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第百三十二話 奇跡の二日目 ――英雄の背中――
しおりを挟む俺達レミアリア陣営に衝撃が走った。
あの化け物が剣を一振りしただけで、敵の進軍の妨害をしてくれていた草原と森が半壊した。
原理は全くわからない、いや、理解出来ないと言った方がただしいな。
あれは、何をしたのか?
「あれは、魔法なのか?」
俺は声を漏らした。
相当小さい声だったが、隣にいたニトスさんには聞こえたようだった。
「……恐らくだが、化け物が持っている剣は、《魔剣》かもしれないな」
「は? 《魔剣》?」
異世界に生まれ落ちて十二年、まだまだ初耳の言葉が飛んでくる。
いやね、前世での漫画やアニメで魔剣の存在は必ずと言っていい位出てくるのは知っているが、この世界では初めて耳にした。むしろ魔剣が存在している事すら知らなかったぜ。
「銘がある剣というのは、いくつかの種類に分類される。扱いやすく切れ味も半端ない物を《名剣》。美しさを重視しつつ、武器としても使える身分の高い人間が使用する剣は《宝剣》。そして、作り手が何かしらの怨念や邪な理想を込めて作り、それが封じ込められた物を《魔剣》と呼ぶんだ」
「なるほど、俺のこの二本は間違いなく《名剣》だな」
「その通りだ。魔剣に関してはかなり厄介でね、物によって効果が様々なんだ」
「……例えば?」
「血を代償にして不可視の風の刃を飛ばすとか、寿命を代償にまるで柔らかいパンを切る位に切れ味をよくするもの、命を代償に地面を裂いて大量の人間を地に落とすとか」
ほぼ呪われた装備じゃんか!
代償がえげつない……。
「もちろん、これは実際に確認が取れていて、尚且つ危険な魔剣として回収した国が厳重保管をしている。もしかしたら新しい魔剣かもしれないな」
「……あの魔剣はどういう効果だろうな?」
「……考えられる限り、かなりの威力がある衝撃波を飛ばしているのかもしれない。さらに奴の前方に剣を振った瞬間、不可視の刃を短距離で飛ばしている《効果複合型》の魔剣かもしれない」
「うっわ、チートやん」
「ちーと?」
「いや、こっちの話……」
やっべぇな、そんなチートクラスの剣をブンブン振るわれて前線を押し上げられたら、うちの陣営は間違いなく全滅だぜ。
くそっ、切り札は切り札でも、ほぼ決戦級だしカートゲームで言うならジョーカーレベルじゃねぇか!
実際奴が一振りしただけで、敵側の進路を作っちまった訳だし、一気に戦況は俺達の不利になった。
すると、化け物がもう一振り魔剣を横に薙ぎ、ついには森中央の木々は全て薙ぎ倒されては吹き飛ばされ、こちら陣営までの進路が出来上がってしまった。
森は入口から出口まで一キロ程の距離があるのに、たった二振りで道を開通させやがった!
冗談も程々にしてもらいたいものだ……。
だが、悪態を付いている暇すらないのが現状だ。さっさと次の策を考えなきゃいけない!
さぁどうするよ、俺達!
そんな焦っている俺に、ニトスさんが声を掛けてきた。
「ハル君、あの化け物を一人で相手できそうかな?」
「うえっ!? ん~~、わからねぇなぁ」
あいつを一人でかよ! って内心思いつつ、正直な感想を言った。
勝てるかどうかなんてやってみないとわからない。まず魔剣との戦闘経験が皆無ってのもあるけど、あの化け物自体の実力が全く不明なんだ。
だから明確には答えられなかった。
「可能な限りでいいから、あれの気を引き付けて欲しい。我々はこれ以上兵は犠牲に出来ないし、敵兵士の進軍を許す訳にはいかない。奴を引き付けて貰っている間に我が兵士は木々が残っている森から敵を取り囲むようにし、迎え撃つ。それでも森を抜けてきた兵士がいたら、我が軍の魔術師が森入口から五百ローレル(五百メートル)手前に入口を見下ろせる小高い丘が二つある。そこから討ち漏れた敵兵士を狙い撃ちして倒していく」
雨が強すぎて火属性魔法が使えないから、水属性の魔法か土属性の魔法の中級魔法限定だが、とニトスさんは苦笑しながら言った。
「……ニトスさんがそう言うなら、それしかないんだろうな」
「ああ。この化け物は完全に想定外だし、どんな魔法よりかも驚異だ。倒さなくてもいい、出来る限り引き付けて欲しい」
「出来る限りはやってみるさ。でも無理そうなら俺は撤退するぜ?」
「それでいい。君の音魔法がないと、どちらにしても我々は負けるからな」
……はぁ、結局前線に出る事になっちまったから、俺の死亡確率増えたじゃねぇか。
本当に碌なもんしかやってこないよな、サリヴァンの糞野郎と《武力派》の馬鹿共は。
控えめに言って、ガチで死んで欲しいレベルだぜ。
ニトスさんの表情を見る。
本当に苦渋の決断をしているのがわかる。それ位に彼の表情は苦虫を噛んだかのような辛そうにしていた。
まぁ成人したばかりの俺を戦場に送り出すのも、そりゃなかなか罪悪感はあるよな。
でもさ、俺もこの戦いは絶対に負けられない。
負けられない理由があるんだ。
俺は静かに目を閉じる。
暗闇の中、真っ先に思い浮かんだのは、最愛の三人の女の子。
レイにリリル、そしてアーリア。
こんな身勝手で我儘で不誠実な俺に、たくさんの愛情をくれる最高の女の子達。
そして次に浮かんだのは、大事な親友達。
これからバンド活動で運命共同体になるオーグ、ミリア、レイス、レオン。
お互いの夢を叶える為に、俺達はひとつのチームとして頑張っているんだ。
本当に、俺の青春を彩ってくれている大切な友人だ。
最後に父さんと母さん、妹のナリア。
最愛の家族には、これからもずっと平和で過ごして欲しい。
そう言えば、あれからナリアに会っていないなぁ。どんなに美人さんに成長しているだろうか。
こりゃナリアの成長を見る為にも死ぬ訳にはいかないし、この戦争は勝たなくちゃいけねぇ!
そして、まだまだ俺と関わって仲良くしてくれる人がたくさんいる。
俺の後ろにある王都に。
そして王都の向こうにもいる。
もし、戦争に負けてしまったら王都にいる人達、そして故郷にいる両親や妹も安全ではいられない。
「……負けられねぇ。絶対に!」
俺は愛剣二本を鞘から抜いて両手に持ち、気持ちを戦闘モードに切り替える。
ああ、覚悟は決まった!
「ハル・ウィード、出るぜ!!」
――ニトス視点――
ああ、昨日成人したばかりの子なのに、何故こんなにも頼りになる背中をしているのだろうか。
私は初めて見た時から尋常ならざる存在感を感じていた。
普通に過ごしていては絶対に身に付く事はない、誰もが目を背ける事が出来ない程の絶対的存在感。
私はその時は音楽の天才であり、剣の才能もあり、さらには音のユニーク魔法が使えるという彼は、才能に恵まれた人間なんだ程度にしか思っていなかったんだ。
だが、このように同じ戦場に立って、今この時ようやくわかったんだ。
私は、彼を《英雄》として見ている。
そうだ、彼が英雄でなければ何だと言うんだ!
今までの戦果や功績は全て、私が立てたものではない。元を辿れば相手の情報を筒抜けにしてくれたハル君のおかげなのだ。
それに、こんな数で圧倒的に負けている我が陣営が、現状たった損失が百名程度で済んでいる事自体がもはや異常だ。
こんな戦果を奇跡と言わずに何という!
この背中は、純粋に同じ男として憧れてしまう、英雄の後ろ姿だ。
彼なら、きっと、あの化け物を倒してしまうだろう。不思議とそう思えてしまうのだ。
ハル・ウィード。
私は彼に出会えて本当によかった。
間違いなく彼はこの一戦で歴史に名を残す存在になる。そんな手伝いを私は出来たのだ、誇りに思える。
だが、同時に嫉妬をする。
私がいくら頑張っても、彼のような存在感を手に入れる事は出来ないだろうと。
(ふふ、私にも英雄願望があったとは、驚きだ)
私は軍師だ。
盤上で相手の作戦を読んで裏をかき、そしてねじ伏せる作戦を思い付くのが仕事だ。
今までこの国は平和で、私は戦争が起きないかと願いながら、様々な戦術を考案していたものだ。
それ程までに私の軍師としての能力に自信があったし、どんな戦局も有利に持っていける自信があった。
この頭脳を以て、私は英雄として名を上げる事を望んでいたんだろう。まぁ実際戦争が起きて蓋を開けてみれば、ほぼハル君頼りになってしまっているがな。
故に、この青年こそが本当の英雄と呼ばれるに相応しい男なのだ。
故に、私は嫉妬をしているのだ。
(醜い嫉妬だ。だが、おかげで軍師の本分を見出だせた)
そう、軍師とは英雄になるものではない。
軍師とは、英雄を支える存在なのだ。
英雄を際立たせ、仕事をしやすくし、そして引き立てる。言わば引き立て役なのだ。
あぁ、私にぴったりではないか。
(英雄になれずとも、英雄を支えた存在として歴史に名を残そう)
だから、必ず生きて帰ってきてくれ。我が国の英雄よ。
君はまだまだ偉業を歴史に刻めるだろう。一つでも多く、君が起こす奇跡を私に見せてくれ。
ハル君が両手に剣を持って二刀流の型を取った。
「ハル・ウィード、出るぜ!!」
彼は丘を下っていく。
その赤い髪が、まるで閃光のように残像を残していくような勢いで。
さて、私も仕事をしよう。
「よし、兵士全員に指示を与えるぞ! ハル君が化け物を引き付けている間に、私達は後続の兵士共を攻撃する!」
『はっ!!』
あの化け物さえ押さえてしまえば、森からの挟み撃ちが出来る。
相手は切り札に頼りすぎていて、作戦が単調になってきている。恐らくハル君が出している不快な音が、正常な思考を妨げているのだろう。
この戦、化け物を倒せればチェックメイトだ。
「悪いな、サリヴァン様……いや、サリヴァン。貴方に勝利という栄光は相応しくない。裏切った者の末路として相応しいのは、敗北者として歴史に名を残す事だ」
私は司令室へ向かってゆっくりと歩き出した。
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