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第二百十一話 ウィード葬送曲
しおりを挟む――薔薇貴族、リリアーナ・アレクセイ公爵視点――
音楽貴族と異名を持っているアーバイン公爵が亡くなられました。
しかも知らせが来たのが葬式の前日。なかなかスケジュールを急かしてくるものですわ。
わたくしは当然ながら、アーバイン公爵には恩義があり、浅からぬ交流も御座いました故に無理矢理スケジュールを空け、出席する事にしました。
王都とわたくしの領地の距離は、馬車で三日掛かるので絶対に間に合わないのですが、そこは公爵家の力で何とでもなります。
《一往復限定特定座標転移装置》。
これは転移式魔道具で、始点と終点を予め登録してあり、その間だけ一往復限定で瞬間転移出来るものです。
一個六百万ジルと大変高価な魔道具ですが、公爵であればそれ位容易く用意出来ますわ。
アーバイン公爵と交流のあった人達全員に送っているのでしょう。
さて、本日はアーバイン公爵のお葬式当日です。
わたくしは彼の棺に送る為の薔薇を見繕いました。
今回は黒い薔薇を用意致しました。この薔薇はわたくしでしか用意できない色のもの。きっとアーバイン公爵も天国で喜んで受け取ってくれる事でしょう。
「奥様、そろそろお時間で御座います」
「わかりましたわ。留守は宜しくお願いね?」
「畏まりました。全力で護ります」
わたくしは魔道具を起動すると、景色が白一色に染まります。
そして二秒も経たない内に、アーバイン公爵の屋敷の門が眼前に入ってきました。
無事転移は成功し、魔道具の色が褪せました。これは残り一回だけ使用可能という意味を指しております。
「失礼ですが、お名前を頂いても?」
門番の方がわたくしに尋ねてきました。
わたくしは自分の名前を名乗ると、手に持っていた紙を凝視し始めました。
その紙に葬式参加者のリストが乗っているのでしょう、わたくしの名前を見つけたようで、軽く頷く。
「リリアーナ公爵様、ご無礼をお許し下さい」
「いえ、職務を果たしているのですから、構いませんわ」
「有難う御座います。本日は我が主の葬式にご参列頂きまして、我が主も天国で喜んでいる事でしょう」
門番の方が門を開け、わたくしを屋敷へ案内してくださいました。
相変わらず立派なお庭ですわ。
ここに庭園を作ったら、もっと見栄え良くなりますのに、残念でなりません。
約五分程案内されて屋敷に到着し、そのまま部屋に案内されました。
その部屋は大広間で、椅子が綺麗に並んでおりました。そして部屋の一番奥には、アーバイン公爵の厳粛な姿勢の遺影と、白い花に囲まれた棺が置かれていました。
すでに何人か知っている貴族が着席しており、葬式の始まりを待っています。
まぁあまりわたくしに利をもたらしてくれる方々ではないので、軽く会釈をして棺へ歩いていきました。
中を見てみると、あんなに凛々しかったアーバイン公爵が痩せ細り、深い深い眠りについておりました。
病気ではなく老衰だと伺ってはいますが、どのような最期を送ったのかまではまだ聞いていませんでした。
《対等な友人》であったウィード卿に、後で詳細を聞いてみたいと思っております。
アーバイン公爵のご遺体を見たわたくしは、適当に席に座りました。
すると、わたくしの後ろに座っていた参列者から話し声が聞こえました。
「アーバイン公爵は確か、跡継ぎがいらっしゃらなかったな」
「その通りだ。故にシュタインベルツ家はこれで終わりとなる訳だ。確か未婚だったか?」
「そこの部分を知っている人間は数少ないらしい。噂だと、子供と奥さんを亡くしたとか、結婚された後深い理由で離婚したとか、色々あるがどれも定かじゃないな」
「そうか。だがシュタインベルツ家が終わったという事は、誰かが音楽学校を引き継ぐ形になる可能性があるな。もしかしたら、私達かもしれんな」
「そうであってほしいな。そしたら俺の懐も潤う」
あらまあ、後ろで何とも下衆な話をしていらっしゃいますわ。
全く、何故貴方達のような金勘定もろくに出来ない三流貴族に、素晴らしい音楽学校を引き継がせると思うのでしょうか。
最近の貴族も低俗が増えてきてしまい、何とも苦労しますわ。
敢えてその話に乗っかるのであれば、音楽学校は王立と名乗っているので、高確率で王家に返上されるでしょう。
そうすれば我が国の国庫も潤いますし、より良い政策が出来る事でしょう。さらにわたくし達貴族の年金額も増え、領地も栄えていく事になりますから。
もし誰かに引き継がせるのであれば、間違いなく後ろの低俗な方々ではないのは間違いないですわね。
そんな方々よりは、アーバイン公爵以上の音楽の才能を有していると評判のウィード卿に引き継がせた方が、国としても利益は出るでしょうけど。
物思いに耽っていると、いつの間にか参列者が用意された席に座っておりました。
空席は片手で数えられる程度でした。
しかしその群衆の中にはウィード卿の姿はありません。
親しかった彼が参列しないとなると、それほどまでにアーバイン公爵の死がショックで未だに立ち直れないのでしょうか。
わたくしはそこまで弱い殿方ではないという印象があったのですが、意外と繊細な心を持っていらっしゃるのかもしれません。
「皆様、大変お待たせ致しました。今から我が主の遺体を出棺致します。皆様は棺の後をついてきていただきますようお願い致します」
喪服を着た使用人が、声のトーンを下げてそう言いました。
男性使用人六人が棺を持ち上げ、大広間を出ていきます。わたくし達も列を作って後ろへ付いていきます。
この列に関しては爵位は関係ないのがマナーで御座いますので、並ぶ順番は自由なのです。
皆ハンカチを口元に当てて泣いているフリをしております。
少しでも印象をよくしようという狙いがあるのでしょうが、そんな事をして何の意味があるのでしょうか。
まあ恐らくは「私は卿の死をこんなに悲しんでいる良い人間なのだ」とか「卿の死を悲しむ程、私は卿と親しかったのだ」というアピールを兼ねているのかもしれませんが。葬式にまで見栄を張る貴族のこういう所が、貴族社会の嫌いな部分なのです。全く好きになれませんわ。
歩いて八分位でしょうか、嘘泣きアピールにうんざりしながらも墓場に到着しました。
墓石の近くには牧師様が立っており、その後ろにはドールマン国王陛下にジェイド王太子殿下、そしてウィード卿とその奥方お三方がいました。
流石王女殿下を妻に迎えたウィード卿、王族の方々の近くにいらっしゃったのですね。
他の貴族も王族の方々を視認したようで、空気が一気に変わりました。
「それでは今より、アーバイン・シュタインベルツ殿に対し、天界への道標となる祝詞を申し上げます。今この場のみ、爵位や立場は関係なく、皆平等と扱わせていただきますのでご了承ください」
牧師様の言葉に、皆が同意の意で軽く頷きます。
「結構。それでは神から賜った祝詞を申し上げます。静かにお願いします」
そうして、牧師様が祝詞を読み上げます。
この祝詞とは、神が住まう天界に導く為の神聖なる言葉とされております。
つまりこの場にいる牧師様は、神の代弁者という事になります。
わたくし達は、静かに祝詞を聞きます。わたくしはアーバイン公爵には良くしていただいたので、無事に天界に行ける事を心から願いました。
ちなみに犯罪者には祝詞は読み上げられません。
その逆の意味がある《下詞》というものが読み上げられ、生前どのような犯罪を犯したかを読み上げた後に下界のこんな場所に送るという、無慈悲な言葉を送ります。
祝詞を読み上げられた時点で犯罪歴はない、素晴らしい人物だったという証にもなります。
「……以上で祝詞の申し上げを終了致します。ご静聴有り難う御座いました」
五分程の祝詞が終了し、全員が牧師様に対して深くお辞儀をします。
「では最後に、アーバイン殿が生前書き残した遺書に、この場でのお願いを書き記したものが御座います。それは《対等の友人》であり、師匠でもあるハル・ウィード殿に葬送曲を演奏して欲しいというものでした。それではハル・ウィード殿、演奏をお願い致します」
「はい」
アーバイン公爵は、遺書でウィード卿に演奏のお願いをしていたようでした。
手に持っているのはリューン。
今やピアノや魔道リューン等が有名になってきてしまって演奏者が減っている楽器だと耳にしていますが、彼は敢えてリューンを選んでいます。
わたくしは彼の演奏を初めて聴くので、不謹慎ながら楽しみで心が踊っておりますわ。
ウィード卿が演奏を始めました。
とても静かで、柔らかい出だし。
音色は暗く、下を向いて涙しているような情景が思い浮かびました。
暫くそのような曲調が続いた後、演奏を止めて一拍置いた後、ガラリと曲調が変わります。
先程とはうって変わり、今度はとても楽しそうな音色になったのです。
きっとこれは生前の楽しい思い出を思い出しているのでしょうか、それ程までに軽快な曲調なのです。
そしてまた訪れる、一拍置いた後の暗い音色。
浮き沈みが激しいのは、まさに混沌とした心情を表現しているのでしょう。思い出してはまた悲しみに暮れる不安定さが見事に表現されています。
次の曲調は、怒りに似た激しいものでした。
恐らく喧嘩をしたのでしょうか? リューンの弦を切ってしまうんじゃないかと思わせる程に演奏するウィード卿。
激しい怒りを表した音色は、徐々に柔らかくなっていき、しまいには穏やかな曲調となりました。
無事仲直りできたようでしょうね。
皆、ウィード卿が奏でる音に聞き入っています。
場面場面で目まぐるしく変わる音に魅了されていて、胸が締め付けられます。
本当にウィード卿は、アーバイン公爵と深く親交されていたのがよくわかってしまうのですから。
だからこの曲には、別れの辛さがこんなにも詰まっているのでしょう。
わたくしですら、目頭が熱くなってきておりますもの。
曲は恐らく終盤。
まるで蝋燭の灯が消えるように音が弱々しくなっていきます。
これは悲しみの深淵を表現しているのでしょうか。
静かに、静かに、音の数も減っていって、そして演奏が終わりました。
何という葬送曲なのでしょう。
ただ悲しいだけの曲調ではない、ウィード卿がアーバイン公爵とどのように交流していたのかがわかってしまうような、そんな素晴らしい曲でした。
ウィード卿、なんと素晴らしい音楽家なのでしょう。
こんな方と縁を結べて、わたくしは本当によか――――
突然、荒々しい音が流れ始め、体がびくりと跳ねました。
なんとウィード卿は再び演奏を始めたのです。
いや、もしかしてまだ終わっていなかった?
まるでリューンの弦が切れてしまいそうな位、それは激しく荒々しく演奏をしていました。
ウィード卿は天を仰ぎ、涙をこらえているかのような表情をしていました。
ああ、これは慟哭なのでしょう。
人との死別は、静かに終えられる訳がないのです。
わたくしも最愛の夫を亡くした時、喉が枯れる程泣いたのを思い出しました。
きっとウィード卿も、大事な友人を亡くし、なりふり構わず泣いたのでしょうね。
そして荒々しさも無くなっていき、ポロンと奏でて今度は本当に演奏が終わりました。
ウィード卿は本当に素晴らしい人材です。
音楽で、ここまで人の感情を揺さぶってくるのですから。
わたくしはついに、涙を流してしまいました。
他の参列者も涙を流しています。今度は演技ではなく。
それはアーバイン公爵との別れを惜しんでなのか、はたまた曲に感動してかはわかりませんが。
ウィード卿がアーバイン公爵の棺に向かって軽くお辞儀をした後、奥様達の元に戻っていきます。
彼が三枚のハンカチを取り出し、泣いている三人の奥様の涙を優しく拭っていました。
三人を平等に扱うウィード卿に対し、わたくしの評価は上がりました。
「それでは最後に、アーバイン殿の遺書を読ませていただき、葬儀は終了と致します。皆様、ご静聴をお願い致します」
牧師様が一枚の紙を取り出し、読み上げます。
内容は、わたくしが睨んだ通りのものでありました。
「『我が音楽学校を、親友にして私より遥かに演奏技術が高いハル・ウィードに譲渡する』との事です。それではハル・ウィード殿、ご返答をお願い致します」
「はい」
ウィード卿が一歩前に出ました。
ああ、これでまた、彼の影響力が増します。
恐らく最短で公爵へ上り詰められる程に。
きっと、親友であるアーバイン公爵の意思を継ぎ、素晴らしい音楽学校を残してくれるでしょう。
「私、ハル・ウィードは、慎んで音楽学校の譲渡を断らせて頂きます」
やはり受けましたか。
そうでしょう、得られる利益は相当な――
ん?
えっ、断らせて頂きますと言いませんでした?
『えっ、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
参列者全員から、驚きの声が叫ばれました。
その中にわたくしの声も、当然ながら含まれておりました。
な、何を考えているのでしょう、ウィード卿!?
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