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第百三十一話 初の犠牲者達
しおりを挟む――ハル視点に戻る――
「なぁ、ニトスさん。敵側が言ってた『例のあれ』って何なんだ?」
「……皆目検討付かないな。あの長距離魔法を可能にした魔道具だけが切り札ではない事はわかったが」
マジで何なんだろうか。
俺とニトスさんが唸っていると、軍師補佐の一人が恐る恐る手を挙げた。
ニトスさんより年上の中堅どころの中年サラリーマンっていう風貌だな。
「確実性がないのですが、発現してもよろしいでしょうか?」
「この戦に関わる事なら許可する」
「いえ、正直関わっているかどうかはわかりませんが、気になる噂を耳にしたので」
「気になる噂?」
「はい、閣下。《武力派》は秘密裏に人間を進化させる薬品を開発した、という噂です。非常に怪しい研究ばかりをしている薬師に黒マントを着用した集団が頻繁に出入りしている事が確認されているようで、信憑性は少しあるのではないかと」
「つまり、貴方が言いたい事は、それが『例のあれ』に該当している可能性がある、と?」
「その通りです、閣下。そのような薬品がすでに完成しており、敵兵士に投与されていたとしたら……。もしかしたら戦況が変わってしまうかもしれません」
「ふむ……」
ニトスさんは自分の顎に手を当てて考えている。
「もし、その噂を真実と仮定しよう。恐らくまだ薬品は試作段階かもしれないな」
「ほぅ。理由をお伺いしても?」
「もし完成しているのであれば、すでに敵兵士に投与されているはずだ。だが、現状私達の作戦を覆す程の戦力を持った兵士は登場してきていないのだ。そうなったら試作段階、若しくは完成していてもまだ大量生産出来ない一品物なのかもしれない。そう考える方が自然だと思う」
「成る程。ですが奴等はそれを切り札としているのなら、油断は出来ないかもしれませんな」
「ああ。どれ位投与された人間を進化させるかが不透明だからな。言われずとも油断はしないさ」
「それは失礼しました」
「いや、忠告ありがたい。皆も気になった事があったらどんどん発言してくれ」
『はっ!』
人間を進化させる薬かぁ……。
あの阿呆共は本当碌な事を考えねぇよなぁ。
常々思うけど、こういう色々手回ししている奴って、随分と手間をかけるなって思うんだよ。
そんな手間をかけるんだったら、普通に働いていた方が得なんじゃねぇかって思っちまう。
「……ハル君」
「どうしたん?」
「もしかしたら、君にも戦闘をしてもらうかと思う。流石に君の魔法が消えてしまうと困るから、死なない程度に力を貸して欲しいんだ」
あぁ、そう来るか。
サリヴァンの馬鹿たれが連れていった《武力派》が本当にそういった薬を開発していたとしたら。少しでも腕が立つ人を前線に送りたくなるよな。
まぁ本当は行きたくないんだが、ちと断りにくいな。
「わかったよ。そん時は出陣するわ」
「すまないな、ハル君」
とりあえず現状の戦況を見る為に、俺とニトスさん、そして軍師補佐の全員がテントから出て双眼鏡で戦場を見渡す。
ちなみに俺達が陣取っている一番高い丘は森より高いから、相手陣営も余裕で見渡せるのが有利な点だな。
今はめちゃくちゃ雨が降っていて、俺達はレインコートを着て外に出ている訳だが、流石に雨のせいで視界が悪い。
でも通信のおかげで両サイドの谷は崖崩れで進軍不能になった報告を受けている。
だからこっちは全兵士を森入口に集め、昨日と同じように出口付近で弓兵と魔術師合計百名が陣取っている感じだ。
通信による報告によれば、両サイドが塞がれてしまったから昨日と同じように中央突破を図ってきた。
向こうの魔術師の詠唱を殺しているとは言え、数名無詠唱が可能な魔術師がいたらしく、それによる抵抗で軽い火傷を負ったみたいだが戦闘には支障がないようだ。雨の中でも油は燃えて、「俺達の地獄の業火で敵を焼き殺してますよ!」と随分ハイテンションになっている兵士さんからの報告を受け、俺は密かにドン引きした。
「今の所、戦況に変化はなさそうだな、ハル君」
「だねぇ。『例のあれ』も投入されてないっぽいな」
「だが、確実に投入してくるのは間違いない。本当は三日目から仕掛ける予定だったが、敵害の切り札を出される前に踏み潰すべきか……?」
ニトスさん、そういう言い方フラグなんだから、戦場でそういう風に言うのは止めてくれよ。
すると、軍師補佐の一人が悲鳴じみた声を上げた。
「な、何だ、あれは!?」
……ほぉら、フラグ回収しちゃったじゃないか。
俺は溜め息をつきながら双眼鏡を覗き込んで、倍率を上げる。
ちょっと雨で視界が悪く、はっきりとした姿を確認出来ないけど、巨大な物陰が見えた。
成人男性の身長の二倍位の大きさの物なんだけど……あれは物か?
くっきりと姿は見えないけど、何かくねくねしているような、動いている気がする。
さらに限界まで倍率をあげて、その物体を確認した。
物陰の正体は――化け物だった。
「な、何という事だ……!」
軍師補佐の誰かが喘いだ。
俺だって、正直びっくりしている。
まさか巨人を導入してくるなんて思わなかったんだ。
隣にいたニトスさんを確認すると、彼も開いた口が塞がらない状態らしい。
そして、その化け物の手には、約三メートル程ある禍々しい形をした大剣を片手で持っていた。あの巨人からしたら、俺達のロングソードみたいなもんなんだろうが、それでも膂力が半端ない事がわかるぜ……。
だがその巨体とは裏腹に、頭部はどうやら成人男性のそれと変わらない大きさだった。あまりにも不自然でアンバランス過ぎていた。
――まさか?
「おい、あの化け物がもしかして、さっき言ってた薬品の効果……?」
俺はぼそっと呟いてしまった。
すると、ニトスさんを含めた全員が俺に向かって一斉に視線を投げてきた。
「人を進化させる薬品の効果があれか? 進化どころか、ただの劣悪な化け物への退化ではないか……」
そう、どう考えてもあの巨人の姿はアンバランスで醜い。
あんな状態を進化というなら、薬を作った奴のセンスを非常に疑うわ……。
「ん? 例の化け物が、何か行おうとしています!」
軍師補佐の一人が大声で報告をしてきた。
俺達は双眼鏡を覗き込むと、確かに巨人が構えている。恐らく大剣を横に薙ぐ動作をしようとしている。
しかし、奴がいるのは草原のど真ん中で、敵は一切いないぞ?
何故そこからそんな動作をするんだ?
だが、数秒後の動作の答えがわかった。
奴がとてつもない速さで剣を振った瞬間、草原の草はまるでモーゼの十戒に出てくる海を割ったように舞い散り、その先にある森の木々を半数も薙ぎ倒して吹き飛ばした!
な、何をしたんだ、あの化け物!!
そして、テントから通信担当の兵士が駆け足で出てきた。
「ほ、報告します! 森で待機していた部隊が、全滅した模様です……!!」
どうやら、森の出口で待ち構えていた百人の部隊は、あの巨人の見えない攻撃に巻き込まれて全滅しちまったようだ……。
これは、かなり不味い事になってきたのが、戦争の素人である俺でもはっきりわかった。
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