黄泉がえり令嬢は許さない

波湖 真

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家族の形

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私は私を憎々しげに見つめる両親に目を向けた。
「お父様、お母様……いえ、グランデカール公爵夫妻」
「話しかけるな!」
お父様が私向かって手を振り上げる。
パシッとベルナンド様その手を後ろから掴む。
「クッ! 離せ! 君達は気づかないのか!? あれは悪魔だぞ!!」
「おやめください」
「無礼者が!! 私はグランデカール公爵だぞ!! 離せ! 娘が悪魔に奪われたのだ! 早く悪魔を追い出して娘を迎えなくてはならないのだ!! 離せ!!」
気が触れたようなお父様にお母様は驚いたのか大声をあげて泣き出した。
「止めて! 許して頂戴! 私の可愛いアーデルを返して頂戴!!!」
わーわーと何ながら訴えるお母様に私は一体何ができるのだろう。私は私なのに私以外だと言われる。私はため息を吐いた。
「もうお辞めください。これ以上は公爵家としての存続に関わりますわ」
「うるさい! 悪魔め!!」
「お父様!!!」
その時私の肩をグッと掴まれる。振り返るとクラウス様だった。
「ベルナンド、前公爵夫妻を連れて行け」
「え?」
「貴方は責任能力がないと判断しました。私の証書によって先程御子息のリヒャルドへの爵位の譲渡が承認されたと連絡がありました。貴方はもう公爵ではない。隠居した前公爵が罪を犯しただけです」
クラウス様が淡々と状況を説明する。私はその内容に舌を巻いた。
本来ならば現役公爵が黒魔術に傾倒し儀式に参加。更には娘を生贄に差し出すなど許されない。爵位剥奪の上お取り潰しだ。
しかし、既に爵位の譲渡が整った後に捕縛されたなら……その責任能力故の引退であったと理解されるはず。グランデカール公爵家は守られるのだ。
「クラウス様……」
私がクラウス様を感謝の意を込めて見つめる。
「なんだと!! 私の合意なしに爵位の譲渡が認められるわけがない!!」
お父様が血走った目をクラウス様に向けてウッと詰まる。
「……そう、王族の合意なしにはな。前公爵、そなたにはもはや何の権限も権利もない。そのようなものがあいつらに必要とも思えない。もう儀式などはやめるのだ」
「悪魔め! 殿下まで騙すとは!!」
その時のことが私の中でスロウモーションのようにゆっくりと流れる。お父様が懐からナイフを取り出して、そのまま私に向かって突き出してきたのだ。クラウス様に向いていた体はそのままに顔だけを振り返って見えたのはナイフを手に近づいてくるお父様の狂気に満ちた瞳。
「娘を! アーデルを返すのだ! この悪魔め!!」
そして、感じたのは背中に走った鈍い痛み。
「え……」
何か生暖かい物が背中を伝う。
ガクンと体から力が抜ける。薄れる意識の向こうで私を呼ぶ声が聞こえた。
「アーデル!! アーデルハイド!!」
最後に見たのはクラウス様の滑稽なほど必死の形相だった。

「い…………」
ズキンと痛む背中に思わず声を上げる。
うつ伏せに寝かせられた体がうまく動かない。私はどうしたの?
「あ……」
そうだ、あの旧教会でお父様に………刺されたんだ。
「あ、アーデル!!!」
私の顔を覗き込むようにして見つめてくるのはお兄様だ。
「お……にい」
「静かに。今医者を呼んでくる」
私は横を向いた顔を僅かに動かした。
「グッ」
少し動いただけでも背中に激痛が走る。よく助かったものだわ。階段の次はナイフで死にそうになるとは呆れて何も言えない。
「動くんじゃない。傷もまだ治っていないんだよ」
お兄様の優しい声が聞こえる。
「おにい……さま、おとう……さまが」
「大丈夫だ。アーデルは何も心配するんじゃないよ。今は自分の体のことだけを考えるんだ」
「でも……」
「シ! お前はもう十日も寝たままだったんだ。今水を持ってくるよ」
十日も! 私はすぐに目覚めたような気がしたのに実は十日も寝ていたことにショックを覚えた。
全くなんてことなんだろう。あの後どうなったんだろう。
「ほら、水だよ。ゆっくりとお飲み」
お兄様がストローを口元に当ててくれる。私はそれを咥えると吸い込んだ。十日も寝たままなのがよくわかるように水が体内を駆け巡る。それぞれの器官が動き出すのを感じた。
「ふぅ」
何回かおかわりを飲み干すとやっと私の体は落ち着いた。
「大丈夫かい?」
お兄様が心配気な声で私の顔を覗き込む。
「はい。少し落ち着きましたわ」
「よかった。やっと目覚めてくれた」
覗き込んできたお兄様をよく見るもかなりやつれている。
「お兄様こそお疲れようです」
「そうか? まぁいろいろあったからね。でも、アーデルが目覚めたのならそれも本望だ」
「それで……どうなりましたか?」
ゴクンも喉が鳴る。お父様とお母様にはもう未練はない。楽しかった思い出は辛いがあんな姿を見たら心が凍る。でも、建国以来のグランデカーン公爵家がなくなるとは思わないが大ダメージには変わらない。お兄様があんなに隠していたことを私の軽率な行動が暴いてしまったのだ。
私はギュッと布団を握りしめた。
お兄様の手が私の頭をふわりと撫ぜる。
「お兄様?」
「お前が心配していることは起きていない」
「え?」
「グランデカール公爵家には影響はなかったよ」
「でも、お父様が!」
「ああ、父上は沢山の罪を犯したよ。公爵の責務も既に長い間放棄していたし黒魔術への傾倒と儀式の開催。それに、実の娘の殺人未遂だ。ただでは済まない」
「それならば公爵家が……」
「公爵ならばだよ。今回は全て前公爵の言動だ。もちろん何もなしにはならないが、精神に問題ありとして爵位を譲った前公爵ならば多少は考慮してもらえる。今回は死者は出なかったしね。これから父上と母上は領地で蟄居となった。今は私が公爵だ」
「そういえばクラウス様が仰ってました」
「そうだよ。本当はあの旧教会に私も行く予定だった。公爵家までは殿下と共にいたんだ。ただ、旧教会に向かう前に殿下が公爵の交代を命じる書状を書いてくださった。今爵位を無理矢理にでも譲り受けるべきだとね」
「クラウス様が……」
「殿下の、王族の強い要請があったからこそ大した審議もなくその場での爵位の譲渡が成立したんだ。父上は責任能力なしとして同意さえいらなかったよ」
「だから、前なのですね。だから、公爵家はそのまま」
私はお兄様の顔を見上げる。そして、動けなかったがお兄様に目礼を送る。
「グランデカール公爵様、授爵おめでとうございます」
「……ありがとう、アーデル」
お兄様は少し寂しそうに微笑んだのだった。
お兄様は私の頬に手を当てた。
「不甲斐ない兄ですまない。両親もお前のことも守ろうとして両方とも守れなかった」
「お兄様、そんな事は言わないでください。私はお兄様がいなかったら生きていけませんでした」
「それでも、私はずっと夢見ていたのだ。昔確実にあった日常を。四人で笑い合った公爵家を。そして、全てが手遅れになった」
私は痛む背中を庇いつつお兄様に向かって手を伸ばした。
「お兄様、その夢は私も持っていました。お父様に刺された今、もうあり得ない夢だと思うし、お父様とお母様のことはこれ以上は考えないと思います。でも、それでも、あの穏やかで幸せだった日常を忘れる事はありませんし、これからも夢見ると思います」
「アーデル」
お兄様は伸ばした私の手を握りしめて跪いた。
「お兄様、叶わぬ夢かもしれませんが、私達だけでもずっと夢を諦めないことにしませんか?」
「お前は愚かな兄がその夢を捨てられなくてもいいのか?」
「はい。私もずっと夢見てしまいますもの」
「…………」
私達はしばらくの間黙って手を握り合った。この世界で家族と言えるのはお互いだけなのかもしれない。でも、きっと、いつか、また……
その希望だけは持ち続けることを二人で願ったのだった。
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