微笑む似非紳士と純情娘

月城うさぎ

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第三部

3.悩みの種

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(誤字脱字訂正しました)
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 休憩時間に入り、トートバッグから化粧直し用のポーチを取り出した。ささっとトイレで身だしなみを整えるべく席を立とうとしたところで、ふと違和感に気付く。今バッグの底に、見慣れぬ何かが入ってやしなかったか。
 
 椅子に座りなおして再びバッグを漁った。そして出てきたのは、いつかK君からプレゼントされた、CD。そう、私が飛び入り参加したPV付きの、初回限定版CDだ。
 目線のみで周囲を確認して、誰も私の動揺に気付いていない。あわててバッグの底にしまい直した。
 
 しまった、今更だけどすっかり忘れてた!先週確かにK君からCDを手渡しされていたのに、その事実を今の今まで忘れていたのだ。まあ、その後の週末にいきなり東条家の人々を紹介されたり、予定外に入籍しちゃったりで、通勤用のバッグの中をじっくり見る暇もなかったのだけど。
 
 そろり、とバッグの外には出さないよう気をつけながら、CDを眺めた。ジャケットは幻想的なイメージたっぷりのダークファンタジー風。黒と白の羽が舞っている感が”堕天使の恋”というタイトルにピッタリだ。そしてケースには、K君直筆のサインが。ああ、そういえばネットオークションで売るなよとか言われていたっけ。もったいなくてそんな真似はできるはずがない。

 トートバッグの口をしっかり閉めて、ポーチを手にトイレへ向かう。そして運良く誰もいないトイレのカウンターで両手をついて、ため息を吐いた。

 「・・・CDって確か今週発売だっけ?」

 AddiCtメンバーに再会したのは、先週の金曜日。ちゃんとした日付は聞いていなかったけど、今週のいつかに発売されるのは間違いない。 

 「やばい、帰ってCD・・・もだけど、PV確認しないと!」
 
 鏡の中の私、長月都と、PVの中の私、ディアナ(DIA)が同一人物だとわかる人間はほとんどいないはず。自分でもあの変貌っぷりは、詐欺だと思うもん!よっぽど私の顔を見慣れているか、事務所のメンバーみたいにはじめから事情を知っている人じゃない限り、バレないと思うけど・・・

 「わからない。白夜のスペックが高すぎて、あの人だけは全く予測がつかない・・・!」

 私の変装好きは身をもって知っているだろうし、彼の引き出しは未知数だ。思考回路から行動力の全部を把握するなんて、まだまだ出来そうにない。

 「音楽番組とか、どうか見ませんように・・・!!」
 そう強く願いながら、私は仕事へ戻った。

 
 普段より仕事量が少なかった今日は、たびたび私が挙動不審に陥っても問題なく業務を終えることができた。昼から外出中の社長と顔を合わせることもないまま、私は響が待つ自宅へ帰宅する。一応白夜にはメールで一言、”今から帰る”と伝えてから。すぐに返事が返ってきて、ほっと顔をほころばせた。彼はまだまだ仕事があるらしい。
 
 「ずっと外食は身体に悪いよね・・・今度何か作ってもって行ってあげようかな」

 健康に気を使うなんて、ちょっと奥さんっぽいよね!
 野菜たっぷりのスープなら私でも作れる。鍋と同じくらいの得意料理だ。基本、具を切って煮込むだけの料理は全て得意と言える。
 そんな事を考えながら、私は自宅へたどり着いた。
 
 ◆ ◆ ◆
 響特製の家庭料理をたっぷり味わって、ほっと一息ついた。仕事や学校のことを話せる晩御飯の時間は、重要なコミュニケーションタイムになっている。もうすぐ夏休みが始まるけど、彼は今年も委員長を引き受けたそうで、なかなか忙しい学園生活を送っているのだとか。新学期が始まれば体育祭や学園祭などもあるらしい。その準備を夏休み前にある程度する必要があって、大変なんだって。
 いいな、体育祭や学園祭か!私には無縁のものだったよ。是非お姉ちゃんも見学させてもらいたい。
 姉弟の楽しい時間を過ごした後、後片付けを引き受けた。響には先にお風呂に入ってもらって、ぱぱっと洗い物を終わらせる。そして男の子らしくカラスの行水並に早い響の入浴後、私はゆっくりと湯船に浸かった。
 
 ああ、一人でのんびりとリラックスしながら入れるなんて、やっぱり自宅はいい・・・!

 白夜のマンションのお風呂はとにかく広くて、慣れるまでにまだまだかかりそうだ。それと、彼は私を構いすぎたがる。一人でお風呂に入ると告げると笑顔で「ダメです」なんて言われる。それを言われた瞬間、私は真っ赤になって、本気で涙目になりながらうろたえた。
 一度一緒に入れば羞恥心もわかないだなんて、思わないでよね!?一人で入る気力も体力もない時は、100歩譲って仕方がないとしても。明るいところで自分の身体を見られるのは、極力拒否したい。ううん、断固拒否したい!
 私の髪も身体も全部洗いたがる白夜に何とか納得してもらうまで、余計な労力を使う。毎度毎度お願いを聞き入れてもらう為に、私から彼にキスをしなければならないのも、どうにかできないものか。一人でお風呂に入ってても、ゆっくり浸かることができない。だってキスを思い出してのぼせそうになるのだから。

 もしも本当にのぼせたら・・・きっと白夜の甲斐甲斐しい世話が待っているんだろう。それはもう、軽く羞恥で気を失えるほどの。うう、そんな羽目には絶対にならないんだから!

 自宅のお風呂でのんびり一人の時間を味わってから、バスルームを出た。ルームウエアに着替えて髪の毛を乾かしてからキッチンへ向かい、良く冷えたミネラルウオーターを手に取る。冷たい水が喉を潤して、生き返るようだ。髪の毛を乾かしたら時刻はすでに10時半を回ろうとしていた。
 
 自室へ戻り、ベッドに腰掛ける。そうだ、夏仕様にと思って、爽やかな水色のベッドカバーを買ってあったんだった。両親の来訪ですっかり忘れていたよ。今使っている花柄模様のベッドカバーを取って、新しい水色のカバーを敷いた。ごろんとベッドに寝転がりながら、すぐ近くに置いてあるトートバッグを漁る。

 中から取り出したのは、今日一日中頭の中を占めていた、あのCD。AddiCtの新曲シングル、”堕天使の恋”だ。

 「本当はテレビで見たいところだけど・・・リビングでこれ見るのは抵抗あるなあ~」

 響は部屋に戻っているけれど、万が一見られても大丈夫かどうか、まずは私が確認してからにしておこう。時間的には数分で終わるはずだし!だってシングルのPVだもん。
  
 「えーと、私のラップトップは・・・あった」
 雑誌の下に鎮座しているノートパソコンを発掘して、立ち上げる。DVDをセットして、ついでにイヤホンも差し込んだ。これで音漏れの心配はない。

 「あ、始まった!なんか緊張するかも・・・」

 オープニングのメロディが流れた。ドラムがリズムを刻み、ギターが続く。ピアノの緩やかな音が加わったかと思うと、次第にテンポが変わり、激しくなる。K君が歌い出す頃には、完全にロック調のメロディだ。切なさと甘さと激しさが融合されて、K君の歌声に引き込まれる。
 
 「・・・マジでファンタジーじゃん、これ」

 あの洋館がゴシックな感じのお城に!何故か断崖絶壁の崖の上に建っているよ!

 ダークファンタジーを彷彿とさせる歌詞が映像とマッチしていて、ある意味アーティスティックすぎる。このハーモニーは曲の魅力を最大限に引き出していると思う。
 
 そして人外の人々になったメンバーの皆さん、美しすぎるんですが!
 撮影現場では、K君の他には確かQさんしか会わなかったけど、ほかのメンバーも妖しい魅力で溢れていた。相手役の女の子たちは、流石プロって感じだ。その他大勢の女の子たちがエキストラなのだろう。

 「っ・・・!」

 歌がサビに入ったところで、私は危うく呼吸を止めそうになった。

 古城の最上階。漆黒の翼を広げて舞い降りた堕天使が、窓から室内に侵入する。ベッドの上には純白のナイトドレスを纏った聖女、ディアナ。扇状に広がった黒髪と閉じられた瞳、真っ赤に色づく唇が艶めかしくて、どこか近寄りがたい神々しさも感じる。
 羽を消した黒ずくめの堕天使がベッドに近寄った。彼女に覆い被さるようにして、ディアナの上半身を抱き起す。鋭く尖った牙が首筋に触れる直前――目覚めたディアナが堕天使を組み敷き、咬みついた。離れた彼女の口許からは、真っ赤な赤い雫が零れ落ちていく。純白のドレスを赤で汚し、妖艶に微笑む様はすでに聖女の物ではない。赤い舌でぺろりと唇を舐めた姿がひどく扇情的に見える。血色に底光りする瞳が強く光った。

 そのたった数秒間のシーンを見ていた間、私の呼吸は確かに止まっていたと思う。

 別のシーンに移った時。私はようやく声を取り戻した。ついでに酸素もめいいっぱい吸い込んだ。

 「ひぃ・・・!うひゃぁあああー!!はずい、超恥ずかしい!!ギャーやめて、こんなの売らないでー!!」

 なんてエロイの!
 私は身もだえながら顔を真っ赤にして叫んだ。隣の壁を叩きながら響が、「麗ちゃんうるさい!」と苦情を訴えてきたけど、今だけは許してほしい。

 「エロイ・・・そう、なんだかいけない物を見ている気分で直視できない・・・!」
 禁断の恋がテーマだからだろうか。
 とにかく頬を染めずにはいられない何かがある。
 
 あの黒髪ストレートのロングに、青い瞳、人間離れした容姿。どれをとっても私だと結び付けられる人はいないと思う。メイクのMIKAさん、本当にすごい腕前だ。

 「ってか、CGで瞳の色を赤く加工するなら、同時に私の腕とか太ももとかもいじってくれていいのにー!」

 残念ながら、プロデューサーの笹原さんも言っていた通り、本当に私のまま使ったらしい。肉感がある方がそそられるって、本心から思っていたのだと、今になってわかった。

 くっきりと作られた胸の谷間に流れ落ちる赤い液体。赤い瞳を細めて妖艶に微笑む姿は、もはや悪女のよう。とてもじゃないけど、聖女の清らかさとは無縁に見える。男を手玉に取り、堕落させる本物の魔女――。

 「ダメだ!絶対に、絶対に見せちゃいけないよ、これ!白夜に知られたらなんて思われるか・・・!」
 
 そしてどんだけ怒られるか!
 ほかの男を、たとえ役だとしてもこんな挑発的な恰好で襲うとか。それがたった数秒間のシーンだとしてもだ。露出の多いナイトドレスを纏い、男(K君)を馬乗りする場面なんて、とてもじゃないけど見せられない。ってか、知られたくない!

 「あ、そうだ!鷹臣君にもう一度口止めしておかないと!!」

 念のため、再度口止めしておこう。じゃないと、ものすごく不安だ。 
 素早くメールを打って、すぐに返信が返って来た。一言、「俺は何もしてねーよ」って。私はようやく少しだけ安心できた。

 「大丈夫、司馬さん情報だと、白夜はそれほど流行りの音楽を聞く人じゃないらしいから」

 音楽番組も見ないだろう。クラシックとか聞きそうなイメージはあるけれど。

 パソコンからCDを取り出して、ケースに戻す。そして暫くは厳重に封印しておこうと決めて、机の引き出しの奥にそっとしまった。

 「明日事務所に行ったら、誰も余計なことを言わないように告げておかなきゃ」

 身内の裏切りは阻止できても、外から漏れる情報を完全に封じることができるはずないことに、この時の私は全く気づいていなかった。
 














 
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