微笑む似非紳士と純情娘

月城うさぎ

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第二部

36.貪欲な心

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 夜の11時ちょっと前に東条さんのマンションに到着した。
 私の荷物を右手に、そして私の手を左手で握り目的地を目指す。沈黙の中エレベーターに乗りこみ、すっかり見慣れた東条さんの部屋に到着した。「どうぞ」と中へ促されて靴を脱ぐと、背後で鍵を閉める音が響く。どくん、と鼓動が高鳴った。当たり前だけど密室のこの部屋に2人きりだと改めて気付いて、胸の鼓動が早まる。

 玄関を入ったところで、壁際に私の荷物を置いた。そして東条さんはやさしく私の手を引っ張り、夜景が展望できる見晴らしのいいリビングに置かれた革のソファへ座らせてくれる。ソファへ誘導した東条さんは、「暖かい飲み物でも用意してきます」と一言告げて、キッチンへ向かおうとした。

 あ、行っちゃう・・・

 つながれていた手が放されて途端に寂しさが募る。温もりを追いすがるように、反射的に手を伸ばしてしまった。仕事帰りでまだスーツを着ている東条さんのジャケットの裾をぎゅっと握ると、違和感に気付いた東条さんが少し驚いた顔をして振り返った。

 やだ、私何してるんだ。きっと今置いていかれる小さな子供のような顔をしている。
 恥ずかしさが込みあがり、とっさに手を放して俯いてしまった。

 「す、すみません・・・何でもないので、気にしないでください。って、お茶なら私が!」

 あわてて立ち上がろうとする私の肩に両手を置いた東条さんは、再びすとんとソファに座らせた。穏やかに微笑んだまま東条さんは私の隣に腰掛けると、肩に腕を回して抱き寄せてくる。ふわっと嗅ぎなれた匂いがした。不安が拭われて心が落ち着く東条さんの香りだ。

 「お茶は後でにしましょうか」

 慈しむような目で私を見下ろし、壊れ物を扱う手つきで髪を梳く。父に頭を撫でられたり、鷹臣君に頭をぐりぐりされたりするのとはまた違う感触。甘くて切なくて、もっと触れてと訴える感情が湧き上がる。足りないの、これだけじゃ。もっと私に触ってほしい。

 感情のままに行動しても嫌われないと朝姫ちゃんは言った。それは今までの東条さんを見ていれば分かる。きっと彼は私を軽蔑したり見下したりすることはないだろうし、私も東条さんに嫌われる行動は絶対にしたくない。いつだって甘い笑顔で私を甘やかして、他の人になんか目を向けさせない位、夢中にさせるんだ。

 きゅう、と胸が甘い何かで締め付けられて、堪らずぎゅっと隣に座る東条さんに抱きついた。横から抱きつくから体勢はちょっとしんどいけど、構わない。突然の行動に髪を梳く手が止まった。いきなりすぎて驚いているみたいだった。

 「どうかしましたか?麗」

 ふっと微笑む気配が頭上から落ちる。ぼんぼん、と背中をあやすように撫でられて、さらにぎゅっと腕に力をこめてしがみついた所で気付いた。そうだ、東条さんはまだスーツのジャケットすら脱いでいないんだ。

 皺になっちゃう。
 そう理解したところで、抱きついていた腕を緩めて東条さんの顔を見上げた。

 「脱いでください」
 「・・・はい?」
 「ジャケット、皺がついちゃうから脱いだ方がいいです」

 気にしていなかったのか、今気付いたという表情で東条さんは立ち上がりジャケットを脱ごうとする。そして軽く半分に畳んで空いているソファの背もたれに置いた。わざわざハンガーにかけに行かなかったのは、きっと私が離れないでと訴える瞳に気付いたからだろう。

 元の場所に戻ってきた東条さんは再びソファに腰をかけた。そしてどこか普段より口数が少なく見える私を心配している風に、顔を覗き込んでくる。

 「一体どうしたのですか?具合でも悪いのですか?」

 ふるふると首を横に振った。違う、そうじゃないの。ただ湧き上がるこの感情に戸惑い、どうしていいかわからないだけで。

 東条さんに触れたい、触りたいという欲求がどんどん高まる。
 傍を少しでも離れるだけで寂しさが込み上げてくる。甘酸っぱくって切なくて、止め処なく好きの気持ちが決壊寸前だ。

 「東条さん・・・好き」 

 東条さんのひざの上をまたぐように膝を立てて上から見下ろす。突然の私の行動と告白に驚いた顔のままの東条さんの頬を上に向けて、自分から口付けた。両手で東条さんの顔を固定して、しっかりと唇を塞ぐ。予想していなかった行動に戸惑ったのもつかの間。すぐに余裕を取り戻した東条さんは私のキスを受け入れてくれた。膝立ちになったままの私の腰を抱きよせて、ぎゅっと姿勢を安定させるように抱きしめる。

 深く繋がる前に放した唇は、やはり離れると寂しくて。つい二度、三度とキスを落としたくなる。甘いデザートなんて食べていないのに、どうして甘く感じるの。いつの間にか私は東条さんのキスの虜になっていたようだ。

 「麗・・・私も、愛してますよ」

 ぎゅう、と腕に力を込めて抱きしめてくれる。心臓が再び高鳴った。掠れた声が耳朶をうち、頬が熱くなる。膝立ちしたまま東条さんを抱きしめると、彼の鼻先が胸の周辺をかすった。ルームウエアのパーカーの下に着用しているお揃いのキャミソールは襟ぐりが開いており、谷間が見えるギリギリのラインに東条さんが軽く吸い付く。ちく、として吸い付かれた後、満足そうな東条さんと視線が合った。キレイに痕がついたようだ。

 自分だけずるい・・・。
 
 しゅるり、とネクタイをほどこうとすると、流石に東条さんはちょっと焦ったように「麗?」と声をかけた。そんな声を無視してプチ、プチ、とボタンを首元が見える位まで外し、かぷっと首筋に噛み付く。私の首より太くて、きれいに浮き彫りされた鎖骨が男性の色気に溢れて見えてセクシーだ。今までキスマークはつけられるの専門だったけど、私だって東条さんに自分のマークをつけてやる。

 ちゅううう、と強く吸い付くと、東条さんが微かに息を零した。その表情が見えなかったのが多少勿体無い。初めてつけたにしては上出来なほどくっきりと赤い痣が浮かび上がり、満足げに微笑む。戸惑いと混乱を混ぜたような表情で、再び名前を呼ばれた。

 「いきなり一体どうしたんですか?私に痣をつけるなんてそんな事いままで一度も・・・」
 
 膝立ちだったのをやめて、すとんとその場に座る。そう、東条さんの膝の上に向かい合わせの形で。さっきから意外な行動を見せる私に東条さんは嬉しいような困ったような笑顔になった。

 「・・・キス、したい・・・白夜のキスが欲しいの」

 じっと間近で見下ろす黒曜石の目を見つめる。唖然とした次の瞬間、東条さんは私の願いに応えるような深い口付けをくれた。
 
 「ふぁ・・・ん・・・っ」
 
 くちゅくちゅと水音が響く。望んでいた情熱的な深いキス。上顎をなぞり歯列を舐められ、舌を絡め取られ蹂躙される。体の中から熱が高まるような錯覚さえした。思考が奪われて何も考えられなくなるほど、キスに、東条さんの舌に、翻弄される。

 もっと奪って、触って、私に熱を与えて。

 飲みきれなかった唾液が唇の端から零れ落ちた。つつ、と顎に伝う。それすら構わず、もっと深いつながりが欲しくて、東条さんの首に腕を回して抱き寄せた。

 腰が抜けるようなこの感覚は一体何だろう。
 甘い痺れが全身を駆け巡り、体内の熱が燻る。下腹が疼くような震えも湧き上がり、私は既に余計な事を考えられる余裕が奪われていた。

 キスをされていてももっと、もっとと貪欲に東条さんを求める自分がいる。

 足りない、もっと欲しい。

 はなれようとする東条さんに掠れた声で「もっと・・・」と強請った。微かに吐息だけで笑った気配を感じると、すぐにまた熱いキスをくれる。蕩けるような感覚が心地よくて、でもそれなのにまだ欲しいって訴える自分がいる。

 唇が溶け合っちゃうんじゃないかと真剣に考え始めた頃、ようやく東条さんがはなれた。荒く肩で呼吸する私と違い、どこか満たされた笑顔で私の零れた唾液を親指で拭う。ぺろり、と指を舐めた表情にもドキンと鼓動が跳ねた。何て艶かしいほど色っぽいの。

 隙間なんてないほどぎゅうっと力いっぱい抱きつくと、僅かに東条さんが身じろぐ。はなれちゃダメだと強い意思を伝えるように抱きしめたまま、若干困り顔になった東条さんを見上げた。

 「足りない・・・白夜が足りない。キスだけじゃもう我慢できない・・・」
 
 大胆なことを言っていると自分でもわかる。でもそんなのどうでもいい。今の気持ちを、感情のままに伝えたいだけだ。普段の私なら絶対に言わないことも、何故か今夜は違った。頭でごちゃごちゃ考えるのをやめたから?わからない。今はわからなくてもいい。ただ心が欲しいと思うままに口走ってしまった。

 べりっと音が鳴るんじゃないかと思うくらい、勢い良く剥がされる。え?と思った瞬間には、脇の下に手を入れられてて、東条さんの膝の上から隣に降ろされていた。

 何で?どうして?もしかして嫌われた!?

 温もりがすぐ隣にあるのに拒絶されたかのように感じて、寂しさが込み上げる。けれどよくよく東条さんを見上げてみれば。目の端を赤く染めた東条さんは口元を片手で覆い、すっと目線を外した。そして深々と溜息を吐かれる。

 「そんな顔でそのような台詞は、反則ですよ・・・」

 ふいっと顔を横に向けて私から視線を逸らす。そしていつもの微笑みを浮かべる余裕もないのか、目を僅かに潤ませたまま今度はじっと顔を見つめてきた。

 「自分が何を言っているのかわかって言っているのですか?」
 
 頷くのと同時に東条さんの胸に頬を寄せる。

 「うん・・・。白夜に触りたいし、もっと触って欲しいの。抱きしめてキスだけじゃもう足りない。まだまだ白夜が足りない・・・」

 顔、絶対に赤いと思う。
 震えそうな声なのに、鼓動は思った以上に早くなくて、結構落ち着いているのかもしれないと冷静に思った。きっと不安なんか感じないほど東条さんの熱が心地いい所為だ。

 「・・・1ヶ月、まだ経っていませんよ?」
 
 こくり、と頷く。自分で決めて宣言したのに、もう撤回するのか。でも、もうそんな期間なんてなくってもいい。今の私のありのままを受け入れてほしいから。

 「途中でやめてと言われても、私は止められる自信がありませんが」
 それでもいいのですか?

 最終確認のように東条さんが告げた。
 俯いていた顔を上げて東条さんの瞳を覗く。薄っすらと情欲が浮かぶ男の人の目だった。私の心を奪うような強い光が灯っている。一瞬で目を釘付けにされるほどの強い視線に、どうしようもなく胸が焦がれた。

 「いい・・・やめないで。私を、白夜のお嫁さんにして・・・?」

 はにかむような微笑みを浮かべる。
 もう婚約に(仮)なんて必要ない。私はもう恋人同士だけじゃ満足できないのかもしれない。

 これはお母さんから命令されたからじゃない。私が望んで選んだ道だ。勿論後押ししてくれてきっかけを作ったのはお母さんであり、朝姫ちゃんでもあるけど。

 早く東条さんのただ一人の人になりたくて。私を東条さんのものにしてほしくて。溢れる好きの気持ちをもっと伝えたくて、ぎゅうっと東条さんの大きな手を握り締めた。

 「ひゃあ!?」

 一瞬の浮遊感を感じた後、不安定な体勢に驚いて咄嗟に腕を東条さんの首に回す。お姫様抱っこをされているとわかったのは、東条さんが私を軽々と抱きながら歩いて数歩の所だった。真っ直ぐに寝室を向うことに気付くと、ドキドキと鼓動が早くなった。

 暗い部屋の中央に置かれた大きなクイーンサイズのベッド。そこにゆっくりと横たわらせて、扉をパタンと閉じる。

 「電気はつけないで・・・」

 僅かにカーテンの隙間から入る光だけに照らされた室内は、顔がようやくわかる位の薄暗さだ。くすりと微笑んだ東条さんはゆっくりと頬を撫でてくれる。

 「麗が望むなら、電気は我慢します」

 チュ、とおでこにキスを落とされて目を瞑る。そして耳元で囁かれた言葉の意味を理解する前に、再び深くキスをされた。

 『――けれど次からは覚悟してくださいね?』と呟いた声は、何を意味しているのかさっぱりわからなかった。





















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