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その1
しおりを挟む思い出した。
馬車の中でわたくしは頭を抱えて、ひたすら運命を呪っていた。
そして思い出した今、さらに運命を呪いたくなっている。
わたくしはの名は、ステンノ―。
この国トースタの公爵家令嬢にして、王子フレースベルグ殿下の婚約者。
いわば次世代の王妃。
……だった人間。
現在のわたくしは花の王都を追われ、辺境の土地に向かう途中。
こうなった経緯は、まあ恋愛のいざこざ?
・婚約者の王子が下級貴族の娘と良い仲になる。
・それを嫉妬したわたくしが嫌がらせ。
・怒った王子がわたくしを満座の中で婚約破棄宣言。
……。
これだけなら、まだ良い。
全然良くはないのだが、良いとしよう。
これにプラスして、我が父の不正が発覚して弾劾が起こったのである。
あれよあれよという間に事態は進み、結果父は処刑台。
わたくしも同様……となる寸前であった。
そこを、叔父にあたる辺境伯の嘆願により、公爵家から準男爵まで格下げされる。
というか、よく国外追放にならなかったものだと思う。
「あああ……」
わたくしは頭を抱えた。
馬車の振動で車酔いしそうな気分になる。
わたくしの前世は日本人。
よみがえった記憶はどうも不鮮明で、男か女であったかも思い出せない。
男だったような気もするし、女だったかもしれぬ。
それで得た知識は、日本で平々凡々と過ごした胡乱なものばかり。
ダラダラとネットで暇つぶしをする凡庸な人間であったようだ。
それは良い。
(悪役令嬢ですわ……)
今の自分の境遇を思い、前世の無意味な知識が疼く。
確か女性向け恋愛ゲームによくある、ヒロインをいじめる悪役。
結果ヒロインの恋人たる王子の怒りを買い、それがために破滅する
そういう三流の悪役が、今の自分だ。
まあ、確かに王子の恋人をいじめたことは確かである。
嫌味から始まり、あの手のこの手の嫌がらせも確かにやった。
それはもうしょうがない。
向こうにすればまだ恨み骨髄かもしれないが、少なくとも報いは受けた。
加害者が言うことではないだろうが、もう勘弁してほしいところだ。
(それよりも……)
これからどうすれば良いのだろうか。
権力も財産も失った。
生まれ育った屋敷も没収され、自慢の宝石もドレスもない。
それなりにあったコネも砕けて散っている。
というか、親しくしていた連中も追放されたり処刑台に送られたり。
旧公爵家派閥はズタボロ状態である。
例外と言えば叔父の辺境伯くらいか。
だが、叔父はそもそも権力闘争に興味はない人である。
自分の領地でのほほんとできれば、それで良い。そういう人間だ。
(だから目こぼしを受けたのかもしれませんわね……)
しかし、あんまり頼りにもならない。
とりあえず、当座のことをどうにかせねばならぬ。
領地経営とか。
しかし――
「はあ……」
「ステンノ―様?」
わたくしの名を呼んだのは、マギーである。
短めに狩った黒髪をオールバックにしている執事で、切れ長の目が特徴的。
といっても、執事になったのはごく最近。
我が家が潰れた直後である。
それまでは使用人として執事の下にいたのだが……。
先代は父が捕まった後、長年父に仕えた老執事が死亡してしまった。
ショックで心臓がおかしくなったらしい。
ほとんどの使用人は逃げ出したが、マギーが残って執事の跡を継いでくれた。
「マギー、これから向かう場所は、その……」
「……まあ人の少ない、貧しい土地ですね」
マギーは言いにくそうに、しかしハッキリと言った。
「割と広いようですが、農地にも適さず、これといった資源も採れません」
「……領民は?」
「どうやらみんな逃げ出しているようです」
「……」
これはもうあれだ。左遷というか、流刑だ。
「人も何もない場所でどうしろと言いますの……?」
「そのまま朽ちていけ、ということでしょうか」
「……なるほど。わかりやすいですわ」
わたくしは自分で不気味なほど朗らかに笑っていた。
というか、笑うしかない。
手元にあるのはどうにか持ち出した手荷物と、この小さな馬車だけ。
一緒にいるのは、執事のマギーと今御者を務めているハイドラのみ。
ハイドラは元々家で馬の世話をしていた使用人の少女だ。
いや、少女という年齢かはわからないが、わたくしとそう変わらない。
ように、見える。
マギーと同じ黒髪だが、髪は長くポニーテール。
眼も大きいが、眉毛は薄い。というか、ない。
(終わった……)
いっそ清々しい絶望感。
「……あなたもハイドラも、別についてくる必要ないのに」
「私もハイドラも、行く場所はありませんから」
「それにしたって、このまま一緒にいても共倒れですわ……」
「良いじゃありませんか、それならそれで」
「ええ?」
「というのは冗談ですが、色々あるのですよ、私も。そしてハイドラも」
「……そう」
何かしら事情があるのは確からしい。
「他の職場で雇ってもらえる可能性は低いので……」
「? あなたは有能じゃない。ハイドラも真面目で勤勉だし」
「それでもどうにもならぬことも、あるわけで――」
苦笑するマギーの顔は妙に明るく、それが余計に暗い感じだった。
と、不意に場所が急停止し、わたくしは頭を打ちそうになる。
咄嗟に外を見ると、前方に巨大な黒い塊があった。
それは、人に似た鉄の塊。軽く3メートルはある。
鉄人の巨大な肩に、小さな影がゆらゆらと揺れていた。
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