黄泉がえり令嬢は許さない

波湖 真

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能力者と犯人

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「忘れない。私は絶対に忘れない」
お兄様の衝撃の証言から数日後私はベッドの中にいた。具合が悪いわけではないがベルナンド様の提案により極力部屋から出ないことにしたのだ。幸い怪我をしてから然程経っていない為未だに傷が癒えないということにしているのだ。
今ベルナンド様がソフィア様と協力してお兄様と接点があった人物を当たっているところだった。
そして、やはりというかなんというか、クラウス様はあの日以来顔を合わせてはいない。やっぱり能力の為に助けただけなのに妹なんて言ったのが図々しかったのだろう。思い出しても頬が熱くなる。
遠くから視線を感じてもフイっと顔を背けてしまうのだ。
そして、部屋に引きこもってから今最大の危機を迎えていた。
「カーラ、機嫌が良さそうね」
最近はずっと不機嫌だったカーラの機嫌が突然良くなったのだ。
「え? 私はずっとこうですけど……」
「私にとても怒っていたじゃない?」
「え? そんな馬鹿な! お嬢様はいつもお優しいのですから私がお嬢様に怒ることなどあるはずがありませんわ」
私はドキドキしながらカーラに尋ねた。
「カーラ、私のこの背中の傷は……」
「ああ、街歩きの際転ばれたんですよね? ベルナンド様もちゃんとしていただかないと困りますね」
「そんな……何故」
「どうされました? そうそう前公爵様はお元気ですか? 確か体調を崩されて御領地にお戻りでしたよね?」
多分私の顔は見られたものじゃなかっただろう。唖然を通り越して恐怖だ。
「カーラ、私が前に死にかけたのは……」
私の顔から血の気が引く。そして、カーラの心の声にも耳を傾ける。
「ああ、あれは本当に悲劇的な事故でしたね。でも、お目覚めなられて良かったですわ」
カーラの心の声も聞こえない。本当にカーラは全て忘れてしまったのだ。
「カーラ! もういいわ。今日は出て行って。ベルナンド様を呼んでちょうだい!!」
「お嬢様!! いかがされましたか?」
心配そうなカーラに無理矢理笑顔を向ける。
「少し休みたいの。ベルナンド様が来たら声をかけて頂戴」
「かしこまりました」
そうして私は布団を被って呟いているのだ。「忘れない」と。

「ベルナンド様がお越しです」
「お呼びでしょうか? お嬢様」
「ベルナンド様は忘れていませんよね? 私の傷は街歩きで負ったわけではありませんよね? あの日の犯人を捜査していますよね?」
私は被っていた布団をガバリと剥いでベルナンド様に詰め寄った。
「どうしたんですか?」
「質問に答えてください!」
「はぁ、お嬢様の傷は私が至らないばかりに前公爵によって傷付けられました。あの日お嬢様を階段から突き落とした人物を追っております」
「……よかったーー」
私が安堵のため息を吐いたら憮然としたベルナンド様の目があった。
「あの、カーラがあの日のことを忘れてしまったんです」
「まさか……」
「しかも私の怪我を街歩きで負った傷だというのですわ」
「そんな馬鹿!! カーラが会う人物はリヒャルドに比べたら微々たる者だ。一体誰が能力を使ったんだ?」
「カーラに聞いてみますか?」
「あっ、すみません。言葉が乱れました。コホン、それは無理でしょう。聞いても覚えていない」
「ですよね……」
「…………」
二人の間に沈黙が落ちる。
「お嬢様、私は一旦クラウスに報告して来ます。お嬢様はこのまま部屋から絶対に出ないでください」
「はい。わかりました」
「では、失礼します」
ベルナンド様は一礼してから足早に部屋から出ていった。どうも犯人の意図がわからない。お兄様までは何となく主要人物を狙っているのかと思ったのに、カーラは違う。
私は猟犬に追い詰められた兎の気分で布団に潜り込む。
「どうして? 犯人は誰なの? ここは王宮よ。一体誰が……」
私はベルナンド様を待った。クラウス様は私の顔さえも見たくはないだろうが、きっと助けてくれるはずだ。能力のこともあるし見捨てたりはしないだろう。
それにしても遅い。もしかして……
「クラウス様も忘れてしまったんじゃ……」
私は絶望の淵に立っている気分だった。もしこれでクラウス様も忘れてしまったらもうどうすればいいのかわからない。
いえ、その前にベルナンド様ももう忘れてしまったから帰ってこないのかも……。
犯人の目的は何? 何のため? いやそもそも誰?
ガタガタと震える私の体を私は自分自身で抱きしめた。
「怖い、騙されるより、叩かれるより、攫われるより、縛られるよりも怖い……。皆から忘れられてしまうことが怖くてたまらない」
心なしか気温まで下がって感じる。
私は被っていた布団を手繰り寄せて体にキツく巻きつける。
「消えろ」
「え?」
突然布団の上から声が聞こえた。くぐもって聞こえた声は誰のものかはっきりとしない。私は慌てて顔を出そうと試みる。しかし、上から抑えられて顔を上げることはできなかった。
「やめてください!! だれなんですか?!」
「分かったな。一週間以内にここから消え失せろ。さもないと今度こそ命はないと思え」
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