微笑む似非紳士と純情娘

月城うさぎ

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第二部

10.捜し人

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前半は引き続き白夜視点です。
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 何故彼女がここにいるのか。

 白夜は表面上は和やかに挨拶を交わしながらも、意識は背後にいる麗に向かっていた。隣にいる毒女のような令嬢、芹の手を振り払いすぐにでも麗の下へ駆け出したいのを何とか堪える。笑顔を浮かべながら当たり障りのない社交辞令を述べて談笑をする自分に苛立ちが増した。そしてべたべたとここぞとばかりに自分に嫌がらせを仕掛けてくる芹にふつふつと黒い怒りがお腹の底から這い上がってくるようだ。

 好きな本命に嫉妬心を抱かせて恋心を自覚してもおうなんて回りくどいやり方をせずに、正面からアプローチをかければいいだけの話ではないか。恐らくは余計なプライドが邪魔をしていて自分から積極的に動けないのだろう。よくも悪くも芹の外見は美しすぎた。それは客観的に見た意見であり、白夜自身が彼女を美しいと感じたことはないが。よほど自分に自信があり、かつ野心のある男じゃないと彼女にアプローチをかけてこない。ましてや年下でまだ学生の身分の翼では、好意があっても積極的に自分から迫ることは難しいのだろう。家柄的にも高遠家の方が格が上だ。

 だからこその暴挙。少しでも恋心を芽生えさせて本気にさせたい。芹の気持ちはようやく片想いが報われた白夜も理解できないわけじゃないが、だからといって積極的に協力したいわけでもない。むしろ関わったら面倒である。

 身動きが取れず捕まっていた人物達が移動したと同時に、白夜は後ろを振り向いた。先ほどまで麗と翼がいた場所を目で探すが、麗は既に翼と別れ、人ごみの中に紛れ込む所だった。彼女を追う為一歩足を踏み出し進もうとするが、隣にいる芹がそれを許さない。全くどこまでも彼女は邪魔をする。

 「白夜さん?どちらに行くつもりなのかしら」
 鈴の音のような可憐な声音で芹は小首を傾げながら訊ねた。本性を知らない者ならその仕草だけで胸を射抜かれるだろうが、全て計算だとわかっている白夜には鬱陶しいだけだ。

 「おや、どちらとは奇妙な事を。すぐ近くに彼がいるのですから、挨拶に向かうのですよ」
 主催者でましては主役に挨拶を述べないわけにはいかない。
 白夜は当然でしょう?と余裕の笑みで少し離れた先にいる翼に近付こうとするが、慌てて芹が引き止めた。

 「ちょ、ちょっとお待ち・・・くださいな、白夜さん?貴方と2人で直接挨拶に行くのは早くないでしょうか」
 既に時刻は9時近い。早いなどと言える時間ではないだろう。むしろ真っ先に挨拶に伺うべきなのに。
 珍しく視線を泳がせて往生際の悪い芹に、白夜はふと小さく鼻で笑った。先ほどの仕返しである。

 「なら貴女一人で行きますか?ここから見ていて差し上げますからどうぞ遠慮なく」

 腕を組みながら見下ろしてくる白夜に、芹は僅かに顔を歪めた。が、すぐに意地でも元の仮面を被るところから、彼女の猫かぶりは筋金入りだと思う。誰が見ているかわからないのだから、油断できない。
 まだ迷っている芹に構わず白夜はさっさと人の波を避けながら、一人で目的の人物の傍まで辿り着いた。後ろから焦ったように芹がついて来るのを視界の端で捉えながら。

 早く解放されて麗を捜しに行きたい。

 (少々酷ですが、この青年には犠牲になっていただきましょう)
 
 周囲の芹との仲を疑う眼差しには辟易していた。再び婚約したのかと囁かれているのに気付かない白夜ではない。とんでもない誤解であるし、噂になるなら本物の婚約者となった方が断然いい。

 今宵の主役である翼は白夜の声に反応し振り返ると、まず来てくれた事に感謝を述べた。丁寧なお辞儀に白夜は相手の緊張をほぐすような微笑で受け答えをする。そして芹が優雅に近付いて挨拶を交わす段階になると、翼に若干緊張が走った。どうやら少なからず芹を意識しているようだ。

 観察眼に鋭く人の心の機微にもある程度敏感な白夜は、内心でほくそ笑む。この様子ならあながち芹が取った愚策も少しは有効だったのだろう。後もう一押しで青年は覚悟を決め、自分は解放される。毒花というより毒女と称した方が適切な芹を押し付けるのは、少々良心が痛むが、何事にも犠牲はつき物だ。翼青年にはがんばって主導権を握ってもらい、うまく彼女を懐柔してくれればいい。

 楚々とした佇まいに儚げで可憐な微笑み。ほんの僅かに頬を紅潮させて、醸し出す色香は演技か本物か。いつも以上に注目を集める芹を注意深く観察した。

 翼が躊躇いがちに白夜と芹に視線を移動させるのを見て、彼が何を問いたいのかを察した白夜は一歩翼に近付く。そして彼にしか聞こえない声量で白夜は「ご心配なく」と話しかけた。

 「彼女はただの幼馴染で妹の友人――それ以上の関係はありません。今宵のエスコートも、君に挨拶するまでの間仕方がなく引き受けただけですので。そろそろ私も解放されたいので、後は君にお任せしますね」
 
 にっこりと間近で微笑まれた翼は、唖然としたまま白夜を見つめる。事態が飲み込めてていないような彼に構わず、白夜はこっそりと囁いた。

 「手を伸ばせば確実に手に入るのに、掴む勇気を出さないほど君は情けない男ではないでしょう?」

 挑発するよう眼差しを向ける。黒い双眸を細めて笑みを深めた白夜は、自分の腕に手をかけている芹の手を引いて翼に預けた。びっくりとして硬直した2人にただ一言「ごゆっくり」と声をかけて会釈する。薄暗い夜の明かりに照らされた2人の顔は、傍目からわかるほど赤く染まっていた。



 「余計な時間を取られてしまいましたが・・・麗さんはどちらでしょうか」

 中庭を歩き人気の少ない建物附近まで近付いた白夜は、小さく溜息を吐きながらぼんやりと青白く輝く月を見上げて、呟いた。


 ◆ ◆ ◆

 無線の電源をONにして、私は人気がそう多くない中庭の出口附近を歩く。特に目的があるわけじゃないけど、仕事が終われば自然と出口の方へ向ってくるだろう。人込みの中で捜すよりも、少し喧騒から離れた場所で知り合いの姿を捜した方が見つけやすい。

 きらびやかな衣装を身に纏った人達に目を向ける。お酒を交わし、おいしい料理に舌鼓を打ち、夜の庭園を愛でながら、心地のいい音楽を奏でる生の演奏に時折耳を傾ける。実に優雅で楽しいひと時だろう。

 私も楽しいはずなのに、でもどこか寂しい――・・・。

 一人で立っているから?黒崎君たちも近くにいなくて知り合いもいないから?
 楽しそうに談笑する人達を眺めて何故こうも感傷的な気分になるんだろう。ぼうと突っ立っているだけで、じわりと再び視界がぶれそうになった。

 いかんいかん。さっきメイク直したばかりで、また泣いたらどうするの。
 しかも仮にも仕事中なんだから、迷惑は絶対にかけられないし、かけたくない。仕事は出来る限り完璧にこなしたい。頼まれた仕事は引き受けた以上、ちゃんとこなさなければ。

 つい目が東条さんを捜してしまう。またキレイなお嬢様と歩いていたら落ち込むのが分かっているのに。それでも姿が見たいと思うなんて、私マゾな気質があったのかと疑いそうになるよ。

 「もう、余計な事を考えるのは後!気になるなら後で直接訊けばいいじゃない」
 きっと訊ねたら東条さんは正直に答えてくれる。私にいつだって誠実で優しいんだから、私が理由を訊ねればちゃんとはぐらかさずに説明してくれるって信じている。だからその時は感情に流されてヒステリックに怒ったり喚いたりは絶対にしたくない。そんな東条さんに呆れられるような情けない真似は嫌だ。私自身が自分を嫌いになりそうだもの。

 嫌われたくない、好きでいて欲しい。なら、私ももっと努力をしなければ。

 相手を信じていつだって尊敬しあえる関係でいたい。だからこんな醜い感情に今は蓋をするんだ。

 小さく呼吸を整えた直後。聞き慣れた声で名前を呼ばれた。


 ◆ ◆ ◆

 「麗、捜したぞ」

 相変わらず胡散臭い眼鏡をかけて少し髪が乱れ始めている黒崎君と、薄い色のスーツに糸目を更に細めてにこにこ笑っている白石さんが距離を詰めた。

 「お疲れ様。終わったの?」
 2人の様子を見ればどうやら作戦は成功したみたい。ミッションコンプリートって奴?きっと証拠写真もばっちり撮れたのだろう。私は見ていないからわからないけど、満足気な黒崎君の表情から察した。

 「ぼちぼち帰る組と泊まる組に分かれそうだね。今夜泊まらない人達はもう帰り支度を始めているよ。もう9時過ぎだし、ここはちょっと離れているしね」
 荷物を抱えなおした白石さんが周囲を見渡す。
 確かにここに到着するまで少し渋滞もあったけど、1時間はかかった。なら今から帰っても事務所に着くのが10時過ぎか。丁度いい時間かもしれない。

 「そろそろ撤収するぞ。もうここに居る必要はねーからな」

 凝った体をほぐすように背伸びをした黒崎君は、一言「帰るぞ」と告げて私の肩を抱いて出口まで誘導し始めた。疲れていたし、親しい同僚で先ほどまで恋人役だった黒崎君に肩を抱かれても嫌な気分はしない。ただの労わりで彼には何の下心もないので、そのまま従って歩こうとしたら。ふいにぐいっと力強く体が後ろに引っ張られた。

 驚く私は引っ張られた反動で体が後ろに傾く。その不安定な体勢をしっかりと後ろから逞しい腕に抱きとめられた。

 背中に感じる温もりと、力強い腕。ふわりと微かに香る柑橘系の匂い。燻っていたモヤモヤ感がいっきに静まる。
 
 唖然とした顔で振り返った黒崎君と白石さんが見つめてきた。気配に敏感な彼等が珍しく反応に遅れたようだ。思わず私もその光景に呆然とした。そして先に動いたのは短気で喧嘩っ早い黒崎君だった。

 「何か俺たちに用か?」

 鋭い眼差しが眼鏡の奥から光った気がする。どうやら近くまで接近を許して油断をした事が悔しかったらしい。わかりやすく感情が表に出るけど、その瞳を直視するのは少し怖い。一気に蛇に睨まれた蛙気分を味わえるから。

 「はい。貴方達にというよりは、彼女に、ですが」

 動揺も見せず冷静で落ち着いた声が真上から落ちてきた。それはずっと私が聞きたかった声だった。ギュっと抱きしめる腕に力が加わった気がして、ドキンと甘く心臓が高鳴った。

 「彼女は私が責任を持っておくりますから、どうぞご心配なく」

 首を回して振り向いた視線の先には、会いたくて堪らなかった人物。先ほど無意識に姿を捜してしまった東条さんが、真っ直ぐに黒崎君たちを微笑みながら見つめていた。










 







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白夜が恋のキューピッド・・・!恐らく一生に一度あるかないかだと思います。他人の恋路に手も口も出さない主義らしいです。(多分面倒だから。)
いつの間にか毒女扱いをされた芹嬢は、この後晴れて翼と付き合うことが出来ました。またどこかで登場させられたら楽しそうです。

誤字脱字、見つけましたらご報告お願いします。

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