも話すこともできない精霊の説明を。
「俺が精霊が見える人とか言われてたのは…なんでだろ?」
「あー…俺を見ている所とか、俺と話してる所を、誰かに見られたんじゃないかな?」
とぼけてそう返せば、アキトは納得した様子で頷いた。
「それって、否定した方が良いのかな?」
「別にアキトがそう名乗ったわけでもないのに、噂話をしているところに割り込んでいって訂正して回るの?」
「……それは変だな」
「別にただの噂だし、好きに言わせておけば良いと思うよ」
「うん、そうする」
訂正されたら通り名が無くなってしまう。
「それにしても、アキトは歩くの早くなったよね」
「そうかな?」
「うん、森歩きも上手くなったし、成長が早いよね」
これは決して、アキトを誉めるために大げさに表現したわけでは無い。アキトの成長は色んな奴を知っている俺から見ても、目覚ましいものがあった。
「俺の成長が早いとしたら、師匠が凄腕だからじゃない?」
照れた顔をしていたアキトが不意にそう言った時には、思わず頬を赤くしてしまった。師匠というのは、間違いなく俺の事だろう。まさかそんな風に誉め返されるとは、思ってもみなかった。アキトは興味深そうに、真っ赤だろう俺の顔をまじまじと見つめてくる。さっきまで照れていたアキトが、今は悪戯っぽい笑顔で見つめてくる。その笑顔が可愛すぎて直視できなかった俺は、ふいっと視線を逸らした。
領都への分かれ道まで辿り着いてからは、いつも通り一方通行の会話になった。それでも、アキトはきちんと俺の話を聞いてくれるから、あれこれと色んな話をしながら歩き続けた。
「今日も、お昼はあの湖に行こうか?」
そう提案すれば、アキトは目線だけを向けて頷いてくれた。
休憩地点に辿り着くと、アキトは太陽の光を反射している湖に見惚れていた。確かにここの湖には、一見の価値があると思う。俺は見惚れているアキトの邪魔をしないように、周りの様子に視線を巡らせた。見るからに怪しそうな奴はいないし、今日は幽霊の姿も無い。そこまで確認してから、俺は肩の力を抜いた。
バラ―ブ村でもらった食べ物を満喫するアキトは、ニコニコと幸せそうだった。どうやら豆の煮込み料理が、特に口にあったみたいだな。くるくると変わるアキトの表情が楽しくて、今日も食事風景をじっと見つめてしまった。
「今日も食休みする?」
「いいの?」
「もちろん、気配はちゃんと探ってるから安心して」
嬉しそうに笑ったアキトは、ごろんと草原に寝転がるとおもむろに目をつむった。
俺は油断なく周りに視線を巡らせる。華奢で綺麗なアキトがこんなところで寝転がっていたら、変な気を起こす奴がいるかもしれない。そう思って警戒しているうちに、アキトはすぐに起き上がった。
「もう良いの?」
「うん、これ以上寝転がってたら寝ちゃいそうだし」
「寝ても良いのに」
「さすがにここで寝るのは危険かなって」
「うん、まあ確かにそうだね」
俺の姿は周りからは見えていないんだから、確かにここで一人眠るのは無防備すぎるか。俺は自分の言った言葉を反省しながら、荷造りをしているアキトをじっと見つめていた。不意に凄い速度で近づいてくる気配に気づいた俺は、バッと顔を上げた。
「アキト、マルックスだ!数匹来るよ!」
マルックスはかなりの速度で走るため、気配を察知してすぐに動き出さないと危険だ。俺の叫びを聞いたアキトは、一瞬の迷いもなくすぐに鞄を背負うと木によじ登った。
「来るよ、捕まって!」
アキトがぎゅっと木にしがみついた瞬間、マルックスは全力で木に突進した。捕まっている木がぐらぐらと揺れる。
「あと2匹!」
アキトもマルックスの対処には慣れてきたのか、きちんと二度目の衝撃の瞬間にも備えていた。この様子ならあと1匹も楽勝だと思った瞬間、アキトが急に地面へ降り立った。
まだもう1匹マルックスがいることは、アキトも知っている筈だ。それなのに、何故。一瞬で頭の中が真っ白になった。マルックスに激突されれば骨を折ることもあるし、年に数人は打ちどころが悪くて亡くなる人もいる。アキトが死んでしまうかもしれない。ぞわりと背筋が寒くなった。
「アキト、何をっ!?」
アキトはこちらをちらりとも見ずに地面を駆け抜けると、素早く別の木へとよじ登った。無事に登り切ったと思った瞬間、マルックスはその木へと突進して行った。
「ハル、終わり?」
「ああ…もう気配は無いよ」
「そっか、びっくりしたー」
「アキト、なぜさっき一度降りたんだ?」
まださっきの恐怖心が消えていなかった俺は、多分ひどい顔をしていたと思う。ひきつった顔をした俺に、アキトはあっさりと答えてくれた。
「あの木が折れそうだったから」
アキトの言葉に最初の木を見に行けば、幹には確かに小さなひびがいくつも入っていた。この木でもう一度マルックスの体当たりを受けていたら、おそらくアキトは木と一緒に落下して怪我を負っていただろう。
「ああ、それでか」
「ごめん。説明できなくて心配させた」
「いや、いいんだ、良い判断だった」
今回はアキトの機転のおかげで、怪我も無くに無事に済んだ。だが、もしアキトに何かあっても、俺には何もできないとつきつけられた気分だった。
「ハル?」
「ああ、すまない。行こうか」
心配そうなアキトの前で、俺は必死で表情を取り繕った。にっこりと笑顔を浮かべれば、アキトもそれ以上何も言わなかった。
563
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
30歳まで独身だったので男と結婚することになった
あかべこ
BL
4年前、酒の席で学生時代からの友人のオリヴァーと「30歳まで独身だったら結婚するか?」と持ちかけた冒険者のエドウィン。そして4年後のオリヴァーの誕生日、エドウィンはその約束の履行を求められてしまう。
キラキラしくて頭いいイケメン貴族×ちょっと薄暗い過去持ち平凡冒険者、の予定
【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
御堂あゆこ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています
植物チートを持つ俺は王子に捨てられたけど、実は食いしん坊な氷の公爵様に拾われ、胃袋を掴んでとことん溺愛されています
水凪しおん
BL
日本の社畜だった俺、ミナトは過労死した末に異世界の貧乏男爵家の三男に転生した。しかも、なぜか傲慢な第二王子エリアスの婚約者にされてしまう。
「地味で男のくせに可愛らしいだけの役立たず」
王子からそう蔑まれ、冷遇される日々にうんざりした俺は、前世の知識とチート能力【植物育成】を使い、実家の領地を豊かにすることだけを生きがいにしていた。
そんなある日、王宮の夜会で王子から公衆の面前で婚約破棄を叩きつけられる。
絶望する俺の前に現れたのは、この国で最も恐れられる『氷の公爵』アレクシス・フォン・ヴァインベルク。
「王子がご不要というのなら、その方を私が貰い受けよう」
冷たく、しかし力強い声。気づけば俺は、彼の腕の中にいた。
連れてこられた公爵邸での生活は、噂とは大違いの甘すぎる日々の始まりだった。
俺の作る料理を「世界一美味い」と幸せそうに食べ、俺の能力を「素晴らしい」と褒めてくれ、「可愛い、愛らしい」と頭を撫でてくれる公爵様。
彼の不器用だけど真っ直ぐな愛情に、俺の心は次第に絆されていく。
これは、婚約破棄から始まった、不遇な俺が世界一の幸せを手に入れるまでの物語。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる