盲目の公爵令嬢に転生しました

波湖 真

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番外編SS

書籍化お礼SS マクスター先生の日常(アリシア入学前の小話)

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  閑話 マクスター先生の弱み

学校の魔法教師であるハロルド・マクスターの通信が、何度も呼び出されていた。
魔道具を製作中だったマクスターは、既に五回は無視しているのだが、とうとう六回目の呼び出しに渋々と応答した。
「……はい」
「やあ! 久しぶりだね。ハロルド」
「……先輩?!」
「おっ! よくわかったね。何年振りだい? 元気かい?」
通信の相手が、学校時代の先輩であるホースタイン公爵だとわかると、マクスターは制作の手を止めて通信に向かって話しかけた。
もう既に何度も経験しているが、この優しげな外見の先輩のお願いに、簡単なものなど何一つもないのだ。
「先輩、今度は何のお願いですか? もうそろそろ僕の恩返しも時効なんじゃないかと思うんですがね」
すると通信の向こうから軽快な笑い声が響く。
「時効? なんの冗談だい? お前が王立魔法研究所に捕まる所を、学校にねじ込んでやったのは、もう忘れたのかい?」
「……」
「ハロルドがそんなに薄情だとは思わなかったよ。私が学校にねじ込んでなかったら、今頃お前は堅苦しい王宮で、得意分野の防御魔法ばかりを、毎日何人もの要人に掛け続ける仕事だっただろうねぇ。いや、今からそんな生活がしたいのなら、いつでも推薦するよ」
「ああああ、そんなことないですね。時効なんてまだまだです」
「だろう? 初めからそう言えばいいんだよ」
「コホン。先輩。その……お話は……」
「今度、娘が学校に行くんだよ。お前も知っているだろうが、あの子は目が見えない。なのに、学校にいって、探偵の真似事をしたいと言うんだよ。あんなに、可愛くて、可愛くて、可愛いのに。心配なんだよ」
「はあ、それで?」
「防御魔法を教えてやってほしい」
「まあ、それなら授業で教えますよ?」
「何言っているんだい? 私の娘だよ。ちゃんとマンツーマンで教えてくれ。未だに生活魔法さえ使えないんだ。そうだな、ゴールは私の防御魔法レベルだな」
「え? 先輩レベルって……無理じゃないですか?」
「だって、しょうがないじゃないか。今あの子に防御魔法をかけているのは、王子か侍女なんだ。侍女は兎も角、王子はなぁ。前例もあるし不安なんだ」
「王子ってカイル殿下ですよね? カイル殿下の魔法なら、かなりいい線いっているんじゃないですか? 去年の授業でも、成績はトップクラスでしたよ」
「それでも! 私の可愛い可愛いアリシアが、その優秀な王子様の防御魔法がかかっていたにも関わらず怪我をしたんだ!! 安心は出来ない!」
「え? そうなんですか?」
「ああ。とにかくアリシアに防御魔法を教えてほしい」
「はぁ、わかりました。ただ、私の一存ではなんとも……。一応、学校長に聞いてみます」
「……わかった。学校長だな」
そう言ってホースタイン公爵からの通信は突然切れた。静かになった通信を見て、マクスターは、はぁとため息を吐く。
あの先輩は、今頃きっと学校長にも連絡して根回しするんだろうなと想像出来る。
なんと言っても、そういうことが得意な上に、公爵位なのだ。
根回しがうまくいかないわけがない。
斯くいう自分も魔法研究所に無理矢理入れられそうになった時に、頼ったのも先輩だった。
あの時もありとあらゆるコネを使って、魔法研究所に入れられる前に、この学校に教師として、ねじ込んでもらったのだ。
王宮にある魔法研究所は、研究とは名ばかりで、要人警護などの危険な仕事が多い。
更に新しい魔法ではなく、得意な魔法ばかりを使わされるらしい。
そんな所よりも、授業さえこなしていれば自分の興味が向くまま、好きな事を研究出来る今の職場は最高だった。
「まぁ、しょうがないかな」
そう言ってマクスターは盲目の公爵令嬢に魔法を教えるというミッションについて、数通りの方法を思い浮かべた。
「確かに、盲目が理由で魔法が発動できないなんて面白いかもしれないな。今までの論文も生まれつき盲目の人間が使える魔法について書かれたものはなかった筈だし、これは大発見が潜んでいるもかもれない」
ブツブツと独り言を言いながら考えていたハロルド・マクスターはふと顔を上げてニンマリと微笑んだのだった。
「先輩のお願いは面倒な事ばかりだけど、やっぱり面白いんだよなぁ」
制作中の魔導具はそのままに新しいおもちゃでも手にしたようにマクスターはサラサラとノートにアリシアについての仮説を書き込んでいったのだった。
アリシアが、入学する数日前の出来事だった。


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皆様のおかげで、無事書籍を刊行することができました。
本当にありがとうございました。
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